概要
荒俣宏(あらまた ひろし、1947年-)は、作家・翻訳家であり、博物学・幻想文学・神秘学の研究者でもある[1]。日本のクトゥルフ神話受容を語るとき、その名は必ず出てくる。1976年に国書刊行会から出た『ク・リトル・リトル神話集』の編者であり[2]、それ以前には別名義で怪奇幻想文学の翻訳を量産していた書き手でもある。
この記事では、版元の公式資料と国立国会図書館の書誌で確かめられる事実を並べて、その足取りを追う。日本語圏でクトゥルフ神話がどう読まれはじめたかを知るうえで、荒俣の1970年代の仕事は入口にあたる。
出発点——会社員と翻訳の二重生活
新潮社の著者プロフィールによれば、荒俣は1947(昭和22)年に東京都で生まれ、慶應義塾大学法学部を卒業後、日魯漁業に入社した[1]。コンピュータ・プログラマーとしてサラリーマン生活を送りながら、そのかたわらで雑誌「幻想と怪奇」を編集していたという[1]。
この雑誌は国立国会図書館にも記録が残っている。三崎書房から1973年から1974年にかけて刊行された『幻想と怪奇』で、書誌には「荒俣宏」「紀田順一郎編集室代表」と記されている[3]。20代半ばの荒俣が、紀田順一郎の編集室に加わる形で怪奇幻想の専門誌を作っていたことになる。
師にあたる人物についても、版元の記述がある。KADOKAWAが2021年1月に出した自伝『妖怪少年の日々 アラマタ自伝』(472ページ、ISBN 978-4-04-109699-4)の紹介文は、平井呈一、紀田順一郎、平田弘史、石ノ森章太郎、エドガー・アラン・ポオ、澁澤龍彦、水木しげるを「師匠」として挙げ、「数多くの『師匠』たちとの出会いから、知の巨人の脳内を紐解く」と書いている[4]。怪奇小説の翻訳家・平井呈一と、書誌研究家・紀田順一郎。この2人の名が先頭に置かれていることが、荒俣の出発点を示している。
「団精二」名義の翻訳期
1970年代前半の荒俣の翻訳は、団精二(だん せいじ)という名前で世に出ている。国立国会図書館の書誌には、この名義の訳書が並ぶ。
| 書名 | 原著者 | 刊行 | 叢書 |
|---|---|---|---|
| 征服王コナン(英雄コナン・シリーズ 1) | ロバート・E・ハワード | 1970年8月 | ハヤカワ文庫SF 2[5] |
| 黄金郷の蛇母神 | A・メリット | 1971年 | ハヤカワSF文庫 |
| 恐るべき魔女 | A・メリット | 1972年 | 朝日ソノラマ |
| 異次元を覗く家 | W・H・ホジスン | 1972年 | 早川書房[6] |
| 狂戦士コナン | ロバート・E・ハワード | 1976年6月 | ハヤカワ文庫SF 30 |
この名義と荒俣宏が同じ人物であることは、同じ訳文がのちに荒俣名義で再刊されている点から確かめられる。ホジスンの『異次元を覗く家』は、早川書房版では訳者が「団精二」と登録され[6]、2015年11月のアトリエサード版では「荒俣宏 訳」となっている[7]。春陽堂書店が出した『荒俣宏幻想文学翻訳集成 欧米幻想ファンタジー精華』の第四巻も、そのまま『異次元を覗く家』と題されている[8]。半世紀分の翻訳をまとめる集成に、団精二名義で出た本が自分の仕事として収められている。
なかでも『征服王コナン』(原題 Conan the Conqueror)は1970年8月の刊行で、ハヤカワ文庫SFの通巻2番にあたる[5]。文庫レーベルが立ち上がった、その最初期の一冊がコナンだったということである。日本でヒロイック・ファンタジーというジャンルが商業的に紹介された地点が、ここにある。作者の側の経歴はロバート・E・ハワードの年表にまとめてある。
1976年『ク・リトル・リトル神話集』
翻訳者として実績を積んだ荒俣は、編者としても仕事を残す。1976年、国書刊行会の叢書「ドラキュラ叢書」の第5巻として『ク・リトル・リトル神話集』が刊行された。責任表示は「H.P.ラヴクラフト 等著、荒俣宏 編」、376ページ+13ページ、定価980円[2]。
この本の性格は、後年の版の内容紹介がよく説明している。国書刊行会は1997年に同書を復刊しており、その商品ページは「今世紀アメリカが生んだ最大の恐怖小説家ラヴクラフト。彼が深化させた宇宙的恐怖の大系は、今日なお後出の作家達によって連綿と書き継がれている」と述べ、収録内容を「ラヴクラフトをはじめとする8名の作家による傑作11篇」と記す[9]。
