概要
ヨグ=ソトースは、特定の場所ではなく時空そのものと同一視される外なる神。「門にして鍵」を自称し、過去・現在・未来のすべてが自身のうちに同時に存在すると原典で語られる[1]、クトゥルフ神話でもっとも抽象度の高い神格である。
名前自体は「チャールズ・デクスター・ウォード事件」(執筆1927年/発表1941年)に先に登場するが、その性質が本格的に描かれるのは「ダニッチの怪」(1928年執筆/1929年発表)においてである。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 外なる神 |
| 欧文表記 | YOG-SOTHOTH |
| 名前の初出 | チャールズ・デクスター・ウォード事件(執筆1927年/発表1941年) |
| 性質の初描写 | ダニッチの怪(1928年執筆/1929年発表) |
| 主な異名 | 万物にして唯一のもの(All-in-One and One-in-All)、鍵にして門(The Key and the Gate)、閾の潜伏者(The Lurker at the Threshold) |
| 象徴するテーマ | 門と鍵、時空の遍在、禁断の知識、境界の消失 |
日本語表記には「ヨグ=ソトース」のほか「ヨグ・ソトホート」「ヨグ・ソトト」「ヨグ・ソトホース」などのゆれが見られるが、これは音訳の不統一によるもので、確立した使い分けではない。
初出作品
名前が最初に文中に現れるのは、「チャールズ・デクスター・ウォード事件」(執筆1927年/発表1941年)である。ここでの言及は魔術的な呪文の一部としてであり、性質の描写はほとんどない。
ヨグ=ソトースの性質——「門にして鍵」、時空への遍在——が本格的に描かれるのは、翌年に執筆された「ダニッチの怪」(1928年執筆/1929年発表)においてである。
原典での描写
「ダニッチの怪」でネクロノミコンから引かれる一節では、ヨグ=ソトースは次のように描写される。
“Yog-Sothoth knows the gate. Yog-Sothoth is the gate. Yog-Sothoth is the key and guardian of the gate. Past, present, future, all are one in Yog-Sothoth. He knows where the Old Ones broke through of old, and where They shall break through again.”
(訳: 「ヨグ=ソトースは門を知る。ヨグ=ソトースは門である。ヨグ=ソトースは門の鍵にして守護者である。過去も現在も未来も、すべてヨグ=ソトースにおいて一つである。彼は旧きものたちがかつて突破した場所を知り、彼らが再び突破する場所をも知っている」)[1]
同じ作品には、時空の遍在をさらに語るもう一つの一節もある。
“The Old Ones were, the Old Ones are, and the Old Ones shall be. Not in the spaces we know, but between them, They walk serene and primal, undimensioned and to us unseen.”
(訳: 「旧きものたちは、あった、いる、そしてあるであろう。我々の知る空間の中にではなく、その狭間に、彼らは悠然と原初のままに歩む——次元を持たず、我々の目には見えぬままに」)[2]
「銀の鍵の門を越えて」でも、始まりも終わりも持たないという同種の時間観が繰り返される。
物語の筋としては、ヨグ=ソトースは人間の女性ラヴィニア・ウェイトリーと交わり、人間に近い姿のウィルバー・ウェイトリーと、より怪物的なその双子の兄弟を身ごもらせたとされる。オールド・ウェイトリーはこれを台詞の中で示唆し[3]、双子のもう一方の姿はウィルバーの死後にカーティス・ウェイトリーによって目撃・証言される[4]。
ラヴクラフト自身は、私信(後年『Selected Letters IV』收録の「Letter 617」)にヨグ=ソトースの系譜を書き記している。それによれば、ヨグ=ソトースは名なき霧(アザトースから生じたとされる存在)の子であり、シュブ=ニグラスと交わってナグ・イェブの双子をもうけ、ナグが単為生殖でクトゥルフを生んだとされる。ただしこれは作品本文ではなく書簡に記された私的な設定であり、発表された小説とは区別して扱うべきものである。
ダーレス以降の変化
後世に整理された神格分類では、頂点に立つアザトースのもとで、死を司るアザトース・生を司るシュブ=ニグラスと並び、時間を司る神格としてヨグ=ソトースを位置づける説が広く流布している。ただしこの三位一体的な整理は後世の体系化によるもので、「ダニッチの怪」「銀の鍵の門を越えて」というラヴクラフトの原典自体には、この分類を明言した一節は無い。
