概要
物語の大半は、墓の上に座った二人の男の言い争いです。片方は怪奇小説を書く語り手、もう片方はボストン生まれの高校長ジョエル・マントン。争点はひとつ、「名状しがたいもの」などというものが本当にありうるのか。マントンの言い分はこうです。人は五感と宗教的直観でしかものを知らない。だから事実の定義か神学の教義で描けないものを指すことはできない。君が物語の最後をいつも「見たものを語る言葉がなかった」で締めるのは、作家として格の低い手口だ[1]。
語り手はこの批判に、理屈と、それから一族の記録で応じます。1706年から1723年にかけての先祖の日記、先祖の胸と背に残った傷、コットン・マザーが『マグナリア・クリスティ・アメリカーナ』に書き留めた「目に傷のある」生き物、1710年に自宅裏の納骨所へ葬られた子のない老人、鍵のかかったままの屋根裏。そして最後に、その屋根裏で見つけた骨を、自分が袋に入れて裏の墓へ捨てたこと。
その墓が、二人がいま腰掛けている墓です。ラヴクラフトが1923年9月に書いた約2,900語の短編で[2]、語り手の名は結末近くでマントンの呼びかけによって一度だけ明かされます。「カーター」。ランドルフ・カーターの陳述(1919年)に続く、ランドルフ・カーターものの二本目にあたります。
作品情報
- 原題: The Unnamable
- 執筆: 1923年9月[2]
- 初出: 『ウィアード・テイルズ』第6巻第1号、1925年7月、78–82ページ[3]
- 分量: 約2,900語(公式アーカイブ本文を機械集計)
- 語り: 一人称。語り手の名「カーター」は終盤で一度だけ呼ばれる
- 舞台: アーカムの古い墓地。作中で「魔女に憑かれた古い町」と呼ばれる
- 主題: 描写できない恐怖の擁護、ピューリタン時代の闇、先祖の記録、窓
登場神格・用語
神話固有の神格・魔導書は登場しません。作中の固有名を挙げます。
- カーター: 語り手。怪奇小説を書いていて、「屋根裏の窓」という作品を1922年1月の『ウィスパーズ』誌に載せたことになっています(作中の架空の雑誌)。マントンから「カーター」と呼ばれるまで名は出ません
- ジョエル・マントン: イースト高校の校長。ボストン生まれのボストン育ち。語り手よりずっと素直に超自然を信じていながら、それを文学の題材にするには「ありふれていない」と考えています。臨終の人が遠くに姿を見せる、長年窓辺にいた人の顔がガラスに残る、といった田舎の言い伝えも半ば信じています
- アーカム: 古い墓地と、17世紀の廃屋と、メドウ・ヒルと、セント・メアリー病院がある町。墓地では「一世紀以上、埋葬がおこなわれていない」
- コットン・マザー『マグナリア・クリスティ・アメリカーナ』: 語り手が典拠に挙げる書物。「日暮れのあとに読むべきではない、あの悪魔的な第6巻」に、獣が産み落とした「獣以上、人以下のもの」と、それと同じ目を持っていたために絞首刑になった酔いどれの話が載っている、と語り手は言います
- 先祖の日記(1706〜1723年): 語り手が「ここから1マイルも離れていない」家の書類から掘り出したもの。目に傷のあるものが夜の窓や森のそばの草地で見られた噂と、先祖自身が谷間の暗い道で襲われた記録が入っています
あらすじ
墓の上の議論
秋の午後遅く、二人はアーカムの古い墓地で、崩れかけた17世紀の墓に腰掛けています。墓地の中央には巨大な柳があって、幹が古い判読不能の墓石をほとんど呑み込んでいます。語り手が、あの根は墓場の土から「口にできない養分」を吸い上げているのだろうと言うと、マントンはたしなめます。ここは一世紀以上埋葬がない、木を養うものなど普通のものしかない。それに、君の「名状しがたい」「口にできない」の連発は子どもじみた手口で、作家としての低い評価にふさわしい、と[1]。
マントンの立場は明快です。人が知りうるのは五感と宗教的直観を通したものだけ。だから事実の確かな定義か正統な神学──できれば会衆派の、それにコナン・ドイル卿が付け加えるかもしれない修正を加えたもの──で描き出せない対象や光景を、指すことはできない。芸術家の仕事は、行動や恍惚や驚愕で強い感情を掻き立てることではなく、日常を正確に写して穏やかな関心を保つことだ。そして、「名状しがたい」ものなどまずありえない。彼にはそれが理屈に合わないのです[1]。
反撃
