概要
題辞はウェルギリウスです。「せめて死においては、安らかな座所に憩わせてくれ」。『アエネーイス』第6巻で、埋葬されないまま海辺に打ち上げられた舵手パリヌールスが、冥界を訪れたアエネーアースに向かって言う一行です[4]。この一行が、物語の最後で語り手自身の叫びとして戻ってきます。
語り手はジャーヴィス・ダドリー。「狂人のための避難所」に閉じ込められた身で、なぜここへ来ることになったかを書き残しています。ラヴクラフトが1917年6月に書いた短編で、公式アーカイブの年譜には1909年から1916年に書かれた小説が載っておらず、本作は1908年の「錬金術師」以来9年ぶりに書かれた小説の一本にあたります[2]。翌月にはダゴンが続きます。
筋は単純です。少年が森の中で一族の霊廟を見つけ、入りたいと願い、やがて入り、夜ごと通ううちに人が変わり、最後に取り押さえられる。ただしこの物語には、語り手の話と父親の話という、二つの相容れない説明が並んでいて、作者はどちらにも軍配を上げません。その宙吊りの構造が、後年のアウトサイダーやチャールズ・デクスター・ウォードの事件へ続く「祖先に取り込まれる語り手」の型を、一番素朴な形で見せています。
作品情報
- 原題: The Tomb
- 執筆: 1917年6月[2]
- 初出: 『ヴェイグラント』(The Vagrant)第14号、1922年3月、50–64ページ[3]
- 分量: 約4,200語(公式アーカイブ本文を機械集計)
- 語り: 一人称。精神病院に収容された語り手による手記
- 主題: 祖先への回帰、鍵のない扉、正気の判定不能性、埋葬されない者の恐怖
登場神格・用語
神話固有の神格・魔導書は登場しません。作中に出てくる固有名を、原文の順に並べます。
- ジャーヴィス・ダドリー: 語り手。裕福な家の一人息子で、「幼いころから夢想家にして幻視者」と自称します。父方の家系の最後の一人で、母方の系図にはハイド家の名がわずかに残っています
- ハイド家: 「古く高貴な一族」。丘の上に屋敷を構えていましたが、落雷の火事で焼け落ち、一族は遠い土地へ移りました。最後の直系は語り手の生まれる何十年も前に、遺灰となってこの霊廟へ戻っています
- サー・ジェフリー・ハイド: 1640年にサセックスから渡ってきた始祖。廟の中の銘板に名が残ります
- ハイラム: ダドリー家の老僕。語り手の話を最後まで信じた唯一の人物
- スクワイア・ブルースター: 1711年に埋葬された土地の名士。語り手が子どものころ、その葬儀にまつわる奇妙な「知識」を口にして村を驚かせます
- パリヌールス: 『アエネーイス』の舵手。題辞と結末で名が呼ばれます[4]
あらすじ
窪地の霊廟
ダドリー家の屋敷のそばに、樫の古木が生い茂る窪地があります。ジャーヴィスは幼いころからそこで本を読み、夢想し、木の精たちが月光の下で踊るのを眺めて育ちました。窪地の一番暗い茂みの奥に、ハイド家の霊廟があります。丘の斜面を掘り込んだ花崗岩の建物で、外から見えるのは入口だけ。重い石の扉は錆びた鉄の蝶番に掛かり、「半世紀前の陰惨な流儀にしたがって」鉄の鎖と南京錠で、わずかに開いたまま留められています[1]。
丘の頂にはかつてハイド家の屋敷がありましたが、真夜中の嵐の落雷で焼け落ちました。土地の老人たちはそれを「神罰」と呼びます。火事で死んだのは一人だけ。一族はその後遠い土地へ移り、最後の当主の遺灰だけが霊廟へ送り返されてきました。
10歳の夏
ジャーヴィスが霊廟を見つけたのは10歳の夏の午後です。茨の茂みをかき分けた先に、黒い花崗岩と、妙な具合に半開きの扉と、アーチの上の葬送の彫刻があらわれました。墓地とは縁遠く育てられていた少年は、それが死者の家だとは思いません。ただ、「そのとき芽生えた狂おしいほど理不尽な欲望が、私をこの監禁の地獄へ連れてきた」と彼は書きます。少年は錆びた鎖を揺さぶり、隙間に身体をねじ込もうとし、どちらも失敗して、「森の百の神々」にかけて、いつか必ず中へ入ると誓います[1]。
