概要
『マウス・オブ・マッドネス』(原題 In the Mouth of Madness)は、ジョン・カーペンターが監督した長編映画である。ジョン・カーペンター公式サイトの作品ページが挙げるクレジットは、監督ジョン・カーペンター、製作サンディ・キング、脚本マイケル・デ・ルーカ、出演サム・ニール、ジュリー・カーメン、ユルゲン・プロフノウ、チャールトン・ヘストン、音楽ジョン・カーペンターとジム・ラング、撮影ゲイリー・B・キッビー、編集エドワード・A・ワーシルカ、製作会社および配給ニュー・ライン・シネマ、公開日1995年2月3日、上映時間95分[1]。
同ページが掲げるあらすじは短い。「サター・ケイン(ユルゲン・プロフノウ)は、その最新作が文字どおり読者を狂わせているベストセラー作家である。彼が理由もわからぬまま失踪すると、出版元(チャールトン・ヘストン)は特別調査員ジョン・トレント(サム・ニール)を捜索に送り出す。ケインの本の中にしか存在しない町へ引き寄せられたトレントは、事実と虚構を隔てる壁を越え、脱出口のない恐るべき世界へ入り込む」(訳は当サイトによる)[1]。
日本では『マウス・オブ・マッドネス』の題で知られる。映画.comの作品ページは製作年を1995年、上映時間を96分と記載しており[2]、公式サイトの95分とは1分の差がある。制作が1994年で米国公開が1995年2月であるため、資料によって「1994年の映画」とも「1995年の映画」とも呼ばれる。当サイトは公式サイトの記載を優先し、公開日を1995年2月3日として扱う。
以下で当サイトが確認したのは、公式サイトの記載、公開時および後年のインタビュー記事、そしてラヴクラフト原典の本文である。本編の映像は視聴していない。
この映画には原作が無い
まず押さえておくべき事実がある。本作はラヴクラフトのどの小説の映画化でもない。公式サイトのクレジットに原作者の欄は無く、脚本はマイケル・デ・ルーカ単独の名義である[1]。
デ・ルーカ自身が、公開当時のFilm Threat誌のインタビューで着想の経緯を語っている。ニュー・ライン・シネマでの仕事を終えて毎晩ポート・オーソリティのバスターミナルへ歩いて向かううち、そこに集まる人々を見て「自分の周りをうろついている全員が、人類を置き換えようとする異界の陰謀の一部だったら?」と考えるようになった、という話である[3]。そのうえで彼はこう続ける。
“So I combined that with a Lovecraft myth about a race of ancient beings who controlled the earth at one point and then were banished and have been trying to claw their way back in ever since. It took off from there and the last thing to gel was the idea of this writer being like a combination of Stephen King and L. Ron Hubbard – so popular that his fans constitute a religion.”
(訳: そこで私はそれを、かつて地球を支配していたが追放され、以来ずっと這い戻ろうとしている古代の種族についてのラヴクラフトの神話と組み合わせた。そこから話が動き出して、最後に固まったのが、この作家をスティーヴン・キングとL・ロン・ハバードを足したような存在にする——ファンが一つの宗教を構成するほど人気がある——という考えだった)[3]
同じ記事によれば、この時点でデ・ルーカは28歳、ニュー・ライン・シネマの社長兼最高執行責任者であり、自分の脚本にゴーサインを出せる立場にあった[3]。
カーペンターの側の説明も同じ記事にある。5年ほど前にデ・ルーカから草稿を見せられたという経緯を述べたうえで、「全体としては、H・P・ラヴクラフトの作品へのオマージュに探偵ものを掛け合わせ、そこへ西部劇の要素を少し混ぜたものだった」(“Overall, it was an homage to the work of H.P. Lovecraft, crossed with the detective genre and a few western elements.”)と語っている[3]。
つまり作り手は、公開時点で本作を翻案とは呼んでいない。オマージュだと言っている。この一語の差が、以下で扱う問題の全部である。
「ラヴクラフト映画」の物差しを当ててみる
当サイトは以前、ラヴクラフトらしい映画とは何かで、映像化の「ラヴクラフトらしさ」を測る物差しが実際には三種類あると整理した。見た目で決める(触手や名状しがたい造形があるか)、出典で決める(ラヴクラフト作品を原作にしているか)、効果で決める(観客の側で何が壊れるか)の三つである。
本作にこの三つを当てると、答えがきれいに割れる。
出典では測れない。 原作が無いのだから、この物差しは最初から使えない。
見た目については、当サイトは判定しない。 映像を視聴していないためである。公開時の批評から間接的に分かるのは、ロジャー・イーバートが「特殊効果の見世物」(“a special effects sideshow”)と書き、その発想の出どころを『エルム街の悪夢』シリーズに見たという評価がある、という程度である[4]。
