ラヴクラフトらしい映画とは何か
72時間で「ラヴクラフト映画」を作らせる企画がある
H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuCon が主催する「Lovecraft Under the Gun: A 72 Hour Film Project」は、その名のとおり72時間で短編映画を1本仕上げる企画である。脚本・撮影・編集・録音のすべてを、その時間内に収めなければならない[1]。
2026年の参加登録は受付中で、締切は9月17日の正午。同じ日の午後6時、登録したチームへ小道具とセリフがメールで配られ、そこから72時間が始まる。制作期間は9月17日から20日(木曜から日曜)[1]。完成作は、10月2日から4日にポートランドの Hollywood Theatre で開かれる第31回 H. P. Lovecraft Film Festival で上映される[2]。
採点基準に「ラヴクラフトらしさ」は無い
面白いのは審査のしかたである。観客と審査員が採点するのは、次の三点だ[1]。
- Artistic Merit(芸術的な出来)
- Technical Merit(技術的な出来)
- How well did you stick to the Assignment(課題をどれだけ守ったか)
「どれだけラヴクラフト的か」という項目は無い。配られた小道具とセリフを使ったかどうかは測るが、宇宙的恐怖が出ているかは測らない。
これは手抜きではなく、むしろ正直な設計だと思う。「ラヴクラフトらしさ」を採点表に載せようとすると、それが何かを先に決めなければならない。そして、そこが決まっていないからこそ、この題材は100年生き延びてきた。
では、何をもってラヴクラフト映画と呼ぶのか
物差しは、大きく三通りある。
見た目で決める ── 触手と怪物
いちばん手軽な基準で、いちばん外れやすい。クトゥルフの造形が出れば神話、出なければ違う、という見方である。
だが原典を読むと、この基準は早々に崩れる。『クトゥルフの呼び声』でクトゥルフが直接姿を見せる場面はごく短い。恐怖の大半は、夢と伝承と目撃証言という間接的な資料から立ち上がる。姿を見せることは、むしろ恐怖を減らす方向に働く。この点は「「宇宙的恐怖」とは何か」で詳しく扱った。
出典で決める ── 原作があるかどうか
次に堅そうな基準だが、これも例外が多い。
当サイトが扱っている「The Haunted Palace」(1963年、ロジャー・コーマン監督)は、AIPのエドガー・アラン・ポー原作映画シリーズの6作目として製作・宣伝された作品である。だが物語の中身は、アーカムの村を舞台に、ジョゼフ・カーウェンの子孫チャールズ・デクスター・ウォードが先祖の館を相続するところから始まる——つまり「チャールズ・ウォードの症例」の映画化にほかならない。
看板はポー、中身はラヴクラフト。 出典で判定しようとしても、宣伝の都合で看板が架け替えられることがある。
効果で決める ── 何が壊れるか
三つ目が、ラヴクラフト自身の書き方に最も近い。彼は1927年の評論で、本物の怪奇小説の条件をこう書いた。
“A certain atmosphere of breathless and unexplainable dread of outer, unknown forces must be present; and there must be a hint (中略) of that most terrible conception of the human brain—a malign and particular suspension or defeat of those fixed laws of Nature which are our only safeguard against the assaults of chaos and the daemons of unplumbed space.”(訳: 「息詰まるような、説明のつかない、外部の未知なる力への恐怖の雰囲気が存在せねばならない。そしてそこには、人間の頭脳が抱きうる最も恐ろしい観念——すなわち、混沌の襲撃と測り知れぬ宇宙の悪魔とに対する唯一の防壁である、あの不変の自然法則が、悪意をもって特異的に停止ないし打ち破られるという観念——への暗示がなければならない」)[3]
条件に挙がっているのは、怪物でも原作でもない。自然法則が破られることである。この物差しを使うと、判定は「何が出たか」ではなく「観客の前提が何か壊れたか」になる。
深淵書架にある映画を、この物差しで当ててみる
当サイトが扱っている映画のうち、対照的な二本を並べる。
| The Call of Cthulhu(2005) | The Whisperer in Darkness(2011) | Die Farbe(2010) | |
|---|---|---|---|
| 製作 | H.P. Lovecraft Historical Society | 同(HPLHS) | ドイツ、フアン・ヴー監督 |
| 舞台 | 原作どおり | 原作どおり | ドイツの田園地帯へ移した |
| 形式 | モノクロのサイレント映画 | モノクロ、独自技法「Mythoscope」 | モノクロ撮影 |
| 狙い | 執筆された1927年の映画技法を再現 | 1930年代に作られたかのような外観 | 劇中の「色」だけを選択的に着色 |
HPLHSの二本は、作品が書かれた時代の形式ごと再現する道を選んだ。1927年発表の『クトゥルフの呼び声』はサイレントで、1931年発表の『闇に囁くもの』は1930年代のトーキーの見た目で撮る。原典が世に出た頃の観客の目に近づける、という発想である。
一方の『Die Farbe』は舞台をアメリカから動かし、原作の地名を捨てている。それでも「宇宙からの色」の映画として成立しているのは、原典で最も再現の難しい一点——人間の知る色ではない色——を、モノクロの画面に一色だけ差すという方法で残したからだ。地名を守るより、効果を守った。
