概要
太陽系の縁、海王星のさらに先を巡るとされる未知の暗黒惑星[1]。黒石で築かれた層状の塔からなる巨大都市を擁し、外宇宙から飛来した菌類状生物ミ=ゴの拠点として描かれる。
原典での描写
太陽系の縁の暗い星という語られ方
物語中盤、蓄音機の録音に刻まれた言葉の中で、大いなるクトゥルフやヨグ=ソトースと並んで「ユゴス」の名も、それまで耳にした中でも最も忌まわしい響きを持つ言葉の一つとして立ち現れる——「他の場所で、最も忌まわしい文脈の中で耳にしたことのある数々の名前や言葉——ユゴス、大いなるクトゥルフ、ツァトゥグァ、ヨグ=ソトース……」[3]。やがてミ=ゴの正体そのものが明かされる場面では、彼らの主な住処は太陽系最外縁の未発見の暗い惑星だと語られ[1]、それは「われわれが推察してきた通り、古く禁じられた文献の中で神秘的に『ユゴス』とほのめかされてきた対象にほかならない」と続けられる[4]。地球に現れた数々の怪異の出所をたどるくだりでは、それらは太陽系の縁にある暗黒の惑星ユゴスからもたらされたとされる一方、ユゴス自体もまた「アインシュタイン的時空連続体はおろか、既知の最大の宇宙をもはるかに超えた場所に究極の起源を持つ、恐るべき星間種族の、人口の多い前哨地に過ぎなかった」とも述べられている[5]。
黒い都市と河
物語終盤、失踪した友人エイクリーの声を騙る何者かの語りの中で、ユゴスの都市の様子が明かされる。「ユゴスには壮大な都市がいくつもある——黒い石で築かれた、幾重にも連なる塔から成り、私があなたに送ろうとした標本のような造りだ」といい[6]、かの星では太陽も星ほどの弱さでしか輝かず、住人たちは「より繊細な別の感覚を持ち、大いなる家屋や神殿には窓すら設けない」という[7]。名も知れず滅んだ古き種族が遥か昔に築いたキュクロプス的な橋の下を瀝青の黒い川が流れる光景は、目にした者が正気を保って語れさえすれば、誰であれダンテかエドガー・アラン・ポーたらしめるに十分なものだったという[2]。
冥王星との関連
物語の結び近く、語り手ウィルマースは、天文学者たちが海王星の外側に新しい第九惑星を発見し、これに「冥王星(Pluto)」と命名したという知らせに触れ、「疑いなく、これは夜の帳に閉ざされたユゴスにほかならないと感じる」と記す[8]。ただしこれは、疑いを深めていく登場人物個人の実感(“I feel”)として語られるにとどまり、地の文による断定ではない。
脳の円筒との関わり
脳の円筒による移送についても、その素材はユゴスに由来するとされる。「剥き出しにされた小さな脳組織は、時折満たし直される液体に浸され、ユゴスで採掘された金属でできた気密の筒に収められた。電極がそこを貫通し、視覚・聴覚・発話という三つの生命機能を再現する精巧な装置へ、意のままに接続できるようになっていた」[9]。
「永劫より」(ヘイゼル・ヒールドとの共作;1933年執筆)
代作「永劫より」では、太古のムー大陸の聖地ク・ナーにそびえるヤディス=ゴー山の玄武岩の断崖について、「……頂には、人類よりもはるかに古く、暗黒の惑星ユゴスから来た異星の落とし子によって築かれた、周桑石造りの巨大な要塞がそびえていた。彼らは地球上の生命の誕生より前に、地球に住み着いていた」と語られる[10]。この落とし子たちは太古に絶えて久しいが、彼らが遺した邪神ガタノトーアは今なお要塞の地下に潜むとされる。物語終盤、祭司ト=ヨグが身につけた護符の筒に使われた金属もまた、「古きものたちがユゴスからもたらした金属で、地球のいかなる鉱脈にも見出せない」ものと記される[11]。
「銀の鍵の門を越えて」(E・ホフマン・プライスとの共作;1932年10月-1933年4月執筆)
この作品では、ヨグ=ソトースと目される超越的存在について、「ユゴスの甲殻類たちが彼方なるものとして崇めるもの」だと語られ、ここでのユゴスの住人は菌類ではなく甲殻類として描かれる[12]。太陽系へ帰還する場面でも、「彼は太陽系の縁にキュナースとユゴスを見た」との一文があり、ユゴスに並ぶ天体キュナースの名が挙げられている[13]。
詩篇「ユゴスよりのもの」(1929年12月-1930年1月執筆)
ソネット連作「ユゴスよりのもの」でも、この名は二度現れる。第4篇「認識」では、語り手が石の上に横たえられた身体と、それを貪る人ならぬ者たちを見て、「この奇妙な灰色の世界はわが世界ではなく、星々の虚空の彼方のユゴスなのだと知った」と詠う[18]。第14篇「星風」では、月に憑かれた詩人たちが「ユゴスにどんな菌類が芽吹き、ニトンの大陸をどんな花の香りと色が満たすか」を知る時刻が歌われる[19]。詩はユゴスに菌類が生えることを語るだけで、住人や都市の姿には触れない。ニトン(Nithon)がユゴスの衛星だという記述も詩にはない。
