概要
「ユカタン海岸で発見された手記」——作品はその一行の但し書きから始まります[1]。書き手は帝国ドイツ海軍の潜水艦U-29の艦長、カール・ハインリヒ・グラーフ・フォン・アルトベルク=エーレンシュタイン。1917年8月20日、故障して海底に横たわる艦から、瓶に入れた記録を海へ投じるところです[1]。
彼は自分の状況を、「U-29の回復不能の損傷だけでなく、私の鉄のドイツ人の意志が、きわめて破滅的なかたちで損なわれたこと」を含むと書きます[1]。この手記は、その意志が損なわれていく2か月の記録です。
約5,400語。ラヴクラフトが1920年に書いた、海に沈んだ古代都市を扱う最初期の作品のひとつで、語り手が自分をどう見ているかと、読者に何が見えるかのずれで進みます。
作品情報
- 執筆: 1920年[2]
- 発表: 1925年9月、『ウィアード・テイルズ』誌 vol.6 no.3、329-336頁および429-431頁[3]
- 分量: 約5,400語[1]
- 舞台: 1917年6月18日から8月20日、大西洋上、そして海底。ユカタン海岸で瓶が見つかったとされる[1]
- 語りの形: 艦長が瓶に封じた手記。日付つきの航海日誌の体裁
- 主題タグ: 第一次大戦、潜水艦、海底都市、語り手の自己像、象牙
登場神格・用語
- 象牙の頭 — 「月桂冠をいただく若者の頭」を刻んだ小さな象牙。死んだ水兵の上着のポケットにあった。副長クレンツェが「非常に古く、芸術的価値がある」として自分のものにする[1]
- U-29 — 帝国ドイツ海軍の潜水艦。艦長のほか、副長クレンツェ、水兵たち
- 海底の都市 — 艦長が「かつては大部分を神話と見なしていたアトランティス」と呼ぶ廃墟[1]。神殿の柱と帯状装飾に、象牙と同じ彫刻がある
- 神話の固有名詞は登場しない。ダゴンもクトゥルフも、この作品にはまだ名前がない
あらすじ
6月18日。U-29は英国貨物船ヴィクトリー号を雷撃します。艦長は乗員がボートで退去するのを許しました——「海軍省の記録用に良い映画の画を得るため」に[1]。船は舳先から沈み、「カメラは何も見逃さなかった」。そのあと救命ボートを砲撃し、潜航します[1]。
夕暮れに浮上すると、甲板に水兵の死体がありました。手すりを「奇妙な具合に」握りしめた、若く浅黒い、美しい顔の男。「イタリア人かギリシャ人だろう」[1]。上着のポケットから、月桂冠をいただく若者の頭を刻んだ象牙が出てきます。副長クレンツェがそれを取りました。
目。死体を海へ投げるとき、閉じていた目が開き、水兵たちには「その目が自分たちをじっと、嘲るように見ている」ように見えました[1]。年長の掌帆長は、死体が少し沈んだあと手足を泳ぐ形に組んで南へ泳ぎ去った、と言い張ります。艦長はこれを「迷信深いアルザスの豚」の妄想と片づけます[1]。
イルカ。イルカの群れが艦の周りに集まり、数を増やします。海図にない南向きの海流。艦は狙っていた汽船ダキア号を取り逃がしますが、艦長は「失望より安堵が勝った」と書きます——ヴィルヘルムスハーフェンへ帰れるからです[1]。6月28日正午、艦は北東へ転針します。午後2時、機関室で原因不明の爆発。「機械の欠陥も、乗員の不注意も認められていなかった」のに、艦は端から端まで震えました[1]。動力を失った艦は、南へ流されはじめます。
反乱。動力を失った艦の中で、艦長と副長は水兵たちに「役に立たないと分かっていても」機械いじりをさせて忙しくさせ、騒ぎ出せば自動拳銃で静めていました[1]。7月4日午前5時、残った6人の水兵が反乱を起こします。2日前に艦長が米国の戦艦への降伏を拒んだことが引き金でした[1]。艦長は彼らを「6匹の残った豚ども」と呼び、「象牙の像の呪い」を叫ぶ彼らを「動物のように吠えた」と書きます[1]。反乱は鎮圧されますが、このとき携帯灯の補充材料が壊されました。海底に着いたあと、艦長が真っ暗な神殿の内部へ入れないのは、このためです[1]。
8月12日。午後3時15分、クレンツェが「完全に正気を失った」と艦長は記します。
