概要
アザトースは、宇宙の中心である無限の中核で、下劣な太鼓の連打と呪われたフルートの単調な音色に合わせて蠢く、盲目にして白痴の「果てしなき魔王」である[1]。物語上の人格として初めて描かれたのは『未知なるカダスを夢に求めて』であり、名を口にすることさえ憚られる存在として登場する。
基本プロフィール
- 分類: 外なる神
- 欧文表記: AZATHOTH
- 初出(人格としての正式登場): 未知なるカダスを夢に求めて(1926〜27年執筆/1943年発表)
- 名称としての最古の記録: 1919年、ラヴクラフトが書き残した備忘録「AZATHOTH——おぞましい名前」(この時点では人格も物語も伴わない)[2]
- 象徴するテーマ: 原初の混沌、無意識、無意味、宇宙の中心
別名/呼称
原典では「果てしなき魔王」「境界なき魔王」[1]のほか、「万物の王である盲目にして白痴の神」(「闇の跳梁者」1935年)と呼ばれる[4]。日本語訳では『ラヴクラフト全集6』(173頁)が「あえてその名を口にした者とておらぬ、果しなき魔王アザトホース」と訳出している[3]。
区分
外なる神。作中では宇宙の中心に位置づけられ、他の多くの旧支配者・外なる神の頂点あるいは根源として扱われることが多い。
象徴・モチーフ
原初の混沌、無意識、無意味、宇宙の中心、根源的虚無。太鼓とフルートの単調な楽音がアザトースを象徴する要素として繰り返し描かれる。
性質・権能
- 意志や理性を持たない「盲目にして白痴の神」として描かれる
- 無限の中核、時を超越した無明の房室で、下劣な太鼓の連打と呪われたフルートの単調な音色の中、飢えて齧りつづける存在として描写される[1]
- 「闇に囁くもの」(1931年)では「死霊秘法(ネクロノミコン)がアザトホートという名称で慈悲深くも隠した、あの角のある空間の向うのもの凄い原子核の渾沌世界」として言及される[5]
- 「魔女の家の夢」では、登場人物ギルマンが『ネクロノミコン』の中で「時空のすべてを支配するという、白痴の実体アザトホース」について読む場面が描かれる[6]
- 後世のTRPG設定(日本語版『新クトゥルフ神話TRPG マレウス・モンストロルム Vol.2 神格編』)では、不定形の体を耳障りな音楽に合わせてくねらせる存在とされ、「眠っている」が時折目を覚まし、その瞬間に大きな災厄が予兆されるという設定が加えられている。これは原典の記述そのものではなく、後年のゲーム設定による補足である
関係図
後年のTRPG設定では、アザトースの意志を実際に解釈し体現する「摂政」の役割をニャルラトホテプが担うとされる。ただしこれは原典に明記された設定ではなく、日本語圏TRPG資料による整理である。
ラヴクラフトは1933年4月27日付、ジェイムズ・F・モートンへの私信の中で、戯れに自分自身とクラーク・アシュトン・スミスを「アザトースの末裔」と称し、アザトースが子ニャルラトホテプと、「闇」「無名の霧」を通じてヨグ=ソトース・シュブ=ニグラス・ナグとイェブ・クトゥルフ・ツァトゥグァらを生み出したとする遊戯的な系譜を描いてみせた。これはあくまで書簡における私的な冗談であり、作品内で確定した設定ではない点に注意が必要である。
主要登場作と読みどころ
- 未知なるカダスを夢に求めて(1926〜27年執筆/1943年発表): アザトースが物語上の人格として初めて正式に登場する作品。無限の中核で蠢く「果てしなき魔王」としての古典的な姿が確立された[1]
- 闇に囁くもの(1931年): ネクロノミコンがアザトホートの名で「慈悲深くも隠した」原子核の渾沌世界として言及される[5]
- 魔女の家の夢: ネクロノミコンを通じてアザトースの記述に触れる場面が描かれる[6]
- 闇の跳梁者(1935年): 「万物の王である盲目にして白痴の神アザトホース」として言及される[4]
- アザトース(1922年、未完の断章): 名称自体はこの断章のタイトルとして先行して存在した。約500語の未完成作品で、アザトースという存在そのものは実際には一度も登場せず、男が星々に連れ去られる夢を見るという情景のみで終わる[7][8]。この段階では名前は純粋にタイトルとして機能しているに過ぎない
よくある誤解
Q. アザトースは物語の中で主人公と直接対峙する「ボス敵」として描かれている?
A. 原典では、名を口にすることすら憚られるほど遠い、根源的な存在として描かれ、直接的な対決の場面はない。TRPGなどの後年のゲーム作品で、より「実在的」「接触可能」な脅威として扱われる傾向があるが、これは原典の描写とは異なる後世の展開である。
Q. 名前「アザトース」の由来は確定している?
A. 確定していない。研究者ロバート・M・プライスは、聖書の地名アナトテとアザゼルを組み合わせた説、錬金術用語「アゾト(Azoth)」に由来する説の両方を提示しており、いずれも仮説の域を出ない。またプライスは、ロード・ダンセイニ『ペガーナの神々』の創造神マアナ=ユウド=スウシャイ(意志を持たず、目覚めれば世界が消えるため鼓手が太鼓を打ち鳴らして眠らせ続けられている神)を、アザトースの明確な原型として位置づけている。
