概要
ハリは、アンブローズ・ビアスの短編に「死を論じた賢者」として引用される正体不明の哲人である。「カルコサの住人」(1886年)の冒頭題辞の出どころとして名が挙がるのみで、素性は一切語られない。後にロバート・W・チェンバースが『黄衣の王』(1895年)でこの名を「ハリの湖」という地名へと転用し、オーガスト・ダーレス以降はハスターの幽閉地とされる湖の名として定着した。人名から地名へ——固有名詞の借用と変質を最も端的に示す例である。
基本プロフィール
- 分類: 作中人物(引用される哲人・預言者)
- 欧文表記: HALI
- 初出: 「カルコサの住人」An Inhabitant of Carcosa(1886年、アンブローズ・ビアス作)の冒頭題辞
- 系譜: ビアス(哲人の名) → チェンバース『黄衣の王』(湖の名) → ラヴクラフト「闇に囁くもの」(断片的言及) → ダーレス(ハスター幽閉地としての湖)
別名・呼称
- 哲人ハリ/預言者ハリ——原文では肩書が与えられておらず、訳出上の呼び分けに過ぎない
- ハリの湖(Lake of Hali)——チェンバース以降の転用形。人物としてのハリとは区別が必要
人物像・性格
ビアスの原典でハリに与えられているのは「死には様々な種類がある」と説く言葉だけである[1]。肉体が残る死、霊とともに消え去る死、霊だけが死ぬ死——といった死の分類学を語る箴言の主であり、その口調から古代の神秘家・死生論者として造形されていることがうかがえる。だが年齢も出自も、実在の人物なのか架空の賢者なのかすら本文からは判別できない。ビアスは複数の短編でこの種の「架空の権威からの引用」を題辞として用いており、ハリはその代表格である。
生涯・経歴
一切不明である。「カルコサの住人」の語り手はハリの言葉を思案しながら荒野をさまよい始め[2]、ビアスの別の心霊譚「ハルピン・フレイザーの死」の冒頭にもハリの言葉とされる一節が題辞として掲げられている。つまりハリはビアスの作品世界において「死について書き残した書物の著者」として機能しており、その書物自体が後世の魔導書設定の先駆けと見ることもできる。
他の人物・存在との関係
チェンバース『黄衣の王』では、「名誉修理者」の登場人物がカシルダやカミラとともに「デムヘの曇れる深みと、ハリの湖」に言及し[3]、ハリは既に人物ではなく湖の名として扱われている。ダーレス以降の体系では、ハリの湖はアルデバラン近傍にあるとされ、ハスターがその底に幽閉されていると設定された。カルコサ・黄の印と並ぶ「黄のミソス」の基本語彙のひとつである。
主要登場作と読みどころ
- カルコサの住人(1886)——冒頭題辞にハリの死生論。物語全体がこの箴言の実演になっている構成が見事
- 名誉修理者(1895)——「ハリの湖」として登場。人名から地名への転用の現場
- 囁くもの(1931)——ラヴクラフトによる神話的固有名詞の列挙の中に「ハリの湖」が含まれる
よくある誤解
「ハリ」は元々湖の名前だと思われがちだが、ビアスの原典では死を論じた哲人の名である。湖になったのはチェンバース以降の転用であり、さらに「ハスターの幽閉地」という役割はダーレス以降の拡張設定である。また、ハリを神格の一柱と数える資料も見られるが、原典のいずれにおいても崇拝対象として描かれたことはない。
出典
- [1] “For there be divers sorts of death—some wherein the body remaineth; and in some it vanisheth quite away with the spirit.”(訳: 「死には様々な種類がある——肉体が残るものもあれば、霊とともに全く消え失せてしまうものもある」) — Ambrose Bierce, “An Inhabitant of Carcosa”(1886年)冒頭題辞(ハリの言葉として)、Wikisource原文 ↩
- [2] “Pondering these words of Hali (whom God rest) and questioning their full meaning…”(訳: 「ハリ(神よ安んじたまえ)のこれらの言葉を思案し、その真意を問ううちに……」) — 同上 ↩
- [3] “He spoke of Cassilda and Camilla, and sounded the cloudy depths of Demhe, and the Lake of Hali.”(訳: 「彼はカシルダとカミラを語り、デムヘの曇れる深みと、ハリの湖を測った」) — Robert W. Chambers, “The Repairer of Reputations”(1895年)、Wikisource原文 ↩






