小説 — The Quest of Iranon

流離の王子イラノン

蔦の冠に紫の衣をまとった若者イラノンが、花崗岩の都テロスに現れ、自分は王の息子で、いつか失われた都アイラへ帰ると歌う。労苦だけを善とするテロスを追われた彼は、川べりで出会った少年ロムノドと共に、歌が喜ばれる都を求めて旅に出る。竪琴と踊りの都オーナイでロムノドは酒色に溺れて世を去り、イラノンだけが老いぬまま彷徨いを続ける。やがて訪ねた老羊飼いの一言が、彼の生涯の意味を覆す。1921年2月28日執筆、1935年7〜8月『ガレオン』誌発表。約2,800語。

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流離の王子イラノン

「蔦の冠を戴き、没薬の香りに黄金の髪を輝かせ、シドラクの山の茨に紫の衣を裂かれた若者が、花崗岩の都テロスへとさまよい入ってきた」

— H・P・ラヴクラフト「流離の王子イラノン」(1921年執筆、1935年発表)冒頭部
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概要

花崗岩の都テロスに、蔦の冠を戴いた若者がさまよい込んできます。「蔦の冠を戴き、没薬の香りに黄金の髪を輝かせ、シドラクの山の茨に紫の衣を裂かれた若者」——本作はこの一文から始まります[1]。色浅黒く厳格なテロスの人々に来歴を問われた若者は、自分をイラノンと名乗り、遠い都アイラから来た、父はその都の王であった、と告げます。仕事は歌を歌うことで、幼い日の記憶と夢と希望をもとに美を作ることだ、とも語ります[1]。

けれどテロスには笑いも歌もありません。すべてが石でできた都で、法は「万人が働くこと」です[1]。翌朝、archon(統治者)はイラノンに靴職人アトクの弟子になるよう命じますが、イラノンは拒みます。歌のない労苦とは何のためにあるのかと問い返す彼に、archonはテロスの神々が説く死後の安息——思考にも美にも心を煩わされない「水晶の冷たさ」——を持ち出し、日没までに都を去れと告げます[1]。

都を出たイラノンは、川べりで緑の枝を探す少年ロムノドに出会います。ロムノドはカルティアの丘の向こう、竪琴と踊りの都オーナイに憧れており、二人は連れ立って旅に出ます[1]。旅は幾年も続き、ロムノドは声変わりして背が伸びる一方、イラノンだけは変わらぬ若さを保ちます。たどり着いたオーナイでイラノンの歌は歓迎されますが、酒と享楽に溺れたロムノドは、やがて宴の寝床でもがきながら息を引き取ります[1]。イラノンは絹の衣を脱ぎ捨て、来たときと同じ擦り切れた紫の衣をまとって、忘れられたままオーナイを去ります[1]。

その後もイラノンは若いままアイラを探し続け、シュダトリアの町々でも、ブナジックの砂漠の彼方でも、子供たちに古びた歌と衣を笑われながら歩き続けます。そしてある夜、沼のほとりに住む老羊飼いの小屋にたどり着き、そこで自分の生涯を根底から揺るがす言葉を聞くことになります[1]。アイラが実在したのか、イラノンは本当に王の息子だったのか、本文はどちらとも明言しません。この記事でも、本文に書かれている以上のことは判断しません。

作品情報

  • 原題: The Quest of Iranon
  • 執筆: 1921年2月28日[2]
  • 初出: 『ガレオン』第1巻第5号、1935年7〜8月、12–20ページ[3]
  • 分量: 約2,800語(公式アーカイブ本文を機械集計)
  • 語り: 三人称。イラノンに寄り添う視点で語られ、彼自身の内面は歌と台詞を通してのみ示される
  • 舞台: 花崗岩の都テロス、竪琴と踊りの都オーナイ、シュダトリアの諸都市、ブナジックの砂漠の彼方、名もない沼地
  • 主題: 労苦と歌の対立、記憶と自己の物語、老いない者の彷徨

登場神格・用語

  • アイラ — イラノンが探し求める、大理石と緑柱石の都。父はそこの王であったとイラノン自身は語る[1]
  • テロス — 花崗岩の都。緑がなく、笑いも歌もない。法は「万人が働くこと」[1]
  • オーナイ — カルティアの丘の向こうにある、竪琴と踊りの都。円蓋は日の光の下では灰色で陰気[1]
  • ロムノド — テロスで川べりに座り、緑の枝を探していた少年。イラノンと共に旅立ち、オーナイで酒色に溺れて死ぬ[1]
  • アトク — テロスの靴職人。archonがイラノンを弟子にしようとした相手[1]
  • 老羊飼い — 物語の終盤でイラノンが訪ねる、沼のほとりの小屋の住人。実は彼の幼馴染だったと明かす[1]
  • イラノンが自身の旅を語る中で名指す土地: ナルトス、氷のようなクサリ川、シナラ、ジャレン、大瀑布下のステセロス、かつてサルナスがあった沼、スラー、イラーネク、アイ川沿いのカダセロン、ロマールの地オラソー[1]
  • 神格は登場しない。テロスの人々が語る「神々」は名を持たず、労苦を善しとする教義としてのみ言及される[1]

