概要
H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuConが、2026年8月28日、2026年度の資金調達キャンペーン「Cthulhu in Carcosa」を開始した[1]。目標金額は35,000ドル、締切は9月16日[1]。当サイトが別記事で確認した通り、この映画祭は1995年にAndrew Miglioreが創設し、2026年で31回目を迎えるポートランドの老舗イベントだ[2]。公式の自己紹介ページによれば、Miglioreがこの映画祭を興した動機は「H.P. Lovecraftがゴシックホラーの大家として正当に認識され、彼の作品がより忠実に映画やテレビに適応されること」を望んだためだとされている[3]。映画祭の使命として掲げられているのも、「コズミックホラーとウィアード・テイルというジャンルを、専門家および独立系映画製作者による映画作品の展示、ならびに特別イベント、著者サイン会、朗読会、パネルディスカッション、音楽パフォーマンスなどを通じて普及させる」ことだという[3]。
今年はKickstarterを使わない
このキャンペーンで注目すべきは、内容よりも仕組みの変化だ。公式サイトは、今回のキャンペーンをKickstarterを介さず、自前のプラットフォーム「Arkham Bazaar」上で実施すると明言している[1]。その理由について、公式は「reduce some of the usual bottlenecks, as well as fees, so that all of your support dollars flow directly to the festival(いつものボトルネックや手数料を減らし、支援金がすべて直接イベントへ流れるようにするため)」と説明している[1]。Arkham Bazaarは、この映画祭自身が運営してきた独自のグッズ販売プラットフォームで、限定Tシャツやラペルピンといった毎年恒例の記念グッズも、このサイトを通じて頒布されている。
テーマは「クトゥルフと黄衣の王」
今回のキャンペーンのテーマは、「the influence exerted by both Cthulhu and the King in Yellow on dreamers like us(クトゥルフと黄衣の王の両方が、私たちのような夢見る者に及ぼしてきた影響)」だと説明されている[1]。このテーマはTシャツやラペルピンといった限定商品のデザインにも反映される予定で、現時点ではプレースホルダーのアートが暫定的に使われている状態だという[1]。当サイトが別記事で確認した通り、「黄衣の王」はラヴクラフトの原典ではなくロバート・W・チェンバーズが1895年に生んだ作品であり、ラヴクラフト自身が1927年にこれを読んで自作へ引用した経緯を持つ。両者を並べたテーマ設定は、この映画祭が単なる「ラヴクラフト単独の祭典」ではなく、原典が受け継いできた系譜全体を扱う場であることを示している。
クラウドファンディング大手からの離脱という選択
大手プラットフォームを使わない選択をした主催者は、Kickstarterのような仲介サービスに支払う手数料と、審査・決済まわりの遅延を明確な理由として挙げている。Kickstarter自身が公式に説明している手数料体系を見ると、この判断の背景が具体的な数字として見えてくる。プロジェクトが目標金額の達成に成功した場合、Kickstarterはその資金から5%の手数料を徴収し、加えて決済処理を担うStripeがおおよそ3〜5%の決済手数料を別途徴収する[4]。つまり、目標額を達成しても支援金のおよそ8〜10%は、映画祭の手元に届く前に手数料として差し引かれる計算になる。逆に目標額に届かなかった場合は手数料自体が発生しない仕組みだが[4]、達成できたとしても一定割合が外部へ流れる構造そのものは変わらない。35,000ドルという今回の目標額に当てはめれば、単純計算でおよそ2,800〜3,500ドルが、Kickstarterを使っていれば手数料として差し引かれていた可能性がある規模になる。映画祭運営の規模から見れば決して無視できない金額であり、自前のプラットフォームへ移行する動機として、この数字は小さくない。
30年以上続けてきたイベントが、外部プラットフォームに依存せず自前のシステムで直接ファンから支援を募る方向へ舵を切ったことは、小規模ながら安定したファンベースを持つイベントにとって、一つの選択肢を示す事例と言える。
日本の自主流通の動きと並べて見ると