語り手は、正統派の「昼の住人」に想像力の議論を挑んでも無駄だと分かっていますが、崩れかけたスレートの墓石と老木と、あたりに広がる「魔女に憑かれた古い町」の切妻屋根が彼を戦闘的にします。反撃の糸口は、マントン自身が半ば信じている迷信でした。死にゆく人が遠くの土地に姿を現す。窓辺で一生を過ごした老人の顔がガラスに残る。それを信じるなら、物質から離れて残る霊的な実体を認めていることになる。死者が姿を半球の向こうへ、何世紀も先へ送れるのなら、無人の家に奇妙な意識あるものが満ちていても、古い墓地に世代を重ねた「肉体のない知性」がひしめいていてもおかしくない。霊が物質の法則に縛られないなら、人間の目には「まったく、恐ろしいまでに名状しがたい」形──あるいは形の不在──を取っていて、なぜいけないのか。「常識」とは、想像力と柔軟さの愚かな欠如にすぎない[1]。
日が暮れ、遠くの窓に灯りがともっても、二人は動きません。座っている墓は座り心地がよく、すぐ後ろには根に押し上げられた煉瓦の裂け目が口を開けていて、二人と一番近い明かりのある道とのあいだには、傾いた無人の17世紀の家が立っています。語り手はこの暗がりで、マントンが一番あざ笑った作品の裏にある「恐ろしい証拠」を話し始めます[1]。
「屋根裏の窓」
その作品は「屋根裏の窓」といい、1922年1月の『ウィスパーズ』誌に載りました。南部と太平洋岸のいくつかの土地では苦情で雑誌が店頭から下げられましたが、ニューイングランドは肩をすくめただけでした。批判の要点はこうです。あんなものは生物学的に不可能だ。コットン・マザーが『マグナリア・クリスティ・アメリカーナ』に無批判に放り込んだ田舎のたわごとのひとつで、マザー自身、場所の名を書く気になれないほど裏付けが乏しい。マザーはそれが「生まれた」とまでしか書いていないのに、それを育てて、夜に人の窓を覗かせて、家の屋根裏に肉体と霊とで隠れさせ、何世紀もあとに窓辺で見た者の髪を白くさせるとは、安っぽい扇情作家のやることだ[1]。
語り手はそこで、日記の話をします。1706年から1723年の日記が、ここから1マイルと離れていない場所の家の書類から出てきたこと。日記に記された先祖の胸と背の傷が、たしかに実在したこと。土地の人々の恐れが何世代も囁き伝えられたこと。そして1793年、「ある痕跡」を確かめに廃屋へ入った少年が、作り話ではなく本当に正気を失ったこと[1]。
ピューリタンの時代
語り手はここで、マサチューセッツのピューリタン時代そのものを語ります。表面の下で何が起きていたかはほとんど知られていない。魔女狩りの恐怖はその一端を照らす光だが、それすら些事にすぎない。美もなく自由もない──それは残った建物と家財と、窮屈な聖職者たちの「毒のある説教」から見て取れる。「あの錆びた鉄の拘束衣の内側に、喚き立てる醜悪と倒錯と悪魔崇拝が潜んでいた」[1]。
マザーは第6巻で、獣が産み落とした「獣以上、人以下のもの」──「目に傷のあるもの」──と、その目を持っていたために絞首刑にされた酔いどれの叫び声について、言葉を選ばずに書いた。けれどそのあとに何が起きたかは書いていない。知らなかったのか、知っていて書けなかったのか。ほかにも知っていて口をつぐんだ者たちがいました。子のない、打ちひしがれた老人の家で、屋根裏へ上がる階段の扉に錠が掛かっていたこと。その老人が、人の避ける墓に何も刻まないスレートの石を立てたこと。それらは先祖の日記に入っています[1]。
先祖は谷間の暗い道で何かに捕まり、胸には角の跡、背には猿のような爪の跡を残しました。踏み荒らされた土には、割れた蹄と人間じみた掌の足跡が混じっていました。ある郵便配達は夜明け前のメドウ・ヒルで、老人が「駆け回る名もないもの」を追いかけて呼んでいるのを見たと言い、多くの者が信じました。1710年、その老人は自宅の裏の納骨所に、無銘の石の見える場所へ葬られます。屋根裏の扉は開けられないまま、家ごと恐れられて放置されました。物音がすると人々は震え、あの錠が丈夫であるように祈りました。牧師館で「生きた者も、五体満足な者も残らない」惨事が起きたとき、祈るのをやめました。年月とともに伝説は幽霊じみたものになります──「あれが生き物だったなら、死んだのだろう」[1]。
骨
マントンは黙り込んでいます。笑わず、1793年の少年について真面目に尋ねます。少年は、窓の向こうに見えるものの噂を確かめるために、あの恐ろしい屋根裏の窓を見に行き、叫びながら戻ってきたのでした。マントンは考え込みますが、やがて分析的な態度に戻ります。仮に異常な怪物が本当にいたとしても、自然のどんな倒錯も「名状しがたい」とは限らないし、科学的に記述できないとも限らない、と[1]。
