概要
銀の鍵(1926年)の続編で、E・ホフマン・プライスとの合作です。前作の最後で銀の鍵を持ってアーカムの丘へ消えたランドルフ・カーターの遺産をどうするか、失踪から4年後の集会で決めることになり、そこにベナレスの導師を名乗る男が現れて、カーターに何が起きたかを語ります。全8章、約14,200語。ラヴクラフト名義の作品では長いほうに入ります[1]。
語られる内容は三段階です。まず銀の鍵の儀式でカーターは1883年の9歳の自分に戻り、蛇の巣穴と呼ばれる洞窟の奥で「第一の門」を開けます。そこで案内者ウムル・アト=タウィルと「古き者ども」に迎えられ、「窮極の門」を越えます。門の彼方でカーターは、自分が一人ではなく、あらゆる時代と世界に散らばる無数の「カーター」の一断面だと知り、「存在」から時間と次元についての説明を受けます。そして好奇心のまま、夢に繰り返し見た五つの太陽の星への転移を願い、その星ヤディスの魔道士ズカウバの体で目を覚まします[1]。
集会の場面はニューオーリンズの一室で、四本の針を持つ棺の形の時計が、「この惑星で知られるどの時間体系とも一致しない」刻み方をしています。導師の語りが終わったあと、その時計が最後の場面の出口になります[1]。
作品情報
- 原題: Through the Gates of the Silver Key
- 執筆: 1932年10月〜1933年4月、E・ホフマン・プライスとの合作[2]
- 初出: 『ウィアード・テイルズ』第24巻第1号、1934年7月、60–85ページ[3]
- 分量: 約14,200語(公式アーカイブ本文を機械集計)。全8章
- 語り: 三人称。第1章と第6〜8章は集会の場、第2〜5章は導師が語るカーターの体験
- 時: 集会は1932年。カーターの失踪は1928年10月7日、戻った先は1883年10月7日
- 舞台: ニューオーリンズの旧フランス人街、アーカム背後の丘と蛇の巣穴、第一の門の彼方、窮極の門の彼方、惑星ヤディス
登場神格・用語
- ウムル・アト=タウィル: 第一の門の案内者にして守護者。「最も古き者」、『ネクロノミコン』の写字生が「命長き者(THE PROLONGED OF LIFE)」と訳した名。人間の1.5倍ほどの背丈で、目の穴のない中間色の衣に包まれ、音も言葉もなく心に語りかけます
- 古き者ども(the Ancient Ones): 六角形に近い台座に座る、衣をまとった影たち。高い司教冠と彫刻のある笏を持ち、案内者に歌で眠らされて、その夢で窮極の門を開きます
- 「存在」(the BEING): 窮極の門の彼方でカーターに語る、「限りない存在と自己の、全にして一、一にして全」。地上のある秘教がヨグ=ソトースと囁き、ユゴスの甲殻類が「彼方なる者」と崇めるものかもしれない、と本文は言い、同時にそれらの概念が「いかにわずかで断片的か」とも言います。カーター自身の「原型」でもあります
- 『ネクロノミコン』: 案内者について記した章が引用されます。「トートの書」「旧き印」「墓の秘密の扉を見張る群れ」といった語がその引用の中に出てきます
- プナコトス断章: 第一の門の性質を暗示する文書として名だけ出ます
- ヤディス: 五つの太陽を持つ星。鉤爪と獏のような鼻面を持つ種族が金属の塔に住み、地中の「ボール」と戦い、「光線の殻」で28の銀河を行き来します
- ズカウバ: ヤディスの魔道士。カーターがその体に入ります。「ンヒングの石板」で助言を求め、「大古老ブオ」と会議します
- ツァトゥグァ: 「原初のハイパーボリアで黒く可塑的なツァトゥグァを崇めた」存在として、カーターの過去の相のひとつに名が出ます