残るのは効果である。 そして本作の前提は、効果そのものを主題に据えている。「読んだ者が壊れる本」が話の起点になっているからだ。カーペンターは同じインタビューで、この設定をこう説明している。「サター・ケインは彼方から来た生き物たちに何を書けと言われていて、だから人々がそれを読むと憑かれ、妄想型統合失調症になって、斧を持って走り回り人を殺す」[3]。
原作を持たない作品が「ラヴクラフト的」と呼ばれるとき、働いているのは三つめの物差しだけである。この構図は、当サイトが固有名詞のないラヴクラフトで扱ったゲーム作品の例とそのまま重なる。
原典のどの要素が、原作なしで組み直されたか
では、その「効果」の部品はどこから来ているのか。原典の側で確認できる範囲を三つ挙げる。
一. 読むと壊れる書物
ラヴクラフトは1927年に「History of the Necronomicon」という短い設定文書を書いている。ここでネクロノミコンの来歴が、原題『アル・アジフ』、著者はイエメンのサヌアの狂える詩人アブドゥル・アルハザード、ウマイヤ朝カリフの時代すなわち紀元700年頃の人物、という形で整理された[5]。文書の末尾近くには次の二文がある。
“The book is rigidly suppressed by the authorities of most countries, and by all branches of organised ecclesiasticism.” / “Reading leads to terrible consequences.”
(訳: この本はほとんどの国の当局と、組織化された教会のあらゆる分派によって厳重に禁圧されている。/読むことは恐るべき結果をもたらす)[5]
「読むことは恐るべき結果をもたらす」。この一行が、本作の前提と同じ形をしている。原典の設定については『ネクロノミコン』の歴史とネクロノミコンは実在するのかで個別に扱った。
ただし、置かれ方は逆向きである。原典のネクロノミコンは「厳重に禁圧されている」本、すなわち普通は手に入らない本だ。だからこそ、それを読んでしまう登場人物は例外的な人間になる。本作のサター・ケインの新作はベストセラーであり、公式のあらすじによれば「その最新作が文字どおり読者を狂わせている」[1]。イーバートはこの点を突いて、「読者を狂わせる本という発想は面白い(とりわけ、誰一人それを店頭から下げようと思いつかない映画の中では)」と皮肉を書いている[4]。禁書を稀覯本から流通在庫へ移し替えると何が起きるか、という置き換えがここで行われている。
二. 信じてもらえない語り手が、後から語る
カーペンターは本作の構成についてこう述べている。「それが最初に脚本に惹かれた理由の一つだ、その古典的な構造がね。精神病院で、患者のジョン・トレントが『信じてもらえないだろうが——』と言うところから始まって、そこから彼が話を語る」[3]。
この枠は原典にもある。狂気の山脈にての書き出しは次の一文である。
“I am forced into speech because men of science have refused to follow my advice without knowing why.”
(訳: 私が話さざるを得なくなったのは、科学者たちが理由も知らぬまま私の忠告に従うことを拒んだからだ)[6]
語り手は、自分が信じられていないことを前提に、抑止のために話し始める。「クトゥルフの呼び声」に至っては、小説そのものが故人の遺稿という枠に収められている[7]。語られる内容より先に、語り手の立場が壊れている。 本作が採った「精神病院の患者が語る」という枠は、この形式の一番わかりやすい翻訳になっている。
なお、原典の語り手の正気がどう扱われてきたか、TRPGの「発狂」が原典のどこに根を持つのかは、SAN値の「発狂」は原典にあったのかで別に検討した。
三. 追放され、戻ろうとしているもの
三つめは、当サイトが最も慎重に扱いたい部分である。デ・ルーカの説明では、材料は「かつて地球を支配していたが追放され、以来ずっと這い戻ろうとしている古代の種族」というラヴクラフトの神話だった[3]。カーペンターも「彼が書くものはラヴクラフトに非常によく似ている、古代の悪が世界を乗っ取ろうと待ち構えているという発想だ」と述べている[3]。
「かつて支配していた」「戻ろうとしている」までは原典に対応がある。目を引くのは「追放された(banished)」という語である。この語を、旧神と旧支配者の対立という形で持ち込んだのはラヴクラフト本人ではない。オーガスト・ダーレスが1939年3月号の『ウィアード・テイルズ』誌に発表した短編「ハスターの帰還」の一節が、その出どころにあたる。
“Incredible time ago, the Old Ones banished from the cosmic places all the Evil Ones, imprisoning them in many places; but in time these Evil Ones spawned hellish minions who set about preparing for their return to greatness.”
