概要
『アトランティスと失われたレムリア(The Story of Atlantis and the Lost Lemuria)』は、 神智学協会に属したW・スコット=エリオットの2編を合わせた本です。『アトランティスの物語』が 1896年、『失われたレムリア』が1904年の初出で、ロンドンの神智学出版協会から地図6葉つきで 刊行されました[1]。全体で約4万2千語あります[1]。
この本は、「クトゥルフの呼び声」の中で書名を挙げて 名指しされています。エインジェル教授の遺した覚え書きのうち、神智学の書物や雑誌からの 引用について、原文は「とりわけW・スコット=エリオット『アトランティスと失われたレムリア』」と 断っています[2]。
金枝篇、西欧の魔女崇拝に 続いて、原典が名を挙げた実在の本の3冊目です。ただしこの1冊だけは、性格が違います。
物語の2段落目で、神智学が呼ばれている
「クトゥルフの呼び声」でもっとも有名な冒頭——人間の心があらゆる内容を関連づけられないことが 最大の慈悲だ、という一節——のすぐあとに、この文章が来ます。
Theosophists have guessed at the awesome grandeur of the cosmic cycle wherein our world and human race form transient incidents. They have hinted at strange survivals in terms which would freeze the blood if not masked by a bland optimism.(訳: 神智学者たちは、我々の世界と人類がその中の束の間の出来事にすぎないような、宇宙的循環の畏るべき壮大さを推し当ててきた。彼らは奇怪な生き残りについて、もし穏やかな楽観に覆われていなければ血も凍るような言葉で、ほのめかしてきた)[2]
そして続けて、こう書きます。「だが、私を震わせるあの禁じられた太古の一瞥は、彼らから 来たのではない」[2]。
つまりラヴクラフトは、物語の入口で神智学を名指しし、その宇宙観を評価したうえで、 自分はそこから先へ行くと宣言しているわけです。この一節を読んだうえで スコット=エリオットの本を開くと、彼が何を評価し何を捨てたのかが見えてきます。
この本の主張:文字記録に依らずに歴史を書く
序文で著者が説明するのは、方法の話です。西洋の歴史研究はこれまで、何らかの文字記録に 依存してきた。文献が尽きれば石造の記念物があり、化石が人類の古さについていくつかの まぎれもない、しかし言葉を持たない保証を与えてきた。しかし近代の文化は、誤りうる証拠に 依存しない、過去の出来事の調査法を見落としてきた——というのが出発点です[1]。
その方法がアストラル透視(astral clairvoyance)です。自然の記憶(Nature’s memory)を、 自分が通常関係している範囲より少し先まで遡って読む能力。その最も壮大な発達形が、 本書のアトランティス記述の基礎となる調査に用いられた、と著者は書いています[1]。
さらに、調査にあたった複数の有資格者は「当該の遠い時代から物理的に保存されてきた地図や その他の記録」へのアクセスを許された、とも述べます[1]。ヨーロッパの戦乱や、科学を冒涜と みなした時代の狂信から離れた、より安全な保管のもとにあった記録だ、と。
根源人種と、沈んだ大陸
内容は、人類の歴史を「根源人種(Root Race)」と「亜人種(sub-race)」の連なりとして描くものです。 現在の人類は第5の人種であり、その歴史のうち我々が持っているのは断片にすぎない、と著者は 書きます[1]。それ以前にレムリアがあり、アトランティスがあった。
各地の伝承も証拠として動員されます。ガリアには3つの民族が住んでいた——先住民 (おそらくレムリア人の種族の残り)、遠いアトランティス島からの侵入者、そしてアーリア系の ガリア人[1]。メキシコのトルテカ人は自らをアトランあるいはアストランに遡らせ、アステカ人も アストランから来たと主張した[1]。
