概要
独立系トイメーカーWandering Planet Toysが、ホラーアーティストVELIKANとのコラボレーションによる新シリーズ「CRYPTID COMBAT」の詳細を発表した[1]。第1弾として「Cthuluchador and The Ultimoth Warrior are ready for battle in the arena and on the toy shelf(『クトゥルチャドール』と『アルティモス・ウォリアー』が、リングの上でもトイ棚の上でも戦う準備を整えた)」の2体が予告されている[1]。BackerKitのpre-launchページで事前登録するとキャンペーン開始時にメール通知が届く仕組みになっているが[1]、記事にはキャンペーン開始の具体的な月日の記載はなく、この記事の時点では「発表済み・予告段階」までが確認できる事実である。
Cthuluchador——クトゥルフのルチャドール化
「Cthuluchador」は、”classic horror, cryptids, and professional wrestling(古典ホラー・クリプティッド・プロレス)”を融合させたコンセプトの、5インチ(約12.7cm)日本式ソフビ(sofubi-style soft vinyl)フィギュアである[1]。ラヴクラフトが生んだ「古き邪悪」クトゥルフを題材に、覆面レスラー(ルチャドール)の姿へ作り替えたキャラクターだ。可動はせず、鑑賞用のアートフィギュアとして設計されている[1]。単品購入は75ドル、もう一体の「Ultimoth Warrior」とのペアセットは120ドルで、専用ヘッダーカード付きのハングバッグ仕様での販売が予告されている[1]。
なぜルチャドールなのか——制作者自身の原体験
このコンセプトがどこから来たのかは、彫刻を手がけたVELIKAN自身の言葉で説明されている。「I grew up in the late ’80’s and merged my youthful interest in WWE with my later interests of H.P. Lovecraft and cryptids.(1980年代後半に育った私は、若い頃夢中になったWWE(プロレス)への興味と、その後夢中になったH・P・ラヴクラフトやクリプティッドへの興味を、一つに融合させた)」[1]。Wandering Planet Toysの共同創設者Chris “Doc” Wyattも、「When we saw VELIKAN’s insane sculpts for Cthulchador and Ultimoth, we knew we had to work out a collab(VELIKANが手がけたクトゥルチャドールとアルティモスの、常軌を逸した造形を見たとき、コラボレーションを実現させるしかないと確信した)」とコメントしている[1]。つまりこの製品は、企業側の企画が先にあったのではなく、一人のアーティストが個人的に抱えていた「プロレス少年」と「ラヴクラフト愛好家」という二つの顔が、大人になってから一つの造形として結実したものである。
もう一体は「クトゥルフ」ではない
ここで正確を期しておきたい点がある。ペアになっている「Ultimoth Warrior」は、クトゥルフ神話の存在ではない。題材は、アメリカ・ウェストバージニア州ポイント・プレザントに伝わる怪物「モスマン」であり、クトゥルフとは出自の異なる別系統の都市伝説上のクリプティッドだ。シリーズ名「CRYPTID COMBAT(未確認生物の格闘技)」が示す通り、この企画はクトゥルフ専門のシリーズではなく、様々な「クリプティッド」をプロレスラー化するという広いコンセプトの中に、たまたまクトゥルフも題材の一つとして選ばれた、という位置づけになる。深淵書架として注目すべきは、数あるクリプティッドの中からクトゥルフが真っ先に選ばれ、しかも「Cthuluchador」という単独の固有名詞まで与えられている点であり、これはクトゥルフというキャラクターが、他の都市伝説上の怪物と並んでポップカルチャーの被造形物として扱われるだけの知名度を、すでに確立していることの表れだと言える。
「Ultimoth Warrior」の題材、モスマンとは何か
「クトゥルフ」ではないもう一体、「Ultimoth Warrior」の題材である「モスマン」についても触れておく。モスマンは、1966年11月15日、アメリカ・ウェストバージニア州ポイント・プレザント周辺で目撃されたとされる怪物だ。地元の若いカップル2組が「人間ほどの大きさの、鳥のような生物」に遭遇したと警察に届け出たのが最初の報告とされ、翌11月16日付の地元紙「ポイント・プレザント・レジスター」がこれを報じたことで、モスマンはこの町を象徴する都市伝説になっていった[2]。1967年12月15日には同地のシルバーブリッジが崩落する事故が起き、この事故がモスマン伝説を地域の民間伝承としてさらに定着させたとされている[2]。「Ultimoth Warrior」という名前自体、モスマン(Mothman)と、実在の伝説的プロレスラー「アルティメット・ウォリアー(Ultimate Warrior)」を掛け合わせた造語だと考えられる。クトゥルフとモスマンは出自の異なる怪異でありながら、どちらも「実在するかもしれない未確認の何か」として現代のポップカルチャーに取り込まれてきたという点で、このシリーズに並べて選ばれた理由が見えてくる。
制作工程
VELIKANはSuper Sculpyという彫刻用素材で7インチの原型を手彫りし、それをシリコンモールドと樹脂キャストの工程を経て型に起こし、最終的にソフビ職人が量産用の造形として再現するという制作プロセスが取られている[1]。
