なぜ『エイリアン』が「最高のラヴクラフト翻案」なのか——デル・トロの回答から読む翻案とLovecraftianの境界
何があったか、そして何が起きていないか
Reddit で行われた AMA(なんでも聞いてください企画)で、ユーザーの Madarakita がギレルモ・デル・トロにこう尋ねた。長年の宿願である『狂気の山脈にて』以外で、どのラヴクラフト作品を映画化したいか、と[1]。この質問への回答を、映画・SF専門メディアの Reactor が2026年9月15日、Matthew Byrd の署名記事として報じた[1]。
先に、この記事が扱わないことをはっきりさせておきたい。新しいラヴクラフト映像化企画が動き出した、という発表ではない。『狂気の山脈にて』についても、企画が前進したという話は出ていない。デル・トロが答えたのは「もし他に一本選ぶなら」という仮定の質問であり、Reactor の記事自体も企画発表としてではなく、AMA での発言の紹介として書かれている[1]。
ではこの発言のどこに読む価値があるのか。デル・トロが「最高のラヴクラフト翻案」として挙げた作品は、ラヴクラフトの原作を持たない『エイリアン』だった、という一点である[1]。この選択は、彼の中で「ラヴクラフトの映画化」と「ラヴクラフト的(Lovecraftian)な映画」がどう並んでいるのかを、思いのほかはっきりと見せてくれる。深淵書架がこれまでラヴクラフトらしい映画とは何かや固有名詞のないラヴクラフトで扱ってきた「翻案かどうか」と「Lovecraftianかどうか」は別の軸だという論点に、監督自身の言葉で裏付けが付いた形になる。
デル・トロが挙げた五本——原作の有無で分ける
Reactor が伝えるところによれば、デル・トロは「最高のラヴクラフト翻案」としてリドリー・スコットの『エイリアン』を挙げ、続けて次点として『遊星からの物体X』、さらに『マウス・オブ・マッドネス』『Dagon』(ストュアート・ゴードン監督)『The Resurrected』(ダン・オバノン監督)の名を挙げたという[1]。一位に挙げた際の発言はこうだったと Reactor は伝えている[1]。
“To me, the best adaptation of Lovecraft is Ridley Scott’s Alien, which is basically Mountains of Madness,”
(訳: 「私にとって、ラヴクラフトの最高の翻案はリドリー・スコットの『エイリアン』です。あれは基本的に『狂気の山脈にて』ですから」)[1]
長年映画化を望んできた『狂気の山脈にて』を、原作を持たない『エイリアン』と重ねてしまうこの言い方に、この記事が扱う核心が詰まっている。「翻案」という語を、原作の有無ではなく、骨格の近さで使っている。
この五本を、ラヴクラフトの特定の作品を原作にしているかどうかで並べ直すと、きれいに二つに割れる。
原作を持たない三本。 『エイリアン』はラヴクラフトの小説を映画化したものではない。『遊星からの物体X』はジョン・W・キャンベルの中編「影が行く」が原作であり、ラヴクラフトの文章を基にした作品ではない。『マウス・オブ・マッドネス』もオリジナル脚本の作品である。
原典に基づく翻案の二本。 ストュアート・ゴードン監督の『Dagon』はインスマスを覆う影を下敷きにした作品で、ダン・オバノン監督の『The Resurrected』は「チャールズ・デクスター・ウォード」を原作としている。
デル・トロが一位に置いたのは、この二本ではなく原作を持たない側の『エイリアン』だった。ここがこの発言のいちばんの読みどころである。原作の有無と評価の高さが、彼の中で一致していない。
デル・トロ自身が引いた線——「これはラヴクラフトではない、けれどとてもLovecraftianだ」
もう一つ見逃せないのが、次点に挙げた『遊星からの物体X』についての言い方である。Reactor によれば、デル・トロはこう続けたという[1]。
“Second-best adaptation for me is The Thing. I know it’s not Lovecraft, but it’s very Lovecraftian in its makeup effects language. I love In the Mouth of Madness. I love Stuart Gordon’s Dagon. I love The Resurrected by Dan O’Bannon. It’s full of craziness. There are a few movies that have been done in the right way.”
