神智学書 — THE BOOK OF DZYAN

ジャーンの書

原典

ヘレナ・P・ブラヴァツキーが1888年の『シークレット・ドクトリン』で全編の土台に据えた文献。地球より古く、センザール語で書かれた椰子の葉の写本だと本人は説明したが、その現物を外部に示したことはない。ラヴクラフトは「闇をさまようもの」で、この書名をネクロノミコンやエイボンの書と同じ棚に並べた。実在の書物と架空の魔道書の、ちょうど境目に立っている一冊。

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概要

『ジャーンの書(Book of Dzyan)』は、神智学協会の共同創設者ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキーが、1888年の主著『シークレット・ドクトリン』で全編の土台に据えた文献です[1][4]。

この書名は、原典の中に出てきます。「闇をさまようもの」(1935年11月執筆)で、廃教会の書架に並ぶ禁断の書物のひとつとして挙げられています[2]。

ただし当サイトがこれまで扱ってきた金枝篇や西欧の魔女崇拝と、この本は事情が違います。フレイザーもマレーも、図書館へ行けば現物があります。ジャーンの書には現物がありません。あるのは、ブラヴァツキーがそれを見たと書いた文章だけです。

実在の本と完全な創作の、その中間に立つ一冊が原典に取り込まれるとどうなるか。この記事では、それを順に追います。

原典のどこに出てくるか

「闇をさまようもの」の主人公ロバート・ブレイクが、フェデラルヒルの廃教会へ忍び込み、奥の祭具室で書架を見つける場面です。

He had himself read many of them—a Latin version of the abhorred Necronomicon, the sinister Liber Ivonis, the infamous Cultes des Goules of Comte d’Erlette, the Unaussprechlichen Kulten of von Junzt, and old Ludvig Prinn’s hellish De Vermis Mysteriis. But there were others he had known merely by reputation or not at all—the Pnakotic Manuscripts, the Book of Dzyan, and a crumbling volume in wholly unidentifiable characters(訳: 彼自身、そのうちの多くを読んでいた——忌まわしいネクロノミコンのラテン語版、不吉なリベル・イヴォニス、ダーレット伯の悪名高い『屍食教典儀』、フォン・ユンツトの『無名祭祀書』、そして老ルドヴィク・プリンの地獄めいた『妖蛆の秘密』。だが、噂に聞くだけか、まったく知らない書物もあった——ナコト写本、ジャーンの書、そして判読不能の文字で書かれた崩れかけの一巻)[2]

並んでいる書名を見てください。ネクロノミコン、リベル・イヴォニス、屍食教典儀、無名祭祀書、妖蛆の秘密、ナコト写本。すべて架空の書物です。 その列の中に、ジャーンの書が一冊だけ混ざっています。

「クトゥルフの呼び声」の一文が実在の本ばかりを並べていたのと、ちょうど逆の配置になります。あちらでは実在の本の隣に架空の教団が置かれました。こちらでは架空の書物の隣に、実在するかどうかが定まらない本が置かれています。

同じ1935年、ラヴクラフトがウィリアム・ラムリーのために代作した「アロンゾ・タイパーの日記」(1935年10月執筆)にも書名が出ます[3]。

I learned of the Book of Dzyan, whose first six chapters antedate the earth, and which was old when the lords of Venus came through space in their ships to civilise our planet(訳: 私はジャーンの書について知った。その最初の六章は地球に先立ち、金星の主たちが宇宙を渡る船でやってきて我々の惑星を文明化したときには、すでに古かった)[3]

金星の主、レムリア人が築いた都市シャンバラ——同じ段落に並ぶ語彙は神智学のものです[3]。ラムリー自身がオカルト愛好家だったことが、この作品にははっきり出ています。

ブラヴァツキーが見ていたという写本

では、その本はどこから来たのか。『シークレット・ドクトリン』第1巻の「プロエム」は、こう始まります。

An archaic Manuscript—a collection of palm leaves made impermeable to water, fire, and air, by some specific and unknown process—is before the writer’s eye.(訳: 古代の写本——なんらかの特定の、そして未知の処理によって水にも火にも空気にも侵されないものとされた椰子の葉の綴り——が、書き手の目の前にある)[1]

最初の頁には黒地に白い円がひとつ。次の頁には同じ円の中央に点がひとつ[1]。ブラヴァツキーはその図が何を意味するかを説明しながら、本文へ入っていきます。

この写本の位置づけについて、彼女はさらに大きなことを書いています。

This very old book is the original work from which the many volumes of Kiu-ti were compiled. Not only the latter and the Siphrah Dzeniouta, but even the Sepher Jetzirah(訳: この非常に古い書物こそ、多巻からなる『キウ=ティ』が編まれたもとの原典である。それだけでなく『シフラー・ヅェニウタ』も、さらには『セフェル・イェツィラー』さえも)[1]

