禁書 — BOOK OF EIBON

エイボンの書

原典

超古代ハイパーボリアの魔術師エイボンが記したとされる魔道書。クラーク・アシュトン・スミスが創り、ラヴクラフトが8作で言及した。英語名の Book of Eibon、ラテン語版の Liber Ivonis、ノルマン・フランス語版の Livre d'Eibon という三つの名で呼ばれ、しかもどの作品でも完本としては現れない。

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概要

『エイボンの書(Book of Eibon)』は、氷河期以前の超古代大陸ハイパーボリアの魔術師エイボンが著したとされる魔道書。暗く不吉な神話や典礼、呪文の類を集めたものだとされます[3]。

ネクロノミコン、無名祭祀書と並ぶ神話の主要な禁書ですが、この書物には固有の癖がふたつあります。

ひとつめは名前。三つの違う名で呼ばれます。英語の Book of Eibon、ラテン語の Liber Ivonis、ノルマン・フランス語の Livre d’Eibon。いずれもラヴクラフトの本文にある形です。

ふたつめは状態。完本が出てきません。「断片」「残存する断片」と繰り返し書かれ、全体が揃った場面はどの作品にもない。

原典のどこに出てくるか

書名が出るのは、ラヴクラフト本人の小説4作と、他人のための代作4作、計8作。

本人の単独作(4作)

代作(4作)

三つの名前で呼ばれている

同じ本が、作品ごとに違う名で呼ばれています。

形言語初出作品執筆時期
Book of Eibon英語「魔女の家の夢」ほか6作1932-1935年
Liber Ivonisラテン語「闇をさまようもの」1935年11月
Livre d’Eibonノルマン・フランス語「アロンゾ・タイパーの日記」1935年10月

ラテン語版は、廃教会の書架の場面に出ます。

a Latin version of the abhorred Necronomicon, the sinister Liber Ivonis, the infamous Cultes des Goules of Comte d’Erlette(訳: 忌まわしいネクロノミコンのラテン語版、不吉なリベル・イヴォニス、ダーレット伯の悪名高い『屍食教典儀』)[1]

ノルマン・フランス語版は、オランダから来た彫刻入りの櫃の中身として出ます。

There was a Greek Necronomicon, a Norman-French Livre d’Eibon, and a first edition of old Ludvig Prinn’s De Vermis Mysteriis.(訳: ギリシャ語のネクロノミコン、ノルマン・フランス語のリーヴル・デイボン、そして老ルドヴィク・プリンの『妖蛆の秘密』の初版があった)[2]

ネクロノミコンと同じ扱いです。あちらもギリシャ語版・ラテン語版・英訳が別物として書かれます。版を分けて書くのは、この作者たちの共通の癖でした。

「Livre d’Ivon」はラヴクラフトの綴りではない

ここで注意が要ります。フランス語版はしばしば Livre d’Ivon と表記されますが、ラヴクラフトの小説104本を検索しても、この形は1件も出てきません。本文にあるのは Livre d’Eibon です[2]。

一方、Chaosiumの『クトゥルフ神話TRPG』第7版キーパー・ルールブックの公式索引は”Livre D’Ivon 226″ を採っています[4]。これはクラーク・アシュトン・スミス側の形で、ラヴクラフトの本文とは別系統です。

当サイトは、どちらが正しいという判定をしません。ラヴクラフト本文は Livre d’Eibon、TRPGの索引は Livre D’Ivon、と出典ごとに書き分けます。無名祭祀書の1845年版の訳者名が、ハワードでは Bridewall、ラヴクラフトでは Bridewell と食い違っているのと同じ形です。

断片としてしか残っていない

この本の描かれ方で一貫しているのが、完本が出てこないという点です。

「魔女の家の夢」では “the fragmentary Book of Eibon”(断片的なエイボンの書)[1]。「時間からの影」では “the surviving fragments of the puzzling Book of Eibon”(あの謎めいたエイボンの書の、残存する断片)[1]。

ネクロノミコンは版ごとに所在まで書かれ、大英博物館やパリ国立図書館にあるとされます。それに比べると、エイボンの書は輪郭がぼやけたままです。どの版も全部は残っていないという状態そのものが、この書物の設定になっています。

ある一冊の来歴

例外的に、特定の一冊の来歴が語られる場面があります。「石の男」(1932年執筆)です。

The soldiers never got his Book of Eibon when they burned his house, and his grandson, William Van Kauran, brought it over when he came to Rensselaerwyck(訳: 兵士たちは彼の家を焼いたが、エイボンの書は手に入れられなかった。そして彼の孫ウィリアム・ヴァン・カウランが、レンセラーズウィックへ来るときにそれを持ってきたのだ)[2]

語っているのは、1587年にウェイトハールトで絞首刑になった魔術師ニコラス・ヴァン・カウランの子孫です[2]。家は焼かれたが本は残り、孫の代で新大陸へ渡った——という筋です。

魔道書の来歴を、家系と移民の話として書く。ゾーハルの記事で見たカーウェンの蔵書目録とは違う手つきで、こちらは一冊の本が世代を越えて運ばれた道筋を示します。

生みの親はクラーク・アシュトン・スミス

この書物を創ったのはラヴクラフトではなく、文通仲間のクラーク・アシュトン・スミスです。「ウボ=サスラ」(1932年執筆/1933年『ウィアード・テイルズ』誌発表)で、その原本は偉大なハイパーボリアの魔術師の手になるものとされ、書名も彼の名から取られたと説明されます[3]。

