概要
『Time Without Tide』(正式名称は『Time Without Tide: Mirth & Misery in a World of Fog』)は、Chaosiumが2026年9月にBackerKitでクラウドファンディングを開始した新作TRPGです[1][2]。開発者はDavid NaylorとJames Coquillatの2人で、Chaosium公式ブログはこの2人を「Call of Cthulhu authors」、つまりCoCの著者だと紹介しています[1]。Coquillat自身の署名にも「Time Without Tide Co-Designer and Call of Cthulhu writer/editor」とあり、『Clockwork & Claws』『Cthulhu by Gaslight』『Reign of Terror』といったCoC関連作品を手がけてきた人物です[1]。
制作陣もCoCの周辺から集まっています。公式ブログは「Time Without Tide was created by two Call of Cthulhu authors, and supported by a range of wider CoC contributors, from art directors, to illustrators, to copyeditors, and more」と書いており、アートディレクター・イラストレーター・校正者まで含めた広い意味でのCoCスタッフが本作を支えたとしています[1]。BackerKitのキャンペーンページによれば、アートディレクションはTy Carey(League of Geeksの共同創業者)が担当しています[2]。
ここまでの条件――Chaosium製、CoCの書き手が主導、CoCの美術陣・編集陣が参加、CoCプレイヤーに薦められている――だけを見れば、クトゥルフ神話TRPGの新作だと考えても不思議はありません。ですが公式資料を確認すると、『Time Without Tide』の舞台は地球ではなく、クトゥルフ神話ともラヴクラフトの作品世界とも直接つながらない独自の世界です。メーカーと制作陣、そして想定読者がどれだけCoCに近くても、作品世界の所属はそれとは別に決まります。この記事はその一点を、実例で確かめるために書いています。
舞台はどこでないか
Chaosium公式ブログは、本作の舞台について次のように明言しています。
「Time Without Tide isn’t set on Earth. There never was a Queen Victoria, just a whole lot of coincidental Victorian aesthetics.」[1]
つまり「地球が舞台ではない」「ヴィクトリア女王という存在は一度もいなかった、あるのはヴィクトリア朝風の意匠が偶然重なっているだけだ」という、否定形の言明です。CoCの多くの舞台設定は史実の地球――1920年代であれ、ガス燈の時代であれ――を土台にしますが、本作はその前提そのものを外しています。見た目がヴィクトリア朝を思わせるのは意匠上の一致であって、史実のイギリスやヴィクトリア朝の年代記とつながっているわけではない、と公式が釘を刺している格好です。
公式ブログは本作の位置づけを、次のようにも表現しています。「Chaosium’s latest TTRPG, Time Without Tide, takes those talents and mixes them up with two shots of strategic combat, one of Pulp Cthulhu’s irreverence, and a splash of Victorian-era parody.」[1]。ここでの「Pulp Cthulhu」への言及は、CoCの派生ルールが持つ不敵な調子を材料の一つとして引き合いに出しているだけで、Pulp Cthulhuの世界設定そのものを継承しているという意味ではありません。「戦略的な戦闘を2ショット、Pulp Cthulhuの不敵さを1ショット、ヴィクトリア朝風パロディを少々」という言い回しは、カクテルのレシピのように複数の要素を配合した独自作品だという説明であり、CoCの神話体系を土台にしているとは書かれていません。
World of Fogという世界
本作の舞台は「World of Fog」と呼ばれる世界です。公式ブログはその成り立ちを次のように説明しています。
「A mutating fog called the Unknown has blanketed the world. It mutates everything that it touches and through this corruption births hideous monsters.」[1]
「Unknown」と呼ばれる、姿を変える霧が世界を覆っており、触れたものすべてを変質させ、その腐敗を通じて醜悪な怪物を生み出す、という設定です。クトゥルフ神話における「狂気」や「禁断の知識」による侵食とは異なり、この世界の脅威は霧そのものが引き起こす物理的な変質として描かれています。
世界の歴史については、次のような説明があります。