同じ週、日本では「TRPGマーケット オンライン」というオンライン即売会が2026年8月30日に開催されている。このイベントの公式カタログでは、クトゥルフ神話TRPGの6版・7版が独立したフィルターとして扱われ、シナリオだけでなくグッズ・BGM・イラスト・ココフォリア素材までもが個人クリエイターによって頒布されていた。当サイトは別記事「日本のクトゥルフはなぜ『書く文化』になったのか」で、こうした日本独自の同人流通文化が育ってきた背景を扱っている。舞台も規模もまったく異なる2つの出来事だが、共通するのは「大手の商業流通やプラットフォームを介さず、ファンとクリエイター・主催者が直接つながる場を自分たちで作っている」という構図だ。アメリカのポートランドで30年続く映画祭が独自の決済システムを構築する動きと、日本の個人クリエイターがBOOTHやオンライン即売会で直接頒布する文化は、規模も歴史もまったく異なるが、同じ「Lovecraftian創作の自主流通」という現象の、別々の現れ方だと見ることができる。
両者に共通するのは、大手プラットフォームが持つ集客力や信頼性と引き換えに徴収される手数料や制約を、コミュニティの規模と結束の強さによって代替できるようになったという点だ。H.P. Lovecraft Film Festivalは30年かけて積み上げてきた固定ファン層があるからこそ、Kickstarterの持つ「見つけてもらいやすさ」を手放しても集客に大きな支障がないと判断できたはずだ。日本の同人TRPG市場も、ニコニコ動画のリプレイ動画文化を通じて広く認知が行き渡った結果、個々のクリエイターが大手の販路に頼らずファンへ直接リーチできる土壌を持つに至っている。「ニッチだが厚みのあるファンコミュニティ」という共通点が、地理も規模も異なる2つの動きを同じ現象として結びつけている。
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- H.P. Lovecraft Film Festival 2026、上映ラインナップ — 同じ映画祭の上映作品を扱った記事。31回目という開催歴もここで確認した
- 日本のクトゥルフはなぜ「書く文化」になったのか — 日本側の自主流通・創作文化を扱う記事
- 黄衣の王(戯曲) — 今回のキャンペーンテーマにもなっている、チェンバーズ原作
出典
- [1] キャンペーン開始日「2026年8月28日」、目標金額「$35,000」、締切「9月16日」、Kickstarterを使わない理由「reduce some of the usual bottlenecks, as well as fees, so that all of your support dollars flow directly to the festival」、テーマ「the influence exerted by both Cthulhu and the King in Yellow on dreamers like us」、限定商品(Tシャツ・ラペルピン)への反映、現時点でプレースホルダーアートが使用されていることが記載されている — H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuCon公式サイト, hplfilmfestival.com ↩
- [2] 映画祭が「Founded by Andrew Migliore in 1995」であること、2026年開催が「31st Annual」であることが記載されている — H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuCon公式サイト, hplfilmfestival.com ↩
- [3] Andrew Miglioreの創設動機「H.P. Lovecraftがゴシックホラーの大家として正当に認識され、彼の作品がより忠実に映画やテレビに適応されること」、映画祭の使命「コズミックホラーとウィアード・テイルというジャンルを、専門家および独立系映画製作者による映画作品の展示、ならびに特別イベント、著者サイン会、朗読会、パネルディスカッション、音楽パフォーマンスなどを通じて普及させる」ことが記載されている — H.P. Lovecraft Film Festival & CthulhuCon公式サイト「About Us」, hplfilmfestival.com ↩
- [4] Kickstarterが資金調達に成功したプロジェクトから5%の手数料を徴収すること、決済処理業者Stripeがおおよそ3〜5%の決済手数料を別途徴収すること、目標金額に届かなかった場合は手数料が徴収されないことが記載されている — Kickstarter公式ブログ「Kickstarter Fees: A Comprehensive Guide for Creators」, updates.kickstarter.com ↩