“He is calling! He is calling! I hear him! We must go!”(訳: 「彼が呼んでいる! 彼が呼んでいる! 聞こえる! 行かなければ!」)[1]
クレンツェは象牙の像をポケットに入れ、艦長の腕を掴んでハッチへ引きずろうとします。「さあ来い——あとまで待つな。悔い改めて赦されるほうがいい」と、彼は艦長にも一緒に来るよう迫りました[1]。艦長は抵抗し、副長は一人で海へ出ていきました。「帽子もかぶらず、身を守るものもなく、大洋の中へ」[1]。象牙の像は、彼とともに海へ戻りました。
海底。艦は沈み続け、やがて海底に着きます。探照灯が照らしたのは、谷に広がる廃墟でした。崩れた屋根、折れた柱、斜面の神殿と邸宅、石と大理石の橋の残骸[1]。
Confronted at last with the Atlantis I had formerly deemed largely a myth, I was the most eager of explorers.(訳: かつて大部分を神話と見なしていたアトランティスを目の前にして、私は誰よりも熱心な探検者になった)[1]
谷の中央に大きな神殿があり、その柱と帯状装飾には、象牙の頭と同じ彫刻が刻まれていました[1]。
光と歌。艦長は「完全に防音の船殻」を通して、「野性的だが美しい聖歌か合唱」のような律動的な音を聞きます。彼はこれを幻聴と断じ、臭化ナトリウムを飲んで抑えます[1]。けれど神殿の扉と窓には燐光が灯り、それは消えません。
携帯灯の材料は反乱で失われていて、真っ暗な神殿の内部へ入る用意ができません。「私のドイツ人の分別」がそれを禁じた、と彼は書きます[1]。できたのは、弱りゆくU-29の探照灯で神殿の階段を登り、外壁を調べることだけでした[1]。
8月18日。電力は非常用に取っておかねばならず、土曜日の18日、艦長は「完全な暗闇の中で」一日を過ごします。「ドイツ人の意志を圧倒しかねない考えと記憶に苛まれながら」[1]。クレンツェは狂って死に、この場所に着く前に、一緒に来いと言った。運命が自分の理性を温存しているのは、「より恐ろしい結末へ抗いがたく引き寄せるためではないのか」[1]。灯のともった神殿の扉と窓を見ていると、彼は「静止したもの、動くもの」が中にあるように思い、最初に目覚めたときの「非現実の歌」をまた聞きます[1]。そして、像を携えて海へ戻ったクレンツェの身体が、いまどこに横たわっているのかを思います[1]。
8月20日。手記は結末に近づきます。
My own German will no longer controls my acts, and volition is henceforward possible only in minor matters.(訳: 私自身のドイツ人の意志は、もはや私の行動を制御していない。今後、意志が働くのは些細な事柄だけだろう)[1]
それでも彼は、自分は「プロイセン人で、分別のある男」だと書き続けます。潜水服と空気再生器を用意し、瓶に手記を封じ、最後にこう記します。
The light in the temple is a sheer delusion, and I shall die calmly, like a German, in the black and forgotten depths. This daemoniac laughter which I hear as I write comes only from my own weakening brain. So I will carefully don my diving suit and walk boldly up the steps into that primal shrine(訳: 神殿の光はまったくの妄想であり、私はドイツ人らしく、黒く忘れられた深みで静かに死ぬだろう。これを書きながら聞こえるこの悪魔めいた笑い声は、弱っていく私自身の脳から来ているにすぎない。だから私は潜水服を慎重に着け、あの原初の聖所への階段を、堂々と歩いて登っていく)[1]
読みどころと注目テーマ
