概要
夢の国連作の探求者ランドルフ・カーターを主人公とする一篇。30歳にして「夢の扉の鍵」を失い、味気ない現実に取り残されたカーターが、祖先伝来の銀の鍵を見出し、それを用いて姿を消すまでを描く。
作品情報
- 執筆・発表年: 1926年執筆/1929年1月発表(「ウィアード・テイルズ」誌)
- 主題タグ: 失われた夢見の力、祖先の遺物、時間からの離脱
登場神格・用語
あらすじ
かつて夜ごと異次元の夢の都市を旅していたランドルフ・カーターは、30歳を迎える頃、その「夢の扉の鍵」を失ってしまう[1]。哲学や宗教、科学のいずれにも慰めを見出せず——それらはただ「在るもの」に彼を縛りつけ、事物の仕組みを説明し尽くすことで世界から神秘そのものを奪い去っていた[2]——味気ない現実に取り残された彼は、先祖の代々の屋敷の屋根裏で、2世紀もの間誰の手も触れなかった古びた樫の箱を発見する。その中には、家系に伝わる大きな銀の鍵が収められていた[3]。鍵の刻印を解読したカーターは、それを用いてある夜、姿を消す。彼のいとこアーネストは、1883年の秋以降にカーターに何らかの変化があったと証言しており、物語は彼が夢と時間の向こうの存在へと変容したことを示唆して幕を閉じる。
読みどころと注目テーマ
現実への幻滅と夢への回帰、祖先の遺物という装置、時間からの離脱という結末
執筆背景と影響
ラヴクラフトの夢の国連作の中でも、幼少期への郷愁と哲学的な現実否定が色濃く表れた一篇。後に『銀の鍵の門を越えて』(E・ホフマン・プライスとの共作)で直接の続編が書かれ、カーターの旅はさらに宇宙的な次元へと拡張される。作中でカーターが幼少期に慣れ親しんだ屋敷の描写は、ラヴクラフト自身が1926年に訪れた、母方の祖先の地であるロードアイランド州フォスターの実景に着想を得ているとされる。本作は1926年に執筆され、1927年半ばに「ウィアード・テイルズ」誌へ投稿されたが、編集長ファーンズワース・ライトはいったんこれを却下し、後に翻意して1929年1月号に掲載した。ライト自身、後年「読者からは激しく不評だった」と振り返っている[4]。物語系列上は『未知なるカダスを夢に求めて』の後日譚にあたり、合理主義的な唯物論と、幼い頃に持っていた驚異への感受性との間で引き裂かれるカーターの内面の葛藤には、当時のラヴクラフト自身の哲学的立場が色濃く反映されているとする研究者の指摘もある。カーターが遍歴する一連の哲学的・審美的な立場の変転には、J・K・ユイスマンスの小説『さかしま』からの影響も指摘されている[5]。本作発表から数年後、若手作家E・ホフマン・プライスがラヴクラフトに続篇の執筆を持ちかけ、二人の共作という形で1934年に『銀の鍵の門を越えて』が完成した。この続篇では、カーターの旅は地球の夢の国を越え、時間と空間そのものを超越する宇宙的な次元へと拡張されることになる[5]。
出典
- [1] “When Randolph Carter was thirty he lost the key to the gate of dreams. Prior to that time he had made up for the prosiness of life by nightly excursions to strange and ancient cities beyond space…”(訳: 「ランドルフ・カーターは三十歳のとき、夢の門の鍵を失った。それまで彼は、空間の彼方にある奇怪で古代の都市への夜ごとの逍遥によって、人生の味気なさを埋め合わせていた」) — H. P. Lovecraft, “The Silver Key”(1926年執筆/1929年発表), Wikisource ↩
- [2] “They had chained him down to things that are, and had then explained the workings of those things till mystery had gone out of the world.”(訳: 「彼らは彼を『在るもの』へと繋ぎとめ、その仕組みを説明し尽くすことで、世界から神秘を消し去ってしまった」) — 同上, Wikisource ↩
- [3] “Inside, wrapped in a discolored parchment, was a huge key of tarnished silver covered with cryptical arabesques; but of any legible explanation there was none.”(訳: 「中には、変色した羊皮紙に包まれた、謎めいたアラベスク模様に覆われた大きな銀の鍵があった。だが判読できる説明書きは何もなかった」) — 同上, Wikisource ↩
- [4] 執筆時期(1926年)、「ウィアード・テイルズ」誌への投稿(1927年半ば)と編集長ファーンズワース・ライトによる一度目の却下、1929年1月号への掲載、ライト自身による「読者から激しく不評だった」との後年の回想、ラヴクラフトが1926年に母方の祖先の地ロードアイランド州フォスターを訪れた経験が舞台の着想源になった可能性について。— 出典: Wikipedia「The Silver Key」, 該当ページ ↩
- [5] カーターの遍歴する哲学的・審美的な立場の変転にはJ・K・ユイスマンス『さかしま』からの影響が指摘されている。続篇『銀の鍵の門を越えて』は若手作家E・ホフマン・プライスの提案を受け1934年にラヴクラフトとの共作として完成し、カーターの旅を宇宙的な次元へと拡張した。— 出典: Wikipedia「The Silver Key」, 該当ページ ↩