つまりこの本は、ラヴクラフト個人の作品集ではない。神話が複数の作家に受け継がれていく体系であるという前提で編まれた選集だった。ラヴクラフト一人を読むのではなく、彼を起点とした広がりごと日本語で提示する——その構えが、日本におけるクトゥルフ神話の受け取られ方を形づくっていく。
「ク・リトル・リトル」という表記そのものも、ここから定着した。国書刊行会は現在も特集ページで「国書の本では『ク・リトル・リトル』が多い」と説明しており[10]、Cthulhu の日本語表記が一つに定まらなかった時代の痕跡が、叢書名として残っている。
『真ク・リトル・リトル神話大系』へ
1976年の一冊は、後続の大規模な企画につながった。国書刊行会は1987年に『真ク・リトル・リトル神話大系』(全7巻、第6巻は上下2冊)を刊行し[11]、現在は『新編 真ク・リトル・リトル神話大系』としてシリーズを維持している[10]。
日本語でクトゥルフ神話をまとまった量で読もうとするとき、この系列は長く基本資料だった。1976年の選集がなければ、この規模の企画は立ち上がらなかっただろう。荒俣自身も、編者や解説の立場でこの流れに関わり続けている。2019年11月には紀田順一郎との監修で『幻想と怪奇傑作選』が新紀元社から出ており[12]、1973年に一緒に雑誌を作っていた2人が、46年後に同じ誌名の本を監修していることになる。
作家として——『帝都物語』と『世界大博物図鑑』
1977年5月、月刊ペン社から『別世界通信——ファンタジー文学への風変りな招待状』が出る[13]。単著としての出発点である。
1980年代に入ると、荒俣は翻訳・評論の書き手から、はるかに広い読者を持つ作家になった。伝奇小説『帝都物語』は、第8回(1987年)日本SF大賞を受賞している。日本SF作家クラブの受賞作品一覧に、第8回の受賞作として『帝都物語』荒俣宏の名が記載されている[14]。
並行して進めていたのが、博物学の大著『世界大博物図鑑』(平凡社)である。新潮社のプロフィールは、1989年に『世界大博物図鑑 第2巻 魚類』でサントリー学芸賞を受賞したと記す[1]。平凡社の著者紹介も、『帝都物語』で日本SF大賞、『世界大博物図鑑』でサントリー学芸賞という2つの受賞を並べている[15]。同社の普及版は、蟲類・魚類・両生爬虫類・鳥類・哺乳類の全5巻に、絶滅希少鳥類と水生無脊椎動物の別巻2冊を加えた構成である[15]。
この時期の働き方について、京都国際マンガミュージアムの館長紹介はこう書いている。「慶應義塾大学卒業後、10年間のサラリーマン生活ののち独立。百科事典の編集助手をしながら書いた小説『帝都物語』がベストセラーになり日本SF大賞受賞」[16]。KADOKAWAの自伝紹介も「平凡社で寝起きして『世界大博物図鑑』を完成させた社会人時代」と書いている[4]。怪奇小説の翻訳も、博物図鑑も、同じ人物が同じ時期に片手間ではない密度でやっていた。
現在——京都国際マンガミュージアム館長
2017年4月1日、開館時から館長を務めていた養老孟司が名誉館長に就任し[16]、荒俣が館長を引き継いだ。同館の「館長ごあいさつ」は荒俣名義で掲載されており、その末尾の略歴は「神秘学、博物学、風水等多分野にわたり精力的に執筆活動を続け、その著書、訳書は350冊あまり。稀覯書のコレクターとしても有名である」と結ばれている[16]。
あいさつ文には、こういう一節がある。
放っておけば消え去る漫画を文化財としてよみがえらせ、これを守る場所であることが最終的な目標でしょう。[16]
消えてしまうものを集めて残す、という姿勢である。日本語で読めなかった怪奇幻想文学を訳し、散らばっていた神話作品を1冊に編んだ1970年代の仕事と、同じ向きを向いている。
日本のクトゥルフ神話にとっての意味
荒俣宏の仕事を、この分野に限って整理すると3点になる。
- ジャンルの入口を作った。 1970年8月のハヤカワ文庫SF第2番『征服王コナン』は、ヒロイック・ファンタジーが日本の文庫で流通しはじめた地点にある[5]。
- 神話を体系として提示した。 1976年『ク・リトル・リトル神話集』は、8名の作家による11篇という構成で、ラヴクラフト以後の書き継ぎごと読者に渡した[2][9]。
- その企画を続く大系につないだ。 1987年の『真ク・リトル・リトル神話大系』以降、国書刊行会の系列は日本語で神話を読むための基本資料であり続けている[11][10]。
日本語圏の受容史全体は日本におけるクトゥルフ神話の受容に、原典の側の年表はH・P・ラヴクラフトにまとめてある。
