書籍(ボードゲームブック、2026年7月1日発売) — TOKYO LOVECRAFT

クトゥルフ神話ボードゲームブック 東京ラヴクラフト

新紀元社が2026年7月1日に刊行した『クトゥルフ神話ボードゲームブック 東京ラヴクラフト』は、本のページを切り離して遊ぶ「ブックフォーマット・ボードゲーム」。著者は小林正親とウタカゼ・ゼミ、イラストは一二藻。A4判96ページ、4,180円。プレイヤーは魔道書『死霊秘法ノ書』を読んでしまった「忌読者」として、浅草・銀座・池袋・渋谷・新宿・町田を舞台に邪神と対峙する。

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新紀元社『クトゥルフ神話ボードゲームブック 東京ラヴクラフト』。本記事で扱った本そのもの。

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概要

新紀元社は2026年7月1日、『クトゥルフ神話ボードゲームブック 東京ラヴクラフト』を刊行した。著者は小林正親とウタカゼ・ゼミ、イラストは一二藻。A4判・96ページ、定価は本体3,800円(税込4,180円)である[1][2]。

版元ドットコムに登録された書誌情報によれば、判型の詳細は縦297mm・横210mm・厚さ10mm[2]。この本は普通の意味での「本」ではない。公式の内容紹介はこう始まる。「これはボードゲームという名の魔道書(ネクロノミコン)」[1][2]。現代の東京を舞台に、クトゥルフ神話の邪神が引き起こす怪事件に挑む協力型ボードゲームで、ページそのものを切り離して遊ぶ「ブックフォーマット・ボードゲーム」という形式を取る[1]。

紀伊國屋書店ウェブストアが版元から受け取って掲載している内容説明は、ゲームの設定をさらに詳しく記している。「あなたは、偶然という名の必然によって、忌まわしき魔道書『死霊秘法ノ書』を読んでしまった者―忌読者。忌読者となったあなたは、邪神の胎動によって迫り来る『セカイノオワリ』を食い止めるため、東京を駆け巡る。浅草、銀座、池袋、渋谷、新宿、そして、町田」[3]。プレイヤーが演じるのは、劇中ですでに魔道書を読んでしまった後の人間である。ゲームを始める前に本を切り離すという行為そのものが、この設定を先取りする格好になる。

なお、この製品が『クトゥルフの呼び声』TRPGの版元であるケイオシアム(Chaosium)のライセンス商品であるという記載は、当サイトが確認した公式ページのいずれにも見当たらない。新紀元社が独自に企画した、クトゥルフ神話を題材とするオリジナルのボードゲームブックとして扱う。

どんな作品か

紀伊國屋書店ウェブストアに掲載された目次によれば、本書は次の項目で構成されている。ゲームの内容物、目次・ゲームの概観、ゲームの用語、ゲームの準備、基本的なルール、イベントの探索、協力者、アイテム、邪神、忌読者が勝利する、ゲームの流れ、邪神フェイズ、忌読者フェイズ、ネクロノミコンの予言、サイゴノタタカイ、邪神降臨フェイズ、黄昏フェイズ、忌読者のエンディング、忌まわしき魔書は、なぜ日本に現れたのか[3]。

見出しを並べただけでも、進行の骨格が見えてくる。ゲームは「邪神フェイズ」と「忌読者フェイズ」を繰り返し、途中で「ネクロノミコンの予言」という項目を経て、最終盤に「サイゴノタタカイ」「邪神降臨フェイズ」「黄昏フェイズ」に至り、「忌読者のエンディング」で結末を迎える構成らしい。巻末に置かれた「忌まわしき魔書は、なぜ日本に現れたのか」は、コラムか解説文とおぼしき一項で、東京という舞台設定そのものに理由づけを与える文章だと推測できるが、中身は当サイトでは確認できていない。

対象の街として名指しされているのは浅草・銀座・池袋・渋谷・新宿・町田の6箇所である[3]。下町の浅草、繁華街の銀座、副都心の池袋・渋谷・新宿、そして23区外の町田までが並ぶ。これらが東京都内でも性格の異なる街を意図して選ばれているのか、それとも著者の土地鑑によるものかは、公式ページの範囲では説明がなく、当サイトでは確認できていない。

