短編小説(合作) — THE HORROR AT MARTIN'S BEACH

マーティン浜辺の恐怖

漁船アルマ号が仕留めた海の怪物が高級リゾート地マーティンズ・ビーチで見世物にされたのち嵐で行方を絶つ。8月8日の夜、浜辺に投げられた一本の救命ロープが何者かに引かれ、加勢した男たちごと少しずつ海へ引きずり込まれていく。語り手はその一部始終を目撃した者として、食い違う証言の中でただ一つの記録を残そうとする。H・P・ラヴクラフトとソニア・H・グリーンの合作で1922年6月執筆、Weird Tales 1923年11月号に「The Invisible Monster」の題で発表された、原文約2,373語の短編。

公開作成AI支援で作成

誤りの指摘・訂正依頼と編集方針は運営者情報へ。

マーティン浜辺の恐怖

「揺れる頭の列は、もはやそこになかった。海は静まりかえり、ただ遠く、あの不気味な叫びが最初に聞こえてきた月光の帯の彼方に、渦の名残と思しき波紋が消えかかっているばかりだった。だが熱に浮かされた想像力と過敏になった感覚のまま、あの危うい銀色の光の帯を見つめていると、どこか底知れぬ沈んだ荒れ地から、かすかで不吉な笑い声の残響が耳に届いてきた。」

— H・P・ラヴクラフト&ソニア・H・グリーン「マーティン浜辺の恐怖」(1922年執筆)結末、海が静まった後の一節
記事内に商品プロモーションを含む場合があります

概要

「マーティン浜辺の恐怖」は、H・P・ラヴクラフトがソニア・H・グリーンとの合作で書いた短編です[1]。語り手は、事件について今なお誰からも十分な説明を聞いたことがなく、目撃者は多いのに証言は互いに食い違っている、と冒頭で述べます。

I have never heard an even approximately adequate explanation of the horror at Martin’s Beach. Despite the large number of witnesses, no two accounts agree; and the testimony taken by local authorities contains the most amazing discrepancies.(訳: マーティン浜辺の恐怖について、私はいまだかつて、おおよそ納得のいく説明すら聞いたことがない。目撃者は多いにもかかわらず、二つとして一致する証言はなく、地元当局が取った証言には、驚くほどの食い違いが含まれている)[1]

高級リゾート地マーティンズ・ビーチで見世物にされていた海の怪物が嵐で行方を絶ったのち、8月8日の夜、浜辺に投げられた一本の救命ロープが何者かに引かれ、加勢した男たちごと少しずつ海へ引きずり込まれていきます。語り手はその一部始終を目撃した者として、あえて記録を残そうとします[1]。

作品情報

  • 執筆: 1922年6月、ソニア・H・グリーンとの合作[2]
  • 発表: 1923年11月、『ウィアード・テイルズ』誌 vol.2 no.4、75–76,83頁。掲載時の題名は「The Invisible Monster」[2][3]
  • 邦題: 「マーティン浜辺の恐怖」(東京創元社刊『ラヴクラフト全集 別巻〈上〉』大瀧啓裕訳、目次表記による)[4]
  • 分量: 本文約2,373語(2026年9月6日、公式アーカイブの公開テキストを実測)[1]
  • 舞台: 高級リゾート地マーティンズ・ビーチと、崖の上に建つウェイヴクレスト・イン[1]
  • 形式: 事件を目撃した語り手による一人称の回想[1]
  • 主題タグ: 食い違う証言、見世物にされた怪物、不可視の力

登場神格・用語

原典本文を通読しても、クトゥルフ神話の神格の名は一つも登場しません[1]。以下はいずれも本作固有の固有名詞です。

  • 海の怪物 — 5月17日、漁船アルマ号がグロスター沖で仕留めた生物。全長およそ50フィート、鰓のある魚が基本だが、胸びれの代わりに未発達の前脚と六本指の足を持つうえ、落ち窪んだ単眼を備える奇妙な変化がありました。博物学者からは孵化して数日と経っていない幼体と鑑定され、学術的な関心を呼びました[1]
  • アルマ号・オーン船長 — グロスターの漁船アルマ号と、その船長ジェイムズ・P・オーン。怪物を仕留め、船を改造した展示施設でマーティンズ・ビーチに乗りつけ見学料を稼ぎました[1]
  • ウェイヴクレスト・イン — マーティンズ・ビーチの崖上に建つ高級ホテル。アルトン教授の論文発表後の騒ぎを受け、事件そのものをもみ消そうとしました[1]
  • アルトン教授の論文 — 「催眠の力は公認された人類だけのものか」と題する論文。この発表がホテル側による隠蔽のきっかけになりました[1]
  • マーティンズ・ビーチ — 事件の舞台となる架空の海浜リゾート地。語り手は、事件後も人気の保養地として賑わっているが自分は思い出すだけで身震いする、と述べています[1]