- 登場人物: エティエンヌ=ローラン・ド・マリニー(遺言執行者、クレオールの神秘家・数学者・東洋学者。外人部隊でカーターと知り合い、バイヨンヌの地下納骨堂で秘密を見せた)、ウォード・フィリップス(プロヴィデンスの老いた奇人。カーターがイレク=ヴァドの蛋白石の玉座に君臨していると信じ、その物語を発表した)、アーネスト・B・アスピンウォール(シカゴの弁護士、母方の従兄弟、相続人代表)、スワミ・チャンドラプトラ(ベナレスから来たと名乗る導師。ターバン、黒い顎髭、白い大きなミトン、金属的な英語)、ハーレー・ウォーレン(第1章で名のみ。ランドルフ・カーターの陳述の地下墓所へ降りて戻らなかった神秘家)、E・ホフマン・プライス(共著者)
あらすじ
第1章 ニューオーリンズの部屋
ボハラ絨毯と奇妙な図柄の壁掛けのある広間で、四人が書類の散らばった卓を囲んでいます。鋳鉄の三脚から乳香の煙、壁龕には「四本の針が、この惑星で知られるどの時間体系とも一致せずに動く」棺型の時計。ここはニューオーリンズのド・マリニー邸で、4年前に消えたランドルフ・カーターの遺産を、ついに分ける日です[1]。
カーターは1928年10月7日、54歳で人の目から消えました。ボストンに住み、先祖はアーカム背後の丘の出。老僕パークス(1930年初めに死去)は、屋根裏で見つかった香木の彫刻箱と、解読できない羊皮紙と、奇妙な銀の鍵のことを話していました。鍵は先祖伝来で、「失われた少年時代の門」を開けるとカーターは言っていた。車は丘の古い草生した道の脇で見つかり、箱と羊皮紙は残っていたが、鍵はなかった。近くには「蛇の巣穴」と呼ばれる洞窟。1692年にセイラムの魔女裁判から逃れた者が拓いた土地で、魔法使いエドマンド・カーターの伝説があり、1781年にも一人のカーターが消えています。カーターは9歳の10月、この洞窟で一日を過ごしてから人が変わり、未来を言い当てる癖がついたと人々は覚えていました。雨のあとの道で、土地の者は「少年時代のカーターの角ばった靴のような小さな足跡」と、30年前に死んだ雇い人ベニジャ・コリーの「踵のない靴」の跡を見たと囁きます[1]。
神秘学の徒たちは、カーターが時間を遡って45年前の1883年10月に戻ったと論じました。プロヴィデンスの老人ウォード・フィリップスはさらに進んで、カーターが少年時代の夢の中を自由に巡り、いまは「イレク=ヴァドの蛋白石の玉座に王として君臨している」と信じ、その物語を発表しています。彼は遺産分割に反対し、シカゴの弁護士アスピンウォールが相続人側に立って4年間争いました。四人目は、ベナレスから来たと名乗るスワミ・チャンドラプトラ。高位バラモンのターバン、豊かな黒髭、動かない整った顔、「はるか遠くから覗くような」虹彩のない黒い目、大きな白いミトン。英語は正確なのに、「発声器官に負担がかかるような」金属的な響きがあります[1]。
ド・マリニーは羊皮紙について語ります。ナーカル語ではない。イースター島の文字とも違う。似ているのは、ハーレー・ウォーレンが持っていた本の文字だけで、ウォーレンはそれを持って地下墓所へ降り、戻らなかった。鍵についてカーターは、砂漠に隠された「千の柱のイレム」の門の要石に彫られた「手」が虚しく掴もうとする鍵だ、と詩的に語ったことがある。アスピンウォールが「あの老いぼれを黙らせられんのか」と苛立ち、スワミが初めて口を開きます。「私は、カーターが4年前の10月7日の日没に鍵を持って車を離れたあと何が起きたか、おおよそ知っています」[1]。
第2章 1883年10月7日
アーカム背後の丘には「奇妙な魔法」がある。カーターはそこへ戻り、鍵の唐草模様から数か月前に解読した手順──どう回すか、沈む太陽にどう掲げるか、九度目の回転で何を唱えるか──を、キングスポートの尖塔が夕焼けに光る時刻に実行します。すると暮れゆく光の中で、過去からの声が聞こえました。大叔父の雇い人ベニジャ・コリー。30年前に死んだはずの。「30年前とは、いつから数えて?」。ここで語りは、1883年10月7日の少年ランドルフに切り替わります。マーサ叔母に言われた時刻を過ぎて外にいる少年。上着のポケットには、2か月前の9歳の誕生日に父からもらった望遠鏡があるはずなのに、この鍵は何か。蛇の巣穴の奥の洞窟で見つけた、岩に刻まれた「門柱」を、これで開けられるのか[1]。
