概要
特殊な保存液で満たされた円筒形の金属ケース。外部の発声装置、視覚・聴覚インターフェースに接続することで、肉体を失った脳が外部と対話や感覚の共有を行うことができる[1]。
原典での描写
「闇に囁くもの」以外にも「cylinder(円筒)」という語自体は複数の作品に登場するが、「墳丘」の聖典を収めるトゥルー金属製の円筒や、「永劫の彼方より」でミイラの傍らから見つかる金属円筒など、いずれも脳を収める円筒とは無関係である。
冒頭で語り手が触れる円筒への言及
語り手ウィルマースは、失踪したエイクリーの農家が捜索された際の様子を振り返り、家の中には来客の形跡どころか「あの恐ろしい円筒や機械が書斎に保管されていた」形跡さえ残っていなかったと述べる[4]。この時点では円筒の正体は明かされず、後に自身が体験することへの伏線として言及されるにとどまる。
農家の書斎で語り手が見る円筒と装置
書斎で語り手を待っていたのは、棚に整然と並んだ、高さ約1フィート、直径はそれよりやや小さく、前面の凸面に奇妙な3つのソケットを二等辺三角形状に配置した十数個の金属円筒だった[2]。円筒は視覚・聴覚・発声の3機能を再現する装置に接続でき、ミ゠ゴが脳だけを取り出し、器官を伴わずに星間を移動させる技術の産物だと説明される[1]。囁く声の主は棚の円筒のうち「『B-67』と札の貼られた円筒」を指定し、その番号を間違えないよう念を押しつつ機器の接続をウィルマースに指示する[5]。棚にはもう一つ「新しく光沢のある円筒」があったが、声はそれには手を触れるなと命じ、「自分の名が記されている」円筒だと告げる[8]。
円筒の中の声との会話
指定の円筒に3台の機器をつなぐと、真空管と音響箱を備えた機械が「的確な意思を持って」語り出し、話者がその場に実在し二人を観察していることを疑わせない[6]。声は「ウィルマース君、私は君と同じ人間だ。私の体は今、ここから東へ1マイル半ほどのラウンド・ヒルの中で、適切な延命処置のもと安全に休んでいる。私自身はここにあなたと共にいる——私の脳はあの円筒の中にあり、この電子振動器を通して見て、聞いて、話しているのだ」と告げる[3]。続けて「一週間後には虚空を越えてまた旅立つが、その際にはエイクリー氏にも同行してもらう予定だ」と語っており、この声の主自身はエイクリーとは別の、ミ゠ゴに協力する人間であることが読み取れる[7]。
結末で語り手が理解すること
翌晩、書斎に戻ったウィルマースは、前夜「触れるな」と命じられていた、あの「エイクリーの名が記された新しく光沢のある円筒」に目を留める[9]。物語の結末、椅子に座っていた「エイクリー」の顔と手が精巧な模造品にすぎなかったと判明するくだりで、語り手は「あの新しく光沢のある円筒の中に、ずっと……気の毒に……」と思いをめぐらせたのち、椅子にあったものが「細部に至るまで寸分違わず、ヘンリー・ウェントワース・エイクリーの顔と手そのものだった」と結ぶ[10]。捜索の保安官の一隊が農家に踏み込んだ際には、円筒も機械も、ウィルマースが持ち込んだ証拠の品も、何一つ見つからなかったことも記されている[11]。
基本プロフィール
- 分類: 概念
- 欧文表記: BRAIN CYLINDER
- 初出・出典: 闇に囁くもの(1930年執筆/1931年発表)
- 形状: 高さ約30センチ、それよりやや小さい直径の金属製で、前面の凸面に二等辺三角形状に3つのソケットを備える[2]
由来と歴史 / 詳細設定
ミ=ゴが地球の鉱物採掘を行う際、知的関心を持った人間の調査者や協力者に対し、宇宙の深淵(ユゴスやその彼方)へ連れて行く手段として提示した高度な外科手術技術である。作中では、ミ゠ゴに協力する人間(エイクリー本人ではない)が円筒につながれた発声装置を通じて「私の脳はあの円筒の中にあり、この電子振動器を通して見て、聞いて、話しているのだ」と語り、この技術の仕組みが説明される[3]。エイクリー自身がこの技術の被害者だったのかどうかは、この場面では明かされない。
性質と影響
「身体から切り離された自己意識」の恐怖を科学的に描き、人格や記憶の所在、そして人間の生命維持に対する本質的な不安を揺さぶる。
関連する用語
ミ=ゴ、ユゴス、ヘンリー・エイクリー、機械化された対話
出典
- [1] “The bare, compact cerebral matter was then immersed in an occasionally replenished fluid within an ether-tight cylinder of a metal mined in Yuggoth, certain electrodes reaching through and connecting at will with elaborate instruments capable of duplicating the three vital faculties of sight, hearing, and speech.”(訳: 「剥き出しの、凝縮された脳組織はその後、ユゴスで採掘された金属製の気密円筒の中で、随時補充される液体に浸される。複数の電極がその中を貫通しており、視覚・聴覚・発声という3つの生命機能を再現しうる精巧な装置と自在に接続できる」) — H. P. Lovecraft, “The Whisperer in Darkness”(1930年執筆/1931年発表), 公式アーカイブ ↩
- [2] “There, in a neat row, stood more than a dozen cylinders of a metal I had never seen before—cylinders about a foot high and somewhat less in diameter, with three curious sockets set in an isosceles triangle over the front convex surface of each.”