後続作家による拡張はさらに枝分かれしている。リン・カーターは独自の系図で、ヨグ=ソトースをアザトースの子としながら、その異父・異母きょうだいにクトゥルフ・ハスター・ヴルトゥーム・ツァトゥグァを配した(ラヴクラフトの書簡の系譜とは構成が異なる)。ブライアン・ラムレイの体系ではヨグ=ソトースはクトゥルフに次ぐ第二位の邪神とされ、これに対応する善なる旧神側の存在としてヤド=サダグが置かれている。オーガスト・ダーレスは連作「クトゥルフの跡を追って」で、ヨグ=ソトースを旧支配者中最強の存在として扱った。
TRPGでの扱い
クトゥルフ神話TRPGの資料集などでは、ヨグ=ソトースの姿を「虹色に輝く球体の集まり、絶えず形と大きさを変えながら光を放つ球体の群れ」とし、これは表層的な仮の姿にすぎず、真の実体は触角を備えた粘液質の怪物だと説明することがある。この「球体」の造形は本サイトで原文を確認できておらず、ラヴクラフト自身の「ダニッチの怪」「銀の鍵の門を越えて」いずれの本文にも見当たらない。後世のTRPG資料集に由来する可能性があり、要再検証である。
AD&D版『Deities & Demigods』(後世のゲーム設定)では、アストラル界では虹色の球体の集合、物質界では触手・脚状器官の塊として現れ、人間と交わって「落とし子」を生むとされる。
登場作品一覧
| 作品 | 年 | 作者 | 内容 |
|---|---|---|---|
| チャールズ・デクスター・ウォード事件 | 執筆1927年/発表1941年 | H・P・ラヴクラフト | 名前が文中に最初に現れる作品(呪文の一部として)。性質の描写は薄い |
| ダニッチの怪 | 1928年執筆/1929年発表 | H・P・ラヴクラフト | もっとも詳細な描写を持つ代表作。ネクロノミコンからの引用[1]、ラヴィニア・ウェイトリーとの交配、双子の息子ウィルバー・ウェイトリーの物語が中心。臨終間際のウィルバーがネクロノミコンの断片を口にする場面でも名が繰り返される[5]。神話の入門としても読みやすい |
| 銀の鍵の門を越えて | — | H・P・ラヴクラフト | 時間の非直線性というヨグ=ソトースの本質がより哲学的に語られる |
| The Drums of Chaos | — | リチャード・L・ティアニー | 旧約聖書のヤハウェの正体をヨグ=ソトースとし、イエス・キリストをその子とする大胆な後世の再解釈。原典とは独立した二次創作として位置づけられる |
| Fate/Grand Order(セイレム編/第1.5部) | — | — | 実在のセイラム魔女裁判の告発者アビゲイル・ウィリアムズが、「深淵の邪神」の依り代とされたサーヴァントとして登場。宝具の台詞には「門にして鍵」「全にして11にして善なるもの」「究極の門」「導くもの、ウムル・アト=タヴィル」など「銀の鍵の門を超えて」に由来する語句が織り込まれる。ゲーム中で固有名詞は明言されないが、この「深淵の邪神」はヨグ=ソトースを指すという解釈がプレイヤーの間で広く共有されている。ランドルフ・カーターやラヴィニア・ウェイトリーを思わせる人物も登場する |
関連神格・地域・書物
神格
- クトゥルフ — ラヴクラフトの書簡の系譜ではヨグ=ソトースの孫にあたる。リン・カーターの系図では逆に異父・異母きょうだいとされ、系統が異なる
- アザトース — ラヴクラフトの書簡の系譜ではヨグ=ソトースの祖。後世の分類ではヨグ=ソトースと並ぶ外なる神の頂点に置かれることがある
- シュブ=ニグラス — ラヴクラフトの書簡の系譜における配偶者
- ハスター・ヴルトゥーム・ツァトゥグァ — リン・カーターの系図でヨグ=ソトースの異父・異母きょうだいとされる
書物
- ネクロノミコン — 「ダニッチの怪」でヨグ=ソトースを「門にして鍵」と描写する一節が引かれる書物[1]
参考文献
- [1] “Yog-Sothoth knows the gate. Yog-Sothoth is the gate. Yog-Sothoth is the key and guardian of the gate. Past, present, future, all are one in Yog-Sothoth. He knows where the Old Ones broke through of old, and where They shall break through again.”(訳: 「ヨグ=ソトースは門を知る。ヨグ=ソトースは門である。ヨグ=ソトースは門の鍵にして守護者である。過去も現在も未来も、すべてヨグ=ソトースにおいて一つである。彼は旧きものたちがかつて突破した場所を知り、彼らが再び突破する場所をも知っている」) — H. P. Lovecraft, “The Dunwich Horror”(1928年執筆/1929年発表), H.P. Lovecraft.com