その晩、少年はクリス叔父とマーサ叔母と夕食をとり、翌朝、林檎園を抜けて洞窟へ行きます。ハンカチを落としたことにも気づかず、居間のマッチで道を照らし、根の絡む裂け目を抜けて、奥の大洞窟へ。岩壁の要石の上の膨らみは、「巨大な彫刻の手」なのか。少年は鍵を取り出し、「かすかにしか思い出せない」動作と詠唱をします[1]。
第3章 第一の門
「そのあと何が起きたかは、言葉ではほとんど描けない」。年齢と場所の意味が消え、少年と大人の区別がなくなり、「ランドルフ・カーターという実体」だけが残ります。開いたのは窮極の門ではなく、地球と時間から「時間の外にある地球の延長」へ通じる門で、そこから窮極の門が「あらゆる地球、あらゆる宇宙、あらゆる物質の外にある最後の虚空」へ通じている。案内者がいるはずで、『ネクロノミコン』はその者について書いています。「彼を案内者として受け入れる者は、彼との交わりを避けたほうが賢明であったろう」「彼はウムル・アト=タウィル、最も古き者、写字生が『命長き者』と訳したものである」[1]。
六角形に近い台座に衣をまとった影たちが並び、台座を持たない一体が浮いています。それが案内者でした。カーターは恐れず、『ネクロノミコン』が教えた礼をします。「われわれはあなたを待っていた──古き者どもと私は。あなたは鍵を持ち、第一の門を開けた。いま窮極の門があなたの試練のために用意されている。恐れるなら、進まなくてよい」。カーターは即座に答えます。「進みます。あなたを案内者として受け入れます」。影たちは司教冠と笏を持ち、「われわれはあなたを迎える、最も古き者よ、そしてあなたを、ランドルフ・カーター、その大胆さによってわれらの一人となった者よ」と告げ、空いた台座がカーターのために示されます[1]。
案内者は虹色の金属の球を掲げ、地球のものでないリズムの歌が始まり、影たちは揺れて眠りに落ちます。ここでスワミは語りを止め、ド・マリニーの棺型の時計を見て言います。あの時計は、ウォーレンが話していたヨギ──レンの隠された遺産イアン=ホーへ行った唯一の生者──から送られたものでしょう。「あなたはアメリカで唯一、外なる延長を味わったことのある方だ」。そして続けます。古き者どもの眠りは指示された夢で、その夢が窮極の門を開く。沈黙が訪れ、薔薇色の海がカーターの頬を洗い、声でない声が言います。「真理の人は善悪の彼方にある。真理の人は全即一へ馬を駆った。真理の人は、幻影こそ唯一の現実であり、実体は偽者だと学んだ」。岩壁に巨大なアーチが現れ、カーターは鍵を使っていたことに気づき、窮極の門を通ります[1]。
第4章 窮極の門の彼方
門を抜けたカーターは、振り返って門がひとつではなく無数にあるのを見、次いで「どの形象も与えられぬほど大きな恐怖」に襲われます。自分と結びついた恐怖。彼は一人ではなく、多くの人物だった。1883年10月7日に蛇の巣穴を出て叔父の家へ駆け下りる少年、1928年でもあるその同じ瞬間に古き者どもの台座に座る影、窮極の門の彼方の第三のカーター。そして「地球の歴史のあらゆる既知の、また推測される時代」の「カーター」たち。人間と非人間、脊椎と無脊椎、意識あるものと無いもの、動物と植物。さらに地球の生命と何の共通点もなく、他の惑星と銀河と宇宙連続体を動く「カーター」たち。「世界から世界へ、宇宙から宇宙へ漂う永遠の生命の胞子。しかしすべて等しく彼自身」[1]。
「いかなる死も、破滅も、苦悩も、自己の喪失から流れ出るこの上ない絶望を呼び起こすことはできない」。ウォーレンと二人で墓地へ入り一人だけ戻ったあの夜の頂点でさえ、ここまでの恐怖は暗示しなかった、と本文は書きます。そこへ、さらに深い恐怖が来ます。自分を包み、貫き、自分の一部でもあり、全時間と全空間に広がる「力ないし人格」。「限りない存在と自己の、全即一にして一即全」。地上のある秘教がヨグ=ソトースと囁き、ユゴスの甲殻類が「彼方なる者」と崇め、渦状星雲の蒸気状の脳が翻訳不能な印で知るもの──「しかし一瞬にして、カーターの断面は、これらすべての概念がいかにわずかで断片的かを悟った」[1]。