(訳: 信じ難いほどの昔、旧神たちは悪しき者たちすべてを宇宙の座から追放し、各所へ封印した。だがやがてこの悪しき者たちは地獄の眷属を産み、彼らはかつての栄光への復帰の準備にとりかかった)[10]
追放し、封じ、それでも戻ろうとする——1939年に持ち込まれたこの枠が、1990年代の脚本家の要約とほぼ同じ形をしている。ただし、語の割り当ては入れ替わっている。ダーレスの本文で “the Old Ones” と呼ばれているのは追放した側、すなわち善なる旧神の方である[10]。デ・ルーカが “ancient beings” と呼ぶのは追放された側だ[3]。この対立図式が誰の手で、いつ作られたものかは、原典/ダーレス系拡張/TRPG設定——三層で読み解くクトゥルフ神話で個別に扱った。
念のため断っておく。デ・ルーカが具体的にどの作品を指して「a Lovecraft myth」と言ったのかは、当該インタビューに書かれていない[3]。したがって「本作はダーレスの図式を直接採り入れた」と断定はしない。確認できるのは、ラヴクラフトの神話として要約された内容が、ラヴクラフト本人ではなく後続の作家が作った枠の形をしている、という一致までである。
題名は何を指しているか
原題 In the Mouth of Madness と、ラヴクラフトの中編 At the Mountains of Madness は、前置詞と中央の名詞だけが入れ替わった形をしている。後者は『アスタウンディング・ストーリーズ』誌に1936年2月号・3月号・4月号の三回に分けて連載された作品である[8]。
この類似について、カーペンターまたはデ・ルーカ本人が由来を説明した記述は、当サイトが確認した範囲の資料には見つからなかった。両者の語の並びが近いという事実だけを記し、意図の断定は置かない。
もう一つ、題名には入れ子がある。映画の題名と、劇中でサター・ケインが書いた新作の題名が同じである。公式のあらすじが言う「その最新作」[1]は、映画.comのあらすじでは「新作小説『マウス・オブ・マッドネス』」と具体的に書かれている[2]。観客が見ている映画の題名が、作中人物を狂わせる本の題名でもある、という構造になっている。
神話の固有名詞は、どこへ消えたのか
本作をめぐる資料を並べていくと、一つの落差が見えてくる。
公開当時のインタビューで制作者が使った語は、「古代の種族」(a race of ancient beings)、「彼方から来た生き物たち」(these creatures from the beyond)、「古代の悪」(an ancient evil)である[3]。公式サイトのあらすじにも神話の固有名詞は一つも現れない[1]。クトゥルフもネクロノミコンもアーカムも出てこない。
ところが2025年、Inverse誌が公開30年に合わせて関係者の証言を集めた記事では、製作を務めたサンディ・キング・カーペンターが脚本の改稿についてこう語っている。「[ジョンが]それを旧支配者やクトゥルフ、その類の領域へ引き寄せた」(“[John] brought it into the realm of the Old Ones, and Cthulhu, and that kind of thing.”)[9]。同じ記事で彼女は、「『語りえぬ、知りえぬ恐怖』に頼らずにラヴクラフト的な感触を出すのは本当に難しい」とも述べている[9]。
設計図の段階には神話の名前があった。表に出す説明からは、その名前が抜けている。当サイトは本編を視聴していないため、完成した映画の台詞の中でこれらの語が実際に発せられるかどうかは確認していない。確認できるのは、公開時の宣伝と制作者の説明が、固有名詞を使わずに成立していたという点までである。
固有名詞のないラヴクラフトで引いたように、ラヴクラフト自身が1927年の評論で怪奇小説の条件として挙げたのは「外部の未知の力に対する怖れの空気」と「自然法則が破られる示唆」の二つだけで、そこに固有名詞は一つも含まれていない。名前が付いた瞬間、それは未知ではなくなる。本作の説明文が名前を使わずに済んでいるのは、その条件を満たす作り方を選んだ結果と読める。
神話の三層のどこに置くか
当サイトは、記述がラヴクラフト原典(1917-1937)、ダーレス以降の拡張(1939-)、TRPGによる拡張(1981-)のどの層に属するかを分けて記録している。本作をこの枠に当てると、どこにも収まらない。
第1層の映像化ではない。原典を一本も翻案していないからである。同じ「映画」でも、The Call of Cthulhu(2005年映画)は原典の短編一本を丸ごと映像にした作品で、扱い方が正反対にあたる。第2層とも言い切れない。ダーレス系が整理した旧神と旧支配者の対立や属性分類を、公開されている資料の範囲では使っていない。第3層でもない。TRPGが体系化した用語も数値も出てこない。
それでも本作は30年にわたって「ラヴクラフト的な映画」として語られてきた。ここから引き出せることが一つある。三層は「その設定を誰がいつ作ったか」を追うための枠であって、「ラヴクラフト的かどうか」を測る枠ではない。 本作は、三層のどこにも属さないまま、第1層が持っていた効果だけを取り出して組み直している。「宇宙的恐怖」とは何かで扱った、恐怖の所在が怪物ではなく認識の側にあるという構造が、原典の語彙を一切経由せずに再現されているとも言える。
公開当時、どう受け取られたか
評価は割れた。ロジャー・イーバートは公開日と同じ1995年2月3日付の批評で、4点満点中2点を付けている[4]。批判の要点は、話に規則が無いという一点に集約される。
“Stories like this need rules; it’s not enough to send the beleaguered hero on a roller-coaster ride through shocking images.”
(訳: この種の物語には規則が要る。窮地の主人公を、衝撃的な映像のジェットコースターに乗せるだけでは足りない)[4]
さらにイーバートは、当時の『エルム街の悪夢』シリーズ最新作だった “Wes Craven’s New Nightmare”——ホラー映画の監督が、自作が現実へ染み出してくることに気づく話——を挙げ、そちらが「同じ地平をはるかに独創的なやり方で扱っている」と書いた[4]。作り手の書いたものが現実へ漏れ出すという着想が、当時ひとつではなかったことがわかる。