あらすじ

発端。 5月17日、グロスターの漁船アルマ号がジェイムズ・P・オーン船長の指揮のもと、40時間近い格闘の末に海の怪物を仕留めます。

On May 17 the crew of the fishing smack Alma of Gloucester, under Capt. James P. Orne, killed…a marine monster whose size and aspect produced the greatest possible stir in scientific circles…(訳: 5月17日、グロスターの漁船アルマ号の乗組員は、ジェイムズ・P・オーン船長の指揮のもと……一頭の海の怪物を仕留めた。その大きさと姿は学術界にこの上ない衝撃を与えた……)[1]

オーン船長は展示施設に改造した船でマーティンズ・ビーチへ航行し、見学料で稼ぎます[1]。だが7月20日の朝、前夜の嵐で船は係留を切られて行方を絶ち、見張り番もろとも消えてしまいます[1]。

8月8日の浜辺。 灰色の海鳥が低く舞い、昇り始めた月が海面に光の帯を作る夕暮れ時、浜辺には散策する人々や海水浴の名残の人々がいました[1]。多くの者は、月が水平線の靄の上「一フィートほど」の高さにあったと記憶しており、その月光の帯に沿って沖から寄せては岸に届く前に沈む、狡猾で計算高いとさえ評された不気味な小波に気づいていました[1]。

救助の試み。 悲鳴が聞こえると、ライフガードの一人が常備の救命具とロープを掴んで叫び声の方向へ投げ込みます[1]。だがロープの先の何かは容易に引き寄せられず、二人のライフガードは足を取られ海へ引きずり込まれます。

Instead, they found that object pulling with equal or even greater force in the very opposite direction, till in a few seconds they were dragged off their feet and into the water by the strange power which had seized on the proffered life-preserver.(訳: それどころか、彼らはロープの先にある何かが、まったく逆の方向へ等しいか、それ以上の力で引いていることに気づき、数秒のうちに、差し出された救命具を捉えたその不可思議な力によって、足をすくわれ海の中へと引きずり込まれてしまった)[1]

十数人の男たちがロープに加勢しますが引くことはできず、鯨や潜水艦、怪物、悪魔といった臆測が飛び交いはじめます[1]。

転換点。 鯨が空気クッションを飲み込んだのだろうという結論に落ち着き、銛船を用意するための船団作りが始まると、オーン船長の持ち場は仲間に譲られます。船長自身の考えは鯨だけに留まらず、あの50フィートの生物がほんの幼体にすぎなかったのなら、その種の成体は何をしでかすだろうかと考えを巡らせていました[1]。持ち場を離れようとした船長は、自分の手がロープを離せなくなっていることに気づき、仲間たちも次々に同じ状態にあることを知ります。

The fact could not be denied—every struggler was irresistibly held in some mysterious bondage to the hempen line which was slowly, hideously, and relentlessly pulling them out to sea.(訳: その事実は否定しようがなかった――もがく者は誰もが、抗いようのない謎の力によって麻縄に縛りつけられ、その縄はゆっくりと、おぞましく、容赦なく彼らを海へと引きずり出していったのだ)[1]

沈みゆく列。 蒼白い月光の下、男たちは亡霊のような運命に逆らいながら、単調に前後へ揺れます。水は膝、やがて腰まで上がり、月が半ば雲に隠れます。

The moon went partly under a cloud, and in the half-light the line of swaying men resembled some sinister and gigantic centipede, writhing in the clutch of a terrible creeping death.(訳: 月が半ば雲に隠れると、その薄明かりの中で、揺れる男たちの列は、恐ろしい忍び寄る死の手に囚われてのたうつ、不吉で巨大な百足のように見えた)[1]

