概要
ツァトゥグァは、クラーク・アシュトン・スミスが創造し、H・P・ラヴクラフトが自作『丘』『闇に囁くもの』で言及することで神話世界に組み込まれた神格である。スミスの美文調なダークファンタジー「ハイパーボレア・サイクル」における中心的な存在の一つで、ユーモラスさと不気味さを兼ね備えたキャラクター造形で知られる。初出とされる「サタムプラ・ゼイロスの遺書」(1931年、*Weird Tales*誌11月号)の誌面そのものは、当サイトでは確認していない。
怠惰で常に飢えていながら絶対的な力を持つという矛盾した性格は、後の西洋ファンタジー文学における「だらしない悪の神」というアーキタイプの祖形になったとされる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 旧支配者(TRPG設定による) |
| 欧文表記 | TSATHOGGUA |
| 創造者 | クラーク・アシュトン・スミス。ラヴクラフトではない |
| 初出 | 「サタムプラ・ゼイロスの遺書」(1931年、*Weird Tales*誌11月号) |
| 神話への編入 | H・P・ラヴクラフトが自作『丘』『闇に囁くもの』で言及 |
| 主な異名 | 黒暗の王、眠れる神、貪欲な主 |
| 住処 | 黒暗の地下都市クン=ヤン(ンカイ) |
初出作品
ツァトゥグァという神格を生み出したのは、クラーク・アシュトン・スミスである。
初出とされるのは短編「サタムプラ・ゼイロスの遺書」(1931年、*Weird Tales*誌11月号)である。スミスの「ハイパーボレア・サイクル」の一作で、古代の廃墟都市を探索する登場人物たちが、次第にツァトゥグァの領域へ引き込まれていく恐怖を描いた作品だと伝えられるが、誌面そのものは当サイトでは確認していない。
当サイトが直接確認できた最初の作品である続編「The Seven Geases」(1934年)の時点で、ツァトゥグァはすでに、コウモリと蟇蛙を思わせる姿[1]と、怠惰で常に飢えているという後年まで一貫する性格を備えている。
その後、H・P・ラヴクラフトが自身の作品『丘』および『闇に囁くもの』でツァトゥグァに言及し、神話世界における位置づけを確立させた。ラヴクラフト自身がツァトゥグァを主題として描いた作品は無く、既存の材料からは言及の域を出るものかどうか確認できていない。
原典での描写
ここでの「原典」は、ラヴクラフト存命中(1937年以前)に成立した資料を指す。スミス自身の作品と、ラヴクラフトによる言及の双方が該当する。
初出とされる「サタムプラ・ゼイロスの遺書」(1931年)の誌面は当サイトでは確認できておらず、同作中の具体的な描写文言は示せない。当サイトが直接確認できた最初の描写は、続編にあたる「The Seven Geases」(1934年、*Weird Tales*誌10月号)である。
老魔道士エズダゴルは、生贄として送り出す狩人ラリバー・ヴーズに、ツァトゥグァの見分け方をこう告げる。
“You shall know Tsathoggua by his great girth and his bat-like furriness and the look of a sleepy black toad which he has eternally.”(訳: 「汝はその大きな胴回りと、コウモリじみた毛深さと、常に変わらぬ眠たげな黒い蟇蛙の顔つきによって、ツァトゥグァを見分けるであろう」)[1]
作中でツァトゥグァは、洞窟の奥に横たわったまま動かず、生贄を待ち続ける存在として描かれる。ラリバー・ヴーズが命じられたとおり供物として名乗り出ると、ツァトゥグァは次のように応じ、彼をより深い場所に棲む蜘蛛神アトラク=ナーチャのもとへ送り出す。
“Thanks are due to Ezdagor for this offering. But, since I have fed lately on a well-blooded sacrifice, my hunger is appeased for the present, and I require not the offering.”(訳: 「この供物についてはエズダゴルに感謝する。だが近頃、血の滴る生贄で腹を満たしたばかりゆえ、いまのところ飢えは満たされており、この供物を必要としない」)[2]
腹を満たせば供物をあっさり見送り、別の神へ回してしまうこの場面のふるまいが、気まぐれで危うい存在という性格づけの根拠になっている。同作でツァトゥグァは、飢えている最中でさえ自ら動こうとせず、その場に留まったまま生贄が来るのを待ち続ける、極度に怠惰な存在としても描かれている。
H・P・ラヴクラフト自身の作品でツァトゥグァが主題として描かれることはなく、既存の神話体系に連なる名として言及される形で登場する。丘(執筆1929-30年)では、地底世界ヨスで見出され、ヨス族の写本で「ツァトゥグァ」と呼ばれる、次のような偶像として語られる。
“a very terrible black toad-idol found in the red-litten world and called Tsathoggua in the Yothic manuscripts”(訳: 「赤色に照らされた世界で見出された、きわめて恐ろしい黒い蟇蛙の偶像であり、ヨス族の写本ではツァトゥグァと呼ばれている」)[3]