なお同じ批評の中で、イーバートは劇中の町の名を “Hobb’s Corner” と表記している[4]。公式サイトのあらすじには町の名前が出てこないが、Film Threatの記事は “Hobb’s End” と書いている[3]。どちらが本編の表記かは、当サイトは映像で確認していない。
一方、後年の証言では受け取られ方そのものが論点になっている。リンダ・スタイルズ役のジュリー・カーメンは2025年のInverse誌に対し、「[マイケル・デ・ルーカは]素晴らしい脚本を書いたが……正直なところ、この脚本は1994年の人々の理解を超えていた」と述べた[9]。
評価の当否について、当サイト自身の断定は置かない。
関連して読むなら
- ラヴクラフトらしい映画とは何か — 本稿で当てはめた「見た目・出典・効果」の三つの物差しを整理したコラム
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- The Call of Cthulhu(2005年映画) — 原典一本を丸ごと映像にした、扱い方が正反対の映画
- 原典/ダーレス系拡張/TRPG設定——三層で読み解くクトゥルフ神話 — 本稿が最後に当てはめた三層の定義
- H・P・ラヴクラフト — オマージュを捧げられた側の人物記事
出典
- [1] クレジット(Director: John Carpenter/Producer: Sandy King/Screenwriter: Michael De Luca/Starring: Sam Neill, Julie Carmen, Jürgen Prochnow, Charlton Heston/Music Composers: John Carpenter, Jim Lang/Cinematographer: Gary B. Kibbe/Editors: Edward A. Warschilka/Production Company: New Line Cinema/Distributor: New Line Cinema/Release Date: February 3, 1995/Running Time: 95 minutes)と、あらすじ「Sutter Cane (Jurgen Prochnow) is the best selling author whose newest novel is literally driving readers insane. When he inexplicably vanishes, his publisher (Charlton Heston) sends special investigator John Trent (Sam Neill) to track him down. Drawn to a town that only exists in Cane’s books, Trent crosses the barrier between fact and fiction and enters a terrifying world from which there is no escape.」を確認。原作者の表記が無いことも同ページで確認。フッター表記は「© 2017 John Carpenter. Website by AC Media Services」 — The Official John Carpenter(ジョン・カーペンター公式サイト)作品ページ https://theofficialjohncarpenter.com/in-the-mouth-of-madness/ (2026年9月12日閲覧) ↩
- [2] 「1995年製作/96分/アメリカ」「原題または英題:In the Mouth of Madness」および、あらすじ中の「彼の新作小説「マウス・オブ・マッドネス」に絡む恐ろしい企み」という記述を確認。日本の劇場公開日・配給会社の記載は同ページに見当たらなかった — 映画.com 作品ページ https://eiga.com/movie/28447/ (2026年9月12日閲覧) ↩
- [3] マイケル・デ・ルーカの発言「It was a really scummy building an a scummy area and I just started to think that all the homeless people lying on the floor and hanging around the Port Authority, and a lot of New Yorkers in general, were a different species」「What if everyone wandering around me is part of this otherworldly conspiracy to replace the human race?」「So I combined that with a Lovecraft myth about a race of ancient beings who controlled the earth at one point and then were banished and have been trying to claw their way back in ever since. It took off from there and the last thing to gel was the idea of this writer being like a combination of Stephen King and L. Ron Hubbard – so popular that his fans constitute a religion.」、および記事本文の「now 28 years old, the president and chief operating officer at New Line who was able to green light his own script」。