(訳: 「私にとって次点の翻案は『遊星からの物体X』です。あれがラヴクラフトでないことは分かっています。ですが特殊メイクの語り口が、非常にラヴクラフト的です。『マウス・オブ・マッドネス』も好きですし、ストュアート・ゴードンの『Dagon』も、ダン・オバノンの『The Resurrected』も好きです。狂気に満ちています。正しいやり方で作られた映画が、いくつかあります」)[1]
“I know it’s not Lovecraft, but it’s very Lovecraftian” ——これはラヴクラフトではない、けれど非常にラヴクラフト的だ。デル・トロは自分で、「ラヴクラフト(原作としての)」と「Lovecraftian(様式としての)」を分けて言い直している。しかもその境界線を引いたうえで、なお「次点の翻案」という言葉を使っている。原作を持たない作品に「翻案」という語をあてがうこと自体、彼にとってこの二つの概念がかなり近い場所にあることを示している。
深淵書架が固有名詞のないラヴクラフトで扱ったのも同じ構図だった。神話の固有名詞を一つも使わない作品が「Lovecraftian」を名乗れるのなら、その逆——原作という縦の糸を持たない作品が、様式という横の糸だけで「最高の翻案」と呼ばれることもありうる。デル・トロの発言は、この二つの記事の橋渡しになる資料である。
なぜ直接の翻案は難しいのか——本人の理屈
では、なぜデル・トロは原作を持たない作品のほうを高く評価するのか。Reactor が伝える理由は、ラヴクラフトの文章そのものの性質にある[1]。
“I think it’s hard to adapt Lovecraft, because he uses adjectives that are very open. So you’ve got to codirect, so to speak, every image. And when you make them into film, they become very precise.”
(訳: 「ラヴクラフトを翻案するのは難しいと思います。彼が使う形容詞は、とても開かれているからです。だから読者は、いわば一枚一枚の映像を共同監督することになる。それを映画にすると、映像はとても精密なものになってしまう」)[1]
ラヴクラフトの文章は「名状しがたい」「筆舌に尽くしがたい」といった、輪郭を確定させない形容詞に頼ることが多い。読者はその開かれた形容詞を、自分の想像力で埋めながら読む。ところが映像にした瞬間、その形は一つに決まってしまう。触手の本数も、色も、質感も、監督が選んだ一通りに固定される。開かれていたものが精密(precise)になる、というデル・トロの言い方は、翻案という作業そのものに内在する損失を指している。
裏を返せば、原作の縛りを持たない『エイリアン』や『遊星からの物体X』は、この損失を最初から抱えていない。特殊メイクや美術で「開かれた恐怖」を独自に設計できる分だけ、かえってラヴクラフト的な効果に近づける、という逆説がここにある。
尺の問題——短編は一時間枠のほうが合う
Reactor はさらに、デル・トロが尺についても触れたと伝えている[1]。
“Most of his stories, by virtue of their length, are better adapted to one-hour television programs or 30-minute television programs,”
(訳: 「彼の作品の多くは、その長さゆえに、1時間枠や30分枠のテレビ番組のほうが向いていると思います」)[1]
ラヴクラフトの短編の多くは、長編映画一本分の尺を持たない。プロットを引き延ばして映画化しようとすると、原作にない挿話を足すか、テンポを間延びさせるかのどちらかになりやすい。Reactor によれば、デル・トロは『狂気の山脈にて』のような長さのある作品は長編映画に向き、それ以外の多くはテレビシリーズやミニシリーズの形のほうが収まりがよいという趣旨を示したという[1]。宿願である『狂気の山脈にて』が例外的に長編向きだからこそ、彼が別枠で挙げた三作——戸口に現れたもの、インスマスを覆う影、アウトサイダー——は、いずれもシリーズかミニシリーズの候補として語られている[1]。
映像化したい三作と、[sic]の食い違い
「他に映画化したい作品」という元の質問への直接の答えとして、Reactor が挙げているのは次の三作である[1]。
一つ目のタイトルには、Reactor 自身が sicを付けている[1]。ラヴクラフトの短編に「The Thing On the Threshold」という題は存在しない。正しい題は「The Thing on the Doorstep」——戸口に現れたものである。AMA の場での言い間違いなのか、Reactor 側の書き起こしの揺れなのか、それはこの記事の材料だけでは判定できない。確かなのは、Reactor が誤りを承知のうえでそのまま掲載し、[sic]という印を残した、という一点だけである。
三作の中では、アウトサイダーについての言及がやや詳しい。Reactor によれば、デル・トロはこの作品について、視点(point of view)が最後の一枚の映像に至るまで保たれる構造の特異さを挙げたという[1]。一人称の語り手が自分の正体を知らないまま物語が進み、最後の一文でその認識が反転する——この構造自体が、映像に置き換えたときにどう成立するかという技術的な関心として語られている。
Reactor が添えた文脈——O’Bannon の発言と「非公式三部作」
ここからは、デル・トロ自身の発言ではなく、Reactor が記事の中で加えた解説にあたる部分である。