同作では、この偶像を持ち帰ったクン=ヤンの民がツァトゥグァ崇拝を国教としたが、後に地底の奈落ンカイで無定形の粘液状生物による崇拝の実態を知り、恐怖のあまりすべての偶像を破壊して信仰を廃したという顛末が語られる。
闇に囁くもの(1930年執筆・1931年発表)でも、異形の存在の名を連ねる場面や、夜の礼拝を記録したという断片的な録音の中でツァトゥグァの名が呼び上げられる場面があるほか、地底のンカイに由来する神として次のように紹介される。
“It’s from N’kai that frightful Tsathoggua came—you know, the amorphous, toad-like god-creature mentioned in the Pnakotic Manuscripts and the Necronomicon and the Commoriom myth-cycle preserved by the Atlantean high-priest Klarkash-Ton.”(訳: 「恐ろしいツァトゥグァはンカイからやって来たのだ――プナコティック文書やネクロノミコン、そしてアトランティスの大祭司クラーカッシュ=トンが伝えたコモリオムの神話群に記された、あの無定形の蟇蛙じみた神獣のことだ」)[4]
「クラーカッシュ=トン」は、ラヴクラフトが自作の中でクラーク・アシュトン・スミスを指して用いた呼び名である。
博物館の恐怖(ヘイゼル・ヒールドとの合作)では、蝋人形館の展示物として「黒く無定形なツァトゥグァ」の名が挙がるほか、幻覚の場面で次のように姿を変える存在としても描かれる。
“Black Tsathoggua moulded itself from a toad-like gargoyle to a long, sinuous line with hundreds of rudimentary feet.”(訳: 「黒きツァトゥグァは、蟇蛙じみたガーゴイルの姿から、幾百もの未発達な足を持つ長く曲がりくねった一本の線へと、みずから形を変えた」)[5]
このほか、石の男、時間からの影、狂気の山脈にて、銀の鍵の門を越えて、「彼方より」(Out of theAeons)、評論「文学における超自然の恐怖」でもツァトゥグァの名は挙がるが、いずれも既存の伝承・地名・信奉者への言及にとどまり、名前が挙がるのみで姿や性質を新たに説明する記述は無い。
住処は、地球の地底深くにある暗黒の領域「ンカイ」、あるいは黒い洞窟迷宮「クン=ヤン」とされる。ハイパーボレア文明の衰退期にこの地へ最大の神殿が築かれたが、いまは廃墟となっている。
ダーレス以降の変化
現行の材料には、オーガスト・ダーレスによるツァトゥグァ関連の設定変更を裏づける記述が無い。この層でツァトゥグァがどのような扱いを受けたかは、確認できていない。
TRPGでの扱い
原典のツァトゥグァは、たどり着くことさえ困難な、地底に閉じ込められた存在として描かれていた。後年のクトゥルフ神話TRPGやゲーム作品では、地下帝国の統治者、あるいは魔法知識の守護者として設定されることがあるとされる。ただし、具体的にどの版・どの資料がこの設定を採用しているかは、現行の材料では特定できていない。
その怠惰で気まぐれな性格は、プレイヤーキャラクターが交渉を持ちかける手がかりとしてシナリオに組み込まれることがあるとされる。原典では到達すること自体が困難な存在だったツァトゥグァが、ゲーム化を経てより相互作用可能な存在へと変容してきた、という見方がある。この見方の具体的な出典は現行の材料では特定できていない。
登場作品一覧
| 作品 | 年 | 作者 | この作品が足したもの |
|---|---|---|---|
| サタムプラ・ゼイロスの遺書 | 1931 | クラーク・アシュトン・スミス | 初出とされる。誌面は当サイトでは未確認 |
| The Seven Geases | 1934 | クラーク・アシュトン・スミス | 再登場。姿の描写と生贄の場面[1][2] |
| 丘 | 執筆1929-30年 | H・P・ラヴクラフト | 言及。黒い蟇蛙の偶像としての記述[3] |
| 闇に囁くもの | 1930年執筆・1931年発表 | H・P・ラヴクラフト | 言及。ンカイ由来の神という紹介[4] |
| 博物館の恐怖 | 不明(本文に記載なし) | H・P・ラヴクラフトとヘイゼル・ヒールド | 言及。姿を変える幻覚場面[5] |
| その他(石の男・時間からの影・狂気の山脈にて・銀の鍵の門を越えて・彼方より・文学における超自然の恐怖) | 不明(本文に記載なし) | H・P・ラヴクラフト | 名前が挙がるのみ。姿や性質の新規の説明は無い |
関連神格・地域・書物
神格・存在
- アブホース — 地底の泥状生命体。ツァトゥグァの近縁とされる
- ウボ=サスラ — 外なる神。ツァトゥグァはその眷属ともされる
- 落とし子(シャドウスポーン) — ツァトゥグァに従う、無定形の黒い眷属とされる存在
他の旧支配者との関わりは比較的薄く、地底に孤立した支配者として描かれることが多いとされる。
地域
- ハイパーボレア — スミスの「ハイパーボレア・サイクル」の舞台。衰退期にツァトゥグァ崇拝が広まった
- クン=ヤン(ンカイ) — ツァトゥグァの神殿がある地下の暗黒領域
人物
- クラーク・アシュトン・スミス — ツァトゥグァの創造者
