映画(2026年8月29日ワールドプレミア) — Ithaqua (2026 film, Hammer Films)

Ithaqua

Hammer Filmsが制作する新作サバイバルホラー『Ithaqua』が、2026年8月29日、ロンドンのTubi FrightFestでワールドプレミアを迎えた。舞台は1800年代のカナダ。だがタイトルの「イタカ」はラヴクラフトが生んだ神ではなく、オーガスト・ダーレスが1933年に創造した旧支配者であり、その元にはアルジャーノン・ブラックウッドの1910年の中編小説と、先住民の民間伝承がある。

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概要

Hammer Filmsブランドの新作映画『Ithaqua』が、2026年8月29日(土)、ロンドンのTubi FrightFestでワールドプレミアを迎えた[1]。監督はCasey Walker(『In a Violent Nature』のエグゼクティブプロデューサー)[1]。出演はLuke Hemsworth(『Westworld』)、Kevin Durand(『Ready or Not 2: Here I Come』)、Craig Lauzon(『Trickster』)、Leenah Robinson(『Revival』)、Michael Pitt(『Ghost in the Shell』)[1]。10月にはマンチェスターのGrimmfestでも上映が予定されており、上映時間103分、レイティングは15(予定)とされている[2]。

Hammer Filmsというブランド

制作を手がけるHammer Filmsは、1934年に設立されたイギリスの映画会社で、舞台俳優ウィリアム・ヒンズ(芸名Will Hammer)と、配給会社Exclusive Filmsを営んでいたスペイン出身のエンリケ・カレラスが立ち上げた[3]。1957年の『フランケンシュタインの呪い』の大ヒットを機にゴシックホラーの看板スタジオとなり、『ドラキュラ』(1958年)、『ミイラ男』(1959年)といった古典的ホラーキャラクターの映画化を重ねて、1950〜60年代を通じてアメリカでの配給を保証された数少ない英国映画会社の一つとして地位を築いた老舗スタジオである[3]。フランケンシュタインの怪物やドラキュラ伯爵といった、原作の版権が古くから確立している「定番の怪物」を扱ってきたスタジオが、今回はダーレス創造の、一般的な知名度としてはそれらに及ばない神格を題材に選んだことになる。90年を超える歴史を持つ老舗スタジオの選択として、この人選は小さくない意味を持つ。

どんな映画か

公式のあらすじは次の通り。「As a brutal winter grips the Canadian wilderness and the fur trade begins its collapse, the isolated inhabitants of a remote trading outpost enlist Cole Franklin, an American mercenary haunted by his past, to investigate the silence that has fallen over a nearby Indigenous settlement.(過酷な冬がカナダの荒野を締め付け、毛皮交易が衰退していくなか、辺境の交易拠点に暮らす孤立した住人たちは、過去に苛まれるアメリカ人傭兵コール・フランクリンを雇い、近隣の先住民集落を覆った沈黙を調べさせる)」[1]。フランクリンが発見するのは「a scene of unimaginable terror and an overwhelming sense that something ancient and unnatural still lingers in the wilderness(想像を絶する恐怖の光景と、太古の、自然に反する何かが今なお荒野に留まっているという圧倒的な気配)」であり、恐怖は交易拠点フォート・ウィリアムにも及び、「Paranoia, hunger and violence consume the isolated community, driving neighbour against neighbour as reason gives way to madness(偏執、飢え、暴力が孤立した共同体を蝕み、理性が狂気に道を譲るにつれて隣人同士が対立していく)」[1]。Grimmfestは本作を「genuine First Nation folklore」と「August Derleth」の想像力を組み合わせた西部ゴシックホラーと紹介している[2]。

「イタカ」はラヴクラフトの神ではない

ここが最も重要な点である。タイトルの「Ithaqua」(当サイトでは「イタカ」の表記で扱っている)は、ラヴクラフト自身が創造した神格ではない。当サイトの「イタカ」の記事で確認した通り、イタカはラヴクラフトの存命中にオーガスト・ダーレスが創造した旧支配者であり、初出は1933年の「風に乗りて歩むもの」(The Thing That Walked on the Wind)。ラヴクラフト自身の作品にイタカが登場する箇所は無い。Grimmfestが本作を「Derleth」の想像力を組み合わせたものと紹介しているのは、この経緯に沿った正確な位置づけだと言える。

さらに遡ると、イタカという設定自体、アルジャーノン・ブラックウッドの中編小説「ウェンディゴ」(The Wendigo、1910年)が描いた、人間を連れ去り異形に変える極北の妖異の伝承を下敷きにしている。この伝承をダーレスが「イタカ」と名づけ、旧支配者として神話体系に組み込んだ。Grimmfestが本作を「genuine First Nation folklore」と紹介しているのも、この伝承の源流が北米先住民の民間伝承にあることを踏まえたものだろう。

