概要
猫を虐待する老夫婦が、旅の孤児メネスの祈りによって猫たちに報復される寓話的な短編。ウルタールの街に「猫を殺してはならない」という掟が生まれる由来を語る、ドリームランドの成立譚の一つ。
作品情報
- 執筆・発表年: 1920年6月15日執筆/1920年11月発表(「ザ・トライアウト」誌、アマチュア文芸誌)
- 再掲載: 「ウィアード・テイルズ」誌1926年2月号・1933年にも転載
- 主題タグ: 猫への報復、旅の民の呪術、掟の起源
登場神格・用語
- ウルタール(初出典)
あらすじ
物語の語り手は、「スカイ河の彼方にあるウルタールでは、何人も猫を殺してはならないと言われている。炉端で喉を鳴らす猫を眺めていると、私にはこれが真実だと信じられる」と語り起こす[1]。ウルタールの街には、理由なく猫を捕らえては殺す老夫婦が住んでおり、住民たちは恐れて彼らに抗議することもなく、ただ自分の猫を近づけないようにするばかりだった。実際、「この老夫婦は、自分たちの掘っ立て小屋に近づいてくる猫を残らず罠にかけては殺すことに悦びを見出していた」という[2]。ある日、浅黒い肌の旅人の一団がこの街を通りかかる。一団に加わっていた孤児のメネスは、道連れの黒い子猫がいなくなったことを知り、老夫婦の仕業だと悟る。メネスは奇妙な祈りを捧げると、その夜、街中の猫たちが老夫婦の家に押し寄せ、二人を貪り喰らう。翌朝家の中に残っていたのは、「土間の上できれいに骨だけになった二体の人間の骸骨と、薄暗い隅々を這い回る奇妙な甲虫の群れ」だけだった[3]。この事件を受け、ウルタールの参事会はある掟を制定する——「すなわち、ウルタールにおいて何人も猫を殺してはならない、という掟である」[4]。この物語で猫たちの復讐を目撃する宿屋の息子アタルは、後の「異形の神々の峰」や『未知なるカダスを夢に求めて』にも再登場し、ウルタールがラヴクラフトの夢の国(ドリームランド)を貫く一連の物語の起点であることを示している。
読みどころと注目テーマ
弱者による静かな報復、旅の民が操る呪術の不気味さ、そして掟の起源譚としての完結性——この三点が本作の読みどころである。復讐の実行者はあくまで街の猫たちであり、メネス自身は祈りを捧げるだけで手を下さない点、そして老夫婦の罪状が「なぜ猫を虐げるのか」という動機の説明もないまま処罰される点に、道徳的な理屈を超えた寓話としての凄みがある。研究者ダレル・シュヴァイツァーは、本作がラヴクラフトの敬愛したロード・ダンセイニ作品の「報復」というモチーフと重厚な語り口を借りているとしつつも、具体的な類似作は見当たらず、雰囲気と筆致の面でのみダンセイニ的だと評している[5]。孤児メネスの名が、猫が神聖視された古代エジプトの都メンフィスを築いた伝説的な初代王メネスと同じであることも、この寓話に古代的な威厳を添えている。
執筆背景と影響
1920年6月15日に執筆され、同年11月にアマチュア文芸誌「ザ・トライアウト」に掲載された後、「ウィアード・テイルズ」誌1926年2月号と1933年にも転載されている。無類の愛猫家として知られたラヴクラフト自身のお気に入りの一編と伝えられ、彼の「夢の国」連作の中でも特に寓話的完成度の高い一編と評される。本作で猫たちの復讐を目撃する宿屋の息子アタルは、翌1921年発表の「異形の神々の峰」ではバルザイ・ザ・ワイズに師事する青年として再登場し、1927年執筆の『未知なるカダスを夢に求めて』では、それから300年後のウルタールで神官となったアタルが、ランドルフ・カーターを助けるために猫たちを呼び集める場面が描かれる。一つの街を舞台にした「猫を殺してはならない」という掟が世代を超えて言及され続ける様は、ラヴクラフトの夢の国(ドリームランド)が単発の逸話の寄せ集めではなく、相互に参照し合う一つの神話体系として構築されていることを示している。数ページに満たない小品でありながら、後続作品への波及力という点では『クトゥルフ神話』の中核作にも劣らない一編と言える。
出典
- [1] “It is said that in Ulthar, which lies beyond the river Skai, no man may kill a cat; and this I can verily believe as I gaze upon him who sitteth purring before the fire.”(訳: 「スカイ河の彼方にあるウルタールでは、何人も猫を殺してはならないと言われている。炉端で喉を鳴らす猫を眺めていると、私にはこれが真実だと信じられる」) — H. P. Lovecraft, “The Cats of Ulthar”(1920年執筆/1920年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “…this old man and woman took pleasure in trapping and slaying every cat which came near to their hovel.”(訳: 「この老夫婦は、自分たちの掘っ立て小屋に近づいてくる猫を残らず罠にかけては殺すことに悦びを見出していた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [3] “…two cleanly picked human skeletons on the earthen floor, and a number of singular beetles crawling in the shadowy corners.”(訳: 「土間の上できれいに骨だけになった二体の人間の骸骨と、薄暗い隅々を這い回る奇妙な甲虫の群れ」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [4] “…namely, that in Ulthar no man may kill a cat.”(訳: 「すなわち、ウルタールにおいて何人も猫を殺してはならない、という掟である」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [5] 執筆日(1920年6月15日)・発表誌(「ザ・トライアウト」1920年11月号)、「ウィアード・テイルズ」誌1926年2月号・1933年への転載、ロード・ダンセイニの影響についての研究者ダレル・シュヴァイツァーの評、孤児メネスの名と古代エジプト初代王メネス(猫が神聖視された都メンフィスの伝説的建設者)との関連について。— 出典: Wikipedia「The Cats of Ulthar」, 該当ページ ↩