- H・P・ラヴクラフト — 『丘』『闇に囁くもの』ほか複数の自作で言及した
分類の考え方
参考文献
- [1] “You shall know Tsathoggua by his great girth and his bat-like furriness and the look of a sleepy black toad which he has eternally.”(訳: 「汝はその大きな胴回りと、コウモリじみた毛深さと、常に変わらぬ眠たげな黒い蟇蛙の顔つきによって、ツァトゥグァを見分けるであろう」) — Clark Ashton Smith, “The Seven Geases”, *Weird Tales* vol. 24, no. 4, 1934年10月, archive.org
- [2] “Thanks are due to Ezdagor for this offering. But, since I have fed lately on a well-blooded sacrifice, my hunger is appeased for the present, and I require not the offering.”(訳: 「この供物についてはエズダゴルに感謝する。だが近頃、血の滴る生贄で腹を満たしたばかりゆえ、いまのところ飢えは満たされており、この供物を必要としない」) — Clark Ashton Smith, “The Seven Geases”, *Weird Tales* vol. 24, no. 4, 1934年10月, archive.org
- [3] “a very terrible black toad-idol found in the red-litten world and called Tsathoggua in the Yothic manuscripts”(訳: 「赤色に照らされた世界で見出された、きわめて恐ろしい黒い蟇蛙の偶像であり、ヨス族の写本ではツァトゥグァと呼ばれている」) — H. P. Lovecraft, “The Mound”, 公式アーカイブ
- [4] “It’s from N’kai that frightful Tsathoggua came—you know, the amorphous, toad-like god-creature mentioned in the Pnakotic Manuscripts and the Necronomicon and the Commoriom myth-cycle preserved by the Atlantean high-priest Klarkash-Ton.”(訳: 「恐ろしいツァトゥグァはンカイからやって来たのだ――プナコティック文書やネクロノミコン、そしてアトランティスの大祭司クラーカッシュ=トンが伝えたコモリオムの神話群に記された、あの無定形の蟇蛙じみた神獣のことだ」) — H. P. Lovecraft, “The Whisperer in Darkness”, 公式アーカイブ
- [5] “Black Tsathoggua moulded itself from a toad-like gargoyle to a long, sinuous line with hundreds of rudimentary feet.”(訳: 「黒きツァトゥグァは、蟇蛙じみたガーゴイルの姿から、幾百もの未発達な足を持つ長く曲がりくねった一本の線へと、みずから形を変えた」) — H. P. Lovecraft for Hazel Heald, “The Horror in the Museum”, 公式アーカイブ
FAQ
Q. ツァトゥグァはラヴクラフトが生み出した神格ですか。A. 違います。創造者はクラーク・アシュトン・スミスで、初出とされるのは短編「サタムプラ・ゼイロスの遺書」(1931年)です。ラヴクラフトは自作『丘』『闇に囁くもの』ほか複数の作品で言及したのみで、神格を新たに作ったわけではありません。
Q. ツァトゥグァの外見はどう描かれていますか。A. 初出とされる「サタムプラ・ゼイロスの遺書」の誌面を当サイトでは確認できておらず、同作での具体的な描写文言は示せません。当サイトが直接確認できた「The Seven Geases」(1934年)では、大きな胴回りとコウモリじみた毛深さ、常に眠たげな黒い蟇蛙の顔つきを持つ姿として描かれています[1]。
Q. ダーレスはツァトゥグァに何か設定を足しましたか。A. 確認できていません。この記事の材料には、オーガスト・ダーレスによる設定変更を裏づける記述がありません。
Q. TRPGでのツァトゥグァの扱いは、原典と同じですか。A. 地下帝国の統治者や魔法知識の守護者として設定されることがあるとされますが、具体的な版・資料は現行の材料では特定できていません。原典では到達すること自体が困難な存在でしたが、ゲーム化にともないより相互作用可能な存在へ変容してきたという見方があります。
Q. ツァトゥグァと関係が深い存在は何ですか。A. 地底の泥状生命体アブホースの近縁、外なる神ウボ=サスラの眷属とされることがあります。ただし他の旧支配者との関わりは比較的薄く、地底に孤立した支配者として描かれることが多いとされています。