「存在」は語ります。あなたは子どものように嫌な場面から愛する夢へ逃げるのではなく、すべての場面と夢の背後にある最後の秘密へ、大人のように飛び込もうとしている。私はそれをよしとする。「この惑星の存在に11度だけ、あなたがたが人間と呼ぶものには5度だけ」与えたものを与える用意がある。だが見る前なら、まだ二つの門を戻って帰ることができる[1]。
第5章 円錐と角度
「受け入れます。退きません」。そして「存在」から知識が流れ込みます。三次元の世界という観念がいかに幼いか。あらゆる空間の図形は、一つ上の次元の図形を平面で切った断面にすぎない──立方体から正方形が、球から円が切り出されるように。人間と人間の神々の世界は、第一の門で達する「小さな全体」の三次元の相にすぎない。「われわれが実体・現実と呼ぶものは影であり幻影であり、影・幻影と呼ぶものこそが実体・現実である」。時間は動かず、始まりも終わりもない。変化と見えるものは、円錐を切る角度で円・楕円・放物線・双曲線が変わっても円錐自体は変わらないのと同じで、意識の角度の違いにすぎない[1]。
カーターは自分の断面同士の関係を問い、答えが来ます。有限次元のあらゆる存在の系統と成長段階は、次元の外の「一つの原型的で永遠の存在」の現れである。子・父・祖父も、幼児・少年・老人も、同じ原型を意識の平面が切る角度の違いにすぎない。角度をわずかに変えれば、今日の学徒は昨日の子どもになり、1692年にセイラムから逃げた魔法使いエドマンド・カーターにも、2169年にオーストラリアからモンゴルの大軍を退けるピックマン・カーターにも、原初のハイパーボリアでツァトゥグァを崇めた存在にも、アルクトゥルスをめぐる二重惑星キタニルの住人にもなる。そして「存在」は告げます。原型は窮極の深淵の民であり、この「存在」こそカーター自身の原型である。「あらゆる世界のあらゆる偉大な魔法使い、思想家、芸術家は、それの断面である」[1]。
カーターは考えます。これが本当なら、意識の角度を変える術さえあれば、夢でしか知らない時代と場所へ体ごと行ける。銀の鍵はその術ではないか。彼は、夢に繰り返し現れた世界──五つの色違いの太陽、黒い断崖、鉤爪と獏の鼻面の住人、金属の塔、浮かぶ円筒──への転移を願います。「存在」は、戻りたければ記号を確かめよと警告し、カーターは鍵があるから足りると即答しました。轟音、色、猛烈な速度。「六角形に近い雲の玉座にひとり座る姿を、彼は一瞬垣間見た」[1]。
第6章 ヤディスの魔道士
カーターは、夢で何度も歩いた金属の迷路の街にいました。見下ろすと、自分の体は「皺があり、一部鱗に覆われ、昆虫に似た関節を持ちながら、人間の輪郭の戯画のような」姿で、銀の鍵は「毒々しい鉤爪」に握られています。そして夢の感覚が消え、目覚めた側が入れ替わります。窮極の深淵、「存在」、まだ生まれていない未来の世界の「ランドルフ・カーター」という滑稽な種族の存在──それらは、惑星ヤディスの魔道士ズカウバが繰り返し見る夢の断片でした。ズカウバは「ンヒングの石板」に助言を求め、7日分ののち、「もはや二度と、一つの実体である平安を知ることはない」と悟ります。ヤディスの魔道士ズカウバは、自分がかつてそうでありこれからそうなる哺乳類カーターに嫌悪を覚え、ボストンのカーターは、自分がかつてそうでありいままたそうなった鉤爪の生き物に震えていました[1]。
ヤディスでの時間は、それ自体で一つの物語になるとスワミは言います。ションヒ、ムトゥラ、カスへの旅、光線の殻で行ける28の銀河、地中の白くぬめる「ボール」との戦い、一万の世界の知識を集めた図書館、大古老ブオとの会議。カーターの面が優勢のときは、人間の姿へ戻る方法を必死に探し、「ぶんぶん唸る異星の喉」で人間の言葉を練習しました。やがて分かったのは、銀の鍵は地球のハイパーボリアの産物で、人間の意識の角度にしか力を持たず、人間の姿への復帰はできないこと。それを補う呪文は、車に置いてきた羊皮紙に書かれていた。「存在」が「記号を確かめよ」と警告したのはそのことでした[1]。