暗闇の中で頭の列を見つめていた語り手は、想像の中でもう一つの単眼を思い描きます。それは捕らわれた男たちのものと同じように輝く単眼でしたが、あまりにおぞましい目的を感じさせ、幻視はすぐに消えました[1]。

嵐と終幕。 凄まじい雷鳴と稲光ののち、嵐は唐突に止み、月が再び静まった海を照らします[1]。頭の列はもうそこにありません。

There was no line of bobbing heads now. The waters were calm and deserted…there trickled upon my ears from some abysmal sunken waste the faint and sinister echoes of a laugh.(訳: 揺れる頭の列は、もはやそこになかった。海は静まりかえっていた……どこか底知れぬ沈んだ荒れ地から、かすかで不吉な笑い声の残響が耳に届いてきた)[1]

物語はここで終わります。何が男たちを引きずり込んだのか、その正体は最後まで明かされません[1]。

読みどころと注目テーマ

証言の不一致という語りの枠組み。 冒頭で語り手は、目撃者は多いのに証言が食い違うと述べ、だからこそ自分の記録を残すのだと宣言します[1]。読者は「本当に何が起きたのか」を語り手一人の視点からしか知ることができません。

見世物にされた怪物という前触れ。 仕留められた海の怪物が見世物として金に換えられ、嵐で行方を絶つという挿話が、8月8日の事件に先立って語られます[1]。両者を結びつける確定した説明は最後まで与えられませんが、あの怪物が幼体にすぎなかったのなら成体は何をしでかすだろうかという、オーン船長自身の推測が一度だけ示されます[1]。

見えない力という恐怖の方法。 8月8日の出来事を通じて、脅威そのものの姿は一度も描かれません。読者が知らされるのは、ロープの先で何かが引いているという事実だけです[1]。オーン船長が自分の手をロープから離せないと気づく場面は[1]、被害者自身が状況を理解していく過程そのものを恐怖の中心に据えています。

嵐が去ったあとの笑い。 結末で海は静まり、揺れる男たちの列を巨大な百足にたとえた光景も消え、代わりに遠くから笑い声の残響だけが届きます[1]。犯人もその正体も動機も、本文はついに明かしません。

執筆背景と影響

執筆は1922年6月、共作者ソニア・H・グリーンとの合作として記録されています[2]。発表は1923年11月、『ウィアード・テイルズ』誌vol.2 no.4で、掲載時の題名は「The Invisible Monster」でした[2][3]。

当サイトに収録された他の作品では「彼方よりの挑戦」「死の翼」も参照できます。同じく合作としては、共作者をケネス・スターリングとする「エリュクスの壁のなかで」(当サイトの記事、公開準備中)があり、海洋の怪異を描いた単独名義の作品には「ダゴン」があります。著者については「H・P・ラヴクラフト」の項を参照してください。

邦訳は東京創元社『ラヴクラフト全集 別巻〈上〉』(大瀧啓裕訳)に収録され、目次には「ソウニャ・H・グリーン『マーティン浜辺の恐怖』」と表記されています[4]。当サイトの邦題もこれに基づきます。

出典

[1] H. P. Lovecraft & Sonia H. Greene, “The Horror at Martin’s Beach” (本文). The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/hmb.aspx[2] “Lovecraft’s Fiction”(作品一覧。”The Horror at Martin’s Beach (with Sonia H. Greene; June 1922)” と記録)。The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/[3] “The Horror at Martin’s Beach” データページ(Publication History: “Weird Tales vol. 2, no. 4 (November 1923): 75–76, 83 (as “The Invisible Monster”)”)。The H. P. Lovecraft Archive. https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/hmb.aspx[4] 「ラヴクラフト全集 別巻〈上〉」書誌ページ(目次に「ソウニャ・H・グリーン『マーティン浜辺の恐怖』」と表記)。東京創元社. http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488523084

原典そのものを読むなら
原典そのものを読むなら
定番の全集での紹介書籍 表紙
定番の全集で

ラヴクラフト作品を日本語の定訳でまとめて読みたいなら、創元推理文庫の全集(第1巻)から。全巻を通して主要作をほぼ網羅しています。

『ラヴクラフト全集1』をAmazonで見る ↗

※上記は広告リンク(アフィリエイト)です。

続きを辿る

隣の棚

記事URLをコピーしました