毎日訪れる鉄灰色の髭の医師は、この決意を「哀れな偏執の始まり」と客に説明したそうです。語り手は「最後の審判は、すべてを知った読者にゆだねる」と書き添えます。
それからの数か月、少年は南京錠と格闘し、廟について聞き回ります。焼け落ちた屋敷で昔おこなわれていたという「奇怪な儀式と神を恐れぬ乱痴気騒ぎ」の噂を耳にして、興味はいっそう強くなりました。隙間から蝋燭を差し入れても、見えるのは湿った石段が下へ続いているところまで。その匂いは少年を「はねつけながら魅了し」、「いま持っているこの肉体に住まうより前」から知っていた気がした、と彼は書きます[1]。
プルタルコスの石
翌年、屋根裏でプルタルコスの『英雄伝』の古い訳本を見つけます。テセウス伝には、少年テセウスが、大きな石を持ち上げられる年齢になったとき、その下に隠された「運命の証」を手にする、という一節があります。ジャーヴィスはこれを読んで、「まだ時が熟していない」と考え直しました。鎖を解ける力と知恵がつくまで、運命の意志に従おう、と[1]。
その間、彼は別の奇妙な習慣を持ちます。夜中にそっと家を出て、両親が近づけまいとしていた墓地を歩くのです。翌朝には、何世代も前に忘れられた話題を口にして周囲を驚かせました。1711年に埋葬された名士スクワイア・ブルースターについて、葬儀屋のグッドマン・シンプソンが銀の留め金の靴と絹の靴下を盗んだこと、埋葬の翌日に故人が棺の中で二度寝返りを打ったことを、少年は事実のように語って村を騒がせます。
同じころ、家系図を調べていて、母方の血がハイド家にわずかにつながることを知ります。父方の最後の一人だった彼は、この古い家系でも最後の一人でした。「私は、あの墓は自分のものだと感じ始めた」[1]。成人するまでに、彼は廟の前の茂みを刈って小さな空き地をつくり、周囲の緑を壁と屋根のように残しました。「この木陰の庵が私の神殿で、閉ざされた扉が私の聖所だった」と彼は書いています。
声と鍵
最初の啓示の夜は蒸し暑い晩でした。疲れて眠り込んでいた彼は、目覚める感覚とともに声を聞きます。その声の質については語らないと断ったうえで、彼はひとつだけ書き留めます。ピューリタン植民者の耳慣れない音節から50年前の端正な弁舌まで、ニューイングランドのあらゆる時代の訛りが、その影の会話には揃っていた、と。目覚める瞬間、廟の奥で灯りが慌てて消されたようにも見えましたが、それは「誓って言えるほど確かではない」[1]。
家に帰った彼は、まっすぐ屋根裏の朽ちた櫃へ向かいます。そこに鍵がありました。長いあいだ力ずくで攻めても開かなかった障壁が、翌日、その鍵で難なく開きます。
空の棺
初めて中へ入ったのは、夕方の柔らかい光の中です。扉を閉め、蝋燭一本で滴る石段を降りながら、彼は「道を知っている」と感じ、黴臭い納骨堂の空気の中で「妙に居心地がよかった」と書きます。大理石の台に棺が並び、封のままのものもあれば、崩れ去って銀の把手と銘板だけが白い粉の山のあいだに残るものもあります。ある銘板には、1640年にサセックスから来て数年後にこの地で死んだサー・ジェフリー・ハイドの名。そして目立つ壁龕に、状態のよい空の棺がひとつ。「ただひとつの名」が刻まれていて、それを見た彼は「微笑みと戦慄の両方」を覚えます。原文はここでその名を明かしません。彼は台に登り、蝋燭を消し、その棺に横たわりました[1]。
夜明けの灰色の光の中で廟を出た彼は、扉の鎖を掛け直します。「私はもう若者ではなかった。まだ21回の冬しか身体を冷やしていなかったのに」。早起きの村人たちは、酒も付き合いも知らないはずの青年に、放蕩の一夜の痕跡を見て首をかしげました[1]。
