コラム
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幻惑生命体マドムは、どこまで「クトゥルフの呼び声」なのか——新怪獣総選挙の候補を原典と突き合わせる

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何が起きているか——新怪獣総選挙という企画

2026年9月16日、東宝プレゼンツの「新怪獣総選挙」(NEW MONSTER GENERAL ELECTION)が投票を開始した[1]。新怪獣のデザインを手がけたのは特撮の造形・映像を担う白組。候補は次の8体である[1]。

  • ドローン空母マシン サジウス
  • 古代昆虫怪獣 ギガセクト
  • 古代機械獣 ミナキアス
  • 幻惑生命体 マドム
  • 廃棄物怪獣 キャンディロイ
  • 惑星襲撃怪獣 ギルクス
  • 撃竜怪獣 リゲド
  • 次元生命体 ゼノルフ

投票は第1フェーズ(2026年9月16日11:00〜10月4日23:59、JST)で全8体から上位4体を選出し、10月中旬頃にYouTube生配信の特番で中間発表。翌日から始まる第2フェーズは10月25日まで続き、最終結果は11月3日の「ゴジラ・フェス2026」で発表される[1]。投票は1人1日1回、日付が変わるごとにまた投票できる仕組みである[1]。

1位に選ばれた怪獣は「2027年以降のゴジラ・フェスの新作特撮『フェス・ゴジラ』に登場予定」とされ、グッズ展開も予定されている。ただし公式サイトは「映像化やグッズ化等の展開において、怪獣の設定やデザインは一部変更・調整を加える場合があります」と注記しており、いま公開されている設定が最終形とは限らない[1]。企画の趣旨として公式サイトが挙げているのはモスラ・ラドン・キングギドラ・メカゴジラで、「怪獣史の中に新たに名を刻む新怪獣を誕生させたい」という説明が添えられている[1]。

この8体のうち、深淵書架が着目したいのは「幻惑生命体 マドム」である。設定を読むと、有史以前から地球にいた支配者、海底での眠り、呼ぶ声による復活、周波数による支配——という骨格が、ラヴクラフトの「クトゥルフの呼び声」(The Call of Cthulhu, 1928)にかなり近い形で並ぶ。念のため先に断っておくと、東宝や白組が同作を参照した、あるいはクトゥルフ神話を意識したという記述は、公式サイトのどこにも無い[1][2]。ここで書けるのは制作意図の推測ではなく、公開されている設定の文言と、原典の本文とを、要素ごとに突き合わせた結果だけである。

マドムの公式設定

公式サイトの怪獣データによると、マドムの分類は「幻惑生命体」(英語表記 Mesmeric Entity)、名称は「マドム」(MADOMUH)。名前の由来として「MAD+DOOM(運命; 破滅,死)」という記載がある[2]。身長50m、体重20,000t[2]。

プロフィール文は次のとおりである。

有史以前から地球に存在していた生命体。高い知能と、周囲の存在を配下にしてしまう特殊な周波数の鳴き声を備え、地上を支配する存在として君臨していた。その後、周期的に訪れる深い眠りにつき仮死状態で海底で過ごしていたが、かつて配下にしていた生物の末裔(まつえい)が呼ぶ声に反応し、復活。自らを絶対的な支配者であると自負するマドムは、何も知らず地上を跋扈(ばっこ)している人類に対して強い憎悪を抱く。そして、同じく圧倒的な力を誇るゴジラをも支配下に置くことを画策し、接近するのだった。[2]

英語版のプロフィールも用意されている。

A mysterious entity that has existed on Earth since prehistoric times, once reigning supreme with high intelligence and a distinctive vocal frequency capable of brainwashing surrounding lifeforms into its subordinates. It eventually fell into a deep, periodic slumber in a state of suspended animation beneath the ocean floor. Awakened by the calling cries of the descendants of its former thralls, MADOMUH returned. Viewing itself as the absolute ruler, it harbors a deep hatred toward humanity for roaming the surface, and moves to subjugate Godzilla to its will as well.[3]

必殺技は「グランド・スポア」(Grand Spore)。体内から射出する2種類の侵入型兵器で、1つは突き刺さった生物の内部で微生物と融合・発芽し、対象を配下へ変容させる変異型の胞子。もう1つは敵の体内に潜り込んで内部で爆散する攻撃型の生物。いずれもマドムの号令ひとつで作動する[2]。