あらすじ

テロス、労苦の都

蔦の冠を戴き、没薬の香りに黄金の髪を輝かせた若者が、花崗岩の都テロスの門をくぐって現れます[1]。テロスの人々は色浅黒く厳格で、四角い石の家に住んでいます。彼らは若者の来歴と名を尋ね、若者はこう答えます。

「私はイラノンだ。遠い都アイラから来た。かすかにしか思い出せないが、再び見出そうとしている都だ。私は歌を歌う者で、遠い都で学んだ歌を歌う。私の仕事は、幼い日々の記憶をもとに美を作ることだ。私の富は、小さな記憶と夢の中にあり、月がやわらかく西風がロータスの蕾を揺らす夜に、庭で歌う希望の中にある」(訳)[1]

テロスの人々はざわめきます。都に笑いも歌もありませんが、春にはカルティアの丘を眺め、遠いオーナイの竪琴に思いを馳せることがあったからです。彼らはイラノンを都のムリンの塔前の広場に留め、歌わせることにします[1]。夕刻、イラノンが歌うと、老人は祈り、盲いた男は歌い手の頭上に後光を見たと言いました。けれど大半の者はあくびをし、笑う者、眠りに去る者もありました。イラノンの歌は、彼らにとって何の役にも立たない、幼い日の記憶と夢と希望だけの歌だったからです[1]。窓辺で母に歌われて眠った夜、床に落ちた月光の四角、南風が花の香りを運んだ夏の朝を彼は歌い、そして故郷アイラを、大理石と緑柱石の都を、こう歌い上げます。

「長らくお前を恋しく思ってきた、アイラよ。私たちが亡命したとき、私はまだ幼かった。だが私の父はお前の王であった。私は再びお前のもとへ帰るだろう、それは運命によって定められているからだ」(訳)[1]

労苦の掟とテロス追放

その夜、イラノンは厩に泊められ、翌朝archonが訪れて、靴職人アトクの店に弟子入りするよう命じます。「だが私はイラノン、歌を歌う者だ」と彼は答え、靴屋の仕事に心を動かされないと告げます[1]。archonは「テロスではすべての者が働く、それが法だ」と返します。イラノンは問い返します。何のために働くのか、生きて幸福になるためではないのか、働くために働くだけならいつ幸福が訪れるのか、と[1]。

「歌のない労苦は、終わりのない疲れた旅のようなものだ。死のほうが、まだ心地よくはないか」(訳)[1]

archonはこの言葉を理解せず、冒涜だと咎めます。テロスの神々は労苦こそ善だと説き、死の彼方に光の安息の地を約束しているのだ、と彼は言います。

「我らの神々は、死の彼方に光の安息の地を約束された。そこには果てしない休息があり、誰も思考で心を、美で目を、煩わすことのない、水晶の冷たさがある」(訳)[1]

archonはアトクの店へ行くか、日没までに都を去れと命じます。イラノンは石の家々のあいだの狭い通りを歩き、どこにも緑を見出せません。テロスは石だけの都だからです[1]。

ロムノドとオーナイへの旅

石の堤に沿って流れる、よどんだ川ズロのほとりに、悲しげな目をした少年が座っています。ロムノドと名乗るその子は、テロスの血を引きながらも石の都に馴染めず、カルティアの丘の向こうにあるという竪琴と踊りの都オーナイに憧れていました[1]。

「そこでは人々が私たちの憧れを知り、兄弟として迎えてくれる。誰も、私たちの言葉を笑ったり、しかめ面をしたりしない」(訳)[1]

イラノンはロムノドを連れて行くことを承知しますが、丘の向こうにすぐ歓びと理解があるとは思わないよう釘を刺します。

「歓びと理解が、カルティアの丘のすぐ向こうにあるとは思うな。一日の旅で、一年の旅で、五年の旅で見つかるどんな場所にも、それはないのだ」(訳)[1]