- [2] “The Old Ones were, the Old Ones are, and the Old Ones shall be. Not in the spaces we know, but between them, They walk serene and primal, undimensioned and to us unseen.”(訳: 「旧きものたちは、あった、いる、そしてあるであろう。我々の知る空間の中にではなく、その狭間に、彼らは悠然と原初のままに歩む——次元を持たず、我々の目には見えぬままに」) — 同上, H.P. Lovecraft.com
- [3] “I dun’t keer what folks think—ef Lavinny’s boy looked like his pa, he wouldn’t look like nothin’ ye expeck. Ye needn’t think the only folks is the folks hereabaouts. Lavinny’s read some, an’ has seed some things the most o’ ye only tell abaout.”(訳: 「みんながどう思おうと構わねえ——もしラヴィニーの子が父親に似ていたなら、お前らが思うようなものには似ちゃいねえだろうよ。ここいらの連中だけがすべてだと思うんじゃねえ。ラヴィニーは書物を読み、お前らがただ噂するだけの物事をいくつも見てきたんだ」) — 同上(オールド・ウェイトリーの台詞), H.P. Lovecraft.com
- [4] “Bigger’n a barn . . . all made o’ squirmin’ ropes . . . hull thing sort o’ shaped like a hen’s egg bigger’n anything, with dozens o’ legs like hogsheads that haff shut up when they step . . . nothin’ solid abaout it—all like jelly, an’ made o’ sep’rit wrigglin’ ropes pushed clost together . . . great bulgin’ eyes all over it . . . ten or twenty maouths or trunks a-stickin’ aout all along the sides, big as stovepipes, an’ all a-tossin’ an’ openin’ an’ shuttin’ . . . all grey, with kinder blue or purple rings . . . an’ Gawd in heaven—that haff face on top!”(訳: 「納屋よりでけえ……全部よじれたロープでできてて……鶏の卵よりもっとでけえ形をしてて、樽ほどもある脚が何本も、歩くたびに半分閉じたり……固いところなんかどこにもねえ——全部ゼリーみてえで、寄り集まってのたくるロープでできてる……あちこちに突き出た目玉……側面にはストーブの煙突ほどもある口だか管だかが十本も二十本も突き出て、開いたり閉じたりしてる……全体は灰色で、青や紫の輪っかがついてる……そして——神様、あの上に乗っかった半分だけの顔ときたら!」) — 同上(カーティス・ウェイトリーによる目撃証言), H.P. Lovecraft.com
- [5] “N’gai, n’gha’ghaa, bugg-shoggog, y’hah; Yog-Sothoth, Yog-Sothoth. . . .”(訳: 「ンガイ、ンガーガー、バグ=ショゴグ、ヤハー。ヨグ=ソトース、ヨグ=ソトース……」) — 同上(ウィルバー・ウェイトリーの臨終間際の言葉), H.P. Lovecraft.com
FAQ
Q. ヨグ=ソトースはシュブ=ニグラスと結婚してハスターやクトゥルフを生んだ、というのは原典の設定?A. いいえ。この系譜はラヴクラフトが私信(書簡)に書き記したものであり、彼が発表した小説本文には登場しない。原典と後世の体系化(TRPG等での分類を含む)は区別して理解する必要がある。
Q. 「ヨグ・ソトース」という発音は本来不可能で、Yog-Sothothは近似表記にすぎない、という説は本当?A. ファンの間でしばしば語られる説だが、確立した典拠は確認できていない。本サイトの調査範囲でも裏付けとなる一次資料は見つからなかったため、確度の低い言説として扱う。
Q. ヨグ=ソトースは邪悪な存在として原典に描かれている?A. 原典の描写自体には明確な悪意や敵意は見られない。研究者からは、万物と時間そのものを包含する汎神論的な存在として位置づける読み方が提示されている。「邪神」的な善悪二元論を持ち込んだのは主にオーガスト・ダーレス以降の体系化であり、この点はS・T・ジョーシイらの研究でラヴクラフト本来のコズミシズムとの相違として批判されている。