語り手が信頼できない。この作品の仕掛けは、艦長の自己像にあります。彼は乗員を「豚」と呼び、救命ボートを砲撃し、掌帆長の証言を「アルザスの豚の迷信」と切り捨て、自分の聞いた歌を「幻聴」と断じます[1]。読者には、彼が否定しているものが全部見えています。最後の段落で彼が「妄想だ」「弱った脳のせいだ」と言いながら階段を登っていくとき、語り手の言葉と読者の理解は完全に割れています。
「ドイツ人の意志」の反復。「鉄のドイツ人の意志」「私のドイツ人の分別」「ドイツ人の意志はもはや制御していない」「ドイツ人らしく静かに死ぬ」——この語は手記の中で繰り返され、そのたびに少しずつ空洞になっていきます[1]。1920年、第一次大戦の直後に書かれた作品で、語り手の造形にはその時代の敵国将校像が使われています。当サイトはこれを、作品の技法として記録すると同時に、時代の産物として記録します。
象牙の頭が、海底で待っている。死体のポケットから出てきた小さな象牙と、海底の神殿の帯状装飾に刻まれた顔が同じである[1]。ラヴクラフトはこの一致を説明しません。クレンツェは像を持って海へ出ていき、艦長は像を持っていません。それでも彼は神殿へ登っていきます。呼ばれているのが像なのか、人なのかは、書かれていません。
海底の都市の、最初期の形。「かつて神話と見なしていたアトランティス」を海底で見る、という筋は、6年後の「クトゥルフの呼び声」でルルイエとして再び現れます。ただしこの作品には、神も、教団も、名前もありません。あるのは廃墟と、彫刻と、光と、歌だけです。
執筆背景と影響
執筆は1920年[2]。前年の「ダゴン」(1917年)に続く、海に関わる作品です。「ダゴン」の語り手も、海から現れたものを見て正気を疑い、最後に「窓に!」と書いて途絶えます。「神殿」はその構造を、潜水艦の航海日誌という形式で、日付と経緯度つきで書き直したものと読めます。
発表は執筆から5年後、1925年9月の『ウィアード・テイルズ』誌でした[3]。同誌の同じ号で、本文は329頁から336頁と、429頁から431頁に分かれて載っています[3]。
海底に沈んだ古代都市という着想は、この作品では「アトランティス」という既存の名で呼ばれています[1]。ラヴクラフトが独自の名——ルルイエ——を与えるのは1926年の「クトゥルフの呼び声」からで、当サイトが「アトランティスと失われたレムリア」で扱った神智学の沈んだ大陸の系譜と、本作の海底都市は、まだ区別されていません。
出典
- [1] H. P. Lovecraft “The Temple”(1920年執筆)。冒頭の但し書きと手記の日付、ヴィクトリー号の雷撃、水兵の死体と象牙の頭、死体の目、イルカと爆発、反乱、クレンツェの言葉と最期、海底の都市とアトランティスへの言及、神殿の彫刻、歌と光、「ドイツ人の意志」をめぐる記述、結末は、いずれも公式アーカイブの公開テキストによる。語数は同テキストを2026年9月4日に数えたhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/te.aspx
- [2] The H. P. Lovecraft Archive 小説年表。執筆年(1920年)、および「ダゴン」の執筆年(1917年)は同年表による https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/
- [3] The H. P. Lovecraft Archive “The Temple” 作品情報ページ(2026年9月4日確認)。『ウィアード・テイルズ』誌 vol.6 no.3(1925年9月)329-336頁・429-431頁への掲載は同ページによるhttps://www.hplovecraft.com/writings/fiction/te.aspx
関連作品ガイド ── どれから楽しむか
- 同じ構造の、前の作品へ: 「ダゴン」(1917年)。海から現れたものを見た語り手が、正気を疑いながら書き残す
- 海底都市が名前を得る先へ: 「クトゥルフの呼び声」とルルイエの項
- 「アトランティス」という語の背景へ: アトランティスと失われたレムリア




