小説 — THE CALL OF CTHULHU

クトゥルフの呼び声

亡き叔父の残した手記や証言を整理する語り手が、世界規模の不気味なカルトと海底都市ルルイエの浮上、そして巨神クトゥルフの目覚めに直面するプロセスを描く。

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クトゥルフの呼び声

「私の遺言執行者たちが大胆さよりも慎重さを優先し、これが他の目に触れぬようにしてくれることを祈るばかりだ」

— 「クトゥルフの呼び声」(1928)

概要

ラヴクラフトのクトゥルフ神話における出発点であり、後続作品すべての基盤を築いた記念碑的な中編。主人公が新聞の切り抜きや故人の研究ノート、警察の尋問記録といった断片的な資料をひとつひとつ照合していくことで、隠されていた宇宙的な真実が徐々に浮かび上がるという、ラヴクラフト作品の骨格となる「発見の構造」をこの作品で確立した。作中で語り手自身が「この世で最も慈悲深いことは、人間の心があらゆる内容を関連づける能力を持たないという事実だ」と述べる通り[1]、知ってはならない断片同士が結びついたときに訪れる恐怖こそが、本作の核にある。

作品情報

  • 執筆・発表年: 1926年執筆/1928年発表(「ウィアード・テイルズ」誌)
  • 主題タグ: 神話の入口、断片資料による調査、夢による感応

登場神格・用語

あらすじ

語り手フランシス・ウェイランド・サーストンは、急死した高名な言語学者である大叔父ジョージ・ガメル・エインジェルの遺品を整理するうち、粘土板に刻まれた奇怪な彫刻と「クトゥルフ・カルト」に関する調査記録を発見する。記録の第一部は、若き彫刻家ヘンリー・アンソニー・ウィルコックスが1925年の地震の夜に見た異様な悪夢に由来していた。ウィルコックスは高熱にうかされながら粘土板の意匠を彫り上げ、それは「たしかに新しいものです、昨夜、見知らぬ都市の夢の中でこれを作ったのですから」という本人の言葉とともにエインジェル教授の記録に書き留められている[2]。教授はこの意匠が、かつて自身が調査した別の資料——ニューオーリンズの警部インスペクター・ルグラスがもたらした報告——と酷似していることに気づいていた。

ルグラスの報告は、ルイジアナの沼地で摘発された邪教集団の記録だった。摘発現場では、高さ八フィートほどの花崗岩の石柱の上に、あの粘土板と同じ意匠を持つ忌まわしい彫像が据えられ[3]、その周囲で正体不明の混成集団が篝火を囲んで踊り狂っていたという。捕らえられた信者の一人は、この教団が太古の昔から地下に眠る偉大なるクトゥルフを崇め、星辰が正しき位置に至る日、彼が目覚めて世界を支配する日を待ち望んでいると証言した。サーストンはさらに調査を進め、記録の第三部として、ノルウェー人航海士グスタフ・ヨハンセンの手記にたどり着く。1925年、地震によって海底からルルイエの都市が浮上した際、ヨハンセンの乗る帆船「アラート号」の乗組員はこの都市に上陸し、見る角度によって凹凸の意味が反転するかのような非ユークリッド幾何学の構造物[4]の奥で目覚めたクトゥルフ本体と遭遇する。乗組員の多くは発狂または落命し、ヨハンセンはかろうじて船で逃げ延びるが、帰国後まもなく謎の死を遂げる。すべての資料を突き合わせたサーストンは、大叔父の死もまた教団による口封じであったこと、そして海に沈んだクトゥルフが今も夢を通じて人類に影響を及ぼし続けているという事実に到達し、自らの命の危険を悟りながらもこの手記を書き残す。

読みどころと注目テーマ

本作最大の特徴は、事件を直接描写するのではなく、新聞記事・故人のノート・警察記録・航海士の手記という「他人の書いた資料」を語り手が読み解いていくという、報告書的・ドキュメンタリー的な構成にある。読者はサーストンと同じ速度で断片をつなぎ合わされていくため、真相にたどり着いたときの衝撃がそのまま追体験される仕組みになっている。また、クトゥルフそのものが物語のほとんどの場面で不在であり、その存在は常に夢・伝承・目撃証言というかたちでしか読者に届かない。この「不在の巨悪」という手法は、後年のホラー作品にも広く影響を与えたとされる。芸術家や神経症的な人間だけが感応する「夢による感染」という設定も、理性では抗えない恐怖を描くうえで効果的に機能している。

執筆背景と影響

ラヴクラフトがそれまで執筆していたゴシック・ホラーやダンセイニ風の幻想小説から、唯物論的宇宙観(科学とホラーの融合)へと移行した決定的な作品である。執筆は1926年夏、数年ぶりにプロビデンスへ帰郷した直後の時期にあたり、ニューヨークでの都市生活を通じて味わった疎外感や、当時関心を寄せていた地質学・天文学の知見が色濃く反映されているとされる。発表当時は受け入れられにくかったが、後にクトゥルフ神話体系の基礎となった。旧支配者クトゥルフ、海底都市ルルイエ、非ユークリッド幾何学、そして「星辰が正しき位置に至る」という周期的な覚醒のモチーフなど、以後のラヴクラフト自身の作品や後続作家の作品で繰り返し参照される要素の多くが、本作で初めて提示されている。

出典

  • [1] “The most merciful thing in the world, I think, is the inability of the human mind to correlate all its contents. We live on a placid island of ignorance in the midst of black seas of infinity, and it was not meant that we should voyage far.”(訳: 「この世で最も慈悲深いことは、人間の心があらゆる内容を関連づける能力を持たないという事実だと私は思う。我々は無限に広がる漆黒の海に浮かぶ、無知という穏やかな島に住んでおり、遠くまで航海するようには作られていない」) — H. P. Lovecraft, “The Call of Cthulhu”(1926年執筆/1928年発表), 公式アーカイブ
  • [2] “It is new, indeed, for I made it last night in a dream of strange cities; and dreams are older than brooding Tyre, or the contemplative Sphinx, or garden-girdled Babylon.”(訳: 「たしかに新しいものです、昨夜、見知らぬ都市の夢の中でこれを作ったのですから。そして夢は、物思うティルスや、瞑想するスフィンクスや、庭に囲まれたバビロンよりも古いのです」) — 同上, 公式アーカイブ
  • [3] “…stood a great granite monolith some eight feet in height; on top of which, incongruous with its diminutiveness, rested the noxious carven statuette.”(訳: 「高さ八フィートほどの巨大な花崗岩の石柱が立ち、その小ささとは不釣り合いに、頂には忌まわしい彫像が据えられていた」) — 同上, 公式アーカイブ
  • [4] “As Wilcox would have said, the geometry of the place was all wrong. One could not be sure that the sea and the ground were horizontal, hence the relative position of everything else seemed phantasmally variable.”(訳: 「ウィルコックスなら言っただろうように、その場所の幾何学はすべてが狂っていた。海と地面が水平であるとさえ確信できず、それゆえあらゆるものの相対的な位置関係が幻のように移ろって見えた」) — 同上, 公式アーカイブ

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