そう言って彼は自分自身の来し方を語ります。幼い頃に住んでいた、氷のようなクサリ川のほとりのナルトスの谷では誰も彼の夢に耳を貸さず、南の斜面のシナラへ行けば駱駝引きたちは酔いどれで下品でした。ジャレンでは兵士たちに笑われ追い出され、大瀑布の下のステセロス、かつてサルナスがあった沼、スラー、イラーネク、アイ川沿いのカダセロン、ロマールの地オラソーと渡り歩いても、耳を傾ける者は多くはありませんでした[1]。それでもいつか真に迎えられるのはアイラだけだとイラノンは信じており、それでもオーナイには寄ってみる価値があるだろう、とロムノドに告げます。日暮れとともに、二人はテロスを後にします[1]。

歳月とオーナイの円蓋

丘と森を抜ける道のりは険しく、はかどらないまま年月が過ぎていきます。夜ごとイラノンはアイラの歌を歌い、ロムノドはそれを聞いて満ち足りていました。木の実と赤い苺を食べて日々を送るうち、小さかったロムノドはいつしか声も低くなり、背丈もイラノンを追い越します。片やイラノンは変わらぬまま、蔦と森の香を髪に飾り続けていました[1]。

満月の夜、二人は山の稜線からオーナイの無数の灯りを見下ろします。だがイラノンはこれが故郷アイラではないと知ります。

「オーナイの灯りはアイラの灯りとは違っていた。それは荒々しく、まぶしかった。アイラの灯りは、母がイラノンを歌いながら寝かしつけたあの窓辺の床に射した月光と同じほど、柔らかく、魔法のように輝いていたからだ」(訳)[1]

それでもオーナイは竪琴と踊りの都であり、二人は歌に喜ぶ人々を求めて坂を下ります。町では薔薇を戴いた宴の人々が窓や露台から身を乗り出し、イラノンの歌に花を投げて喝采します[1]。だが夜が明けると様子は違って見えました。

「太陽の下でオーナイの円蓋は、金色ではなく、灰色で陰気だった」(訳)[1]

人々もまた酒に濁った顔つきで、アイラの輝かしい人々とは似ていません。それでも花と喝采を得たイラノンはこの都に留まり、ロムノドも髪に薔薇と銀梅花を飾って宴を楽しみます。イラノンは王の広間で、鏡のような床の上に据えられた水晶の壇上で歌い、聞く者たちの心に古い美しい情景を映し出しました。王は彼に緞子と金襴の衣、翡翠の指輪、彩色象牙の腕輪を与え、天蓋と刺繍布のある寝台のある部屋に住まわせます[1]。

ロムノドの死とオーナイからの旅立ち

やがて王はリラニアの砂漠から荒々しく旋回する踊り子を、東のドリネンから笛吹きを宮廷に招きます。宴の人々が薔薇を投げる先は、イラノンよりも踊り子や笛吹きへと移っていきました[1]。かつて石の都テロスの少年だったロムノドは、日ごとに粗野になり、酒に赤らみ、夢見ることも少なくなっていきます。イラノンは悲しみながらも歌うことをやめず、夜ごとにアイラの、大理石と緑柱石の都の夢をなお語り続けました[1]。

「赤く肥え太ったロムノドは、宴の寝椅子のけしの実の絹布の中で重く鼾をかき、もがきながら死んだ。そのあいだ、青白く痩せたイラノンは、遠い片隅でひとり歌っていた」(訳)[1]

イラノンはロムノドの墓の前で涙を流し、彼が好んだような緑の若枝を墓に撒きます。そして絹の衣と飾りを脱ぎ捨てます。

「絹の衣と飾りを脱ぎ捨て、来たときと同じ、擦り切れた紫の衣だけをまとい、山から摘んだ新しい蔦の葉を飾って、忘れられたまま、踊りと竪琴の都オーナイを去った」(訳)[1]

シュダトリアの彼方、老羊飼いの沼

イラノンは西日の中へと歩き出し、なお故郷と、自分の歌と夢を理解してくれる人々を探し続けます。シュダトリアの都々でも、ブナジックの砂漠を越えた先の土地でも、朗らかな顔の子供たちは彼の古めかしい歌と擦り切れた紫の衣を笑いました。それでもイラノンは若いままで、金色の頭に花輪を飾り、過去の喜びであり未来の希望であるアイラを歌い続けます[1]。

そうしてある夜、彼は流砂の沼の上の岩がちな斜面で痩せた羊を飼う、腰の曲がった老人の小屋にたどり着きます。イラノンはいつものように尋ねます。大理石と緑柱石の都アイラは、清らかなニスラ川が流れ、小さなクラの滝が緑の谷に歌いかけるあの都は、どこにあるのか、と[1]。老羊飼いはイラノンの顔立ちと金髪と蔦の冠を長い間見つめ、遠い記憶をたどるように、それから首を振ってこう答えます。