原典との対照

「クトゥルフの呼び声」は、故人類学者エンジェル教授の遺した資料を語り手の甥が読み解いていく形式の短編である。作中でクトゥルフそのものが動くのは終盤、船員ヨハンセンが遭遇する場面だけで、それ以前の情報の大半はカルトの生き残り老カストロの語りとして提示される。マドムのプロフィールと重なる要素は、主にこのカストロの語りの中にある。

1. 有史以前から地球にいた、人類以前の支配者

マドムは「有史以前から地球に存在していた生命体」「地上を支配する存在として君臨していた」とされる[2]。原典でカストロが語る「古のもの」(Great Old Ones)も、同じ位置づけで登場する。

They worshipped, so they said, the Great Old Ones who lived ages before there were any men, and who came to the young world out of the sky.[4]

(訳: 彼らが崇めているのは、人類が現れるはるか以前から生きていた「古のもの」であり、それは若かった頃のこの世界に、空からやって来たのだという)

「人類より前から存在し、地球を統べていた」という順序が、マドムの設定文とそのまま重なる。ただし原典では古のものが「空から来た」(out of the sky)存在として明示される一方、マドムのプロフィールに出自への言及は無い。地球に「元からいた」のか「どこかから来た」のかは、公開設定からは読み取れない。

2. 周期的な深い眠り・仮死状態で海底にいる

マドムは「周期的に訪れる深い眠りにつき仮死状態で海底で過ごしていた」[2]。クトゥルフが眠る沈んだ都市ルルイエは、カストロの語りでこう説明される。

They all lay in stone houses in Their great city of R’lyeh, preserved by the spells of mighty Cthulhu for a glorious resurrection when the stars and the earth might once more be ready for Them.[5]

(訳: 彼らは皆、大いなる都市ルルイエの石の館に横たわり、星と地球が再び整う時の、栄光ある復活のために、強大なクトゥルフの呪文によって保存されていた)

さらに、カルトの間で語り継がれる二行詩がある。

“That is not dead which can eternal lie, / And with strange aeons even death may die.”[5]

(訳: 永劫に横たわりうるものは、死んではいない。奇怪なる悠久の時を経て、死そのものすら死ぬことがあるのだから)

「死んでいるのではなく眠っている」「時が来れば目覚める」という状態は、マドムの「仮死状態」とほぼ同じ構造である。相違点は場所の指定で、原典は沈んだ都市ルルイエという具体的な地名を持つのに対し、マドムの設定は「海底」とだけ書かれ、地名や都市の存在には触れていない。

3. かつて配下にしていた生物の末裔が呼ぶ声に反応して復活

マドムは「かつて配下にしていた生物の末裔が呼ぶ声に反応し、復活」する[2]。原典でも、ルルイエに眠るクトゥルフは一方的に眠っているのではなく、カルトが継続して「呼びかけ」続けている構図が繰り返し語られる。カストロはこう語る。

the secret priests would take great Cthulhu from His tomb to revive His subjects and resume His rule of earth[6]

(訳: 秘密の祭司たちが、大いなるクトゥルフをその墓所から連れ出し、その配下たちを蘇らせ、地球の支配を再開させるだろう)

そして物語の終盤、南太平洋でルルイエが海面に浮上した場面では、次のように書かれる。

There lay great Cthulhu and his hordes, hidden in green slimy vaults and sending out at last, after cycles incalculable, the thoughts that spread fear to the dreams of the sensitive and called imperiously to the faithful to come on a pilgrimage of liberation and restoration.[7]

(訳: そこに大いなるクトゥルフとその眷属が、緑色のぬめる地下納骨堂に隠れて横たわり、ついに、数え切れぬ周期を経て、感受性の強い者の夢に恐怖をまき散らす思念を送り出し、信奉者たちに解放と復権への巡礼に来るよう、有無を言わさぬ調子で呼びかけていた)

「配下(信奉者)の側が呼び続け、それに応えて目覚める」という順序は、マドムのプロフィールにおける「末裔が呼ぶ声に反応し、復活」と一致する。

4. 周波数の鳴き声で周囲を配下にする

マドムは「特殊な周波数の鳴き声」で「周囲の存在を配下にしてしまう」[2]。英語版プロフィールでは “a distinctive vocal frequency capable of brainwashing surrounding lifeforms into its subordinates” と、洗脳(brainwashing)という語まで使われている[3]。

原典のクトゥルフや古のものは、物理的な声で洗脳するわけではないが、感受性の強い人間の夢に直接干渉して意思を伝えるという、機能としては近い描写を持つ。

the Great Old Ones spoke to the sensitive among them by moulding their dreams; for only thus could Their language reach the fleshly minds of mammals.[8]