変わっていく言葉
その夜から彼は毎晩廟へ通います。何を見聞きし、何をしたかは「決して明かしてはならない」。最初に変わったのは言葉づかいでした。急に古風になった語法が人目を引き、次いで振る舞いに妙な大胆さと向こう見ずさが加わり、生涯を隠遁して過ごした青年が「世慣れた男の物腰」を身につけていきます。無口だった舌はチェスターフィールド卿のような如才なさと、ロチェスター伯のような神を恐れぬ皮肉で回り、蔵書の見返しには18世紀の才人たちを思わせる即興の警句が書き込まれました[1]。
ある朝、朝食の席で彼は酔ったような口調で歌を朗誦してしまいます。「どの本にも記録されていないジョージ王朝期の戯れ歌」で、原文は6連にわたってその歌詞を載せています。エールの大杯を持って集まれ、いまのうちに飲め、皿には牛肉の山を。アナクレオンは赤鼻だったというが、陽気なら赤鼻で何が悪い、百合のように白くなって死んで半年よりましだ。若いハリーはやがて鬘を落としてテーブルの下に滑り込むだろうが、「土の下より、テーブルの下のほうがましだ」。最後の連では、もう立てないし喋れない、亭主よベティに椅子を呼ばせてくれ、家に帰る、女房はいないから、と歌います[1]。この歌が語り手の中から出てきたこと自体が、彼の主張を支える唯一の物証めいたものです。父はのちに、それも蔵書の読みすぎで片づけます。
このころから彼は火と雷雨を恐れるようになりました。空に稲光の気配があると屋敷の奥へ引きこもります。昼間のお気に入りの場所は焼け落ちた屋敷の地下室跡で、ある日、村人を連れて、何世代も忘れられていた浅い地下の小部屋へ迷いなく案内して驚かせます。
監視者と、守られている確信
一人息子の変貌に気づいた両親は、「親切な密偵」を付け始めます。彼は窪地の迷路で尾行をまくようになり、鍵は首から紐で下げて誰にも見せず、廟の中で手にしたものは何ひとつ持ち出しませんでした。ある朝、鎖を掛け直しているところで、隣の茂みに監視者の顔を見つけます。もう終わりだと思って家へ急ぎ、密偵が父に何を報告するか盗み聞きした彼は、驚きます。密偵は、息子は廟の外の庵で一晩眠っていた、半開きの扉の隙間を眠たげな目で見つめたまま、と囁いたのです[1]。
彼はここで「超自然の力が自分を守っている」と確信し、隠れるのをやめます。それから一週間、「墓場の宴」を心ゆくまで味わったと彼は書き、次の夜にすべてが起こります。
燃える屋敷
その夜は出るべきではありませんでした。雲には雷の気配があり、窪地の底の沼から燐光が立ちのぼっていました。死者の呼び声もいつもと違います。丘の中腹の霊廟ではなく、頂上の焼けた地下室が彼を招いていました。木立を抜けて廃墟の前の平地へ出ると、月明かりの靄の中に、「一世紀前に消えた」屋敷が、あらゆる窓に蝋燭の光をともして建っています。長い車寄せにはボストンの上流階級の馬車が乗りつけ、近隣の屋敷からは白粉をつけた伊達者たちが歩いてやってきます。彼はその群れに混じりながら、「自分は客ではなく主人の側に属する」と知っていました[1]。
広間には音楽と笑いと酒。見知った顔がいくつもありましたが、「腐敗と分解で萎びて崩れていれば、もっとよく分かったはずの顔」でした。彼は誰よりも荒れ、神も人も自然の法も顧みない冒涜を口から溢れさせます。そこへ雷が屋根を裂き、赤い炎と熱風が屋敷を包み、客たちは悲鳴を上げて夜へ逃げ出しました。彼だけが席に釘づけになります。そして第二の恐怖が来ます。焼かれて灰になり、四方の風に散らされたら、ハイド家の墓に横たわれない。「私の棺は用意されていたではないか」。「ジャーヴィス・ハイドは決してパリヌールスの悲しい運命を分かち合ってはならない」[1]。ここで語り手は初めて自分を「ハイド」の名で呼びます。