Reactor は、『エイリアン』の脚本を書いたダン・オバノンが、同作がラヴクラフトの影響を受けていると自ら語っていたことを紹介している[1]。オバノンの立場では、ラヴクラフトを翻案するには強い「visual style(視覚様式)」が要る。文章にしかない「ラヴクラフトの散文に相当する映像的な等価物」を作ろうとする以上、様式そのものが翻案の核になる、という論旨だったとされる[1]。奇しくも、『The Resurrected』の監督も同じダン・オバノンであり、彼は原作つきの翻案と、原作を持たない『エイリアン』の両方に関わっている。
『遊星からの物体X』についても、Reactor は狂気の山脈にてとの重なりを指摘している。極地の探検隊が、氷の下に眠る古く不可知で危険なものを掘り当てる、という骨格が両者に共通している、という見立てである[1]。さらに Reactor は、ジョン・カーペンター監督の『遊星からの物体X』『マウス・オブ・マッドネス』『パラダイム』の三本を、監督自身が公言しているわけではない、非公式の「Apocalypse Trilogy(黙示録三部作)」として紹介している[1]。この三本立ての中に、デル・トロが「次点」と呼んだ作品と、彼が名前を挙げた別の一本が同時に含まれている点は、偶然にしては出来すぎている。
深淵書架の読者にとっての物差し
ここまでを一枚の物差しに戻すと、デル・トロの発言はおおよそ次のように整理できる。
- 原作つきの翻案(『Dagon』『The Resurrected』)は、彼の評価の中で「最高」の位置に来ていない
- 原作を持たない『エイリアン』が一位、同じく原作を持たない『遊星からの物体X』が二位に置かれている
- その二位についてさえ「ラヴクラフトではない」と自分で釘を刺したうえで、なお「翻案」という語を当てている
- 直接翻案が難しい理由として本人が挙げたのは、形容詞の開放性が映像化によって失われるという、文章と映像の性質の違いそのものである
これは、深淵書架が繰り返し扱ってきた「Lovecraftianとは何か」という問いに、当事者である監督の側から加わった証言だと言える。ラヴクラフトらしい映画とは何かで整理した三つの判定軸——見た目、出典、効果——のうち、デル・トロが実際に重く見ているのは出典ではなく効果の軸である。出典(原作の有無)で見れば『エイリアン』は失格のはずなのに、彼はそれを一位に置いている。原作という縦糸がなくても、様式という横糸だけで「ラヴクラフト翻案」と呼びうる、という立場を、デル・トロは自分の言葉で実演してみせたことになる。
だからこそ、この記事の受け取り方には注意がいる。これは『狂気の山脈にて』の続報でもなければ、新しい実写化企画の一報でもない。AMA という気軽な場での、一人の監督による評価の表明にすぎない[1]。ただし、その評価の中身——原作なしの二本を一位・二位に置き、原作ありの二本をその下に並べたという序列——は、翻案とLovecraftianを分けて考えるための材料として、企画発表以上の重みを持っている。
関連記事
- ラヴクラフトらしい映画とは何か — 見た目・出典・効果という三つの判定軸を、この記事ではデル・トロの発言に照らして再検討した
- 固有名詞のないラヴクラフト — 原作を持たない作品が「Lovecraftian」を名乗る、もう一つの実例
- 狂気の山脈にて — デル・トロの長年の宿願であり、『遊星からの物体X』との重なりが指摘されている原作
- インスマスを覆う影 — デル・トロが映像化したいと挙げた作品の一つ。『Dagon』の原典でもある
- アウトサイダー — 映像化したい三作の一つ。視点の構造がデル・トロの関心点として語られている
出典
- [1] Reddit の AMA で、ユーザー Madarakita が「『狂気の山脈にて』以外でどのラヴクラフト作品を映画化したいか」と尋ねたのに対し、ギレルモ・デル・トロが答えた内容として、以下を報じている。ラヴクラフトの翻案が難しい理由(形容詞の開放性、映像化による精密化)、短編の多くは1時間枠・30分枠のテレビ番組に向くという見方、「最高のラヴクラフト翻案」はリドリー・スコット『エイリアン』でありこれは実質的に『狂気の山脈にて』にあたるという発言、次点は『遊星からの物体X』でラヴクラフト原作ではないが特殊メイクの語り口が非常にLovecraftianだという発言、『マウス・オブ・マッドネス』『Dagon』(ストュアート・ゴードン)『The Resurrected』(ダン・オバノン)への評価、映像化したい作品として「The Thing On the Threshold」[sic]・「The Shadow Over Innsmouth」・「The Outsider」の三作を挙げたこと、『アウトサイダー』については視点の構造への言及があったこと。加えて、ダン・オバノンが『エイリアン』へのラヴクラフトの影響と視覚様式の重要性を語っていたという紹介、『遊星からの物体X』と『狂気の山脈にて』の骨格の重なりについての見立て、ジョン・カーペンター監督作を指す非公式の「Apocalypse Trilogy」という呼称。 — Matthew Byrd「The Best Lovecraft Movie “Adaptation” Is Alien, Says Guillermo del Toro」Reactor(2026年9月15日公開、2026年9月16日取得)、https://reactormag.com/best-lovecraft-movie-adaptation-alien-guillermo-del-toro/ ↩
Warning: Trying to access array offset on false in /home/kyomogame/shinenshoka.com/public_html/wp-content/themes/jinr/include/shortcode.php on line 306