他作品での言及
「暗闇の悪魔」では、ナイアルラトホテプの依代とされる〈輝くトラペゾヘドロン〉について、「古きものたちがそれを地球にもたらすよりも前、暗きユゴスの上で作られた」品だと触れられ[14]、正気を失いかけた登場人物ブレイクの譫言の中でも「私はユゴスを、そしてさらに遠いシャッガイを、黒い諸惑星の窮極の虚空を覚えている」と名前だけが挙げられる場面がある[15]。「博物館の恐怖」では、ある狂人が「それ」と呼ぶ怪物について、「それは鉛色のユゴスから地球へやって来た。かの星では、都市は暖かな深海の底にある」と語る一節があるのみで、ユゴスそのものの描写はここまでにとどまる[16]。「メデューサの巻き毛」では、登場人物マーセリーンの台詞に「ユゴス、ジンバブエ、ルルイエに潜むものを呼び覚ます」古い儀式への言及があるのみで、名前が挙がる以外の描写はない[17]。
基本プロフィール
- 分類: 天体(惑星)
- 欧文表記: YUGGOTH
- 初出: 「闇に囁くもの」(1930年執筆/1931年発表)。同時期の詩篇「ユゴスよりのもの(Fungi from Yuggoth)」(1929〜1930年執筆の36篇のソネット連作)にもその名が刻まれる
- 位置づけ: 太陽から数えて9番目、海王星のさらに先を巡る惑星[1]
由来・モデル
ラヴクラフトは幼少期から天文学の熱心な愛好家だった。冥王星の発見(1930年)を受けてラヴクラフトが書簡でユゴスと結びつけたと言われるが、書簡の本文は当サイトでは確認していない。作品の中では、「闇に囁くもの」の語り手が新惑星の報せに「疑いなく、これは夜の帳に閉ざされたユゴスにほかならないと感じる」と記すのが唯一の言及である[8]。後続作家がユゴスを冥王星と別の天体として扱うかどうかも、当サイトでは本文を確認していない。
設定自体もラヴクラフト自身の手で作品ごとに揺れている。詩篇「ユゴスよりのもの」ではユゴスに菌類が芽吹くと詠われ、同じ連には別の天体ニトン(Nithon)の大陸に咲く花が並べて置かれる[19]。小説では暗黒の惑星の黒い都市と河を語り、詩では菌類の生える場所として歌うだけで、単一の確定した天体像には整理できない。
歴史・年表
「闇に囁くもの」の中で、人里離れたヴァーモントの山中で異星の菌類生物ミ=ゴと接触したヘンリー・エイクリーは、彼らの正体と故郷について徐々に真実を知らされていく。彼らの「直接の主な住処は、太陽系の最も外縁にある、まだ発見されていないほとんど光の届かない惑星——太陽からの距離で9番目にあたる、海王星のさらに先」[1]であるとされ、これがユゴスと呼ばれる。エイクリーは最終的に、自らの脳を金属の筒に収められた状態でユゴスへ運ばれるという体験の一端を語る手記を残す。
性質・特徴
恒星のような弱い光しか届かない暗黒の惑星であり、名も知れず滅んだ古き種族が太古に築いた、キュクロプス的な橋の下を瀝青の黒い川が流れる[2]。この光景を目にしてなお正気を保ち語れる者がいれば、その者はダンテかエドガー・アラン・ポーになれるだろうと形容されるほどの、想像を絶する景観として描かれる[2]。ミ=ゴ以外にも「ユゴス星人」と呼ばれる存在への言及がラヴクラフト代作(ゴーストライティング)作品「永劫より」にあり、彼らはユゴスから太古のムー大陸へ邪神ガタノトーアを連れてきたとされる。研究者ダニエル・ハームズは事典『エンサイクロペディア・クトゥルフ』のガタノトーアの項で「ユゴスの菌類が置き去りにしていった」と記し、ユゴス星人とミ=ゴを同一視する説を示しているが、両者が同一かどうかは原典でも明言されていない。
後続作家がユゴスに複数の衛星を設定したとする説明を見かけるが、当サイトではその作品の本文を確認していない。
関連する人物・存在・出来事
菌類状の異星生物ミ=ゴの拠点であり、彼らはユゴスと地球との間を往来しながら鉱物資源の採掘等を行っているとされる。ラヴクラフト代作作品「永劫より」を介して、邪神ガタノトーアともユゴス星人という形で間接的に結びつけられている。
主要登場作と読みどころ
- 「闇に囁くもの」(1930年執筆/1931年発表): 唯一の散文の原典。ヴァーモントの山中を舞台に、ミ=ゴとの接触からユゴスの実像が徐々に明かされていく
- 詩篇「ユゴスよりのもの(Fungi from Yuggoth)」(1929〜1930年執筆、36篇のソネット連作): 散文とは異なる断片的・幻視的なイメージでユゴスと関連する恐怖を詠う連作詩
