編集部注(スミス作品について): ハイパーボリアはクラーク・アシュトン・スミスが創造した拡張神話的地名であり、H・P・ラヴクラフト自身の作品ではありません。当サイトでは、スミスのハイパーボリア・サイクルのうち「ウボ=サスラ」(Weird Tales 1933年7月号)、「七つの呪言」(Weird Tales 1934年10月号)、「土星への扉」(Strange Tales 1932年1月号)の3作についてのみ原文(パルプ誌スキャン)を確認しており、該当箇所は英文+試訳で引用しています。それ以外のスミス作品(「サタムプラ・ゼイロスの物語」など)は原文を確認できていないため、書誌事実の範囲にとどめ、内容の断定は行っていません。
概要
ハイパーボリアは、クラーク・アシュトン・スミスの連作短編群「ハイパーボリア・サイクル」の舞台となる、北方の太古の大陸である。その北端に位置する半島ムー・スーラン(Mhu Thulan)は、かつて大陸と地続きだった頃のグリーンランドにほぼ相当する地域だったとされる[1]。ムー・スーランでは旧支配者ツァトゥグァ(作中表記の一つは Zhothaqquah)への信仰が語られ、女神イホウンデーの神官による弾圧を経て、大氷河期の到来前にその信仰が広く復活したとも描かれる[2]。ラヴクラフト自身の作品でも、大寒波の到来が「ロマールとハイパーボリアという伝説の地」を滅ぼしたと語られている[3]。
基本プロフィール
- 分類: 地名(太古の大陸)
- 欧文表記: HYPERBOREA
- 初出・出典: 「サタムプラ・ゼイロスの物語」(The Tale of Satampra Zeiros、1931年発表、原文は当サイトで確認していない)ほか、クラーク・アシュトン・スミスの連作短編群「ハイパーボリア・サイクル」。当サイトで原文を確認できたのは「ウボ=サスラ」(Weird Tales 1933年7月号)、「七つの呪言」(Weird Tales 1934年10月号)、「土星への扉」(Strange Tales 1932年1月号)の3作で、収録作品数や作品間の時系列の詳細は確認していない。
- 地理設定: 北方の太古の大陸。その一部ムー・スーランは、かつて大陸と地続きの半島だった頃のグリーンランドにほぼ相当する地域とされる[1]
由来・モデル
「ハイパーボリア」という名称の由来、および神智学など思想史的背景との関係については、当サイトでは一次資料で確認していない。ロバート・E・ハワードが自作「ハイボリア時代」で類似の地名を用いているとされる点についても、当サイトでは一次資料で確認していない。両者がそれぞれ別の著者による別の創作物であることは、両作品自体から明らかである。
歴史・年表
原典の各作品が断片的に描く出来事のうち、当サイトで原文を確認できた範囲を以下にまとめる(未確認の作品・出来事は割愛した)。
- ツァトゥグァ崇拝の弾圧と復活: 「土星への扉」(1932年)は、女神イホウンデーの高位神官モルギ(Morghi)が、ツァトゥグァ(作中表記 Zhothaqquah)を奉じる魔道士エイボンを異端として追う場面から始まる。物語の結末部では、モルギの失踪をきっかけに「イホウンデーの信仰は衰え、大氷河期の到来前の最後の数世紀にわたって、ムー・スーラン全土でツァトゥグァの暗い信仰の広範な復活があった」と語られる[2]。
- 氷期による滅亡: ラヴクラフトの「狂気の山脈にて」は、かつて世界の大半を支配した大寒波が、南極の地では今なお居座り続けており、その大寒波が地球の反対側で「ロマールとハイパーボリアという伝説の地に終止符を打った」と語っている[3]。
首都コモリオムの放棄や「白い巫女」による滅亡の予兆、氷期到来を扱うとされる後続作品の内容については、当サイトでは原文を確認していない。
性質・特徴
「七つの呪言」(1934年)は、ハイパーボリアの都コモリオムの高位政務官ラリバル・ヴーズが、黒々としたエイグロフィアン山脈(the black Eiglophian Mountains)へ狩りに出る場面で始まる。同作は最高峰ヴーアミタドレス山(Mount Voormithadreth)に棲む種族ヴーアミ族(Voormis)について、「ハイパーボリアの動物相の中で最も危険な存在とみなされていた」と述べている[4]。