続けて、中国の『書経』も、エジプトのトート=ヘルメスの聖典も、インドの『プラーナ』も、カルデアの『数の書』も、そして『モーセ五書』そのものまでが、この一冊の小さな親本から派生したのだと書きます[1]。書かれた言語はセンザール語という秘密の祭司語で、中央アジアで神的存在が光の子らへ口述したものだ、とも[1]。

主張の規模がわかると思います。世界中の聖典の親にあたる本を、自分は目の前に置いている——そう書いているわけです。

スタンザ第一の書き出し

『シークレット・ドクトリン』第1巻の本体は、この写本から採ったという七つのスタンザ(詩節)と、その注解でできています[1]。第一スタンザは、こう始まります。

1. The Eternal Parent, wrapped in her Ever-Invisible Robes, had slumbered once again for Seven Eternities. 2. Time was not, for it lay asleep in the Infinite Bosom of Duration.(訳: 一、永遠なる母は、その常に見えざる衣に包まれ、ふたたび七つの永劫のあいだ微睡んでいた。二、時は無かった。それは持続の無限の懐で眠っていたからである)[1]

三節では「普遍精神は無かった。それを容れるアハイが存在しなかったからである」、四節では「至福への七つの道は無かった」と続きます[1]。「〜は無かった」の反復で世界の以前を書くやり方です。

ラヴクラフトの読者なら、この語り口に見覚えがあるはずです。人間が現れる前の宇宙を、人間の尺度が通じない時間で語る。コズミックホラーの成り立ちで扱った枠組みと、同じ方向を向いています。

ただし、この訳文は原文ではありません。ブラヴァツキー自身が、スタンザは「現代語に訳した形」で載せると断っており、原典の古語をそのまま出しても難しくなるだけだと書いています[1]。センザール語の注解については「ヨーロッパの言語へ移されるのはこれが初めてである」とも[1]。照合できる相手は無い、と言っているのと同じです。

著者自身が、でっち上げと言われる覚悟を書いている

この本のいちばん奇妙なところは、第1版の序文にあります。

It is more than probable that the book will be regarded by a large section of the public as a romance of the wildest kind; for who has ever even heard of the Book of Dzyan?(訳: この本が世間の大部分から、この上なく荒唐無稽な作り話と見なされることは大いにありそうだ。そもそもジャーンの書など、誰が聞いたことがあるだろう)[1]

そして次の一文が続きます。

The writer, therefore, is fully prepared to take all the responsibility for what is contained in this work, and even to face the charge of having invented the whole of it.(訳: それゆえ書き手は、本書に含まれるすべての責任を引き受ける用意があり、その全部を自分ででっち上げたという非難に向き合う覚悟もできている)[1]

著者が、捏造を疑われることを予告している。 1888年の時点で、ブラヴァツキーは自分の主張がどう受け取られるかを正確に見積もっていました。彼女が写本の現物の代わりに差し出したのは、論理的な整合性です。この新しい創世記は、現代科学が気安く受け入れている「作業仮説」と同じ程度には扱われてよい、というのが本人の言い分でした[1]。

「ジャーン」という語の出どころ

書名そのものについて、ブラヴァツキーは脚注で説明しています。

Dan, in modern Chinese and Tibetan phonetics Chhan, is the general term for the esoteric schools and their literature.(訳: 「ダン」は、現代中国語およびチベット語の音では「チャン」で、秘教的な諸派とその文献を指す一般名詞である)[1]

古い書物では「ジャンナ」の語が「瞑想と知識によって自らを改めること」と定義されている、そこから音として「ヅァン」「ジャン」となり、ジャーンの書という名になった——という説明です[1]。典拠として挙げているのは、ジョセフ・エドキンズ牧師の『中国仏教』129頁の注[1]。

つまり書名の由来は、彼女自身の説明においても既存の漢語仏教用語からの音の連想です。写本の伝来をたどった話ではありません。ここは後の批判者が突いてきた点でもあります。

実在をめぐる評価

ブラヴァツキーの信用については、生前に決着めいたものが一度つき、後にそれが揺り戻されました。

ブリタニカ百科事典の記述によれば、彼女は1884年末にインドの新聞から霊的現象の捏造を指摘され、1885年にはロンドン心霊研究協会(SPR)の調査による「ホジソン報告」が彼女を詐欺と断定しています[4]。ただし同項目は、その1世紀後にSPR自身がホジソン報告への批判的研究を公表し、ブラヴァツキーは不当に断罪されたと発表したことも併記しています[4]。

これはジャーンの書そのものの真偽を決める話ではありません。写本が現れていない以上、外から検証する手がかりが無いという状態が続いています。当サイトの立場はアトランティスと失われたレムリアのときと同じです。主張の当否には立ち入りません。見るのは、1935年のラヴクラフトが手に取れた本として何が書かれていたか、その一点です。

