導入
2026年8月18日、『The Sinking City 2』が正式発売された。Steamのレビュー評価は8月19日朝時点で「Very Positive」(287件中93%)、日本語インターフェースにも対応している[1]。
Steam公式ストアページは、敵の一つを「Deep Ones surge from dark water(深きものが暗い水から押し寄せる)」と紹介する[1]。Xbox日本公式ストアはこれを「暗黒の海より湧き出る『深きものども』」と訳す[2]。前回の記事では舞台設定「1920s Arkham」を原典のアーカムと照合したが、今回はこの「深きものども」そのものを、原典『インスマスの影』の描写と突き合わせる。
なお筆者は本作を実際にプレイしていない。以下で書けるのは公式ストアページの文言までであり、ゲーム内で深きものが実際にどう描かれるかは未確認のまま扱う。
原典の深きもの、三つの柱
原典の深きものどもを成り立たせているのは、「敵として襲ってくる怪物」という一点だけではない。三つの柱が組み合わさって、この種族固有の恐怖が成立している。
柱1: 血縁で結ばれた存在
深きものどもは、インスマスの住民と血を分けた親族として描かれる。老ザドク・アレンは「みな信徒の一団に加わる——ダゴン教団だ——そして子らは決して死ぬことなく、我らが皆かつてそこから来た母なるヒュドラと父なるダゴンのもとへ還っていく」と語る[3]。混血の子孫は生まれた時点では人間の姿をしているが、南北戦争前後に生まれた世代から緩やかな変容が始まったとされる[4]。深きものは外から来た侵略者ではなく、インスマスの旧家そのものが行き着く未来の姿として設定されている。
柱2: 信仰と引き換えの繁栄
深きものどもとインスマスの関係は、一方的な支配ではなく交換に基づく。「秘教ダゴン教団」は「インスマスの漁が振るわなくなった頃、一世紀ほど前に東方から持ち込まれた堕落した半異教的なもの」とされ、その後「突然かつ恒久的に」豊漁が戻ってきたことで住民の間に定着したと語られる[5]。信仰の見返りに黄金と豊漁を与えるという取引の構図が、この種族を単なる敵対存在から一歩引き上げている。
柱3: 老いず、死なず
「深きものどもは決して滅ぼされることはない、たとえ忘れられた旧き者たちの太古の魔術が時にそれを阻むことがあっても」——原典はこう記す[6]。変容を終えた者は暴力や外傷による死こそ免れないものの、老いへの耐性という事実上の不老を得て、海底都市で生き続ける。物語の語り手自身も結末部で「多くの者が待ったような、完全な変化を待つ必要は私にはないと思う」と独白し、自らその生のあり方を受け入れていく[7]。
ストアページが拾ったもの、拾わなかったもの
Steam公式・Xbox日本公式の文言が伝えるのは、「暗い水から押し寄せる」という柱3寄りの敵性の側面である。海底に潜み、水から現れて襲ってくるという構図は、原典の「決して滅ぼされない」種族像と重なる部分がある。
一方、柱1の血縁関係——ストアページの文言だけでは、この核心は読み取れない。「深きものが押し寄せる」という表現は外部から来る脅威としての深きものを指しており、プレイヤー側の血統との結びつきに触れる記述は見当たらない。柱2の信仰と交換の構図についても同様で、ダゴン秘密教団への言及はストアページのどこにも確認できない。
ただし、これはストアページの紹介文だけを根拠にした判断である。実際のゲーム本編でこれらの要素がどう扱われているかは未確認であり、ムービーやテキストログの中で血縁や信仰が描かれている可能性を排除するものではない。
なぜ血縁は落ちやすいのか
「敵として戦う相手」を紹介するとき、血縁や信仰といった関係性は言葉にしにくい。ストアページに求められるのは「何と戦うか」を一文で伝えることであり、「なぜその敵と自分がつながっているか」という設定は、プレイして初めて明かされる仕掛けに向いている。前作からの継続で見たとおり、続編は前作『The Sinking City』の舞台オークモントが担っていた「深きものと縁の深い港町」という役割をアーカムへ移植した。深きものを純粋な脅威として配置する発想自体は、前作から地続きになっている可能性がある。
まとめ
原典の深きものが怖いのは、遠くから来た怪物だからではない。自分がやがてそうなる、という血統の話だからだ。ストアページの「暗い水から押し寄せる」という一文は、この種族の外形的な脅威こそ継承しているが、血縁と信仰という内側の構造までは伝えていない。「神話の三層」の枠組みで見れば、これはゲームというメディアが敵キャラクターとして扱いやすい部分だけを取り出した、典型的な組み替えの一例と言える。
出典
- [1] Steam公式『The Sinking City 2』ストアページ(2026年8月19日確認), https://store.steampowered.com/app/2825860/The_Sinking_City_2/ — 「Deep Ones surge from dark water」の記述、2026年8月18日発売、レビュー評価「Very Positive」(287件中93%、2026年8月19日朝時点)、日本語インターフェース対応。 ↩
- [2] Xbox日本公式ストア『The Sinking City 2』ページ(2026年8月19日確認), https://www.xbox.com/ja-JP/games/store/the-sinking-city-2-2/9NFPC1Z6HSN4/0010 — 「暗黒の海より湧き出る『深きものども』」「超自然的な大洪水に飲み込まれ」「恋人の魂は、儀式の失敗により『幻夢境』に幽閉され」の記述。 ↩
- [3] “All in the band of the faithful—Order o’ Dagon—an’ the children shud never die, but go back to the Mother Hydra an’ Father Dagon what we all come from onct.”(訳: 「みな信徒の一団に加わる——ダゴン教団だ——そして子らは決して死ぬことなく、我らが皆かつてそこから来た母なるヒュドラと父なるダゴンのもとへ還っていく」) — H. P. Lovecraft, “The Shadow over Innsmouth”(1931年執筆/1936年発表)、公式アーカイブ公開テキスト(2026年9月7日確認), https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/soi.aspx ↩
- [4] “It got wuss araound Civil War time, when children born senct ‘forty-six begun to grow up—some of ‘em, that is.”(訳: 「南北戦争の頃になるともっと悪くなった、46年以降に生まれた子供らが育ち始めたのさ——その一部がな」) — 同上 ↩
- [5] “It was called, she said, ‘The Esoteric Order of Dagon’, and was undoubtedly a debased, quasi-pagan thing imported from the East a century before, at a time when the Innsmouth fisheries seemed to be going barren. Its persistence among a simple people was quite natural in view of the sudden and permanent return of abundantly fine fishing.”(訳: 「それは『秘教ダゴン教団』と呼ばれ、インスマスの漁が振るわなくなった頃、一世紀ほど前に東方から持ち込まれた堕落した半異教的なものに違いないという。素朴な人々の間で根付いたのは、その後すぐに豊漁が突然かつ恒久的に戻ってきたことを思えば当然だった」) — 同上 ↩
- [6] “The Deep Ones could never be destroyed, even though the palaeogean magic of the forgotten Old Ones might sometimes check them.”(訳: 「深きものどもは決して滅ぼされることはない、たとえ忘れられた旧き者たちの太古の魔術が時にそれを阻むことがあっても」) — 同上 ↩
- [7] “I do not believe I need to wait for the full change as most have waited.”(訳: 「多くの者が待ったような、完全な変化を待つ必要は私にはないと思う」) — 同上(結末部、語り手自身の独白) ↩