語り手はさらに、老人たちから集めた後年の伝説を足します。有機的なものよりはるかに恐ろしい、巨大な獣の形の幻。月のない夜に漂い、家と裏の納骨所と、判読不能の墓石の脇に若木が生えた墓を憑き従えている。人を突き殺し、窒息させたという話は裏付けがないが、ごく年老いた者たちはいまも恐れている。そして美学の問いに戻ります。人の霊的な放出が歪んだものだとしたら、雑種の悪夢の死んだ脳が形づくった蒸気のような恐怖こそ、「叫び出すほどに名状しがたい」ものではないか[1]。
夜は更けています。音のしない蝙蝠が語り手をかすめ、マントンにも触れたらしい。マントンが口を開きます。「その屋根裏の窓のある家は、いまも建っていて、無人なのか」。「ああ。見た」。「何か見つけたか」。「軒の下に骨があった」。あの少年が見たのはそれかもしれない。世に残しておくのは冒涜だと思ったから、袋を持って戻り、家の裏の墓へ運んだ。放り込める穴があった。「馬鹿だと思うな──あの頭蓋を見せたかった。4インチの角があって、顔と顎は君や私のようだった」[1]。
窓ガラスはどうだった、とマントンが聞きます。全部なくなっていた。片方の窓は枠ごと落ち、もう片方は菱形の小さな格子にガラスの痕跡もなかった。1700年より前に廃れた古い格子窓だ。少年が割ったのかもしれないが、伝説は語らない。マントンは言います。「その家を見てみたい、カーター。どこにある」。語り手は答えます。「君はもう見た──暗くなるまでは」[1]。
窓が開く
この「無害な芝居がかり」に、マントンは飛びすさり、押し殺していたものを吐き出すような喉の詰まった叫びを上げます。「それは奇妙な叫びで、応えがあったので、なおさら恐ろしかった」。叫びの残響の中、真っ暗闇の向こうで軋む音がします。隣の呪われた家で、格子窓が開いている。ほかの枠はとうに落ちているから、開いたのはあの屋根裏の、ガラスのない窓だと語り手には分かります。そちらから氷のような悪臭の風が吹きつけ、すぐ脇の墓の上で鋭い悲鳴が上がり、次の瞬間、語り手は「途方もなく大きいが正体の定まらない、見えない何か」の暴れる動きに墓から跳ね飛ばされます。墓からは息を切らす音と羽音のような轟きが立ちのぼり、氷の風の渦と、煉瓦と漆喰の崩れる音。語り手はそこで気を失います[1]。
病院で
目を覚ますと、二人はセント・メアリー病院の隣り合った寝台にいました。正午、農夫が二人を見つけたのは、墓地から1マイル離れたメドウ・ヒルの向こうの寂しい野原、昔屠殺場があったと言われる場所です。マントンは胸に二つの深い傷と、背にえぐられた傷。語り手は無数のみみず腫れと打撲で、その中に「割れた蹄の跡」がありました。マントンは自分たちの傷を確かめてから、医者には「凶暴な牡牛にやられた」と説明します[1]。
医者と看護婦が去ったあと、語り手は囁きます。あれは何だった。先祖の傷と同じだったのか。マントンは囁き返します。「いや──そんなものじゃなかった。それはどこにでもいた──ゼラチン──粘液──それでいて形があった、記憶にないほどの千の恐怖の形が。目があった──それに傷が。それは深淵──大渦──究極の忌まわしさだった。カーター、あれは名状しがたいものだった!」[1]
読みどころと注目テーマ
作家が自分の手口を弁護する
冒頭でマントンが語り手に浴びせる批判は、そのままラヴクラフトの多くの短編に向けうる批判です。結末で登場人物が「見たものを語る言葉を失う」。それを「子どもじみた手口」と呼ばせたうえで、作者は語り手に反論させ、最後に「名状しがたいもの」を実際に登場させます。ただし登場のしかたに注意が要ります。語り手は跳ね飛ばされて気絶し、何も見ていません。見たのは、この語の存在を否定していたマントンです。そのマントンが「ゼラチン──粘液──それでいて形があった」と、形容を重ねながら結局は「名状しがたいもの」という語にたどり着く。作者は自分の手口を弁護したうえで、懐疑論者の口からその語を言わせて幕を引いています。
「君はもう見た──暗くなるまでは」
この物語の仕掛けは一文に集約されます。二人が座っている墓は、語り手が骨を捨てた墓であり、背後の廃屋は屋根裏の窓のある家です。読者にはかなり早い段階で見当がつきます。「二人と明かりのある道のあいだに傾いた17世紀の家がある」「後ろの煉瓦に根が押し広げた裂け目がある」と、語り手は場所の条件を先に置いているからです。マントンだけが気づかず、「その家はどこにある」と尋ねてしまう。語り手の答えが「無害な芝居がかり」であるはずが、マントンの叫びと、それに「応える」窓の軋みへつながります。