「During the Age of Decadence, humanity had access to miraculous technology powered by shards of the moon. Now, after the apocalyptic Sundering, they’re forced to recycle scraps in smog belching factories to cobble together essentials.」[1]
かつて「Age of Decadence(退廃の時代)」と呼ばれる時代には、人類は月の破片を動力源とする驚異の技術を手にしていました。しかし「Sundering(崩壊)」と呼ばれる破局を経た現在、人々は煙を吐く工場でがらくたをかき集め、必需品を何とか組み立てて暮らしています。月の破片によるオーバーテクノロジーの時代から、産業革命期のような労働と煙害の時代への転落、という骨格です。
Chaosium公式ブログは、この世界を「a detailed playground, full of interesting NPCs, powerful factions working against each other, strange locations to explore, and even in-world history you can dive into」とも紹介しています[1]。興味深いNPC、対立する複数の勢力、探索できる奇妙な土地、掘り下げられる世界内の歴史――が揃った、作り込まれた遊び場だという説明です。ここまでの要素を並べると、World of Fogはクトゥルフ神話の年表・地理・神格体系とは別に組み立てられた、独立した世界であることがわかります。
遊びの骨格——DelverとTRAITS・SKILLS
BackerKitのキャンペーンページによれば、本作のプレイヤーキャラクターは「Delver」と呼ばれます[2]。キャラクターは3つのTRAITS(BODY、MIND、WILL)と、6つのSKILLS(CULTURE、INDUSTRY、NAVIGATION、SKULDUGGERY、SURVIVAL、VIOLENCE)を組み合わせて構築します[2]。判定はダイスプールを振り、出目のうち5と6を「marks」として数える方式です[2]。
CULTURE(文化)、INDUSTRY(産業)、NAVIGATION(移動)、SKULDUGGERY(悪事・策略)、SURVIVAL(生存)、VIOLENCE(暴力)という6つのSKILLSの並びは、CoCの技能リストとは異なる独自の分類です。TRAITSがBODY・MIND・WILLの3区分にまとめられている点も、CoCのSTR・CON・DEXといった能力値の細分化とは違う設計であり、システム面でもCoCのルールをそのまま流用したものではないことがうかがえます。
Chaosium公式ブログは本作を、CoCで鍛えた技能に「two shots of strategic combat, one of Pulp Cthulhu’s irreverence, and a splash of Victorian-era parody」を混ぜたものだと紹介しています[1]。BackerKitのキャンペーンページも、性格描写を軸にした駆け引きと長い航海、そして戦術的な戦闘を組み合わせる遊びだと書いています[2]。戦闘に重心を置く設計である点は、調査と正気度の消耗を中心に据えるCoCとは方向が違います。
制作陣とCoCとの関係——「同じDNA」という言い方
繰り返しになりますが、本作の開発者はDavid NaylorとJames Coquillatです。BackerKitのキャンペーンページは2人を「OUR TEAM DAVID NAYLOR & JAMES COQUILLAT CREATORS/DEVELOPERS」と表記しています[2]。Coquillatの署名にある通り、彼はCoC関連作品『Clockwork & Claws』『Cthulhu by Gaslight』『Reign of Terror』の執筆・編集に携わってきました[1]。
Chaosium公式ブログは、この制作陣とCoC既存作品との関係を次のように表現しています。
「If you’ve enjoyed Cthulhu titles like Clockwork & Claws, Reign of Terror, and No Time to Scream, then you’ll find Time Without Tide shares the same DNA.」[1]
『Clockwork & Claws』『Reign of Terror』『No Time to Scream』といったCthulhuを冠した作品を楽しんだ人なら、『Time Without Tide』にも「同じDNA」を見出すだろう、という言い方です。ここで重要なのは、これが「同じ世界の続編だ」という言明ではなく、「同じ作り手による、同じ持ち味を備えた作品だ」という比喩にとどまっている点です。DNAという言葉は制作者の作風や技量の連続性を指しており、World of Fogがクトゥルフ神話の年表に組み込まれる、という意味では使われていません。公式ブログのタイトル自体も「1D6 Reasons Why Call of Cthulhu Players Should Try Time Without Tide!」――CoCプレイヤーに「試してみてほしい」と薦める体裁であって、「CoCの新作」とは謳っていません[1]。
クラウドファンディングの現況と入手方法