同じ原作からは「Color Out of Space」(2019年)も出ている。こちらは色を鮮烈な映像として全面に出す。どちらが「らしい」かは、上の三つの物差しのどれを取るかで変わる。
もう一方の極 ── 怪物を出しにいく系譜
ここまで挙げたのは「引き算」の作品群だが、映画史の実際には反対側の系譜のほうが厚い。
- The Dunwich Horror(1970年、AIP製作・コーマン製作総指揮) — 「ダニッチの怪」を原作に、ミスカトニック大学の女子学生とネクロノミコンを使った儀式を軸に据えた
- From Beyond(1986年、スチュアート・ゴードン監督) — 松果体を刺激する装置で異次元の存在を知覚できるようになる。異形への変貌を正面から見せる
どちらも原作の骨格を使いながら、見せない方向ではなく見せる方向へ振っている。前掲の物差しで言えば「効果」より「見た目」を取った作品にあたる。
これを不忠実と切って捨てるのは早い。映画は文章と違い、「描写されないもの」を画面に出さずに時間だけ進めるのが難しい媒体である。原典の間接話法をそのまま持ち込むと、多くの場合は退屈になる。HPLHSがサイレントや1930年代様式という古い形式を選んだのは、この難所を「当時の映画ならこう撮った」という別の理屈で越えるためだったとも読める。
日本から観られるかどうかは、また別の話
『Die Farbe』は日本では長く劇場未公開で、2023年6月に「宇宙の彼方より」の邦題で公開された。作品として「らしい」かどうかと、日本語で観られるかどうかは連動しない。当サイトの派生作品記事が邦題と原題を併記しているのはそのためで、探すときは両方で当たったほうが早い。
72時間という制約が炙り出すもの
ここで最初の企画に戻る。72時間しかなく、小道具とセリフは選べない。この条件下で作り手が最初に捨てるものと、最後まで残すものが、その人にとっての「ラヴクラフトらしさ」になる。
大がかりな怪物の造形は、まず作れない。壮大なロケーションも無理だ。残せるのは、語りの形式か、説明のつかない気配か、あるいは登場人物が何かを知ってしまう瞬間か——そのどれを残すかが選択として露出する。 潤沢な予算があれば全部やれてしまうので、かえって見えなくなるものが見える。
採点表に「ラヴクラフトらしさ」の欄が無いのは、だからむしろ都合がいい。参加作を並べて見ることが、その定義を毎年書き直す作業になる。
関連記事
- 「宇宙的恐怖」とは何か — 効果で判定する物差しの中身
- The Haunted Palace — 看板がポーで中身がラヴクラフトの例
- The Whisperer in Darkness — 2005年版と同じ製作陣による、1930年代形式の翻案
- ギレルモ・デル・トロの驚異の部屋「ピックマンのモデル」 — 現代の映像作家による翻案
出典
- [1] 「Lovecraft Under the Gun: A 72 Hour Film Project」。脚本・撮影・編集・録音のすべてを72時間で行う。2026年の参加登録は受付中(REGISTRATION FOR 2026 is OPEN!)で締切は “by 12 pm on September 17th”。小道具とセリフは “The prop and line of dialogue will be emailed to registered teams on Thursday, September 17th at 6:00 pm”。制作期間は “September 17-20, 2026 (Thursday – Sunday)”。上映は日曜の午後、H. P. Lovecraft Film Festival and CthulhuCon にて。審査は観客と審査員により Artistic Merit / Technical Merit / How well did you stick to the Assignment の三点 — H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuCon 公式, hplfilmfestival.com ↩
- [2] 第31回 H. P. Lovecraft Film Festival は “Fri, Oct 2 2026 to Sun, Oct 4 2026″、会場は Hollywood Theatre(オレゴン州ポートランド)。チケットは本記事作成時点で未発売 — H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuCon 公式, hplfilmfestival.com ↩
- [3] “A certain atmosphere of breathless and unexplainable dread of outer, unknown forces must be present; and there must be a hint, expressed with a seriousness and portentousness becoming its subject, of that most terrible conception of the human brain—a malign and particular suspension or defeat of those fixed laws of Nature which are our only safeguard against the assaults of chaos and the daemons of unplumbed space.” — H. P. Lovecraft, “Supernatural Horror in Literature”(1927年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
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