ヤディスの生き物は長い周期ののちにしか死なず、人間の脳では掴めないほどの時間が過ぎます。カーターの面はズカウバの面を眠らせる薬を見つけ、計画を立てます。光線の殻でヤディスから太陽系へ、名もない永劫を越えて体ごと飛ぶ。地球に着けば、鉤爪の姿のままでも羊皮紙を見つけて解読し、鍵と併せて人間の姿に戻れるかもしれない。惑星の角度を正しい時代に合わせればヤディスは「ボールに支配された死んだ世界」になっているだろうこと、永劫の飛行を仮死で耐えねばならないこと、地球の細菌への免疫、人間に見せかける蝋の仮面と衣服、当座の金。「三重星ニュトンへ発つ」という口実で殻に入り、鍵の儀式を行い、浮上します。着いた先のヤディスは、金属の建物が「何時代も前に朽ち」、地面にボールがひしめく世界で、一匹が数百フィート立ち上がって白い先端を向けてきました。呪文は効き、彼はヤディスを離れます[1]。
第7章 1930年
「何千光年──何千年の時間と、数えきれぬ何十億マイル」を、カーターは「電子で活性化した金属の薄い殻」の中で飛びます。仮死は着地の数年前に解けるよう計った。目覚めたとき、星の配置は地球で知る星座に似てきていた。縁のキナルスとユゴス、海王星の「地獄のような白い菌類」、木星の霧と衛星の恐怖、火星の巨石の廃墟。地球は細い三日月として現れ、彼は西半球に朝が来るまで上空で待ち、蛇の巣穴近くの旧カーター家の下の草地に、夜明けに降りました。「秋だった、去ったときと同じように。丘の匂いは魂の香油だった」[1]。
殻を洞窟に隠し、人間の服と蝋の仮面をつけ、アーカムまで歩いて、銀行で金を替え、「英語をあまり知らない外国人」を装って尋ねると、年は1930年。狙いから2年遅れでした。ボストンの西端の朽ちた界隈に部屋を取り、遺産の状況を調べ、羊皮紙の写しを手に入れて解読を始めます。ここでスワミは、自分がその手助けをし、ボストンのチェンバーズ街でカーターと同居したと言い、ド・マリニーへ告げます。あの文字はナーカル語ではなく、「クトゥルーの落とし子が数えきれぬ周期の昔に地球へもたらした」ルルイエ語で、原本はさらに数百万年前のハイパーボリアの原初語ツァス=ヨによる[1]。
解読はネパールから取り寄せた本で進み、まもなく終わる。だが薬が尽き、ズカウバの面が「短くなる周期で、いまは異常な興奮で呼び起こされたときだけ」表に出る。彼は殻を探すが見つけられない。害といえば、ボストン西端のポーランド人とリトアニア人のあいだに悪夢の噂を生んだこと。「私はその下にあるものを見ました──見てよいものではない」。ひと月前、カーターはこの集会の広告を見て、私を代理に立てた。「ランドルフ・カーターは死んでいない。一時的に異常な状態にあるが、遅くとも2、3か月のうちに正しい姿で現れ、遺産の管理を求めるでしょう。この会議の無期延期をお願いします」[1]。
第8章 棺型の時計
アスピンウォールは卓を叩きます。「一時間もこの狂人の話を聞かされた」。ド・マリニーは、1930年以来スワミから受け取った手紙が話と一致すると言い、フィリップスも同じ手紙を持っているが「何か手に取れるものは」と求めます。スワミはミトンの手で卓に置きます。「5インチ近い、くすんだ銀の重い鍵、見たことのない異国の細工で、端から端まで奇怪な象形文字に覆われた」。写真を見ていた二人は息を呑みます。アスピンウォールは、それが従兄弟の鍵なら「どうやって手に入れたか」を説明せよ、殺して奪ったのではないかと迫り、この場面で彼は「外国人」への露骨な人種差別の言葉を口にします。スワミは「もう一つの証拠」があるが誰にとっても愉快ではないと言い、1930年以降に書かれた「まぎれもなくカーターの文体」の書類を出します。「筆跡はほとんど読めない──ランドルフ・カーターにはいま、人間の文字を書くのに適した手がないことを思い出してください」[1]。