(訳: 古のものたちは、感受性の強い者たちに対し、その夢を形づくることで語りかけた。そうする以外に、彼らの言語が哺乳類の肉の心に届く方法はなかったからである)

先に引いた「感受性の強い者の夢に恐怖をまき散らす思念を送り出し」[7]という一節も同じ機能を指す。「発せられる何か」が「対象の内側」を直接書き換える、という構図がマドムの「周波数」と重なる。相違点は媒体で、原典はあくまで夢という非物理的な回路を使うのに対し、マドムの設定は「鳴き声」という物理的な音として書かれている。

5. 人類への強い憎悪/自らを絶対的な支配者と自負

マドムのプロフィールで最も強い言葉が使われているのがこの部分である。「自らを絶対的な支配者であると自負するマドムは、何も知らず地上を跋扈している人類に対して強い憎悪を抱く」[2]。英語版では “Viewing itself as the absolute ruler, it harbors a deep hatred toward humanity” とある[3]。

原典で古のものが「地球の支配を再開させる」(resume His rule of earth)という一節はすでに引いた[6]。「絶対的な支配者」という自己認識に対応する記述はここにある。カストロはさらに、古のものが復権した後の世界をこう語る。

for then mankind would have become as the Great Old Ones; free and wild and beyond good and evil, with laws and morals thrown aside and all men shouting and killing and revelling in joy. Then the liberated Old Ones would teach them new ways to shout and kill and revel and enjoy themselves[9]

(訳: その時、人類は古のものと同じようになるだろう。自由で野生的で、善悪の彼岸にあり、法も道徳も投げ捨てて、みなが叫び、殺し、喜びに耽るようになる。そして解放された古のものたちは、彼らに新しい叫び方、殺し方、耽り方を教えるだろう)

ここで注意したいのは、原典の古のものは人類を「憎んでいる」とは書かれていない点である。書かれているのは、人類を道徳の外へ引きずり出し、自分たちの流儀を「教える」対象として扱う支配—被支配の関係であって、感情としての憎悪ではない。ラヴクラフトの宇宙的恐怖が扱う核は、多くの場合「憎悪」よりも「無関心」——古のものにとって人類がそもそも憎むに値するほどの相手ではない、という位置づけの低さである。マドムの設定文が明言する「強い憎悪」は、原典の骨格に東宝・白組の側が独自に足した感情線だと見てよい。

重ならない点

一致する要素を並べたところで、重ならない点も同じ重みで書いておく必要がある。

ゴジラを支配下に置こうとする動機。 マドムのプロフィールは「同じく圧倒的な力を誇るゴジラをも支配下に置くことを画策し、接近する」で締めくくられる[2]。これは怪獣映画という枠組みが要求する対戦相手との関係であり、原典のクトゥルフに対応する要素は無い。

身長・体重という数値化。 マドムには「身長50m、体重20,000t」という具体的な数値が設定されている[2]。原典のクトゥルフは、ヨハンセンの記述でも “A mountain walked or stumbled.”(訳: 山が歩いた、あるいはよろめいた)と形容されるにとどまる[10]。老カストロについても、地の文で “The size of the Old Ones, too, he curiously declined to mention.”(訳: 古のものの大きさについても、彼は妙なことに語ろうとしなかった)と説明されており[11]、大きさを意図的にぼかす書き方が繰り返されている。measurable(測定可能)であること自体が、原典の恐怖の作法とは方向が逆である。

「グランド・スポア」という必殺技。 体内から胞子や攻撃用生物を撃ち込むという具体的な攻撃手段は、怪獣映画のバトル描写のための固有装備であり、原典には対応する描写が無い[2]。

これらはいずれも、対戦・数値・必殺技という怪獣映画のジャンル文法が要求する部品であり、「クトゥルフの呼び声」のような一人称の報告体で進む宇宙的恐怖小説には、そもそも出てくる場所がない種類の情報である。

深淵書架としての整理——独立に作られた造形が、なぜここまで重なるのか

深淵書架では神格や存在の記事を、原典(ラヴクラフト、1917-1937)/ダーレス以降の拡張(1939-)/TRPGによる拡張(1981-)の三層に分けて記録している。マドムは、このどの層にも属さない。東宝と白組が2026年に独自に作った、まったく別の作品世界の怪獣である。クトゥルフ神話の版元が関わっているわけでも、神話の設定を下敷きにした二次創作として発表されているわけでもない。