沈んだ大陸、そこにいた人類以前あるいは人類の別系統、そして各地の伝承に残る痕跡。 ラヴクラフトが「奇怪な生き残り(strange survivals)」と呼んだのは、この種の記述です。
沈没の年が、西暦で書いてある
この本の異様さがよく出ているのが、付属する6葉の地図です。
たとえば第4図の説明は「8万年前の大変動以後、そして紀元前9,564年のポセイドニス最終沈没に 至るまでの世界」[1]。ほかにレムリアの最大版図を示す第1図、後代のレムリアを示す第2図が 続きます[1]。
沈んだ大陸の最後の島が沈んだ年が、西暦で1年単位まで書かれているわけです。透視によって 自然の記憶を読んだ、という前提を受け入れれば、年代がここまで確定するのは筋が通ります。 文字記録に依らない歴史とは、こういう手触りのものだ、という見本になっています。
巨人と、卵形の頭
レムリアとアトランティスの住人についての記述も具体的です。
アトランティスの第1の亜人種とされるルモアル人は、マホガニーのように黒い肌をした種族で、 初期には身長が10フィートから12フィート——まさしく巨人の種族だった。しかし世紀を経るに つれて背丈は次第に縮み、それはほかのすべての種族についても同様だった、と著者は書きます[1]。
レムリア人の第7亜人種のある系統については、突き出た顎、厚く重い唇、平たい顔、不気味な目に 加えて、頭部がほとんど卵形——卵の細いほうが上——で、両目は大きく離れ、非常に上のほうに ついていた、と描写されます[1]。
こうした記述は、当サイトが扱う神話の種族記事——深きものの混血の描写や、 人類以前の知性体の造形——と、書き方の質感がよく似ています。人間に似ているが人間ではない 系統を、解剖学の口調で並べるという手つきです。
ただし、この本の枠組みが人種の階梯でできていることは記しておきます。著者は現存の集団を 第3・第4・第5の人種の名残として振り分け、インドの階層についてもそう論じています[1]。 当サイトはその主張の当否に立ち入りませんが、1896年から1904年の神智学書がどういう前提で 書かれていたかは、読む側が承知しておくべきことです。
イースター島の巨像と、溶岩の都市
もう一つ、神話の読者が引っかかる箇所があります。イースター島です。
著者は『シークレット・ドクトリン』を引きながら、現在のイースター島の西方およそ30マイルに、 すべて溶岩の塊で築かれた大都市があったとし、それは一連の火山噴火によって滅ぼされたと 書いています[1]。そして島に残る巨像——ほとんどが高さ27フィート、肩幅8フィートほど——は、 それを刻んだ者たち、あるいはその祖先の顔立ちだけでなく背丈をも表そうとしたものだろう、 と続けます[1]。
海に沈んだ石造都市、巨大な像、そして像は実際の背丈を写したものだという含み。 ルルイエを読んだあとにこの数行を読むと、1896年の神智学書と1926年の 小説が、同じ想像の材料を扱っていることが見えてきます。
繰り返しますが、当サイトはここから影響関係を主張しません。原典が名指しした本に、 こう書いてあった——確かめられるのはそこまでです。ただし「彼らから来たのではない」と 書いた作家が、この本を読んでいたことは、原典自身が認めています。
ラヴクラフトが取らなかったもの
では彼は何を捨てたのか。冒頭の一節が答えを出しています。「穏やかな楽観に覆われて いなければ血も凍るような」——この留保です。
神智学の体系では、人種の交代も大陸の沈没も、より高い段階へ向かう進化の過程として 位置づけられます。滅びには意味があり、全体は目的を持って進んでいく。だから読者は、 途方もない時間の話を読みながら安心していられます。
ラヴクラフトはその安心を外しました。ルルイエが沈んでいるのは 進化の段階ではなく、クトゥルフが待っているのは人類の向上のためでは ありません。同じ「宇宙的循環」という語を使いながら、そこから目的だけを抜き取った—— それが「彼らから来たのではない」の中身だと読めます。
「コズミックホラーはラヴクラフトの発明か」で扱った問いに、 ここでも一つの答えが出ています。壮大な時間尺度は先行者から借りられた。借りなかったのは、 その先にある慰めのほうです。