ジョン・カーペンターの発言「Mike De Luca showed me a draft about five years ago and it was a highly imaginative horror film with a premise I hadn’t encountered in the genre before. Overall, it was an homage to the work of H.P. Lovecraft, crossed with the detective genre and a few western elements.」「That’s one thing that initially attracted me to the script, its classic structure. It begins in an insane asylum with a patient, John Trent, saying “You won’t believe me, but…” and then he tells the story. The film is about the notion of horror itself.」「And what he writes is a great deal like Lovecraft, the notion that there is an ancient evil waiting to take over the world and so forth」「it’s based on the idea that Sutter Cane is being told what to write by these creatures from the beyond and so when people read this stuff they become possessed, paranoid schizophrenics and run around killing people with axes」。記事本文の町名表記「the fictional town of Hobb’s End」。署名は “admin”、掲載日は「February 3, 1995」 — Film Threat「BUILDING HORROR: JOHN CARPENTER ON “IN THE MOUTH OF MADNESS”」 https://filmthreat.com/uncategorized/building-horror-john-carpenter-on-in-the-mouth-of-madness/ (2026年9月12日閲覧) ↩
- [4] 評点(ratingValue 2/bestRating 4)と掲載日1995年2月3日を構造化データで確認。本文の「The notion of a book that drives its readers mad is intriguing (especially in a movie where no one thinks to take it off sale)」「Stories like this need rules; it’s not enough to send the beleaguered hero on a roller-coaster ride through shocking images.」「a special effects sideshow that looks inspired by the “Nightmare on Elm Street” series」「”Wes Craven’s New Nightmare,” about a movie director who finds that his horror films are seeping over into real life, covers similar ground in a much more original way」、および町名表記「a town named Hobb’s Corner」「after the heroes arrive in Hobbs Corner」 — Roger Ebert によるレビュー、RogerEbert.com https://www.rogerebert.com/reviews/in-the-mouth-of-madness-1995 (2026年9月12日閲覧) ↩
- [5] 「Original title Al Azif」「Composed by Abdul Alhazred, a mad poet of Sanaá, in Yemen, who is said to have flourished during the period of the Ommiade caliphs, circa 700 A.D.」「The work both Latin and Greek was banned by Pope Gregory IX in 1232, shortly after its Latin translation」「The book is rigidly suppressed by the authorities of most countries, and by all branches of organised ecclesiasticism.」「Reading leads to terrible consequences.」を確認 — H. P. Lovecraft, “History of the Necronomicon” 本文、The H. P. Lovecraft Archive https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/hn.aspx (2026年9月12日閲覧) ↩
- [6] 冒頭2文「I am forced into speech because men of science have refused to follow my advice without knowing why. It is altogether against my will that I tell my reasons for opposing this contemplated invasion of the antarctic—with its vast fossil-hunt and its wholesale boring and melting of the ancient ice-cap—and I am the more reluctant because my warning may be in vain.」を確認 — H. P. Lovecraft, “At the Mountains of Madness” 本文、The H. P. Lovecraft Archive https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/mm.aspx (2026年9月12日閲覧) ↩
