書籍(英語・FLAME TREE PUBLISHING 豪華版、FLAME TREE COLLECTABLE CLASSICSシリーズ、2026年10月20日刊行予定) — At the Mountains of Madness & Other Stories

At the Mountains of Madness & Other Stories

Flame Tree Publishingが2026年10月20日、H・P・ラヴクラフトの豪華版アンソロジー『At the Mountains of Madness & Other Stories』を刊行する。序文はSteven J. Mariconda。表題作に「彼方よりの挑戦」「墳丘」「ユゴスよりのもの」を添えたこの組み合わせを、公式ページ自身が「テーマ性を共有する作品群」と説明する。同時期刊行のクリンガー注釈版とも比べながら、その芯にある共通項を確かめる。

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新潮文庫『狂気の山脈にて』(南條竹則訳)。表題作「狂気の山脈にて」と「時間からの影」の日本語訳を収録。

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概要

英国ロンドンの出版社Flame Tree Publishingが、H・P・ラヴクラフトの豪華版アンソロジー『At the Mountains of Madness & Other Stories』を2026年10月20日に刊行する[1]。序文はスティーヴン・J・マリコンダ(Steven J. Mariconda)が書く。ハードカバー、「箔押し・エンボス加工、赤い箔付き小口を施したデラックス版」(“Deluxe edition, foiled and embossed, with red foiled page edges”)で、判型は150×93×20mm、352ページ、本文約80,000語、価格9.99ポンド、ISBN 9781806942602で、シリーズ名は「Flame Tree Collectable Classics」である[1]。

公式ページはこのシリーズを「小さな宝物」(“Little treasures”)と位置づけ、各巻には「豪華な表紙加工、リボン栞、上質な見返し、金の小口装飾」(“deluxe cover treatments, ribbon markers, luxury endpapers and gilded edges”)を備え、無削除本文にヴィクトリア朝・文学用語の用語集を添えると説明している[1]。

収録作は、表題作「狂気の山脈にて」に加え、合作「彼方よりの挑戦」、「墳丘」、詩篇「ユゴスよりのもの」の四本だ[1]。公式ページはこの組み合わせを「作者によるテーマ性を共有する作品群」(“a few other thematic pieces by the author”)と説明しており、主題を軸にした選定であることを出版元自身が明言している[1]。

日本国内での取り扱い・邦訳の予定は、本稿で参照した公式ページの範囲では確認できていない。

どんな作品か

四本のうち三本は、ラヴクラフト自身による執筆時期がはっきりしている。表題作「狂気の山脈にて」は1931年2月から3月22日にかけて執筆され、1936年2月から4月にかけて『Astounding Stories』に3回分載された[2]。「墳丘」は1929年12月から1930年初頭に執筆され、生前は未発表のまま、短縮版が1940年11月の『ウィアード・テイルズ』に発表された[5]。詩篇「ユゴスよりのもの」は、hplovecraft.com公式の詩作品年代順一覧によれば1929年12月27日から1930年1月4日にかけて書かれた36篇のソネット連作である[9]。

残る一本「彼方よりの挑戦」だけは事情が異なる。1935年8月に執筆され、同年9月の『ファンタジー・マガジン』に発表されたこの短編は、C・L・ムーア、A・メリット、H・P・ラヴクラフト、ロバート・E・ハワード、フランク・ベルナップ・ロングの5人が順番に地の文を引き継ぐリレー小説だ[7]。公式アーカイブに掲載された本文の末尾には「By C.L. Moore, A. Merritt, H.P. Lovecraft, Robert E. Howard, and Frank Belknap Long」という署名がある[6]。Flame Tree公式ページもこの一編だけを「合作の物語」(“the collaborative story The Challenge from Beyond”)と名指しし、他の収録作と書き分けている[1]。

一冊に集められた四つの「人類以前」

四本の作品を貫くのは、人類が生まれるよりも古い知性、あるいは人類の歴史よりもはるかに長い時間軸を扱うという一点だ。

「狂気の山脈にて」の中心にあるのは、地球に生命が誕生するよりも前に南極へ飛来したとされる知性体「古のもの」である。当サイトの記事が記す通り、探検隊が読み解く壁画は、彼らが恐竜の時代よりもはるかに古い時代から地球に存在し、地球上の生命そのものを生み出した経緯を伝える[3]。

「墳丘」が地下に据えるのは、コロナド遠征の時代にスペイン人パンフィロ・デ・サマコナが1545年の手記へ書き残した地底世界クン=ヤンだ。当サイトの記事が確認した通り、その中心都市ツァスの民は数千年前に老いと死を克服し、意志の力だけで物質を分解・再構成する術さえ会得していたと語られる[4]。この作品は本文冒頭の署名が「for Zealia Bishop」、公式年譜の表記が「with Zealia Bishop」という食い違いを抱えた代作でもある[4]。