プレイ人数・プレイ時間・対象年齢といった、通常のボードゲームなら箱の背面に印字されているはずの仕様は、当サイトが確認した新紀元社公式ページ・版元ドットコム・紀伊國屋書店ウェブストアのいずれにも記載がなかった。

切り離すことと読むこと——「忌読者」という設定の物質的な裏づけ

この本の最大の特徴は、遊ぶために本そのものを傷つけなければならない点にある。ページを切り離してコンポーネントを取り出す構造は、公式ページが繰り返し強調している[1][2][3]。読み終えたら棚に戻す、という本来の本の扱い方は、この製品では成立しない。

この物質的な手続きは、プレイヤーに与えられる役どころと呼応している。設定上、プレイヤーは劇中で「忌まわしき魔道書『死霊秘法ノ書』を読んでしまった者」、すなわち「忌読者」である[3]。ゲームを始める前に読者が現実の手で本を切り裂くという行為が、劇中の忌読者がすでに魔道書を読んでしまったという既成事実と重なる。プレイヤーは箱を開けた時点で、ある意味ではもう「手を出してしまっている」ことになる。

当サイトの「ネクロノミコン」の記事で確認した通り、ラヴクラフトの原典において魔道書の危険は「読むこと」そのものに宿っていた。「祭り」(1923年10月執筆)で禁書に読み耽った語り手は、次のように書き残している。

soon became tremblingly absorbed by something I found in that accursed Necronomicon; a thought and a legend too hideous for sanity or consciousness.(訳: まもなく私は、その忌まわしいネクロノミコンの中に見つけたある物に、震えながら没頭していた——正気にも意識にも耐えがたいほど恐ろしい、ひとつの考えと伝説だった)[4]

原典で危険をもたらすのは、頁に書かれた内容を目で追う行為である。本を焼く必要も、頁を破る必要もない。開いて読むだけで十分だった。ところが『東京ラヴクラフト』が求めるのは、読む前にまず本を物理的に解体することだ。危険の所在が、書かれた文字の中身から、本という物体を切り刻む行為そのものへとずれている。恐れの対象が、鋏を入れる自分の手の側へ移る——そう読める設計だ。もっとも、この読み替えが著者の側でどこまで意図されたものかは、公式ページに説明がなく、当サイトの解釈の域を出ない。

プロップで魅せるか、本そのもので魅せるか

クトゥルフ神話を題材にした協力型ボードゲームが、紙の資料や小道具で「調べる」体験を再現しようとする例は他にもある。当サイトの『Eternity at Sea』の記事で確認したH.P.ラヴクラフト歴史協会のシナリオは、封緘済みの電報、新聞の切り抜き、遺言書、音声プロップ、組み立て式の立体模型を箱に詰め込み、原典の小説が語り手に読ませていた資料の束を、卓の上で実際に手に取れるものとして再現していた。プロップの数を増やし、種類を分けることで「調べる」感触を作る方向である。

『東京ラヴクラフト』が採る方法は対照的だ。電報も模型も別途同梱されない代わりに、本そのものが盤面になり、駒になり、カードになる。一冊の本という単一の物体を切り崩しながら、その中からゲームの構成要素を取り出していく。原典の資料が「読者が読むもの」だったのに対し、『Eternity at Sea』はそれを「卓上で触れるもの」へ翻訳し、『東京ラヴクラフト』はそれを「読者自身が切り出すもの」へ翻訳した、と整理できる。どちらも紙の物質性を手がかりに神話的体験を組み立てているが、外から足すか、一冊の中で完結させるかで方向が分かれている。

海外のプロップ志向の作品をめぐっては、同じ波で書いた別の記事でも扱っている。あわせて参照されたい。

原典との距離(神話の三層のどこに立つか)

この作品が扱う舞台は2026年現在の東京であり、ラヴクラフトが実際に書いた原典(第1層、1917-1937年)のいずれの作品にも、東京や日本を舞台にした物語は存在しない。邪神が地上に胎動し、現代の都市で怪事件を引き起こすという枠組み自体は、原典の設定を日本の都市風景へ移し替えた翻案であり、当サイトの区分で言えば第3層(TRPGによる拡張)に連なる後続作の系譜に位置づけられる。