「私たちは彼を笑ったものだ。生まれたときから知っているのに、自分を王の息子だと思い込んでいたからな……大理石の都アイラなど、かつて一度もなかった。奇妙な歌に喜ぶ者たちも、私の昔の遊び仲間イラノンの夢の中にしかいなかった。そのイラノンは、もういない」(訳)[1]

星が一つ一つ現れ、月が沼を照らす夕暮れどき、それは子供の頃に寝かしつけられながら床に見た光と同じ輝きでした。そこへ、擦り切れた紫の衣をまとい、萎れた蔦の葉を戴いた、ひとりの老いさらばえた男が、夢の理解される美しい都の黄金の円蓋を見つめるように前方を見つめながら、命取りの流砂の中へと歩み入ります[1]。

「その夜、若さと美のいくばくかが、老いた世界から失われた」(訳)[1]

読みどころと注目テーマ

労苦と歌

archonが語る教義は明快です。働くことは善であり、死後には思考にも美にも煩わされない冷たい安息が待つ、と[1]。イラノンの反論は、労苦は何のためにあるのかという一点に絞られています。歌のない労苦を「終わりのない疲れた旅」と呼んだ彼の言葉は、テロスの掟そのものへの疑義です[1]。物語はどちらが正しいかを裁きません。テロスを追われたイラノンの旅路が、その後どうなるかを見せるだけです。

老いない者の代償

ロムノドは旅の年月とともに声変わりし、背が伸び、やがてイラノンより年上に見えるまでになります。イラノンだけが変わらぬ姿を保ち続けます[1]。オーナイでロムノドは酒と宴に溺れて肥え太り、若くして死にます。イラノンは「青白く痩せた」まま、遠い片隅で歌い続けています[1]。老いて世に馴染んでいくロムノドと、老いずに世から浮き続けるイラノンという対は、本文の記述だけからでも明らかな組み立てです。

アイラは実在したのか

物語の後半、老羊飼いはイラノンを幼馴染の「乞食の子」だったと語り、大理石の都アイラなど「かつて一度もなかった」と断じます[1]。この証言をそのまま事実と取るか、記憶違いをした老人の言葉と取るかは、本文には書かれていません。イラノンが本当に王の子であったか、それとも自分の物語を長い年月をかけて信じ続けた者であったか——公式アーカイブの本文はどちらとも確定できる記述を持たず、当サイトでもこの先は判断しません。

老いた世界からの喪失

結末の一文、「その夜、若さと美のいくばくかが、老いた世界から失われた」は、イラノンの死を彼個人の出来事としてではなく、世界からの何かの喪失として語ります[1]。流砂に歩み入る老いさらばえた男の姿と、蔦の冠を戴いて花崗岩の都に現れた若者の姿を並べて読むと、この一文がその落差そのものを指していることが分かります。

執筆背景と影響

執筆は1921年2月28日[2]。同年8月14日執筆の「他の神々」より半年ほど早く、前年11月執筆の「セレファイス」より後にあたります[2]。発表は執筆から14年ほど経った1935年7〜8月、『ガレオン』第1巻第5号12–20ページで、雑誌名・巻号・ページとも公式の作品情報ページに記載されています[3]。

本文の中でイラノンは自らの旅程を語り、「かつてサルナスがあった沼」を見たと述べています[1]。この一節から分かるのは、滅んだ都サルナスを描く「サルナスに至る運命」と同じ地誌を、本作が共有しているという点です。名を持たない語り手が複数の幻想の都を巡るという構成は「白い船」とも重なり、夢の国を舞台に据える点は「ウルタールの猫」とも共通します。都市を求めて彷徨う者、あるいは夢と現実の境が定かでない者を描くという一点で、いずれも本作と結びつく作品です。

出典

[1] H. P. Lovecraft, “The Quest of Iranon” (本文). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/qi.aspx本記事の引用・要約はすべてこの本文に基づきます。訳文は当サイトによる試訳です。

[2] “Lovecraft’s Fiction” (作品年譜). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/執筆日(1921年2月28日)、および「セレファイス」(1920年11月)・「他の神々」(1921年8月14日)の執筆時期の出典。

[3] “Data Page for ‘The Quest of Iranon'” (作品情報・出版履歴). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/qi.aspx初出『ガレオン』第1巻第5号(1935年7〜8月)12–20ページの出典。

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