概要
アルデバランは、おうし座の1等星として実在する恒星でありながら、クトゥルフ神話ではカルコサの空に輝く不吉な星として特別な意味を帯びた固有名詞である。アンブローズ・ビアス「カルコサの住人」(1886年)で死者の見る空に配され、チェンバース『黄衣の王』を経て、ダーレス以降はハスターの座す領域として神話の天体地図に組み込まれた。
基本プロフィール
- 分類: 天体(実在の恒星/神話上の座標)
- 欧文表記: ALDEBARAN
- 実在の天体として: おうし座α星。地球から約65光年の赤色巨星で、おうし座で最も明るい1等星。名はアラビア語「後に従うもの」に由来し、ヒュアデス星団を追うように天球を移動して見えることによる
- 神話上の初出: 「カルコサの住人」(1886年、ビアス)
由来・モデル
モデルというより実在の星そのものである。ビアスは死者の視点で見る昼の空に、本来夜にしか見えないはずのアルデバランとヒュアデスを出現させ、時間と生死の感覚が崩壊した世界を一筆で描き出した[1]。実在の天体を「異界の座標」として流用するこの手法は、後のラヴクラフトによるフォーマルハウト・ベテルギウス等の使い方の先駆けといえる。
歴史・年表
- 1886年: 「カルコサの住人」で、昼の空に見えるはずのないアルデバランが輝く[1]
- 1895年: チェンバース『黄衣の王』で、黒い星々や双子の太陽と並ぶカルコサの異界の空の意匠に連なる[2]
- 1931年: ラヴクラフト「囁くもの」の神話的固有名詞の列挙に、ハスター・ハリの湖・黄の印などとともにこの系譜の語彙が引かれる
- ダーレス以降: ハスターの幽閉地「ハリの湖」がアルデバラン近傍と設定され、「アルデバランのハスター」という呼び方が定着(拡張設定)
性質・特徴
原典群でのアルデバランは、あくまで「あってはならない場所・時間に見える星」である。昼の空に赤く輝くその光は、見る者が既に日常の世界の外にいることを告げる標識として機能する。TRPG『クトゥルフ神話TRPG』以降の資料では、ハスターの神殿がある星系として具体的な設定が与えられているが、これは20世紀後半以降の拡張である。
関連する人物・存在
- ハスター——ダーレス以降、アルデバラン近傍のハリの湖に幽閉されるとされる
- カルコサ——アルデバランとヒュアデスを望む空の下にあるとされる古都
- ヒュアデス星団——常に対で言及される星団
- ハリ——湖の名の由来となった哲人
主要登場作と読みどころ
よくある誤解
「アルデバラン=ハスターの住処」という設定は原典(ビアス・チェンバース)には存在せず、ダーレス以降の拡張である。ビアスの原典では単に「見えるはずのない星が見える」という恐怖の演出であり、居住や神殿といった具体性は一切ない。また、実在の恒星としてのアルデバランはヒュアデス星団の方向に重なって見えるだけで、星団の一員ではない。
出典
- [1] “Looking upward, I saw through a sudden rift in the clouds Aldebaran and the Hyades!”(訳: 「見上げると、突然の雲の裂け目から、アルデバランとヒュアデス星団が見えたのだ!」) — Ambrose Bierce, “An Inhabitant of Carcosa”(1886年)、Wikisource原文 ↩
- [2] “Strange is the night where black stars rise, / And strange moons circle through the skies, / But stranger still is / Lost Carcosa.”(訳: 「黒い星々の昇る夜は奇妙なり/奇妙な月々が空を巡る/されどなお奇妙なるは/失われしカルコサ」) — Robert W. Chambers, 「カシルダの歌」(『黄衣の王』第1幕第2場、1895年)、Wikisource原文 ↩