窓というモチーフ
マントンが半ば信じている迷信は「長年窓辺にいた人の顔がガラスに残る」というものでした。語り手はその迷信を反撃の糸口に使い、屋根裏の窓の話へ持ち込みます。1793年の少年は窓を見に行った。屋根裏の窓にはガラスがない。そして最後に開くのはその窓です。「ガラスに顔が残る」というマントンの信仰は、ガラスのない窓から出てくるものによって裏返されます。
ピューリタンの時代の裏面
語り手が語る「錆びた鉄の拘束衣の内側」のマサチューセッツは、ラヴクラフトのニューイングランドものに共通する背景です。同じ年に書かれた祭り(1923年10月)では古い港町の地下の儀式として、先に書かれた家のなかの絵(1920年)では山間の一軒家の老人として、それぞれ形をとります。本作ではコットン・マザーの名と「第6巻」という具体的な参照先を挙げて、17〜18世紀の記録の隙間に物語を差し込む手つきが取られています。
執筆背景と影響
公式アーカイブの年譜は本作を1923年9月に置いています[2]。初出は1925年7月の『ウィアード・テイルズ』第6巻第1号で、78ページから82ページの短い掲載でした[3]。
語り手が「カーター」と呼ばれるのは一度きりで、姓しか出ませんが、当サイトではランドルフ・カーターの項で扱っています。ランドルフ・カーターの陳述(1919年12月執筆)に続き、のちに銀の鍵(1926年)、未知なるカダスを夢に求めて(1926〜27年)へ続く系列の中で、本作のカーターは怪奇小説を書く作家として登場します。ほかの作品のカーターとの関係は原文には書かれていません。
先祖の日記から一族の秘密を掘り出す語り手は、墓(1917年)のジャーヴィス・ダドリーの系譜にあります。あちらでは語り手自身が一族に取り込まれましたが、本作の語り手は記録を読み、骨を運び、傷を負っても、外側に立ったままです。「名状しがたい」ものを見て言葉を失う役は、懐疑論者のマントンに回されました。
議論の中で語り手が「古い墓地に世代を重ねた肉体のない知性がひしめいている」と言う箇所は、コズミック・ホラーと呼ばれる宇宙規模の恐怖とは向きが違います。本作の恐怖は土地と血筋に根を張ったもので、宇宙的な存在は出てきません。作中の語り手は「私の物語」の結末の付け方を批判され、それに答えます。作者が自分の書き方をめぐる議論を、登場人物の口を借りて物語の中に置いた例として読める一本です。
出典
[1] H. P. Lovecraft, “The Unnamable” (本文). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/u.aspx本記事の引用・要約はすべてこの本文に基づきます。訳文は当サイトによる試訳です。
[2] “Lovecraft’s Fiction” (作品年譜). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/執筆時期(1923年9月)、および「ランドルフ・カーターの陳述」1919年12月・「祭り」1923年10月・「家のなかの絵」1920年12月の出典。
[3] “Data Page for ‘The Unnamable'” (作品情報・出版履歴). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/u.aspx初出『ウィアード・テイルズ』第6巻第1号(1925年7月)78–82ページの出典。
関連作品ガイド ── どれから楽しむか
- ランドルフ・カーターの陳述 — カーターが初めて名を持って登場した作品。こちらも墓地と、地下から届く声の話です。本作と並べると、「見ていない語り手」という共通点が浮かびます。
- ランドルフ・カーター — 人物項。本作の「カーター」を含めて、作品ごとに違う顔を持つこの人物の全体像はこちらで。
- アーカム — 舞台の町。本作の墓地・メドウ・ヒル・セント・メアリー病院はいずれもここにあります。
- 墓 — 先祖の記録と屋根裏の櫃。本作の6年前に書かれた、一族の過去へ入っていく語り手の話。
- 祭り — 本作の翌月の作品。ピューリタンの町の地下に残る古い信仰を、こちらは議論ではなく儀式として描きます。
- ピックマンのモデル — 恐怖を描く芸術家が、自作の正当性を語り手に向かって主張する話。本作の墓地の議論を、画家のアトリエに移した一本として読めます。