ウェンディゴという怪異は、キングの創作にも通じる

1941年、オーガスト・ダーレスはブラックウッドの「ウェンディゴ」に登場する怪異と、自身が創造した「風に乗りて歩むもの」ことイタカとを結びつけて位置づけた[4]。北米先住民の民間伝承から始まり、イギリスの怪奇作家ブラックウッドが小説化し、アメリカのダーレスがクトゥルフ神話の旧支配者として体系に組み込み、そして2026年、カナダを舞台にした一本の映画になった。なお、ブラックウッドが1910年に描いたウェンディゴ像は、スティーヴン・キングが1983年の小説『ペット・セマタリー』で描いた怪異とも並べて論じられることがある。両作は、北米先住民に由来する怪異を英米の作家がそれぞれ独自に翻案した例として、研究者の比較対象になっている[4]。ただし、ダーレスが体系化したイタカという設定がキングの創作に直接影響を与えたと確認できる出典は、本稿の調査範囲では見つかっていない。当サイトは別記事「スティーヴン・キングも『クトゥルフ神話』を書いていた」で、キングとクトゥルフ神話の別の接点(短編「Crouch End」)を扱ったが、キングとこの神話体系との接点は一つに留まらない。

神話の三層で見るとどこに位置するか

当サイトが整理している原典/ダーレス系拡張/TRPG設定という三層に照らすと、イタカは明確に第2層(ダーレス系拡張)に属する。ただし他の多くのダーレス創作の神格と違うのは、その土台に「ブラックウッドの中編小説」と「北米先住民の民間伝承」という、クトゥルフ神話の外側にある二重の出典を持つ点だ。今回の映画がラヴクラフトの名を一切出さずに、ダーレスと先住民伝承の名だけを掲げているのは、この由来を踏まえれば筋の通った紹介の仕方だと言える。

当サイトの「イタカ」記事によれば、ダーレスはイタカを、クトゥルフ=水、ハスター=風というように神々を四大元素に配する自らの体系の中に置いており、イタカは知性を欠いた自然災害ではなく、人間を意図的に「選び」変容させる存在として設定されている。極寒と吹雪という物理的な脅威を伴って人間を連れ去るという設定は、原作の中編小説「ウェンディゴ」から一貫している要素であり、今回の映画の「過酷な冬」「荒野に留まる何か」という舞台設定も、この系譜に忠実だと言える。

舞台となる「毛皮交易の衰退期」

映画の舞台が「毛皮交易が衰退していく」1800年代のカナダに設定されている点も見過ごせない。毛皮交易は、ヨーロッパからの入植者と北米先住民との接触・交易の主要な経済基盤であり、その衰退期は、先住民の土地に対する入植者の関与のあり方が変質していく時期でもあった。「genuine First Nation folklore」を題材にした恐怖が、まさにこの経済的・文化的な変わり目を舞台に語られることは、単なる時代設定以上の意味を持ちうる。ただし、この点について製作者が明示的にコメントしているかどうかは、参照した出典の範囲では確認できていない。

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出典

  • [1] 監督Casey Walker(『In a Violent Nature』エグゼクティブプロデューサー)、出演Luke Hemsworth・Kevin Durand・Craig Lauzon・Leenah Robinson・Michael Pitt、Hammer Filmsブランドでの新作であること、2026年8月29日にTubi FrightFestでワールドプレミアを迎えること、あらすじ全文の記載がある — STARBURST Magazine「New Hammer Movie ITHAQUA Set for World Premiere at Tubi FrightFest」, starburstmagazine.com ↩
  • [2] 上映日時「8.10pm 9/10/26」、上映時間103分、レイティング15(予定)、「genuine First Nation folklore」と「August Derleth」の想像力を組み合わせた西部ゴシックホラーであることの記載がある — Grimmfest公式サイト「ITHAQUA」, grimmfest.com ↩
  • [3] Hammer Filmsが1934年、舞台俳優ウィリアム・ヒンズ(芸名Will Hammer)と、配給会社Exclusive Filmsを営んでいたスペイン出身のエンリケ・カレラスによって作られたこと、1957年の『フランケンシュタインの呪い』(英国初のカラーホラー映画)の大ヒットを機に「Hammer House of Horror」のブランドが確立したこと、『ドラキュラ』(1958年)・『ミイラ男』(1959年)などいずれもテレンス・フィッシャー監督作で1950〜60年代を通じて数少ない好調な英国映画会社の一つとなり、アメリカでの配給を保証された唯一の英国映画会社だったことが記載されている — “Hammer Film Productions”, BFI Screenonline, screenonline.org.uk ↩
  • [4] 1941年、オーガスト・ダーレスがブラックウッドの「ウェンディゴ」に登場する怪異と、自身が創造した「風に乗りて歩むもの」ことイタカとを結びつけたことが記載されている — Ruthanna Emrys, Anne M. Pillsworth, “Thoreau Meets the Unnamable: Algernon Blackwood’s ‘The Wendigo'”, Reactor, reactormag.com。また、ブラックウッドの「ウェンディゴ」(1910年)とスティーヴン・キング『ペット・セマタリー』(1983年)が、北米先住民に由来する怪異を西欧系の作家がそれぞれ翻案した例として並べて論じられていることが記載されている — Kallie Hunchman, “Stolen Spirits: The Appropriation of the Windigo Spirit in Horror Literature”, Digital Literature Review vol.7, Ball State University, openjournals.bsu.edu ↩

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