よくある誤解
Q. ユゴスは冥王星のことだと断定されているのですか?
A. いいえ。ラヴクラフト自身は友人宛の書簡で「たぶん(probably)」という留保付きで冥王星との同一視を語ったのみで、断定はしていません。後続作家の多くはむしろ両者を別の天体として扱う解釈を採っています。
Q. ユゴスの天体としての設定は一貫していますか?
A. いいえ。詩篇「ユゴスよりのもの」の中だけでも、ユゴス自体の描写や衛星ニトンの扱いに矛盾が見られ、ラヴクラフト自身が単一の確定した天体像を最後まで詰めていなかったことがうかがえます。
出典
- [1] “Their main immediate abode is a still undiscovered and almost lightless planet at the very edge of our solar system—beyond Neptune, and the ninth in distance from the sun.”(訳: 「彼らの直接の主な住処は、太陽系の最も外縁にある、まだ発見されていないほとんど光の届かない惑星——太陽からの距離で9番目にあたる、海王星のさらに先である」) — H. P. Lovecraft, “The Whisperer in Darkness”(1930年執筆/1931年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “The black rivers of pitch that flow under those mysterious Cyclopean bridges—things built by some elder race extinct and forgotten before the things came to Yuggoth from the ultimate voids—ought to be enough to make any man a Dante or Poe if he can keep sane long enough to tell what he has seen.”(訳: 「かの神秘的なキュクロプス的な橋——存在たちが窮極の虚空からユゴスへやって来るより前に絶滅し忘れ去られた、名も知れぬ古き種族が築いたもの——の下を流れる瀝青の黒い川は、目にした者が正気を保って語れさえすれば、誰であれダンテかエドガー・アラン・ポーたらしめるに十分なものであろう」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [3] “names and terms that I had heard elsewhere in the most hideous of connexions—Yuggoth, Great Cthulhu, Tsathoggua, Yog-Sothoth…”(訳: 「他の場所で、最も忌まわしい文脈の中で耳にしたことのある数々の名前や言葉——ユゴス、大いなるクトゥルフ、ツァトゥグァ、ヨグ=ソトース……」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [4] “It is, as we have inferred, the object mystically hinted at as “Yuggoth” in certain ancient and forbidden writings.”(訳: 「それは、われわれが推察してきた通り、古く禁じられた文献の中で神秘的に『ユゴス』とほのめかされてきた対象にほかならない」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [5] “The blasphemies which appeared on earth, it was hinted, came from the dark planet Yuggoth, at the rim of the solar system; but this was itself merely the populous outpost of a frightful interstellar race whose ultimate source must lie far outside even the Einsteinian space-time continuum or greatest known cosmos.”(訳: 「地球に現れた数々の冒涜的な怪異は、暗示されたところによれば、太陽系の縁にある暗黒の惑星ユゴスからもたらされたものだった。だがユゴスそのものも、アインシュタイン的時空連続体はおろか、既知の最大の宇宙をもはるかに超えた場所に究極の起源を持つ、恐るべき星間種族の、人口の多い前哨地に過ぎなかった」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [6] “There are mighty cities on Yuggoth—great tiers of terraced towers built of black stone like the specimen I tried to send you.”(訳: 「ユゴスには壮大な都市がいくつもある——黒い石で築かれた、幾重にも連なる塔から成り、私があなたに送ろうとした標本のような造りだ」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [7] “They have other, subtler senses, and put no windows in their great houses and temples.”(訳: 「彼らはより繊細な別の感覚を持ち、大いなる家屋や神殿には窓すら設けない」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [8] “I feel, beyond question, that it is nothing less than nighted Yuggoth.”