ド・マリニーがカーターしか答えられない質問で試そうと書庫へ向かいかけたとき、アスピンウォールが叫びます。「分かったぞ! こいつは変装だ。あの顔は仮面だ。動かない。ターバンと髭が縁を隠している。ミトンは指紋を隠すためだ」。スワミの声が「地上のどんな恐怖をも越えた調子」で止めます。「この赤ら顔の老いた出しゃばりの言うとおりだ──私はインド人ではない。この顔は仮面で、その下にあるものは人間ではない。仮面は放っておけ、アーネスト。言っておくが、私がランドルフ・カーターだ」[1]。
弁護士は信じず、髭を掴んで引きます。蝋の顔がターバンから外れて彼の拳に残り、彼は「人間の顔に見たことのない、より荒々しく、深く、醜悪な恐慌の痙攣」を浮かべて、崩れ落ちます。駆け寄ったときには死んでいました。顔を露わにした人物は、「人間とは言いがたい姿勢」にくずおれ、棺型の時計へ向かって引きずるように歩きます。垂れた腕からミトンが落ち、乳香の煙の中に「長く黒いもの」が見えます。フィリップスがド・マリニーを止めます。「相手が何か分からない──もう一つの面、ヤディスの魔道士ズカウバかもしれない……」。黒い鉤爪が象形文字の扉をまさぐり、かちりと音がして、姿は棺型の箱に入り、扉を閉めました。開けると、中は空でした[1]。
一年が過ぎ、カーターの消息はありません。遺産は未分割のまま。ボストンの住所には「奇妙なインド人」が住んでいて会議の直前に去った。アーカムの銀行員は1930年10月に金塊を換金したターバンの男を覚えている。「結局、何が証明されたのか」。話があった。写真から偽造できたかもしれない鍵があった。決め手にならない書類があった。仮面の男がいたが、仮面の下を見て今も生きている者はいない。検死はアスピンウォールの死因を「ショック」と言った。「怒りだけがそれを引き起こしたのか」。ド・マリニーはいまも、乳香の煙の中で、あの棺型の時計の刻む異常なリズムに耳を澄ましています[1]。
読みどころと注目テーマ
前作の答えを、もう一度問いにする
銀の鍵は、カーターが少年時代へ戻ったところで終わっていました。本作の第2章は、まずその続きを1883年の少年の視点で書き、その少年が翌朝洞窟で門を開けたところから、前作にはなかった領域へ進みます。「少年時代を取り戻す」という前作の願いは、第4章で「存在」に、「子どものように嫌な場面から愛する夢へ逃げる」ことだったと言い直され、カーター自身が「いまはもっと高いものを望む」と認めます。前作の結末を否定はせず、より大きな問いの中の一段階に置き直す構成です。
自己の喪失という恐怖
窮極の門の彼方でカーターを襲うのは、怪物でも死でもなく、自分が一人ではないという認識です。本文はこれを「いかなる死も、破滅も、苦悩も」及ばない絶望と呼びます。そして第5章の説明が、その恐怖を理屈で受け止め直す。円錐を切る角度の比喩、原型と断面、時間の不動。恐怖の場面と説明の場面がこの順で置かれているために、読者は先に落とされてから、あとで理屈を与えられます。存在の説明は救いとして機能しながら、同時にカーターの個としての生を「角度の違い」にまで薄めてしまうもので、どちらに読むかは読者に残されています。
二重の語りと、語り手の正体
第2〜5章はスワミが語るカーターの体験で、第6章から語りは「私」を交え始めます。「私はその下にあるものを見ました」。第7章で「私を代理に立てた」と言い、第8章で「私がランドルフ・カーターだ」と言う。最初から、話者の英語は「発声器官に負担がかかるような」金属的な響きだと書かれ、ミトンと動かない顔も描かれていました。語り手の正体は最後に明かされる仕掛けですが、材料は第1章に全部出ています。最後にアスピンウォールが指摘することは、読者が第1章で読んでいたことです。
何も証明されない結末
最終段落は、これまでの出来事を一つずつ「証拠にならない」と数え上げます。鍵は写真から偽造できる。書類は決め手にならない。仮面の下を見た者は死んだ。時計への消失は乳香の煙の中の「二重の幻覚」かもしれない。「理性はスワミを、カーターの遺産を狙う犯罪者と宣告する」。そのうえで「だが検死はショック死と言った」「そして、あの話のいくつかの点は……」と、否定しきらずに終わります。名状しがたきものや墓と同じく、二つの説明を並べたまま閉じる型です。