BackerKitのキャンペーンページ「Time Without Tide: Mirth & Misery in a World of Fog」は、Chaosiumが主催しています[2]。当サイトが2026年9月16日にブラウザで取得した時点の表示では、目標額10,000ドルに対して支援総額は195,039ドル、支援者数は1,518人、キャンペーン終了まで残り9日という状況でした[2]。締切は「Ends on Sep 25, 2026 at 4:00am GMT+9」、発送予定は「Estimated to ship by September 30, 2027」と表示されています[2]。
支援コースは、PDF版のみのDIGITAL DELVER(20ドル)、ハードカバーとPDFのセットであるDELVER(50ドル)、コレクターズ版のFANCY DELVER(110ドル)、GUILDMASTER(160ドル)、FANCY GUILDMASTER(335ドル)、小売業者向けのMERCHANT(390ドル)まで用意されています[2]。商品構成としては、CORE RULEBOOKが「A 250+ page hardcover rulebook」、初心者向けの導入アドベンチャーを収めたINTO THE FOGが「A 100+ page hardcover adventure book for rookie Delvers」と説明されています[2]。
支援コースとは別に、アドオン(追加購入)としてPDF版CORE RULEBOOK(25ドル)、ハードカバー版CORE RULEBOOK単品(50ドル)、INTO THE FOG単品(30ドル)、コレクターズ版CORE RULEBOOK(110ドル)、SOFTCOVER QUICKSTART(10ドル)なども個別に選べます[2]。支援コースのDIGITAL DELVER(20ドル、PDF版一式)と、アドオンのPDF版CORE RULEBOOK単体(25ドル)は収録内容も価格も異なる別の商品なので、支援を検討する際は取り違えないよう注意が必要です。
購入前に内容を確かめたい読者には、無料のクイックスタートが公開されています。「FREE TIME WITHOUT TIDE QUICKSTART」と題され、すぐに遊べるアドベンチャー、導入用の簡易ルール、あらかじめ作成されたDelver、世界設定の解説を収めています[2]。
発送に関しては、キャンペーンページの送料表に日本向けの行はありません。掲載されているのはUnited States、Canada、European Union、United Kingdom、Australia、Chinaのみで、見出しは「US, CANADA, EU, and AUSTRALIA-Friendly Shipping」となっています[2]。「Please note that these prices are indicative only.」という但し書きも添えられており、あくまで目安の表だとされています[2]。なお同じページには、制裁等で発送できない国の一覧と、ブラジルへは現時点で発送できない旨の記載がありますが、日本はそのどちらにも入っていません[2]。物理版の入手を考えている読者は、送料表に日本の行が無い以上、支援を確定させる前に主催者へ直接問い合わせておくのが確実です。
「CoC向け」と「神話作品」は同じではない
ここまで見てきた事実を並べると、次のことがわかります。Chaosiumが発行し、CoCの著者2人が開発し、CoCの美術陣・編集陣が制作に関わり、CoCプレイヤーに薦められている――このすべてが揃っていながら、『Time Without Tide』の舞台は地球ではなく、ヴィクトリア女王もいなかった独自世界のWorld of Fogです。メーカー・制作陣・想定読者という3つの条件は、作品世界がクトゥルフ神話に属するかどうかとは別の話だということが、この1本の事例からはっきり見て取れます。
当サイトが神話関連の記事を分類する際に使う、原典・ダーレス以降の拡張・TRPGによる拡張という三層に照らしても、『Time Without Tide』はそのどれにも属しません。CoCというTRPGの制作陣・出版元の系譜には連なっていても、World of Fogという作品世界そのものがクトゥルフ神話の年表や地理、神格体系に組み込まれているわけではないからです。「Chaosium製だから神話作品」「CoCの書き手が作ったから神話作品」という短絡は、この作品には当てはまりません。
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出典