(訳: 「そこには、見たこともない金属でできた十数個の円筒が整然と並んでいた——高さ約1フィート、直径はそれよりやや小さく、それぞれの前面の凸面には奇妙な3つのソケットが二等辺三角形状に配置されていた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [3] “I am a human being like yourself, though my body is now resting safely under proper vitalising treatment inside Round Hill, about a mile and a half east of here. I myself am here with you—my brain is in that cylinder and I see, hear, and speak through these electronic vibrators.”(訳: 「私はあなたと同じ人間だ。ただし私の肉体は今、ここから東へ1マイル半ほどのラウンド・ヒルの中で、適切な延命処置のもと安全に休んでいる。私自身はここにあなたと共にいる——私の脳はあの円筒の中にあり、この電子振動器を通して見て、聞いて、話しているのだ」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [4] “There was not even a sign that a guest had been there, or that those horrible cylinders and machines had been stored in the study.”(訳: 「客がそこにいた形跡すら、あの恐ろしい円筒や機械が書斎に保管されていた形跡すらなかった」) — H. P. Lovecraft, “The Whisperer in Darkness”(1930年執筆/1931年発表), 公式アーカイブ ↩
- [5] “Now for the cylinder with the label ‘B-67’ pasted on it. Just stand in that Windsor chair to reach the shelf.”(訳: 「さあ、『B-67』と札の貼られた円筒だ。そのウィンザーチェアに乗って棚に手を伸ばしてくれ」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [6] “To be brief and plain, the machine with the tubes and sound-box began to speak, and with a point and intelligence which left no doubt that the speaker was actually present and observing us.”(訳: 「手短に言えば、真空管と音響箱を備えた機械が話し始めた。しかもその的確さと知性は、話者がその場に実在し、われわれを観察していることを疑う余地がなかった」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [7] “In a week I am going across the void as I have been many times before, and I expect to have the pleasure of Mr. Akeley’s company.”(訳: 「一週間後には、これまで何度もそうしてきたように再び虚空を越えて旅立つ。その際にはエイクリー氏にも同行してもらえるのを楽しみにしている」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [8] “Don’t bother that fresh, shiny cylinder joined to the two testing instruments—the one with my name on it.”(訳: 「その、二つの試験装置につながれた新しく光沢のある円筒には触れるな——それは私の名が記されているものだ」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [9] “I idly saw that it was the fresh, shiny cylinder with Akeley’s name on it, which I had noticed on the shelf earlier in the evening and which my host had told me not to bother.”(訳: 「それが、その晩早くに棚の上で見かけ、主人からは触れるなと言われていた、エイクリーの名が記された新しく光沢のある円筒であることに、私は何気なく気づいた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [10] “. . . and all the time in that fresh, shiny cylinder on the shelf . . . poor devil . . . For the things in the chair, perfect to the last, subtle detail of microscopic resemblance—or identity—were the face and hands of Henry Wentworth Akeley.”(訳: 「……そしてその間ずっと、棚のあの新しく光沢のある円筒の中に……気の毒に……。椅子にあったもの——微細な点に至るまで寸分違わぬ、あるいは同一の——それはヘンリー・ウェントワース・エイクリーの顔と手だった」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
- [11] “No cylinders or machines, none of the evidences I had brought in my valise, no queer odour or vibration-sense, no footprints in the road, and none of the problematical things I glimpsed at the very last.”(訳: 「円筒も機械も、私が旅行鞄に入れて持ち帰った証拠の品も、あの奇妙な匂いや振動の感覚も、道にあった足跡も、そして最後に垣間見たあの不可解なものたちも、何一つなかった」) — 同上, 公式アーカイブ ↩





