コラム — Why Japan's Cthulhu Mythos Became a "Writing" Culture

日本のクトゥルフはなぜ「書く文化」になったのか

2026年10月、クトゥルフ神話TRPGだけを扱う同人即売会が開かれる。しかも単発ではなく次回も決まっている。日本のクトゥルフ神話は、原典を「読む」文化より先に、シナリオを「書いて遊ぶ」文化として広がってきた。その経緯を、海外からの視点と2010年代なかばの動画文化の転機から辿る

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概要

2026年10月11日(日)、「COMIC CITY SPARK 21」内でクトゥルフ神話TRPGだけを扱う同人即売会「Roll of Cthulhu SP2026」が開かれる[1]。単発の企画ではない。次回として2027年3月21日(日)「HARU COMIC CITY 翠葉 2027」内にも「Roll of Cthulhu 神話TRPGオンリー」が予定されており、継続的な開催枠として定着しつつある[1]。

クトゥルフ神話TRPG(概要は「クトゥルフ神話TRPGとは何か」を参照)だけをテーマにした即売会が繰り返し開かれる、という状況は、この神話が日本でどう受け止められているかを映す手がかりになる。日本のクトゥルフ神話は、ラヴクラフトの原典小説を「読む」文化として広がったというより、自分たちでシナリオを「書き」、それを「遊び」、遊んだ記録を「動画にする」という参加型の実践として大きくなった側面が強い。

海外から見ると不思議に映る

その実践の規模は、海外の開発者の目にも留まっている。2025年10月23日、Nostalgic Realmsの開発者David氏がX(旧Twitter)へ、「日本では『クトゥルフ神話TRPG』が最も人気のあるロールプレイシステムになっている理由にとても興味があります」という趣旨の疑問を投稿した[2]。この投稿はゲーム情報サイトGame*Sparkで2025年10月24日に紹介されている[2]。

海外のTRPGシーンでは『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のようなファンタジー系システムが広く遊ばれている、という一般的な構図がある。その中でクトゥルフ神話TRPGが日本で存在感を持っていること自体が、海外の開発者には珍しい光景として映ったということになる。

転機としての2010年代なかば

Game*Spark記事は、この広がりの要因の一つとして、2010年代のニコニコ動画でリプレイ動画が人気を得たことを挙げている。「わかりやすいシステムとしてTRPG未プレイ層に一気に広がった」という指摘だ[2]。電撃オンラインの2024年7月8日付記事も、「クトゥルフ神話TRPGをはじめとしたTRPGリプレイ動画が多く投稿され人気となったのがこの年だったように思います」として、2014年前後を一つの山として振り返っている[3]。

動画は、TRPGを「観るもの」に変えた。ルールブックを読み、原典小説に触れてからでなければ入れなかった世界に、プレイ動画を通じて誰でも入れる入口ができたということだ。動画発のTRPG語彙が一般に広まった例については、「SAN値チェック」という言葉を扱った「SAN値の『発狂』は原典にあったのか」でも触れている。

なぜ「書く」側に回りやすいのか

ここで見落とせないのは、TRPGというメディアそのものの構造だ。TRPGでは、キーパー(進行役)が毎回シナリオを用意しなければ卓が成立しない。市販のシナリオを繰り返し遊ぶだけでは足りず、遊ぶ側が同時に作る側へ回る必然性が、他の多くのメディアより強く働く。

加えてGame*Spark記事は、クトゥルフ神話TRPGが「剣と魔法のファンタジーでない『現代モノ』で遊びたいTRPGプレイヤー」のニーズに合致したことも要因として挙げている[2]。現代を舞台にできるという性質は、自分の身の回りの場所や職業をそのままシナリオの舞台に転用できるということでもある。ファンタジー世界の地理や種族設定を一から学ばなくても書き始められる敷居の低さは、無視できない。

クトゥルフ神話TRPGでは、一つのシナリオが独立した作品として完結する形をとりやすい。この単位の小ささは、書いたものをそのまま同人頒布や動画公開へ持っていく文化と相性がよかったと考えられる。

三層の先にあるもの

深淵書架では、クトゥルフ神話を原典/ダーレス系拡張/TRPG設定という三層に分けて記録している。原典はラヴクラフト自身の記述、ダーレス系拡張は後続作家による体系化、そしてTRPG設定は1981年に刊行された『クトゥルフの呼び声』(刊行史はこちら)を起点に、ゲームとして体系化された設定だ。この区分に照らすと、日本の同人シナリオ群は、TRPG設定という第3層の上に、個々の卓・個々の書き手がさらに積み増した堆積だと言える。

ただしこれは「公式設定」ではない。単一の権利者が管理する体系ではなく、遊ぶ人の数だけ枝分かれしていく創作の集積だという構図は、「クトゥルフ神話に『公式設定』は存在するのか」で述べた通りだ。日本の同人シナリオ文化は、その構図がもっとも活発に体現されている場所の一つだと言えるだろう。

まとめ

「読む文化」と「書く文化」は、対立するものではない。むしろ順序が逆なだけだ。同人シナリオを遊んで神話に入った人が、あとから原典小説やその刊行史をたどり直すと、自分が遊んだシナリオのどの部分が原典由来で、どの部分が卓や書き手の発明だったのかが見えてくる。2026年10月の同人即売会と、すでに決まっている次回開催の予定は、この「書いて遊ぶ」文化が一過性の流行ではなく、続いている実践であることを示している[1]。

出典

  • [1] 「Roll of Cthulhu SP2026」イベントページ。2026年10月11日(日)、「COMIC CITY SPARK 21」内で併催。次回として2027年3月21日(日)「HARU COMIC CITY 翠葉 2027」内に「Roll of Cthulhu 神話TRPGオンリー」を予定 — 赤ブーブー通信社公式, https://www.akaboo.jp/event/item/20208386.html ↩
  • [2] Nostalgic Realms開発者David氏が2025年10月23日にXへ投稿した疑問と、それを紹介した記事。要因として2010年代のニコニコ動画でのリプレイ動画人気、『這いよれ!ニャル子さん』『斬魔大聖デモンベイン』など関連作品の人気、「現代モノ」を求めるTRPGプレイヤーのニーズとの合致を挙げる — Game*Spark、ライター「ずんこ。」、編集Akira Horie、2025年10月24日, https://www.gamespark.jp/article/2025/10/24/158726.html ↩
  • [3] 「2014年以前から投稿はされていましたが、クトゥルフ神話TRPGをはじめとしたTRPGリプレイ動画が多く投稿され人気となったのがこの年だったように思います」との記述 — 電撃オンライン、2024年7月8日, https://dengekionline.com/article/202407/10038 ↩
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