ブラヴァツキーは1831年生まれ、1891年ロンドンで没[4]。『シークレット・ドクトリン』は1888年刊、当サイトが引用したProject Gutenbergの公開テキストは1893年ロンドンの第3改訂版です[1]。「闇をさまようもの」が書かれた1935年には、47年前の本として流通していました。1877年の前作『ヴェールを剥がされたイシス(Isis Unveiled)』ともども[4]、この本は当時のオカルト愛好家の共有財産です。ラムリーのような読者に、書名を出せば通じる程度には。

ラヴクラフトは、この本をどの棚に置いたか

配置の話へ戻ります。「闇をさまようもの」の書架で、ジャーンの書が置かれたのは架空の魔道書の列でした。ネクロノミコンや妖蛆の秘密と同じ扱いです。

金枝篇の場合とは向きが逆になっています。あちらは、実在の学術書の隣に架空の教団を置くことで、教団に手触りを与えました。こちらは、架空の書物の隣に実在すると主張された本を置いて、架空の側を実在の方へ引き寄せる配置です。どちらも、境目を見えにくくする操作にあたります。

しかも今回置かれたのは、実在と創作の判定が済んでいない本でした。ブラヴァツキーの主張が本当なら、ジャーンの書は世界最古の実在文献です。作り話なら、19世紀の創作です。どちらに転んでも、ネクロノミコンの隣に置かれたときの効果は変わりません。ネクロノミコンは実在するのかを信じる読者が現れ続ける理由の一端が、この種の配置にあります。

ラヴクラフトが神智学の語彙を使ったのは、これが初めてではありません。「クトゥルフの呼び声」は冒頭の2段落目で神智学者たちを名指しし、彼らが宇宙的循環の壮大さを推し当ててきたと書いています。資料の束の中にスコット=エリオットの神智学書を混ぜたのも同じ作品です。ジャーンの書は、その系統の使い方の中でも、いちばん深いところまで入り込んだ例にあたります。

三層のどこに属するか

当サイトが記録している神話の三層で見ると、この本の位置ははっきりしています。

原典層(1917-1937) — 「闇をさまようもの」(1935年11月執筆)と「アロンゾ・タイパーの日記」(1935年10月執筆)。前者はラヴクラフト単独の作品、後者はウィリアム・ラムリーのための代作です[2][3]。どちらも書名を出すだけで、内容の設定は与えていません。

ダーレス以降の拡張層(1939-) — 当サイトでは未確認です。判断のつく資料に当たっていないので、ここは空欄のままにします。

TRPG層(1981-) — Chaosiumが公開している『クトゥルフ神話TRPG』第7版キーパー・ルールブックの公式索引に、”Book of Dzyan 226″ として載っています[5]。この索引は「Mythos Tomes(神話の魔導書)」と「Occult Books(オカルト書)」を別の見出しで立てており、ジャーンの書の226頁は、ネクロノミコン(230頁)やエイボンの書(226頁)と同じ頁の範囲に入ります。一方で金枝篇、ソロモンの鍵、ゾーハル、易経、『魔女の鉄槌』はすべて236頁で、こちらは別の範囲です[5]。

ゲームの側は、この本を実在のオカルト書ではなく神話の魔導書として整理したわけです。ラヴクラフトが1935年に置いた棚を、そのまま引き継いだ形になっています。

出典

  • [1] H. P. Blavatsky “The Secret Doctrine: The Synthesis of Science, Religion, and Philosophy”Vol. I(Cosmogenesis)。第3改訂版、The Theosophical Publishing House、ロンドン、1893年。Project Gutenberg 公開テキスト(eBook #54824、2026年9月3日確認)。序文・プロエムの写本の記述・第一スタンザ・センザール語と諸聖典についての記述・書名の語源に関する脚注は、いずれも同テキストによるhttps://www.gutenberg.org/ebooks/54824
  • [2] H. P. Lovecraft “The Haunter of the Dark”(1935年11月執筆)。引用および執筆時期は公式アーカイブの公開テキストと、同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/hd.aspx
  • [3] H. P. Lovecraft for William Lumley “The Diary of Alonzo Typer”(1935年10月執筆)。代作であること・引用・執筆時期は公式アーカイブの公開テキストと、同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/dat.aspx
  • [4] “Helena Blavatsky”, Encyclopaedia Britannica(2026年8月8日更新、2026年9月3日確認)。生没年、神智学協会の設立、『ヴェールを剥がされたイシス』(1877年)と『シークレット・ドクトリン』(1888年)の刊年、1885年のホジソン報告とその1世紀後のSPRによる再評価は、同項目によるhttps://www.britannica.com/biography/Helena-Blavatsky
  • [5] Chaosium “Call of Cthulhu 7th Edition Index for Keepers and Investigators”(版元公式の無償配布PDF、2026年9月3日取得)。”Book of Dzyan 226” の掲載、索引が Mythos Tomes とOccult Books の見出しを分けていること、および各書名に付された頁番号は、同PDFによるhttps://www.chaosium.com/content/FreePDFs/CoC%207/Call%20of%20Cthulhu%207th%20Edition%20Index%20for%20Keepers%20and%20Investigators.pdf
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