新聞記事の中の神智学者たち
同じ小説には、もう一箇所だけ神智学が出てきます。サーストンが集めた1925年春の切り抜きの なかに、カリフォルニアの神智学者の共同体が、来ることのない「輝かしい成就」のために 一斉に白い衣をまとったという記事があるのです[2]。
ロンドンの投身自殺、南米の新聞への長い投書、インドの不穏、ハイチのヴードゥーの祭り、 アフリカの不吉な呟き。その並びの中に、白衣の神智学者たちが置かれています。
当時実在した運動が、世界規模の異変を感知した人々の一例として、事件の資料に混ぜられている。 実在の本を教授の書類に置いたのと同じ手つきが、ここでも使われています。
三冊のうち、この一冊だけが違う理由
原典の同じ一文に並ぶ三冊を、性格で分けておきます。
金枝篇と西欧の魔女崇拝は、 当時の大学と学術出版の中にありました。フレイザーは事例を集めて比較し、マレーは裁判記録を 人類学と突き合わせています。方法の当否はともかく、証拠を並べて論じるという形式は共有しています。
スコット=エリオットの本は、その形式の外にあります。証拠は透視で得られたものであり、 検証する手立ては読者の側にありません。原文が「誤りうる証拠に依存しない」と誇らしげに書くとき、 それは反証もできないという意味でもあります[1]。
ラヴクラフトは、この三冊を教授の書類に同居させました。学術書と、学術書の形をした オカルト書を、同じ「典拠」の束に入れている[2]。読者の側から見ると、どこまでが確かめられる 話でどこからがそうでないのかの境目が、教授の机の上で溶けます。その溶け方こそが、 あの小説の仕掛けです。
当サイトが原典・ダーレス以降・TRPGの三層を分けて記録するのは、 100年後にも同じ溶け方が続いているからです。境目を引き直す作業に、実在の本を一冊ずつ 確かめることが要ります。
この本の読み方
学説としての当否を当サイトが判定することはしません。確かめられるのは、1926年のラヴクラフトが 手に取れる本として、そこに何が書いてあったかです。神智学の主張を信じるかどうかと、 その主張が原典にどう使われたかを調べることは、別の作業になります。
全文はProject Gutenberg[1]で公開されています。序文の数ページを読むだけでも、「文字記録に 依らずに太古を語る」という身振りがどういうものかは分かります。原典が人類以前の歴史を 語るときの調子は、この身振りと地続きです。違うのは、ラヴクラフトがその調子で語った先に、 救いを置かなかったことだけです。
読む順番としては、「クトゥルフの呼び声」の冒頭2段落を先に読み直すことを勧めます。 神智学者たちが宇宙的循環の壮大さを推し当ててきた、という一文の意味は、 この本を数ページめくったあとのほうが、はっきり分かるはずです。そのうえで 「だが、彼らから来たのではない」まで読むと、ラヴクラフトが何を引き受けて何を捨てたのかが、 一つの文の中に畳まれていることが見えてきます。
出典
- [1] W. Scott-Elliot “The Story of Atlantis and the Lost Lemuria”(The Theosophical
Publishing House, London。『アトランティスの物語』初出1896年、『失われたレムリア』初出1904年、 地図6葉)。序文の方法論、根源人種と亜人種、ガリアとメキシコの伝承、語数はいずれも Project Gutenberg 公開テキスト(eBook #21796、2026年8月25日確認)による https://www.gutenberg.org/ebooks/21796
- [2] H. P. Lovecraft “The Call of Cthulhu”(1926年執筆/1928年発表)。冒頭部の神智学への言及、
書名の引用、カリフォルニアの神智学者共同体の記事は公式アーカイブの公開テキストより https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/cc.aspx