- [7] 副題「(Found Among the Papers of the Late Francis Wayland Thurston, of Boston)」を確認 — H. P. Lovecraft, “The Call of Cthulhu” 本文、The H. P. Lovecraft Archive https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/cc.aspx (2026年9月12日閲覧) ↩
- [8] 初出が「Astounding Stories, vol. 16, no. 6 (February 1936): 8–32; vol. 17, no. 1 (March 1936): 125–155; vol. 17, no. 2 (April 1936): 132–150.」であることを確認 — The H. P. Lovecraft Archive 作品ページ https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/mm.aspx (2026年9月12日閲覧) ↩
- [9] サンディ・キング・カーペンター(製作)の発言「It was a matter of trying to get the Lovecraftian side of it working without it winding up in oblivion.」「[John] brought it into the realm of the Old Ones, and Cthulhu, and that kind of thing.」「It’s really hard to get a Lovecraftian feel without relying on ‘the unspeakable and unknowable horror.’」、ジュリー・カーメン(リンダ・スタイルズ役)の発言「[Michael De Luca] wrote this amazing script, but…the script quite honestly went over people’s heads in 1994.」を確認。筆者Jeff Ewing、掲載日2025年2月3日 — Inverse「The Oral History of ‘In the Mouth of Madness,’ John Carpenter’s Misunderstood Cosmic Horror Masterpiece」 https://www.inverse.com/entertainment/in-the-mouth-of-madness-oral-history (2026年9月12日閲覧) ↩
- [10] 「Incredible time ago, the Old Ones banished from the cosmic places all the Evil Ones, imprisoning them in many places; but in time these Evil Ones spawned hellish minions who set about preparing for their return to greatness.」および、その直前で “the Old or Ancient Ones, the Elder Gods, of cosmic good, and those of cosmic evil” と、追放する側を「旧神」と呼んでいることを、誌面のテキストに対する文字列検索で確認 — August Derleth, “The Return of Hastur,” Weird Tales vol.33 no.3(1939年3月号)、archive.org 識別子 Weird_Tales_v33n03_1939-03 https://archive.org/download/Weird_Tales_v33n03_1939-03/weird_tales_v33n03_1939-03_djvu.txt (2026年9月12日取得) ↩
- [11] 画像を掲載しなかった理由の記録。当サイトが2026年9月12日に確認したのは次のとおり。(a) ワーナー・ブラザース ジャパンのホームエンターテイメント旧個別ページ https://warnerbros.co.jp/home_entertainment/detail.php?title_id=3924 はサイト改装により一覧ページ https://www.warnerbros.co.jp/home_entertainment/ へ転送され、同一覧が保持する全301件の作品データを取得して検索したが「マウス」「マッドネス」「カーペンター」のいずれも0件で、本作の個別ページは存在しなかった。(b) https://www.warnerbros.com/movies/in-the-mouth-of-madness ほか2通りのURLはいずれもHTTP 404。(c) 公式通販 https://www.wbshop.com/search?q=in+the+mouth+of+madness の検索結果に本作の商品は含まれていなかった。(d) New Line Cinema の旧ドメイン http://www.newline.com/ は http://www.warnerbros.com/ へ転送され、独立した公式サイトは存在しない。以上により、権利元の公式サイトで公開されているスチルまたはキービジュアルを特定できなかったため、画像は掲載していない。なお[1]のジョン・カーペンター公式サイトにはポスター画像が置かれているが、同サイトのフッター表記は「© 2017 John Carpenter」であって本作の権利表記ではなく、権利元の公式資料とは扱えないと判断した。 ↩