「彼方よりの挑戦」では、地質学者ジョージ・キャンベルの精神が銀河の彼方の惑星ユクブへ送り込まれる。当サイトの記事が確認した通り、作中には1億5000万年前に地球へ到達した水晶の立方体と、当時の地球を支配していた円錐形の知性体という、太古の地球史そのものが語られる場面がある[6]。

詩篇「ユゴスよりのもの」が歌うのは、太陽系の縁を巡る暗黒の惑星ユゴスだ。当サイトの記事が確認した通り、この星は「闇に囁くもの」で異星生物ミ=ゴの拠点として描かれる場所でもあり、菌類が芽吹く光景がソネットの中で断片的に歌われる[8]。

四本は文体も長さも作者の数もばらばらだが、地球あるいは人類という尺度そのものを外側から測り直す視点を共有している。

地底へ降りる線と、星々へ向かう線

四本を並べると、人類以前の知性を配置する方向が二つに分かれていることが見えてくる。

「狂気の山脈にて」と「墳丘」は、どちらも下方向に古代文明を置く。前者では古のものの文明が氷期を経て地下の暗黒の海のほとりへ移り住んでいったことが壁画に刻まれ[3]、後者ではオクラホマの塚の下に、四百年前の手記と寸分違わぬ地底世界がそのまま眠っている[4]。両作とも、探検者が地面を掘り進めることで太古の文明にたどり着くという道具立てを取る。

一方「彼方よりの挑戦」と「ユゴスよりのもの」は、上方向、すなわち宇宙の彼方に古代の知性を置く。キャンベルの精神は水晶の立方体を通じて銀河の彼方の惑星へ飛ばされ[6]、ユゴスは太陽系の縁を巡る星として、地上からは決して掘り当てられない場所に据えられている[8]。

Flame Tree公式ページが四本を「テーマ性を共有する作品群」とまとめているのは[1]、地底と天体という二つの方向へ伸びる「人類より古い歴史」という軸を指していると読める。もっとも、この二方向の構図は公式ページに書かれておらず、当サイトによる読みにとどまる。

同じ10月に並ぶ、性格の異なる二冊

2026年10月には、ほぼ同じ表題を持つラヴクラフトの本がもう一冊刊行される。Liveright(W. W. Norton傘下)がレズリー・S・クリンガーの注釈、タムシン・ミューアの序文で送り出す『At the Mountains of Madness: And Other Tales of Weird Science』だ。当サイトの記事が確認した通り、米国版は2026年10月6日、英国版は同年10月27日の刊行で、収録は「ポラリス」「眠りの壁の彼方」「神殿」「向こう側」「ハーバート・ウェスト―死体蘇生者」「忌み家」「冷気」「闇に囁くもの」「狂気の山脈にて」の9編、いずれも短編で構成され、詩は含まれない[10]。

Flame Tree版はこれとは編集方針がまったく違う。序文はマリコンダ、収録はわずか4本、うち1本は詩篇であり、「小さな宝物」を謳う贈答向けの豪華版であり、注釈や歴史的解説は主眼にない[1]。同じ表題作を軸にしながら、片方は9編を集めた注釈版、もう片方は4本に絞った収集用の一冊という、性格の異なる二冊が同じ月に書店へ並ぶことになる。

表題そのものにも先例がある。hplovecraft.com公式の書誌ページによれば、2017年に英国Arcturus Publishingが刊行した版も、まったく同じ「At the Mountains of Madness and Other Stories」という書名を用いていた[2]。この2017年版とFlame Tree版のあいだに収録作品や編集方針のつながりがあるかどうかは、当サイトでは確認できていない。

原典との距離(神話の三層のどこに立つか)

収録4本はいずれも1929年から1935年、ラヴクラフト自身の存命中に執筆されたもので、当サイトの区分では全編が第①層(原典、1917-1937)に属する[2][5][7][9]。「墳丘」の依頼人名義や「彼方よりの挑戦」の共作という成立事情は出版上の来歴の問題であり、いずれも同時代の作家によるものであって、ダーレス以降の後続作家による拡張(第②層)ではない。

ただし「彼方よりの挑戦」については、地の文の大半をC・L・ムーア、A・メリット、ロバート・E・ハワード、フランク・ベルナップ・ロングという同時代の他作家4人が分担して書いており、ラヴクラフト単独の執筆箇所は5分の1程度にとどまる[6][7]。他の3本のようにラヴクラフトが全文を書いた作品と単純には並べられない、この本の中でもやや異質な収録作である。TRPGによる拡張(第③層)の要素は、本書のいずれの収録作にも含まれていない。