ラヴクラフト作品に登場するアイテム「銀の鍵」については、「銀の鍵の彼方へ」の中で、ランドルフ・カーターがその正体を推理する場面があり、銀の鍵は「地球のハイパーボリア産のもの(“a product of Hyperborea on earth”)」だったと語られている[5]。同作にはこのほか、遠い過去にハイパーボリアで「黒く可塑的なツァトゥグァを崇拝していた」種族の記述もある[6]。
「ウボ=サスラ」(1933年)は、現代ロンドンの骨董商で水晶球を手に入れた人物ポール・トレガーディス(Paul Tregardis)が、その水晶を通じてムー・スーランの魔道士ゾン・メッザマレクの記憶へと退行していく構成を取る。作中には「彼はポール・トレガーディスであり、ロンドンのある通りに住んでおり、時は1933年である」という一節があり、物語の一部が発表当時の現代を舞台にしていることが確認できる[7]。
スミスの書簡類(オーガスト・ダーレスやリチャード・シーライト宛とされるもの)の内容については、当サイトでは原文を確認していない。
関連する人物・存在
- ツァトゥグァ: ハイパーボリアで信仰される旧支配者。「七つの呪言」では、ツァトゥグァを祀る儀式の場面が描かれる[4]。ラヴクラフト自身も「文学における超自然の恐怖」の中で、スミスの作品世界について「原初のハイパーボリアと、その黒く無定形の神ツァトゥグァ」を語る作家だと評しており、この存在をスミスから取り込んで自作(狂気の山脈にてなど)に用いている[3]。
- ウボ=サスラ: ハイパーボリア・サイクルの一編「ウボ=サスラ」(1933年)の題名にもなっている存在。同作の一部は発表当時の現代(1933年のロンドン)を舞台にしている[7]。
主要登場作と読みどころ
- 「サタムプラ・ゼイロスの物語」(1931年): ハイパーボリア・サイクルの端緒となる一編で、ツァトゥグァの神殿への侵入を描くとされる。原文は当サイトで確認していない。
- 「アタマウスの遺言」(1932年): 処刑人アタマウスの一人称で語られるとされる作品。原文は当サイトで確認していない。
- 「土星への扉」(1932年): 女神イホウンデーの神官モルギが、ツァトゥグァを奉じる魔道士エイボンを追う物語。物語の結末でツァトゥグァ信仰の復活が語られる[2]。
- 「七つの呪言」(1934年): コモリオムの高位政務官ラリバル・ヴーズが、エイグロフィアン山脈でヴーアミ族の狩りに向かう物語[4]。
- 「ウボ=サスラ」(1933年): 水晶球を通じて太古のムー・スーランへ意識が退行する構成を持ち、一部が発表当時の現代を舞台にしている[7]。
- 「白い巫女」「白い蛆の襲来」: 内容については当サイトで原文を確認していない。
よくある誤解
Q. ハイパーボリアはH・P・ラヴクラフトが創造した地名ですか?A. いいえ。ハイパーボリアはクラーク・アシュトン・スミスが自身のハイパーボリア・サイクルのために創造した舞台です。ラヴクラフトは「文学における超自然の恐怖」の中でスミスの作品世界を紹介しており、ツァトゥグァなど同作の要素を自作にも取り込んでいます[3]。ただし、両者の間でどのような設定上の取り決めがあったかについては、当サイトでは一次資料で確認していません。
Q. ロバート・E・ハワードの「ハイボリア時代」と同じ設定ですか?A. いいえ。両者は別の著者によるそれぞれ独立した創作物です。名称の類似の由来については、当サイトでは一次資料で確認していません。
出典
主な参照資料(スミス作品のうち原文を確認できたものは、英文+試訳で引用しています。各番号がどの資料に基づくかを示す):
- [1] “Mhu Thulan, that northern portion of ancient Hyperborea, was supposed to have corresponded roughly with modern Greenland, which had formerly been joined as a peninsula to the main continent.”(訳: 「ムー・スーラン——古のハイパーボリアの北方部分——は、かつて大陸に半島として地続きだった頃の、現代のグリーンランドにほぼ相当すると考えられていた」) — クラーク・アシュトン・スミス「ウボ=サスラ」(“Ubbo-Sathla”), Weird Tales, 1933年7月号(vol.22, no.1), Internet Archive: Weird_Tales_v22n01_1933-07_sas ↩