Q. ニャルラトホテプやヨグ=ソトースは、設定上アザトースの「子」なのか?
A. これはラヴクラフト自身が1933年の私信の中で戯れに描いた系譜であり、作品内で確定した神話設定ではない。私信というごく限定的な文脈で提示された遊戯的なアイデアである点に注意が必要である。
Q. アザトースの名称と、物語上の人格としての登場は同時期に生まれた?
A. いいえ。名称自体は1919年の備忘録「AZATHOTH——おぞましい名前」に遡り[2]、1922年には人格の登場しない未完の断章のタイトルとしても使われていた[7][8]。物語上の人格として正式に確立されたのは1926〜27年執筆の『未知なるカダスを夢に求めて』であり、しかもこの作品自体、発表は1943年までずれ込んでいる。名前の着想から活字になるまでには16年もの空白があった。
出典
- [1] “that shocking final peril which gibbers unmentionably outside the ordered universe, where no dreams reach; that last amorphous blight of nethermost confusion which blasphemes and bubbles at the centre of all infinity—the boundless daemon-sultan Azathoth, whose name no lips dare speak aloud, and who gnaws hungrily in inconceivable, unlighted chambers beyond time amidst the muffled, maddening beating of vile drums and the thin, monotonous whine of accursed flutes.”(訳: 「秩序ある宇宙の外側、夢も届かぬ場所で名状しがたく囀るあの衝撃的な究極の脅威、あらゆる無限の中心で冒涜的に泡立つ、名状しがたき混沌の最後の不定形の禍——その名を唇に乗せる者とてなき、果てしなき魔王アザトースは、時を超えた光なき房室の中で、下劣な太鼓の狂おしい連打と呪われたフルートの単調でかぼそい音色に包まれながら、飢えて貪り齧り続けている」) — H. P. Lovecraft, “The Dream-Quest of Unknown Kadath”(1926〜27年執筆/1943年発表), Wikisource ↩
- [2] “AZATHOTH—hideous name.”(訳: 「アザトース——おぞましき名前」) — H. P. Lovecraft, 私的備忘録(commonplace book, 1919年), 出典: アザトース – Wikipedia ↩
- [3] “あえてその名を口にした者とておらぬ、果しなき魔王アザトホース” — H. P. Lovecraft(大瀧啓裕訳)『ラヴクラフト全集6』173頁(『未知なるカダスを夢に求めて』日本語訳) ↩
- [4] “He thought of the ancient legends of Ultimate Chaos, at whose centre sprawls the blind idiot god Azathoth, Lord of All Things, encircled by his flopping horde of mindless and amorphous dancers, and lulled by the thin monotonous piping of a demoniac flute held in nameless paws.”(訳: 「彼は窮極の混沌についての古い伝説を思った——その中心には万物の王、盲目にして白痴の神アザトースが横たわり、無心で不定形の踊り手の群れに囲まれ、名も無き手に握られた悪魔的な笛の単調な音に鎮められている」) — H. P. Lovecraft, “The Haunter of the Dark”(1935年), Wikisource ↩
- [5] “the monstrous nuclear chaos beyond angled space which the Necronomicon had mercifully cloaked under the name of Azathoth.”(訳: 「死霊秘法(ネクロノミコン)がアザトースという名の下に慈悲深くも覆い隠していた、角度をなす空間の彼方にあるあの怪物的な原子核の混沌」) — H. P. Lovecraft, “The Whisperer in Darkness”(1931年), Wikisource ↩
- [6] “Gilman decided he had picked up that last conception from what he had read in the Necronomicon about the mindless entity Azathoth, which rules all time and space from a black throne at the centre of Chaos.”(訳: 「ギルマンは、その最後の着想を、自分が『ネクロノミコン』で読んだ、混沌の中心にある黒い玉座からあらゆる時空を支配するという白痴の実体アザトースについての記述から得たのだろうと考えた」) — H. P. Lovecraft, “The Dreams in the Witch-House”(1933年), Wikisource ↩
- [7] “When age fell upon the world, and wonder went out of the minds of men; when grey cities reared to smoky skies tall towers grim and ugly, in whose shadow none might dream of the sun or of Spring’s flowering meads…”(訳: 「世界に老いが訪れ、人々の心から驚異が失われたとき——煙る空へと不吉で醜い塔をそびえさせる灰色の都市が築かれ、その影の下では誰も太陽や春の花咲く野を夢見ることさえできなくなったとき……」) — H. P. Lovecraft, “Azathoth”(1922年、未完の断章、冒頭部), Wikisource ↩
- [8] “And in the course of many cycles that tenderly left him sleeping on a green sunrise shore; a green shore fragrant with lotus-blossoms and starred by red camalotes . . .”(訳: 「そして幾多の周期を経て、それは彼を優しく、緑なす日の出の岸辺——蓮の花香り、赤いカマロテの花が点々と咲く緑の岸辺に、眠らせたまま置き去りにした……」) — H. P. Lovecraft, “Azathoth”(1922年、未完の断章、結末部), Wikisource ↩
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