ここで使われている「ソフビ」自体、日本発祥の玩具文化である。マルサン商店は1964年にゴジラをはじめとする怪獣プラモデルを発売して大きな反響を得ており、1965年夏頃、1966年1月開始のテレビ番組『ウルトラQ』の情報を得て「ソフビで怪獣を作りたい」という企画が動き出したことが、同社の怪獣ソフビ第一弾につながった[3]。ゴジラをはじめとする怪獣キャラクターが、以後この分野の主な題材として人気を集めていった。奇しくも、この1966年はモスマンの初回目撃報告があった年でもある。なお、ソフトビニール人形という素材・技法そのものがいつ・どの企業によって最初に作られたかは、本稿で参照した範囲では確認できていない。アメリカのホラー・プロレス・クリプティッドという題材を、日本の怪獣ソフビの技法で作るという「Cthuluchador」の成り立ちは、日米それぞれの土壌で育った異形のキャラクター文化が一つの造形の上で合流した例として読むことができる。ラヴクラフトが1926年にペンで書いたクトゥルフと、1966年に日本で量産され始めた怪獣ソフビとは、本来なら何の接点も持たない別々の系譜だ。その二つが、21世紀のアメリカ発トイブランドの手で、一体のソフビフィギュアという形で結びついている。
クトゥルフはいつ「怖いもの」から「かわいい/かっこいいグッズ」になったのか
当サイトは別記事「クトゥルフの『タコの顔』は誰が決めたのか」で、原典が実は目撃者の比喩表現でしかなかった「タコ顔に翼」というクトゥルフ像が、後世のゲームやグッズを通じてどう固定化されていったかを扱った。「Cthuluchador」はその延長線上にある事例だ。1926年に執筆された原典の中で、クトゥルフは正視すら耐えがたい狂気の対象として描かれている。それから100年、クトゥルフは覆面をかぶってリングに上がる「キャラクター」として売り出されるところまで来た。恐怖の対象がここまで加工に耐える存在になったこと自体が、クトゥルフというキャラクターの拡張のされ方を考えるうえで興味深い一例である。
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出典
- [1] 記事公開日2026年8月27日。Wandering Planet Toysとホラーアーティスト VELIKANによる新シリーズ「CRYPTID COMBAT」の発表。第1弾「Cthuluchador and The Ultimoth Warrior are ready for battle in the arena and on the toy shelf」、”classic horror, cryptids, and professional wrestling”というコンセプト、5インチの日本式ソフビ、ノン・アーティキュレート仕様、単品75ドル・ペア120ドルの価格、ヘッダーカード付きハングバッグでの販売予告、VELIKANによるコメント「I grew up in the late ’80’s and merged my youthful interest in WWE with my later interests of H.P. Lovecraft and cryptids.」、Wandering Planet Toys共同創設者Chris “Doc” Wyattのコメント「When we saw VELIKAN’s insane sculpts for Cthulchador and Ultimoth, we knew we had to work out a collab」、Super Sculpyでの原型制作からシリコンモールド・樹脂キャストを経る制作工程、BackerKitのpre-launchページでの事前登録案内が記載されている。キャンペーン開始の具体的な月日についての記載はない — The Beat(Comics Beat), comicsbeat.com ↩
- [2] モスマンの目撃報告が1966年11月に始まり、ポイント・プレザント周辺の廃TNT工場一帯を中心に約1年間続いたこと、1967年12月15日のシルバーブリッジ崩落事故がモスマン伝説の定着に結びついたとされることが記載されている — Gordon Simmons, “Mothman”, e-WV: The West Virginia Encyclopedia, wvencyclopedia.org。初回目撃(1966年11月15日深夜、Steve MalletteとRoger Scarberryら地元の2組が「人間ほどの大きさの、鳥のような生物」に遭遇したと届け出たこと)と、地元紙ポイント・プレザント・レジスター1966年11月16日号がこれを最初に報じたことは — “Couples See Man-Sized Bird…Creature…Something!… 55th anniversary of Mothman’s ‘appearance'”, New Hampshire Union Leader, unionleader.com ↩
- [3] マルサン商店が1964年にゴジラを含む怪獣プラモデルを発売し反響を得たこと、1965年夏頃に1966年1月開始のテレビ番組『ウルトラQ』の情報を得て「ソフビで怪獣を作りたい」という企画が動き出し、これが同社による怪獣ソフビ第一弾の開発につながったことが記載されている — 「ブルマァク45周年記念企画・第1回 怪獣ソフビ誕生とブルマァクの歴史!」, sofvi.tokyo(株式会社メディコム・トイ運営), sofvi.tokyo ↩