この本が原典のテキストに加えているのは、マリコンダによる序文と、シリーズ共通の用語集という読解の補助線だ。序文と用語集が実際にどのような内容かは、2026年9月9日時点で刊行前のため確認できていない。

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出典

  • [1] Flame Tree Publishing公式商品ページ「At the Mountains of Madness & Other Stories」(2026年9月9日取得)。著者H.P. Lovecraft、序文Steven J. Mariconda、カテゴリ「Classics」、シリーズ「Flame Tree Collectable Classics」、ハードカバー、「Deluxe edition, foiled and embossed, with red foiled page edges」、352ページ、80,000語、ISBN 9781806942602、寸法150×93×20mm、発売日2026年10月20日、価格9.99ポンド、紹介文「Gorgeous Dark Collectable Classic. A thrilling tale revealing hidden secrets, lost civilisations and alien origins, from the cosmic horror master H.P. Lovecraft. An expedition to Antarctica leads to disastrous revelations and a desperate struggle for survival. The novella is accompanied by a few other thematic pieces by the author, including the collaborative story The Challenge from Beyond, The Mound, and Lovecraft’s fascinating Fungi from Yuggoth sonnet cycle.」、シリーズ共通説明「Little treasures, the FLAME TREE COLLECTABLE CLASSICS are chosen to create a delightful and timeless home library. Each stunning, gift edition features deluxe cover treatments, ribbon markers, luxury endpapers and gilded edges. The unabridged text is accompanied by a Glossary of Victorian and Literary terms produced for the modern reader.」の記載を確認。https://www.flametreepublishing.com/at-the-mountains-of-madness-%26-other-stories-isbn-9781806942602.html ↩
  • [2] “Data Page for ‘At the Mountains of Madness'”(hplovecraft.com公式、2026年9月9日取得)。初出『Astounding Stories』1936年2〜4月号(3回分載)、2017年に英国Arcturus Publishingが「At the Mountains of Madness and Other Stories」という同一の書名で刊行した版があることの記載を確認。https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/mm.aspx ↩
  • [3] 当サイト「狂気の山脈にて」記事本文。古のものの文明史、氷期を経て地下の暗黒の海へ移住した経緯についての記述による。原典はH. P. Lovecraft, “At the Mountains of Madness”, The H. P. Lovecraft Archive(初出誌の著作権が継続しているため、当該記事・本記事とも直接引用は行っていない)。https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/mm.aspx ↩
  • [4] 当サイト「墳丘」記事本文。地底世界クン=ヤン・中心都市ツァスの社会、本文署名「for Zealia Bishop」と公式年譜「with Zealia Bishop」の食い違いについての記述による。原典はH. P. Lovecraft, “The Mound”, The H. P. Lovecraft Archive。https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/mo.aspx ↩
  • [5] “Data Page for ‘The Mound'”(hplovecraft.com公式、2026年9月9日取得)。初出『Weird Tales』1940年11月号(vol.35 no.6、98–120ページ)、無削除完全版が1989年のArkham House版『The Horror in the Museum and Other Revisions』に収録されたことの記載を確認。https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/mo.aspx ↩
  • [6] 当サイト「彼方よりの挑戦」記事本文。5人による分担執筆、水晶の立方体、1億5000万年前に地球を支配していた円錐形の種族についての記述による。原典はC. L. Moore, A. Merritt, H. P. Lovecraft, Robert E. Howard, and Frank Belknap Long, “The Challenge from Beyond”, The H. P. Lovecraft Archive。https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/cb.aspx ↩
  • [7] “Data Page for ‘The Challenge from Beyond'”(hplovecraft.com公式、2026年9月9日取得)。初出『Fantasy Magazine』1935年9月号(vol.5 no.4、221–229ページ)の記載を確認。https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/cb.aspx ↩
  • [8] 当サイト「ユゴス」記事本文。ユゴスの位置づけ、詩篇「ユゴスよりのもの」第4篇・第14篇の引用による。原典はH. P. Lovecraft, “The Whisperer in Darkness” および “Fungi from Yuggoth”, The H. P. Lovecraft Archive。https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/wid.aspx ↩
  • [9] hplovecraft.com公式「His Writings」詩作品年代順一覧ページ(2026年9月9日取得)。「Fungi from Yuggoth」の執筆期間「[27 December 1929–4 January 1930]」、「The Book」から「Continuity」まで36篇のソネット題名の記載を確認。https://www.hplovecraft.com/writings/poetry/ ↩
  • [10] 当サイト「At the Mountains of Madness: And Other Tales of Weird Science」記事本文。米国版2026年10月6日・英国版2026年10月27日の刊行日、収録9編の内訳についての記述による。 ↩

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