ラヴクラフト側の本文にも、この起源への言及があります。「永劫より」は、エイボンの書を「忘れられたハイパーボリアから伝わるとされる」書物として挙げています[2]。創作者と借り手のあいだで、設定が食い違っていません。

当サイトの神話の三層では、ラヴクラフト生前(〜1937年)の作品を原典層として扱います。スミスは生前の文通仲間なので、エイボンの書は原典層の書物です。

ラヴクラフトはこの本をどう使ったか

8作を並べると、使い方はほぼ一定です。単独では出てきません。ネクロノミコンと無名祭祀書と一緒に、3冊か5冊の並びの一項目として置かれます。

一箇所だけ、役割がはっきり見える場面があります。「博物館の恐怖」(1932年10月執筆)で、蝋人形師ロジャーズの作品が何を写したものかを説明する箇所です。

black, formless Tsathoggua, many-tentacled Cthulhu, proboscidian Chaugnar Faugn, and other rumoured blasphemies from forbidden books like the Necronomicon, the Book of Eibon, or the Unaussprechlichen Kulten of von Junzt(訳: 黒く形なきツァトゥグァ、多くの触手を持つクトゥルフ、長い鼻を持つチャウグナー・ファウグン、そしてネクロノミコン、エイボンの書、フォン・ユンツトの無名祭祀書といった禁書に噂される、そのほかの冒涜的存在たち)[2]

ここで禁書は、怪物の姿かたちの出所として働いています。作中の人物が実際に読んで知識を得るのではなく、「あれに載っている類のもの」という指し方です。同じ場面で、ロジャーズの最悪の作品には「まったく彼の独創で、いかなる古伝も示唆したことのない形」という別の説明が与えられています[2]。禁書に載っているものと、載っていないものを分けるために、書名の並びが使われているわけです。

役割の違いはあります。ネクロノミコンが最も危険な本、無名祭祀書が版の履歴を持つ本だとすれば、エイボンの書が担うのは「古さ」です。氷河期以前の大陸ハイパーボリアを出自に持ち、断片しか残っていません。人間の歴史より前から本が存在したという時間の奥行きを、この一冊が引き受けています。

ジャーンの書が「地球に先立つ」と書かれたのと、狙いは近いところにあります。違うのは、ジャーンの書には現実の主張者(ブラヴァツキー)がいて、エイボンの書には最初からいないことです。

三層のどこに属するか

原典層(1917-1937) — クラーク・アシュトン・スミス「ウボ=サスラ」(1932年執筆/1933年発表)が初出[3]。ラヴクラフト本人の小説4作(1932-1935年)と代作4作(1932-1935年)に書名があります[1][2]。ラテン語版 Liber Ivonis もノルマン・フランス語版 Livre d’Eibon も、この層で書かれています。

ダーレス以降の拡張層(1939-) — 当サイトでは未確認です。資料に当たっていないので、ここは空欄のままにします。リン・カーターによる再構成が知られていますが、一次資料に当たっていないため書きません。

TRPG層(1981-) — Chaosium公式索引には “Book of Eibon, The 226″、”Liber Ivonis 226″、”Livre D’Ivon 226” の3項目が別々に載っています[4]。いずれも226頁で、ジャーンの書(226頁)やネクロノミコン(230頁)と同じ「Mythos Tomes(神話の魔導書)」の範囲です。ゲーム側は、原典が版を分けて書いたことをそのまま項目の分割として引き継ぎました。

出典

  • [1] H. P. Lovecraft “The Dreams in the Witch House”(1932年1月〜2月28日執筆)、”The Thing on the Doorstep”(1933年8月21〜24日執筆)、”The Shadow out of Time”(1934年11月〜1935年3月執筆)、”The Haunter of the Dark”(1935年11月執筆)。引用と執筆時期は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/hd.aspx
  • [2] H. P. Lovecraft の代作: “The Horror in the Museum”(ヘイゼル・ヒールドのため、1932年10月執筆)、”The Man of Stone”(同、1932年執筆)、”Out of the Aeons”(同、1933年執筆)、”The Diary of Alonzo Typer”(ウィリアム・ラムリーのため、1935年10月執筆)。Livre d’Eibon とヴァン・カウラン家の引用、ハイパーボリア起源への言及、執筆時期は、公式アーカイブの公開テキストと同サイトの小説年表によるhttps://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/dat.aspx
  • [3] “The remote, fabulous original was supposed to have been the work of a great Hyperboreanwizard, from whom it had taken its name. It was a collection of dark and baleful myths, ofliturgies, rituals and incantations both evil and esoteric.”(訳: 「その遥かな、伝説的な原本は、偉大なハイパーボリアの魔術師の手になるものとされ、彼の名からその書名を得たのだという。それは暗く不吉な神話、典礼、儀式、呪文などの、邪悪で秘教的なものを集めたものだった」) —Clark Ashton Smith, “Ubbo-Sathla”, Weird Tales, 1933年7月号(vol.22, no.1)、Internet Archive: Weird_Tales_v22n01_1933-07_sas
  • [4] Chaosium “Call of Cthulhu 7th Edition Index for Keepers and Investigators”(版元公式の無償配布PDF、2026年9月3日取得)。”Book of Eibon, The”、”Liber Ivonis”、”Livre D’Ivon” がそれぞれ別項目で226頁として載っていることは、同PDFによるhttps://www.chaosium.com/content/FreePDFs/CoC%207/Call%20of%20Cthulhu%207th%20Edition%20Index%20for%20Keepers%20and%20Investigators.pdf

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