「J. H.」
幻の屋敷が消えたとき、彼は二人の男に取り押さえられて叫んでいました。一人はあの密偵です。雨が降りしきり、南の地平線に、さっき頭上を通り過ぎた稲妻が光っています。悲しみに顔を刻んだ父が、できるだけ優しく扱うようにと二人に言い聞かせていました。地下室跡の床には落雷の黒い焼け跡があり、村人たちが提灯を掲げて、雷が掘り起こした古い小箱をこじ出しているところでした。
箱には書類と値打ち物が入っていましたが、彼の目に映ったのはひとつだけ。巻き毛の袋鬘をつけた若い男の磁器の細密画で、「J. H.」の頭文字。「その顔は、鏡を見ているのかと思うほどだった」[1]。
翌日、彼は鉄格子の窓のある部屋へ移されました。
父の証言と、ハイラムの発見
面会に来る父は言います。お前は一度もあの鎖の扉を越えていない。錆びた南京錠は、調べたところ50年間誰にも触られていなかった。村中がお前の墓通いを知っていて、庵で眠るお前が半開きの目で扉の隙間を見つめているのを、何度も見ていた、と。反証になる鍵は、あの夜のもみ合いで失われました。死者との夜ごとの会合で知った昔の出来事も、父にかかれば「家の蔵書を手当たり次第に読み漁った成果」です[1]。
老僕ハイラムだけが彼を信じました。一週間前、ハイラムは廟の扉を半開きに留めていた錠をこじ開け、提灯を持って降りていきます。壁龕の台の上に、古いが空の棺があり、くすんだ銘板には「ジャーヴィス」とひとつだけ刻まれていました。「あの棺とあの墓所に葬ると、彼らは私に約束してくれた」。手記はそこで終わります[1]。
読みどころと注目テーマ
二つの説明が最後まで並ぶ
語り手の話では、鍵で廟へ入り、死者と交わり、18世紀の言葉と歌を身につけました。父の話では、彼は一度も扉を越えず、庵で眠り、蔵書から拾った知識を口にしていただけです。南京錠が50年間手つかずだったという父の観察と、「ジャーヴィス」の空の棺というハイラムの発見は、それぞれ別の説明を支えます。原文はこの二つを並べたまま閉じます。語り手が冒頭で「最後の審判は読者にゆだねる」と言った約束を、作者は守っています。
埋葬されない者の恐怖
題辞のパリヌールスは、海に落ちて死に、埋葬されないまま冥界の岸で待たされる舵手です[4]。本作の恐怖の核心は、死ぬことではなく、「用意された棺に入れないこと」にあります。燃える屋敷で語り手を釘づけにしたのは炎ではなく、灰になって散らされる想像でした。結末の一文が救いのように読めるのは、そのためです。「あの棺に葬る」という約束は、語り手にとって唯一の望みの成就であり、読者にとっては、彼がすでに自分を死者の側に数えていることの確認でもあります。
言葉づかいが先に変わる
憑依の徴候として作者が最初に選んだのは、外見でも行動でもなく語法です。古風になる言い回し、見返しの警句、朝食の席の酒宴の歌。語り手の中に入り込んだものの正体を、作者は言葉の時代差だけで示します。6連の戯れ歌をまるごと載せる判断は、語り手の主張の唯一の「物証」を読者の目の前に置くためのものです。「どの本にも記録されていない」歌が青年の口から出てきた以上、父の「読みすぎ」説では説明がつかない、と語り手は言いたいわけです。
「ハイド」への呼び替え
物語のあいだ、語り手は自分を「ジャーヴィス・ダドリー」と名乗ります。「ジャーヴィス・ハイド」と自分を呼ぶのは、燃える屋敷の中で叫ぶ一度きり。そして箱から出た細密画の頭文字は「J. H.」です。空の棺の名を原文が伏せたまま進めていた理由が、ここで一度に回収されます。廟へ初めて入った夜、彼が「微笑みと戦慄」を覚えた「ただひとつの名」がジャーヴィスであることを、読者は最後の段落まで確定できません。
