外なる神 — AZATHOTH

アザトース

原典

宇宙の中心で太鼓とフルートの音に合わせて蠢く、盲目にして白痴の魔王。名を口にすることすら憚られる、根源的混沌の体現。

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アザトース

「宇宙の中心である無限の中核で、下劣な太鼓の連打と呪われたフルートの単調な音色に合わせて蠢く、盲目にして白痴の果てしなき魔王」

— H. P. Lovecraft『未知なるカダスを夢に求めて』(1926〜27年執筆/1943年発表)
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概要

アザトースは、宇宙の中心である無限の中核で、下劣な太鼓の連打と呪われたフルートの単調な音色に合わせて蠢く、盲目にして白痴の「果てしなき魔王」である[1]。物語上の人格として初めて描かれたのは『未知なるカダスを夢に求めて』(1926〜27年執筆/1943年発表)であり、名を口にすることさえ憚られる存在として登場する。

項目内容
分類外なる神
欧文表記AZATHOTH
名称としての最古の記録1919年、ラヴクラフトの備忘録「AZATHOTH——おぞましい名前」(人格も物語も伴わない。該当箇所の原文は当サイトでは確認していない)
人格としての正式登場未知なるカダスを夢に求めて(1926〜27年執筆/1943年発表)[1]
別名・呼称果てしなき魔王、境界なき魔王[1]、万物の王である盲目にして白痴の神(「闇の跳梁者」1935年)[3]
象徴するテーマ原初の混沌、無意識、無意味、宇宙の中心

日本語訳では『ラヴクラフト全集6』(173頁)が「あえてその名を口にした者とておらぬ、果しなき魔王アザトホース」と訳出している[2]。

初出作品

「アザトース」という名前自体は、人格を伴う物語として書かれるより先に存在していた。

最も古い記録は、ラヴクラフトが1919年に書き残したとされる備忘録の一文「AZATHOTH——おぞましい名前」である(該当箇所の原文は本稿で参照した一次資料の範囲では確認できていない)。この時点では人格も物語も伴わない、名前だけの覚え書きだったとされる。

1922年には、この名前をタイトルに掲げた約500語の未完成の断章「Azathoth」が書かれている。ただしこの断章の中に、アザトースという存在そのものは一度も登場しない。男が星々に連れ去られる夢を見るという情景のみで終わり[6][7]、名前は純粋にタイトルとして機能しているに過ぎない。

物語上の人格として初めて正式に描かれたのは『未知なるカダスを夢に求めて』(1926〜27年執筆)である。ただしこの作品自体、発表は1943年までずれ込んだ[1]。名前の着想(1919年)から、人格を伴う描写が活字になるまでには、20年以上の空白がある。

原典での描写

『未知なるカダスを夢に求めて』は、アザトースを次のように描く。

“the boundless daemon-sultan Azathoth, whose name no lips dare speak aloud, and who gnaws hungrily in inconceivable, unlighted chambers beyond time amidst the muffled, maddening beating of vile drums and the thin, monotonous whine of accursed flutes.”(訳: 「その名を唇に乗せる者とてなき、果てしなき魔王アザトースは、時を超えた光なき房室の中で、下劣な太鼓の狂おしい連打と呪われたフルートの単調でかぼそい音色に包まれながら、飢えて貪り齧り続けている」)[1]

他の作品でアザトースが直接姿を現すことはない。名前と属性への言及という形で繰り返し引かれるにとどまる。

  • 「闇に囁くもの」(1931年)では、ネクロノミコンが「アザトースという名の下に慈悲深くも覆い隠していた」原子核の混沌として言及される[4]
  • 「魔女の家の夢」では、登場人物ギルマンが『ネクロノミコン』の記述から、混沌の中心にある黒い玉座からあらゆる時空を支配する白痴の実体としてアザトースを知る場面が描かれる[5]
  • 「闇の跳梁者」(1935年)では「万物の王である盲目にして白痴の神アザトース」として言及される[3]

いずれの作品でも、アザトースが登場人物と直接対峙する場面はない。姿・権能・封印の有無といった具体的な設定も、原典には書き込まれていない。

なお、ラヴクラフトは1933年4月27日付、ジェイムズ・F・モートンへの私信の中で、戯れに自分自身とクラーク・アシュトン・スミスを「アザトースの末裔」と称し、アザトースが子ニャルラトホテプと、「闇」「無名の霧」を通じてヨグ=ソトース・シュブ=ニグラス・ナグとイェブ・クトゥルフ・ツァトゥグァらを生み出したとする遊戯的な系譜を描いてみせている。これはあくまで私信における冗談であり、作品内で確定した設定ではない。

