短編小説 — THE CHARNEL GOD

屍神

遠未来大陸ゾティークの都ズル=バ=サイルで、仮死の妻を神殿から取り戻そうとする青年が、屍食の神モルディギアンとその司祭団の禁忌に触れる一夜。

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屍神

「「モルディギアンはズル=バ=サイルの神です」宿の主人は、ねっとりと厳かな口ぶりで言った。「彼が神であった歳月は、その黒き神殿の地下よりも深い影の中に、人の記憶から失われております」」

— クラーク・アシュトン・スミス「屍神」(Weird Tales、1934年発表)冒頭部

概要

クラーク・アシュトン・スミスのゾティーク連作の一編。都市の全死者を無条件で請求する屍食の神モルディギアンの神殿を舞台に、仮死状態の妻を取り戻そうとする青年ファリオムの潜入と、死者を利用しようとする降霊術師一党の企みが同じ夜に交錯する。「ウィアード・テイルズ」誌1934年3月号に発表された[1]。禁域である神殿への潜入という緊張感と、法を破った者への容赦ない制裁というグロテスクな見せ場を組み合わせながら、最終的には「掟を守った者だけが救われる」という筋の通った結末に着地する構成の巧みさが本作の骨格になっている。同じ夜、同じ神殿を舞台にしながら全く異なる動機で行動する二組の侵入者を並走させる語り口も、限られた紙幅の中で緊張感を持続させる工夫として機能している。

作品情報

  • 執筆・発表年: 1934年発表(「ウィアード・テイルズ」誌)
  • 主題タグ: 屍食の神、仮死と誤認、覆面の司祭団、遠未来大陸ゾティーク

登場神格・用語

あらすじ

地球最後の大陸ゾティークの都ズル=バ=サイルでは、市壁の内で死んだ者は誰であれモルディギアンの神殿に運ばれ、糧とされる。宿の主人は、この神は人の記憶が及ばぬ遠い年月から都の神であり続けてきたのだと、もったいぶった厳粛さで語る[2]。妻エレイスが仮死状態のまま神殿へ運ばれてしまった青年ファリオムは、単身で禁域である「影の神殿」に忍び込む。同じ夜、降霊術師アブノン=ターとその弟子は、美女アークテラの死体を蘇生させて連れ去ろうとしていた。仮面の司祭たちがアブノン=ター一党の企みを見咎めて凄惨な報いを与える中、ファリオムはエレイスを連れて脱出を図る。逃げる二人に対し、司祭の一人は「モルディギアンは死者のみを求める公正な神であり、生者には関知しない」と告げ[3]、神の法を破らなかったファリオムを見逃す。

降霊術師アブノン=ターの素性についても、原典はやや詳しく触れている。彼はズル=バ=サイルの生まれではなく、大陸ゾティークの遥か東方に浮かぶ、悪名高く半ば伝説と化した孤島ソタルから流れてきた黒魔術の達人であり、神殿の近くに居を構えて久しく、これまでも司祭たちに賄賂を贈っては一時的に死体を借り受け、降霊術の実験に用いてきた前歴があった[4]。今回彼が企てたのは、借り受けた死体を神殿の外へ持ち出すという前代未聞の禁忌であり、弟子のナルガイは「愛した女の亡骸を運び去った貴人が、猟犬よりも速く追ってきた司祭たちに捕らえられた」という言い伝えを引いて彼を諫めている。ファリオムを退けた司祭たちが仮面を外す場面では、その素顔が半ば人、半ば犬のものであることも明かされ、モルディギアンへの信仰が単なる寓意ではなく、身体そのものに刻まれた異形の秘儀であることが読者に突きつけられる[5]