一方で、公式の内容紹介が本のタイトルを飾る惹句として「ネクロノミコン」の名を掲げている点は、第1層への明確な参照である[1][2]。ただし劇中でプレイヤーが読んだとされる魔道書の名は『死霊秘法ノ書』であって、ラヴクラフトが「ネクロノミコンの歴史」(1927年執筆)で書誌を整えた『ネクロノミコン』そのものではない[3]。原典の書物の名を惹句に借りながら、ゲーム内部の設定としては独自の名を持つ架空の魔道書を新たに立てている。原典の概念を看板として掲げつつ、中身は別物を用意するという二段構えである。

浅草・銀座・池袋・渋谷・新宿・町田という実在の地名を舞台に据える手つき自体は、ラヴクラフトがアーカムやインスマスといった架空の町を実在のニューイングランドの地理に紛れ込ませた手法と遠く響き合う。ただし『東京ラヴクラフト』の場合は逆に、実在する地名をそのまま使い、その内側に怪異を持ち込む方向を取っている。地名の組み立て方そのものが異なる以上、これを原典の技法の直接の継承と呼ぶのは踏み込みすぎだろう。当サイトでは、両者を並べて眺められる程度の距離感として記録するにとどめる。

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出典

  • [1] 新紀元社公式サイト「クトゥルフ神話ボードゲームブック 東京ラヴクラフト」商品ページ(2026年9月9日取得)。著者「小林 正親/ウタカゼ・ゼミ」、イラスト「一二藻」、定価「本体3,800円(税別)」、判型「A4」「96ページ」、ISBN「978-4-7753-2210-9」、発行年月日「2026年07月01日」、電子書籍「なし」、内容紹介の全文(「これはボードゲームという名の魔道書(ネクロノミコン)」「本書は、ページを切り離して遊ぶ『ブックフォーマット・ボードゲーム』です。プレイヤーは魔道書を読み、世界の危機を知った『忌読者(キドクシャ)』として、東京の各地で起こる怪事件を解決し、やがて現れる邪神との対決に挑みます。」)を確認。https://www.shinkigensha.co.jp/book/978-4-7753-2210-9/ ↩
  • [2] 版元ドットコム「クトゥルフ神話ボードゲームブック 東京ラヴクラフト 小林 正親(著) – 新紀元社」(2026年9月9日取得)。著者「小林 正親(著)」「ウタカゼ・ゼミ(著)」「一二藻(絵)」、判型「A4判 縦297mm 横210mm 厚さ10mm」「96ページ」、定価「3,800円+税」「4,180円(税込)」、ISBN「978-4-7753-2210-9」、書店発売日「2026年7月1日」、および[1]と同一の内容紹介文を確認。https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784775322109 ↩
  • [3] 紀伊國屋書店ウェブストア「クトゥルフ神話ボ-ドゲ-ムブック 東京ラヴクラフト / 小林正親とウタカゼ・ゼミ【著】」商品ページ(2026年9月9日取得)。ページ内に「出版社内容情報」として明記された版元提供テキストのうち、内容説明「あなたは、偶然という名の必然によって、忌まわしき魔道書『死霊秘法ノ書』を読んでしまった者―忌読者。忌読者となったあなたは、邪神の胎動によって迫り来る『セカイノオワリ』を食い止めるため、東京を駆け巡る。浅草、銀座、池袋、渋谷、新宿、そして、町田。」、および目次(ゲームの内容物/目次・ゲームの概観/ゲームの用語/ゲームの準備/基本的なルール/イベントの探索/協力者/アイテム/邪神/忌読者が勝利する/ゲームの流れ/邪神フェイズ/忌読者フェイズ/ネクロノミコンの予言/サイゴノタタカイ/邪神降臨フェイズ/黄昏フェイズ/忌読者のエンディング/忌まわしき魔書は、なぜ日本に現れたのか)を確認。https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784775322109 ↩
  • [4] H. P. Lovecraft “The Festival”(1923年10月執筆)。禁書に読み耽った語り手の記述「soon became tremblingly absorbed by something I found in that accursed Necronomicon; a thought and a legend too hideous for sanity or consciousness.」は、公式アーカイブの公開テキストで確認。当サイト「ネクロノミコン」の記事で既に照合済みの一節を、同記事の脚注[6]に基づいて再確認した。https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/f.aspx ↩

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