- [2] “…the faith of Yhoundeh declined, and there was a widespread revival of the dark worship of Zhothaqquah throughout Mhu Thulan in the last centuries before the onset of the great Ice Age.”(訳: 「……イホウンデーへの信仰は衰え、大氷河期の到来前の最後の数世紀、ムー・スーラン全土でツァトゥグァの暗い信仰の広範な復活があった」) — クラーク・アシュトン・スミス「土星への扉」(“The Door to Saturn”), Strange Tales of Mystery and Terror, 1932年1月号(vol.1, no.3), Internet Archive: StrangeTalesOfMysteryAndTerrorV01n03193201 ↩
- [4] “The Lord Ralibar Vooz, high magistrate of Commoriom… had gone forth… in quest of such game as was afforded by the black Eiglophian Mountains.”(訳: 「コモリオムの高位政務官ラリバル・ヴーズ卿は……黒々としたエイグロフィアン山脈がもたらす獲物を求めて……出立した」) / “They were usually deemed the most dangerous of the Hyperborean fauna.”(訳: 「彼ら(ヴーアミ族)は通例、ハイパーボリアの動物相の中で最も危険な存在とみなされていた」) — クラーク・アシュトン・スミス「七つの呪言」(“The Seven Geases”), Weird Tales, 1934年10月号(vol.24, no.4), Internet Archive: weird-tales-v-24-n-04-1934-10-sas-pages-485-6-repaired ↩
- [3] “…the great cold that… put an end to the fabled lands of Lomar and Hyperborea.”(訳: 「……その大寒波が、ロマールとハイパーボリアという伝説の地に終止符を打った」) / “He tells of primal Hyperborea and its black amorphous god Tsathoggua”(訳: 「彼は原初のハイパーボリアと、その黒く無定形の神ツァトゥグァを語る」) — H. P. Lovecraft, “At the Mountains of Madness”, 公式アーカイブ; “Supernatural Horror in Literature”, 公式アーカイブ ↩
- [5] “…a product of Hyperborea on earth”(訳: 「……地球のハイパーボリア産のもの」) — H. P. Lovecraft and E. Hoffmann Price, “Through the Gates of the Silver Key”, 公式アーカイブ ↩
- [6] “…one of those earlier entities which had dwelt in primal Hyperborea and worshipped black, plastic Tsathoggua”(訳: 「……原初のハイパーボリアに住み、黒く可塑的なツァトゥグァを崇拝していた、かつての存在の一つ」) — H. P. Lovecraft and E. Hoffmann Price, “Through the Gates of the Silver Key”, 公式アーカイブ ↩
- [7] “…he was Paul Tregardis, that he lived on a certain street in London, that the year was 1933″(訳: 「……彼はポール・トレガーディスであり、ロンドンのある通りに住んでおり、時は1933年である」) — クラーク・アシュトン・スミス「ウボ=サスラ」(“Ubbo-Sathla”), Weird Tales, 1933年7月号(vol.22, no.1), Internet Archive: Weird_Tales_v22n01_1933-07_sas ↩