執筆背景と影響
公式アーカイブの年譜は本作の執筆を1917年6月に置いています[2]。同じ年譜で錬金術師は1908年、ダゴンは1917年7月です。年譜上、1909年から1916年に書かれた小説はなく、本作はその空白のあとに書かれた最初期の一本です。初出はアマチュア誌『ヴェイグラント』第14号(1922年3月)で、執筆から発表まで5年近くかかりました[3]。
本作の型は、その後の作品に繰り返し現れます。一族の過去に引き寄せられ、最後に自分がその一部だったと知る語り手は、アウトサイダー(1921年)でより純化された形をとり、チャールズ・デクスター・ウォードの事件(1927年)では祖先と子孫の入れ替わりという長編の骨格になりました。落雷で焼け、土地の人々が「神罰」と呼ぶ屋敷は、忌み嫌われる家の呪われた家屋の先駆けです。
語り手が精神病院から手記を書くという枠組みも、ここが出発点です。冒頭で語り手は、「常識の帳を突き破る超視力の閃き」を大多数の「散文的な唯物論」が狂気と断じる、と述べます[1]。この構えは、ランドルフ・カーターの陳述や魔犬の語り手が、誰にも信じられない前提で話し始めるときの定型となりました。
本作にはコズミック・ホラーと呼ばれる要素はほとんどありません。宇宙的な存在も、人類の矮小さも出てこない。あるのは一族と土地と、鍵のない扉だけです。生き埋めや一族の呪いといった主題はエドガー・アラン・ポーの読者にはなじみ深いものですが、原文にポーの名は出てきません。
出典
[1] H. P. Lovecraft, “The Tomb” (本文). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/t.aspx本記事の引用・要約はすべてこの本文に基づきます。訳文は当サイトによる試訳です。
[2] “Lovecraft’s Fiction” (作品年譜). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/執筆時期(1917年6月)、および「錬金術師」1908年・「ダゴン」1917年7月の出典。
[3] “Data Page for ‘The Tomb'” (作品情報・出版履歴). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/t.aspx初出『ヴェイグラント』第14号(1922年3月)50–64ページの出典。
[4] Vergil, Aeneis, Liber VI, 337–383 (パリヌールスの挿話). 371行目が本作の題辞。The Latin Library. https://www.thelatinlibrary.com/vergil/aen6.shtml
関連作品ガイド ── どれから楽しむか
- アウトサイダー — 本作の4年後。自分が何者かを知らない語り手が塔を登り、鏡の前で答えに出会う。本作で「J. H.」の細密画が担った役割は、あちらでは鏡のもの。続けて読むと、作者がこの結末をどう磨いたかが見えてきます。
- 錬金術師 — 年譜上、本作の9年前にあたる1908年の作品[2]。一族の呪いと城の地下という舞台立てが、本作の霊廟と屋敷跡に受け継がれています。
- ダゴン — 本作の翌月の作品。こちらは海と異形の存在が主題で、同じ夏に書かれた二本の向きの違いがよく分かる一本。
- チャールズ・デクスター・ウォードの事件 —「祖先に取り込まれる」型の到達点。本作で数ページに収まっていた祖先と子孫の入れ替わりが、長編一本ぶんの調査劇になります。
- 忌み嫌われる家 — 土地に根を張った一族の呪いを、語り手が調べて対処する話。本作の「神罰」で焼けた屋敷を、探偵の側から見た作品です。