読みどころと注目テーマ

仮死と誤認、法と恐怖の同居、覆面の下に隠された正体、豪奢な語彙による地下神殿の描写――とりわけ、死者を無条件で請求するというモルディギアンの掟が、恐怖の源であると同時に、掟を守る者を最終的に救う「公正さ」としても機能する両義的な造形は、単なる怪物ではない神話的存在の一例として高く評価されている。降霊術師一党への凄惨な制裁とファリオムへの見逃しという対比が、この神の法の厳格さと公正さを同時に読者へ印象づける。物語の緊張は、ファリオムが法を破ろうとしているのか否かという一点に集約されており、彼が最後まで「妻はまだ死んでいない」という一線を守り抜いたことこそが、彼を救う唯一の拠り所になっている点も読みどころである。

執筆背景と影響

スミスの遠未来大陸ゾティーク連作の一編で、ラヴクラフトの神話体系とは独立した死生観・世界観を持つ。「死者を無条件で請求するが生者には無害」という屍食の神の造形は、単純な怪物ではない神話的存在の一例として評価されている。ゾティーク連作はスミスが1930年代半ばから手がけた、地球が老い衰えた末に太陽が赤黒く沈む遠未来を舞台とする一連の作品群であり、クトゥルフやヨグ=ソトースといったラヴクラフト本流の固有名詞にほとんど頼らず、独自の神々・魔道書・地名を積み上げて構築された点に特徴がある。同じ時期にラヴクラフトが同時代のニューイングランドを舞台に神話を紡いでいたのに対し、スミスはあえて時間軸を極限まで未来へ押し進めることで、独立した終末世界としての神話を作り上げた。本作はその中でも、法と信仰、生と死の境界という普遍的なテーマを、豪奢で装飾的な文体を通じて描いた代表作の一つに数えられる。本作は1934年、「ウィアード・テイルズ」誌に発表されて以降、著作権の更新記録が確認されておらず、Wikisourceの「ウィアード・テイルズ」誌アーカイブに全文が収録されるパブリックドメイン作品として扱われている[1]

出典

  • [1] クラーク・アシュトン・スミス「The Charnel God」は「ウィアード・テイルズ」誌1934年3月号(第23巻第3号)に発表され、Wikisourceの同誌アーカイブに全文が収録されている(著作権更新記録なし、パブリックドメイン扱い)。— 出典: Wikisource「Weird Tales/Volume 23/Issue 3/The Charnel God」ページ情報, 該当ページ
  • [2] “Mordiggian is the god of Zul-Bha-Sair,” said the innkeeper with unctuous solemnity. “He has been the god from years that are lost to man’s memory in shadow deeper than the subterranes of his black temple.”(訳: 「モルディギアンはズル=バ=サイルの神です」と宿の主人はもったいぶった厳粛さで言った。「彼は、その黒い神殿の地下よりもなお深い闇に閉ざされ、人の記憶からも失われた遠い年月から、この地の神であり続けてきたのです」) — Clark Ashton Smith, “The Charnel God”(Weird Tales、1934年3月号)冒頭, Wikisource
  • [3] “Go, for Mordiggian is a just god, who claims only the dead, and has no concern with the living.”(訳: 「行くがよい。モルディギアンは公正な神であり、死者のみを求め、生者には関わらぬのだから」) — 同上、結末近くの司祭の言葉, Wikisource
  • [4] “Abnon-Tha was not native to Zul-Bha-Sair, but had come many years before from the infamous, half-mythic isle of Sotar, lying somewhere to the east of the huge continent of Zothique.”(訳: 「アブノン=ターはズル=バ=サイルの生まれではなく、遥か以前に、悪名高く半ば伝説と化した島ソタル――大陸ゾティークの遥か東に位置する――からやってきたのだった」) — Clark Ashton Smith, “The Charnel God”(Weird Tales、1934年3月号)、アブノン=ターの紹介の場面, Wikisource
  • [5] “…heads and faces that were half anthropomorphic, half canine, and wholly diabolic.”(訳: 「……その頭部と顔は、半ば人間じみて、半ば犬に似た、そして紛れもなく悪魔的なものだった」) — 同上、司祭たちが仮面を外す場面, Wikisource
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