作中の差別語について
第8章のアスピンウォールの台詞には、「外国人」と見なした相手に対する露骨な人種差別の語が含まれています。また第1章と第6章で、給仕の老人は肌の色で呼ばれます。本記事ではその語を写していません。台詞の主は作中で否定的に描かれている人物ですが、地の文の呼び方も含めて、本作を読むときに目に入るものとして、ここに記しておきます。
執筆背景と影響
公式アーカイブの年譜は本作を「E・ホフマン・プライスとの合作、1932年10月〜1933年4月」と記しています[2]。初出は1934年7月の『ウィアード・テイルズ』第24巻第1号で、60ページから85ページの掲載でした[3]。合作の分担や経緯について、公式アーカイブの本文と作品情報ページに記載はなく、当サイトでは確認していません。
本作は、ラヴクラフト作品に散らばる名を一か所に集めています。ハーレー・ウォーレンと墓地の夜(ランドルフ・カーターの陳述、1919年)、イレク=ヴァドとウクラノス川とクレド(未知なるカダスを夢に求めて、1926〜27年)、ユゴスの甲殻類、ツァトゥグァとハイパーボリア、ルルイエ語とクトゥルーの落とし子、プナコトス断章、レン。ウォード・フィリップスというプロヴィデンスの老人がカーターの物語を発表した、という設定まで含めた、カーターものの総集編。
意識の角度を変えて別の時代・別の体へ移るという考えは、翌1934年11月から書かれる時間からの影で、「大いなる種族」の精神交換として主題になります。本作でカーターがズカウバの体に入り、二つの面のあいだで揺れる第6章は、その先取りとして読めます。
出典
[1] H. P. Lovecraft and E. Hoffmann Price, “Through the Gates of the Silver Key” (本文).The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/tgsk.aspx本記事の引用・要約はすべてこの本文に基づきます。訳文は当サイトによる試訳です。
[2] “Lovecraft’s Fiction” (作品年譜). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/執筆時期(プライスとの合作、1932年10月〜1933年4月)、および「銀の鍵」1926年・「ランドルフ・カーターの陳述」1919年12月・「未知なるカダスを夢に求めて」1926〜27年・「時間からの影」1934年11月〜35年3月の出典。
[3] “Data Page for ‘Through the Gates of the Silver Key'” (作品情報・出版履歴).The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/tgsk.aspx初出『ウィアード・テイルズ』第24巻第1号(1934年7月)60–85ページの出典。
関連作品ガイド ── どれから楽しむか
- 銀の鍵 — 前作。本作の第2章はその最後の場面の続きから始まるので、先に読んでおくと1883年10月7日という日付の意味が分かります。
- ランドルフ・カーター — 人物項。陳述・名状しがたきもの・銀の鍵・カダス・本作と、作品ごとに顔の違うこの人物の全体像はこちらで。
- ウムル・アト=タウィル — 第一の門の案内者の項。本作での描かれ方と、『ネクロノミコン』からの引用を神格の側から読めます。
- ヤディス — 第6章の舞台となる星の項。カーターがズカウバとして過ごした世界を、地名の側から読めます。
- 時間からの影 — 本作の翌年から書かれた、精神が別の時代の体へ移る長編。本作第5章の「意識の角度」の考えが、あちらでは調査の対象になります。