- [1] Chaosium公式ブログ「1D6 Reasons Why Call of Cthulhu Players Should Try Time Without Tide!」(Brian Holland、2026年9月16日公開、2026年9月16日取得)。署名「By James Coquillat, Time Without Tide Co-Designer and Call of Cthulhu writer/editor (Clockwork & Claws, Cthulhu by Gaslight, Reign of Terror etc)」、および本文中の「Chaosium’s latest TTRPG, Time Without Tide, takes those talents and mixes them up with two shots of strategic combat, one of Pulp Cthulhu’s irreverence, and a splash of Victorian-era parody.」「A mutating fog called the Unknown has blanketed the world. It mutates everything that it touches and through this corruption births hideous monsters.」「Time Without Tide isn’t set on Earth. There never was a Queen Victoria, just a whole lot of coincidental Victorian aesthetics.」「During the Age of Decadence, humanity had access to miraculous technology powered by shards of the moon. Now, after the apocalyptic Sundering, they’re forced to recycle scraps in smog belching factories to cobble together essentials.」「Time Without Tide was created by two Call of Cthulhu authors, and supported by a range of wider CoC contributors, from art directors, to illustrators, to copyeditors, and more.」「If you’ve enjoyed Cthulhu titles like Clockwork & Claws, Reign of Terror, and No Time to Scream, then you’ll find Time Without Tide shares the same DNA.」「a detailed playground, full of interesting NPCs, powerful factions working against each other, strange locations to explore, and even in-world history you can dive into」の各記載を確認。https://www.chaosium.com/blog1d6-reasons-why-call-of-cthulhu-players-should-try-time-without-tide/ ↩
- [2] BackerKitキャンペーンページ「Time Without Tide: Mirth & Misery in a World of Fog」(主催Chaosium、2026年9月16日取得)。目標額10,000ドル、支援総額195,039ドル、支援者数1,518人、締切「Ends on Sep 25, 2026 at 4:00am GMT+9」、発送予定「Estimated to ship by September 30, 2027」、制作者「OUR TEAM DAVID NAYLOR & JAMES COQUILLAT CREATORS/DEVELOPERS」、アートディレクターTy Carey、CORE RULEBOOKが「A 250+ page hardcover rulebook」、INTO THE FOGが「A 100+ page hardcover adventure book for rookie Delvers」であること、支援コースDIGITAL DELVER(20ドル)・DELVER(50ドル)・FANCY DELVER(110ドル)・GUILDMASTER(160ドル)・FANCY GUILDMASTER(335ドル)・MERCHANT(390ドル)、アドオンのPDF ONLY CORE RULEBOOK(25ドル)・CORE RULEBOOK(50ドル)・INTO THE FOG(30ドル)・COLLECTOR’S EDITION CORE RULEBOOK(110ドル)・SOFTCOVER QUICKSTART(10ドル)、無料の「FREE TIME WITHOUT TIDE QUICKSTART」の内容、プレイヤーキャラクター「Delver」、3つのTRAITS(BODY、MIND、WILL)と6つのSKILLS(CULTURE、INDUSTRY、NAVIGATION、SKULDUGGERY、SURVIVAL、VIOLENCE)、ダイスプールで5と6の目を「marks」として数える判定方式、送料表の見出しが「US, CANADA, EU, and AUSTRALIA-Friendly Shipping」で日本向けの記載が無いこと、「Please note that these prices are indicative only.」の但し書きを確認。https://www.backerkit.com/c/projects/chaosium/time-without-tide-mirth-misery-in-a-world-of-fog ↩