(訳: 「疑いなく、これは夜の帳に閉ざされたユゴスにほかならないと感じる」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [9] “The bare, compact cerebral matter was then immersed in an occasionally replenished fluid within an ether-tight cylinder of a metal mined in Yuggoth, certain electrodes reaching through and connecting at will with elaborate instruments capable of duplicating the three vital faculties of sight, hearing, and speech.”(訳: 「剥き出しにされた小さな脳組織は、時折満たし直される液体に浸され、ユゴスで採掘された金属でできた気密の筒に収められた。電極がそこを貫通し、視覚・聴覚・発話という三つの生命機能を再現する精巧な装置へ、意のままに接続できるようになっていた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [10] “…topped by a gigantic fortress of Cyclopean stone, infinitely older than mankind and built by the alien spawn of the dark planet Yuggoth, which had colonised the earth before the birth of terrestrial life.”(訳: 「……頂には、人類よりもはるかに古く、暗黒の惑星ユゴスから来た異星の落とし子によって築かれた、周桑石造りの巨大な要塞がそびえていた。彼らは地球上の生命の誕生より前に、地球に住み着いていた」) — H. P. Lovecraft for Hazel Heald, “Out of the Aeons”(ヘイゼル・ヒールドとの共作;1933年執筆), 公式アーカイブ ↩
- [11] “the metal brought by the Elder Ones from Yuggoth, and found in no mine of earth.”(訳: 「古きものたちがユゴスからもたらした金属で、地球のいかなる鉱脈にも見出せない」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [12] “that which the crustaceans of Yuggoth worship as the Beyond-One.”(訳: 「ユゴスの甲殻類たちが彼方なるものとして崇めるもの」) — H. P. Lovecraft and E. Hoffmann Price, “Through the Gates of the Silver Key”(E・ホフマン・プライスとの共作;1932年10月-1933年4月執筆), 公式アーカイブ ↩
- [13] “He saw Kynarth and Yuggoth on the rim.”(訳: 「彼は太陽系の縁にキュナースとユゴスを見た」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [14] “tracing its history from the days it was fashioned on dark Yuggoth, before ever the Old Ones brought it to earth.”(訳: 「古きものたちがそれを地球にもたらすよりも前、暗きユゴスの上で作られた」) — H. P. Lovecraft, “The Haunter of the Dark”(1935年11月執筆), 公式アーカイブ ↩
- [15] “I remember Yuggoth, and more distant Shaggai, and the ultimate void of the black planets.”(訳: 「私はユゴスを、そしてさらに遠いシャッガイを、黒い諸惑星の窮極の虚空を覚えている」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [16] “It came to the earth from lead-grey Yuggoth, where the cities are under the warm deep sea.”(訳: 「それは鉛色のユゴスから地球へやって来た。かの星では、都市は暖かな深海の底にある」) — H. P. Lovecraft for Hazel Heald, “The Horror in the Museum”(ヘイゼル・ヒールドとの共作;1932年10月執筆), 公式アーカイブ ↩
- [17] “call up what lies hidden in Yuggoth, Zimbabwe, and R’lyeh.”(訳: 「ユゴス、ジンバブエ、ルルイエに潜むものを呼び覚ます」) — H. P. Lovecraft for Zealia Bishop, “Medusa’s Coil”(ジーリア・ビショップとの共作;1930年5月執筆), 公式アーカイブ ↩
- [18] “I knew this strange, grey world was not my own, / But Yuggoth, past the starry voids”(訳: 「この奇妙な灰色の世界はわが世界ではなく、星々の虚空の彼方のユゴスなのだと知った」) — H. P. Lovecraft, “Fungi from Yuggoth” IV. Recognition, 公式アーカイブ ↩
- [19] “This is the hour when moonstruck poets know / What fungi sprout in Yuggoth, and what scents / And tints of flowers fill Nithon’s continents”(訳: 「月に憑かれた詩人たちが、ユゴスにどんな菌類が芽吹き、ニトンの大陸をどんな花の香りと色が満たすかを知るのは、この時刻である」) — 同上 XIV. Star-Winds ↩




