編集部注(著作権について): 本記事が扱う『ハスターの帰還』は、1939年発表の「ウィアード・テイルズ」誌掲載作で、著作権が更新登録されているため、パブリックドメインではありません。本記事は原文からの引用を行わず、あらすじ・論評のみで構成しています。
概要
死の床にある隠遁の蒐書家アモス・タトルの遺言執行を任された弁護士ハドンが、禁断の書物と屋敷を巡る怪異に巻き込まれる短編。ハスターを「旧支配者」として神話体系に組み込み、後のダーレス神話体系の中核となる「元素理論」を初めて提示した記念碑的作品。
作品情報
- 執筆・発表年: 1939年発表(「ウィアード・テイルズ」誌3月号、66ページ)
- 主題タグ: 禁断の蔵書、肉体の器としての人間、旧支配者の帰還
登場神格・用語
あらすじ
ボストンの弁護士ハドンは、アーカムの隠遁の蒐書家アモス・タトルの遺産管財人となる。死の床に呼ばれたハドンは、屋敷を取り壊し禁断の蔵書を焼却すること、そして『ネクロノミコン』をミスカトニック大学へ返却するようにと命じられる——アモスは数十年前にこの書物を盗み、贋作にすり替えていたのだ。しかし相続人である甥のポールがこの取り壊し条項に異を唱え、ハドンはやむなく譲歩する。屋敷では奇怪な地鳴りが響き、アモスの遺体には鱗状の隆起や魚めいた特徴が現れ始める。ポールは禁断の蔵書を読み込むうち、アモスがハスターという宇宙的存在の「安息の地」を屋敷に築こうとしていたことを知る。ある夜、地下から未知の言語による詠唱が響き、アモスの棺は忽然と消え、やがて空のまま浮かび上がる。錯乱したポールはハドンに爆薬の起爆を懇願し、電話越しにその声は人ならぬ呻き声へと変わっていく。爆破の後、廃墟から怪物じみた姿が立ち現れて海へと消え去り、変容したポールの体は空へと吹き飛ばされる。ハドンは、二つの肉体が太古の宇宙的存在の「器」にされていたのだと結論づける。
読みどころと注目テーマ
禁断の蔵書がもたらす災厄、肉体を「器」として利用する神格、遺言を巡る人間ドラマとしての恐怖
執筆背景と影響
ラヴクラフトの死(1937年)からわずか2年後に発表された本作は、ハスターを明確に「旧支配者」として位置づけ、後にダーレスが体系化する「元素理論」(善なる旧神と悪なる旧支配者の対立という、ラヴクラフト自身の作品には見られない図式。サイト内の四大元素説の記事も参照)の萌芽を示す一作として位置づけられる。本作は物語上、ラヴクラフトの『クトゥルフの呼び声』と『インスマスの影』の続篇にあたる位置づけで書かれており[1]、19世紀の作家アンブローズ・ビアスとロバート・W・チェンバースの怪奇小説に登場する「ハスター」を、ラヴクラフトのクトゥルフ神話体系へ本格的に組み込んだ最初期の作品としても位置づけられる[2]。ダーレスはここで、旧神と旧支配者という擬似パラケルスス的な元素分類の体系を導入し、以後のダーレス版クトゥルフ神話における「宇宙的な善悪二元論」の骨格を築いた[3]。著者オーガスト・ダーレスは、ラヴクラフトの死後、遺稿・遺志の管理者としてアーカムハウス社を設立し、ラヴクラフト作品群の散逸を防ぎつつ、自らも多数の「死後合作」「ソロ神話作品」を発表してクトゥルフ神話の拡張を主導した中心人物である。「ハスター」という名は元来、アンブローズ・ビアスが1891年に発表した短編『ハイタ、羊飼いの物語』に登場する、羊飼いを見守る善良な神として創造されたものだった。1895年、ロバート・W・チェンバースは短編集『黄衣の王』の中でこの名を、ある時は人物として、ある時はアルデバランに関連する場所として、カルコサや黄の印、ハリ湖といった要素と絡めながら多義的に用いた。ダーレスは本作でこの名をクトゥルフの異母兄弟にあたる旧支配者として再定義し、「彼方より来たる饗宴者」「黄衣の王」といった複数の化身を新たに与えることで、ビアスの善良な牧神を宇宙的な悪の存在へと根本的に作り変えた[4]。本作は雑誌掲載の9年後、1958年にダーレスの短編集『クトゥルフの仮面』(アーカムハウス、2,051部)に「序文」に続く巻頭作として収録され、単行本の形で読めるようになった[5]。
出典
本作は著作権が更新登録されておりパブリックドメインではないため、原文からの引用は行っていません。以下は書誌的事実についての出典です。
- [1] 本作は「ウィアード・テイルズ」誌1939年3月号(66ページ)に掲載された中編で、H・P・ラヴクラフト『クトゥルフの呼び声』『インスマスの影』の続篇として書かれている(ISFDB Title Record #63247)。— 出典: ISFDB「The Return of Hastur」title record, 該当ページ ↩
- [2] 本作は、アンブローズ・ビアスおよびロバート・W・チェンバースの怪奇小説に登場する「ハスター」の名を、クトゥルフ神話体系へ本格的に組み込んだ作品と位置づけられている。— 出典: ISFDB「The Return of Hastur」title record, 該当ページ ↩
- [3] ダーレスは本作で、旧神(Elder Gods)と旧支配者(Great Old Ones)という擬似パラケルスス的な元素分類の体系を導入し、宇宙的な善悪二元論としてクトゥルフ神話の構造を再編した。— 出典: Wikipedia「The Return of Hastur」, 該当ページ ↩
- [4] ハスターは1891年、アンブローズ・ビアスの短編『ハイタ、羊飼いの物語』に羊飼いを見守る善良な神として初登場した。1895年、ロバート・W・チェンバース『黄衣の王』ではアルデバランに関連する人物・地名として多義的に用いられた。ダーレスはクトゥルフの異母兄弟にあたる旧支配者として再定義し、「彼方より来たる饗宴者」「黄衣の王」等の化身を与えた。— 出典: Wikipedia「Hastur」, 該当ページ ↩
- [5] 本作は1958年、ダーレスの短編集『The Mask of Cthulhu』(アーカムハウス、2,051部)に「序文」に続く巻頭作として収録された。同書には「丘に潜む夜鷹」「木の中の何か」「サンドウィン家の契約」「谷間の家」「ルルイエの封印」も併録されている。— 出典: Wikipedia「The Mask of Cthulhu」, 該当ページ ↩