ダーレス以降の変化

現行の取材範囲には、オーガスト・ダーレスがアザトース像に加えた変更点についての記述がない。四大元素理論など、ダーレスが他の神格に対して行ったような再構成がアザトースに適用されたことを示す記述も見当たらない。この点は未照合として扱う。

TRPGでの扱い

  • 摂政としてのニャルラトホテプ — 後年のTRPG設定では、アザトースの意志を実際に解釈し体現する「摂政」の役割をニャルラトホテプが担うとされる。原典に明記された設定ではなく、日本語圏TRPG資料による整理である
  • 『マレウス・モンストロルム』の設定 — 日本語版『新クトゥルフ神話TRPG マレウス・モンストロルム Vol.2 神格編』では、不定形の体を耳障りな音楽に合わせてくねらせる存在とされ、「眠っている」が時折目を覚まし、その瞬間に大きな災厄が予兆されるという設定が加えられている。これも原典の記述そのものではなく、後年のゲーム設定による補足である

登場作品一覧

作品年この作品が足したもの
私的備忘録(commonplace book)1919名前そのもの。人格も物語も伴わない「おぞましい名前」という一文(原文は当サイトでは確認していない)
Azathoth(未完の断章)1922名前をタイトルに掲げた最初の作品。ただしアザトース自身は登場しない[6][7]
未知なるカダスを夢に求めて1926〜27執筆/1943発表人格としての正式登場。「果てしなき魔王」としての古典的な姿[1]
闇に囁くもの1931ネクロノミコンが名を「慈悲深くも隠した」原子核の渾沌世界としての言及[4]
魔女の家の夢1933ネクロノミコンを通じてアザトースの記述に触れる場面[5]
闇の跳梁者1935「万物の王である盲目にして白痴の神」としての言及[3]

この表が示す通り、アザトースは自ら物語に姿を現すことのない神格である。言及の積み重ねだけで輪郭が作られている。

関連神格・地域・書物

神格

  • ニャルラトホテプ — 1933年の私信では「子」とする遊戯的な系譜が示された。TRPG設定では意志を代行する「摂政」とされる。いずれも作品内で確定した設定ではない
  • ヨグ=ソトース — 同じ私信の系譜の中で言及される
  • シュブ=ニグラス — 同じ私信の系譜の中で言及される