それでも、有史以前からの支配者、周期的な眠り、末裔が呼ぶ声への応答、周波数による支配、絶対的支配者としての自負——という骨格の並びは、偶然の一致というには要素の数が多い。ここから言えるのは二つの可能性で、どちらか一方に断定する材料は無い。一つは、制作側がクトゥルフ神話、あるいはそこから広まった「深い眠りから目覚める太古の支配者」という物語の型を、意識的か無意識かは別として下敷きにした可能性。もう一つは、「人類以前から存在し、目覚めを待つ支配者」という発想が、クトゥルフ神話を経由しなくても独立に生まれうるほど、汎用性の高い恐怖の型になっているという可能性である。

後者だとすれば、それはラヴクラフトが1928年に作った物語の骨格が、100年近く経った今も、まったく違うジャンル・まったく違う制作体制のもとで、参照の明示すら無しに再発明されるだけの強度を持っている、ということでもある。公式が明かしていない以上、深淵書架としてはここまでしか書けない。今後、マドムの映像化やグッズ展開で新しい設定情報が公開された場合、この対照表は更新する。

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出典

  • [1] 「新怪獣総選挙」(NEW MONSTER GENERAL ELECTION)。東宝プレゼンツ、新怪獣デザイン制作は白組。候補8体(ドローン空母マシン サジウス/古代昆虫怪獣 ギガセクト/古代機械獣 ミナキアス/幻惑生命体 マドム/廃棄物怪獣 キャンディロイ/惑星襲撃怪獣 ギルクス/撃竜怪獣 リゲド/次元生命体 ゼノルフ)。第1フェーズ投票期間は2026年9月16日(水)11:00〜10月4日(日)23:59(JST)、投票は1人1日1回。上位4体を選出し10月中旬頃にYouTube生配信の特番で中間発表、第2フェーズは中間発表翌日〜10月25日(日)、最終結果は11月3日(火・祝)「ゴジラ・フェス2026」で発表。1位の怪獣は「2027年以降のゴジラ・フェスの新作特撮『フェス・ゴジラ』に登場予定」。「映像化やグッズ化等の展開において、怪獣の設定やデザインは一部変更・調整を加える場合があります」との注記あり — 新怪獣総選挙 公式サイト(東宝)(2026年9月16日確認), https://newmonsterelection.com/ ↩
  • [2] マドム(MADOMUH)。分類「幻惑生命体」(Mesmeric Entity)。名前の由来「MAD+DOOM(運命; 破滅,死)」。身長50m、体重20,000t。プロフィール、必殺技「グランド・スポア」(Grand Spore)の説明を含む — 新怪獣総選挙 公式サイト(東宝)怪獣データ(2026年9月16日確認), https://newmonsterelection.com/ ↩
  • [3] マドムの英語版プロフィール(“A mysterious entity that has existed on Earth since prehistoric times…”) — 新怪獣総選挙 公式サイト(東宝)怪獣データ 英語版(2026年9月16日確認), https://newmonsterelection.com/en/ ↩
  • [4] “They worshipped, so they said, the Great Old Ones who lived ages before there were any men, and who came to the young world out of the sky.” — H. P. Lovecraft, “The Call of Cthulhu”(1928年), Part II, https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/cc.aspx ↩
  • [5] “They all lay in stone houses in Their great city of R’lyeh, preserved by the spells of mighty Cthulhu for a glorious resurrection when the stars and the earth might once more be ready for Them.”「That is not dead which can eternal lie, / And with strange aeons even death may die.」 — 同上, Part II ↩
  • [6] “the secret priests would take great Cthulhu from His tomb to revive His subjects and resume His rule of earth” — 同上, Part II ↩
  • [7] “There lay great Cthulhu and his hordes, hidden in green slimy vaults and sending out at last, after cycles incalculable, the thoughts that spread fear to the dreams of the sensitive and called imperiously to the faithful to come on a pilgrimage of liberation and restoration.” — 同上, Part III ↩
  • [8] “the Great Old Ones spoke to the sensitive among them by moulding their dreams; for only thus could Their language reach the fleshly minds of mammals.” — 同上, Part II ↩
  • [9] “for then mankind would have become as the Great Old Ones; free and wild and beyond good and evil, with laws and morals thrown aside and all men shouting and killing and revelling in joy. Then the liberated Old Ones would teach them new ways to shout and kill and revel and enjoy themselves” — 同上, Part II ↩
  • [10] “A mountain walked or stumbled.” — 同上, Part III ↩
  • [11] “The size of the Old Ones, too, he curiously declined to mention.” — 同上, Part II ↩
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深淵書架 編集部
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