分類の考え方

参考文献

  • [1] “that shocking final peril which gibbers unmentionably outside the ordered universe, where no dreams reach; that last amorphous blight of nethermost confusion which blasphemes and bubbles at the centre of all infinity—the boundless daemon-sultan Azathoth, whose name no lips dare speak aloud, and who gnaws hungrily in inconceivable, unlighted chambers beyond time amidst the muffled, maddening beating of vile drums and the thin, monotonous whine of accursed flutes.”(訳: 「秩序ある宇宙の外側、夢も届かぬ場所で名状しがたく囀るあの衝撃的な究極の脅威、あらゆる無限の中心で冒涜的に泡立つ、名状しがたき混沌の最後の不定形の禍——その名を唇に乗せる者とてなき、果てしなき魔王アザトースは、時を超えた光なき房室の中で、下劣な太鼓の狂おしい連打と呪われたフルートの単調でかぼそい音色に包まれながら、飢えて貪り齧り続けている」) — H. P. Lovecraft, “The Dream-Quest of Unknown Kadath”(1926〜27年執筆/1943年発表), 公式アーカイブ
  • [2] “あえてその名を口にした者とておらぬ、果しなき魔王アザトホース” — H. P. Lovecraft(大瀧啓裕訳)『ラヴクラフト全集6』173頁(『未知なるカダスを夢に求めて』日本語訳)
  • [3] “He thought of the ancient legends of Ultimate Chaos, at whose centre sprawls the blind idiot god Azathoth, Lord of All Things, encircled by his flopping horde of mindless and amorphous dancers, and lulled by the thin monotonous piping of a daemoniac flute held in nameless paws.”(訳: 「彼は窮極の混沌についての古い伝説を思った——その中心には万物の王、盲目にして白痴の神アザトースが横たわり、無心で不定形の踊り手の群れに囲まれ、名も無き手に握られた悪魔的な笛の単調な音に鎮められている」) — H. P. Lovecraft, “The Haunter of the Dark”(1935年), 公式アーカイブ
  • [4] “the monstrous nuclear chaos beyond angled space which the Necronomicon had mercifully cloaked under the name of Azathoth.”(訳: 「死霊秘法(ネクロノミコン)がアザトースという名の下に慈悲深くも覆い隠していた、角度をなす空間の彼方にあるあの怪物的な原子核の混沌」) — H. P. Lovecraft, “The Whisperer in Darkness”(1931年), 公式アーカイブ
  • [5] “Gilman decided he had picked up that last conception from what he had read in the Necronomicon about the mindless entity Azathoth, which rules all time and space from a curiously environed black throne at the centre of Chaos.”(訳: 「ギルマンは、その最後の着想を、自分が『ネクロノミコン』で読んだ、奇妙に取り囲まれた、混沌の中心にある黒い玉座からあらゆる時空を支配するという白痴の実体アザトースについての記述から得たのだろうと考えた」) — H. P. Lovecraft, “The Dreams in the Witch-House”(1933年), 公式アーカイブ
  • [6] “When age fell upon the world, and wonder went out of the minds of men; when grey cities reared to smoky skies tall towers grim and ugly, in whose shadow none might dream of the sun or of spring’s flowering meads…”(訳: 「世界に老いが訪れ、人々の心から驚異が失われたとき——煙る空へと不吉で醜い塔をそびえさせる灰色の都市が築かれ、その影の下では誰も太陽や春の花咲く野を夢見ることさえできなくなったとき……」) — H. P. Lovecraft, “Azathoth”(1922年、未完の断章、冒頭部), 公式アーカイブ
  • [7] “And in the course of many cycles they tenderly left him sleeping on a green sunrise shore; a green shore fragrant with lotus-blossoms and starred by red camalotes . . .”(訳: 「そして幾多の周期を経て、彼らは彼を優しく、緑なす日の出の岸辺——蓮の花香り、赤いカマロテの花が点々と咲く緑の岸辺に、眠らせたまま置き去りにした……」) — H. P. Lovecraft, “Azathoth”(1922年、未完の断章、結末部), 公式アーカイブ

FAQ

Q. アザトースは物語の中で主人公と直接対峙する「ボス敵」として描かれていますか。A. いいえ。原典では、名を口にすることすら憚られるほど遠い、根源的な存在として描かれ、直接的な対決の場面はありません。TRPGなどの後年のゲーム作品で、より「実在的」「接触可能」な脅威として扱われる傾向がありますが、これは原典の描写とは異なる後世の展開です。

Q. 名前「アザトース」の由来は確定していますか。A. 確定していません。研究者ロバート・M・プライスは、聖書の地名アナトテとアザゼルを組み合わせた説、錬金術用語「アゾト(Azoth)」に由来する説の両方を提示していますが、いずれも仮説の域を出ません。またプライスは、ロード・ダンセイニ『ペガーナの神々』の創造神マアナ=ユウド=スウシャイ(意志を持たず、目覚めれば世界が消えるため鼓手が太鼓を打ち鳴らして眠らせ続けられている神)を、アザトースの明確な原型として位置づけています。

Q. ニャルラトホテプやヨグ=ソトースは、設定上アザトースの「子」なのですか。A. これはラヴクラフト自身が1933年の私信の中で戯れに描いた系譜で、作品内で確定した神話設定ではありません。私信というごく限定的な文脈で提示された遊戯的なアイデアである点に注意が必要です。

Q. アザトースの名称と、物語上の人格としての登場は同時期に生まれたのですか。A. いいえ。名称自体は1919年の備忘録「AZATHOTH——おぞましい名前」に遡るとされ(該当箇所の原文は本稿では確認していない)、1922年には人格の登場しない未完の断章のタイトルとしても使われていました[6][7]。物語上の人格として正式に確立されたのは1926〜27年執筆の『未知なるカダスを夢に求めて』であり、しかもこの作品自体、発表は1943年までずれ込んでいます。名前の着想から活字になるまでには、20年以上の空白がありました。

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