出典
- [1] 新潮社「荒俣宏 著者プロフィール」(該当ページ)。「1947(昭和22)年、東京都生れ。作家、翻訳家、博物学・幻想文学・神秘学研究家、風水師」「慶應義塾大学法学部卒業後、日魯漁業に入社。コンピュータ・プログラマーとしてサラリーマン生活を送るかたわら、雑誌「幻想と怪奇」を編集」、および1987年『帝都物語』で日本SF大賞、1989年『世界大博物図鑑 第2巻 魚類』でサントリー学芸賞を受賞した旨を確認した(2026年9月15日確認)。 ↩
- [2] 国立国会図書館サーチ 書誌『ク・リトル・リトル神話集』(該当ページ)。国書刊行会、1976年、責任表示「H.P.ラヴクラフト 等著,荒俣宏 編」、シリーズ名「ドラキュラ叢書 ; 5」、376・13ページ、980円(2026年9月15日確認)。 ↩
- [3] 国立国会図書館サーチ 書誌『幻想と怪奇』(該当ページ)。三崎書房、1973-1974年、責任表示に「荒俣宏」「紀田順一郎編集室代表」(2026年9月15日確認)。 ↩
- [4] KADOKAWA公式の商品ページ『妖怪少年の日々 アラマタ自伝』(該当ページ)。2021年1月29日発売、472ページ、ISBN 978-4-04-109699-4。紹介文の「平井呈一、紀田順一郎、平田弘史、石ノ森章太郎、エドガー・アラン・ポオ、澁澤龍彦、そして水木しげる――。数多くの『師匠』たちとの出会いから、知の巨人の脳内を紐解く!」および「平凡社で寝起きして『世界大博物図鑑』を完成させた社会人時代」を確認した(2026年9月15日確認)。 ↩
- [5] 国立国会図書館サーチ 書誌『征服王コナン : 英雄コナン・シリーズ 1』(該当ページ)。早川書房、1970年8月、責任表示「ロバート・E・ハワード/著者, 団 精二/訳者」、シリーズ名「ハヤカワ文庫 SF : 2」、352ページ、240円。原タイトル Conan the conqueror は同書の別書誌(該当ページ)で確認した(2026年9月15日確認)。 ↩
- [6] 国立国会図書館サーチ 書誌『異次元を覗く家』(早川書房、ハヤカワ文庫SF 58)(該当ページ)。責任表示「ウィリアム・ホープ・ホジスン 著,団精二 訳」(2026年9月15日確認)。 ↩
- [7] 国立国会図書館サーチ 書誌『異次元を覗く家』(アトリエサード、2015年11月)(該当ページ)。責任表示「ウィリアム・ホープ・ホジスン 著,荒俣宏 訳」(2026年9月15日確認)。 ↩
- [8] 国立国会図書館サーチ 書誌『第四巻 異次元を覗く家 : 荒俣宏幻想文学翻訳集成 欧米幻想ファンタジー精華』(春陽堂書店)(該当ページ)。荒俣宏 翻訳(2026年9月15日確認)。 ↩
- [9] 国書刊行会公式サイト 著者検索「荒俣宏」の結果(該当ページ)および商品ページ『ク・リトル・リトル神話集』(該当ページ)。発売日1997年5月10日、ISBN 978-4-336-02580-7、「荒俣宏 編」、内容紹介の「ラヴクラフトをはじめとする8名の作家による傑作11篇を収録」(2026年9月15日確認)。 ↩
- [10] 国書刊行会公式サイト 特集「いあ!いあ!クトゥルフへの誘い~国書刊行会の関連書まとめ~」(2018年2月6日更新、該当ページ)。「国書の本では「ク・リトル・リトル」が多いです」との記述、および『新編 真ク・リトル・リトル神話大系』『ク・リトル・リトル神話集』の案内(2026年9月15日確認)。 ↩
- [11] 国立国会図書館サーチで「真ク・リトル・リトル神話大系」を検索した結果。国書刊行会1987年刊として第1巻・第2巻・第6巻上・第6巻下・第7巻などの書誌が登録されていることを確認した(検索結果)(2026年9月15日確認)。 ↩
- [12] 国立国会図書館サーチ 書誌『幻想と怪奇傑作選』(該当ページ)。新紀元社、2019年11月、「紀田順一郎, 荒俣宏 監修」(2026年9月15日確認)。 ↩
- [13] 国立国会図書館サーチ 書誌『別世界通信 : ファンタジー文学への風変りな招待状』。月刊ペン社、1977年5月、荒俣宏 著(検索結果)(2026年9月15日確認)。 ↩
- [14] 日本SF作家クラブ「各賞受賞作品一覧」(該当ページ)。日本SF大賞の表に「第8回(1987年) 日本SF大賞 『帝都物語』 荒俣宏」の記載を確認した(2026年9月15日確認)。 ↩
- [15] 平凡社公式サイト 著者ページ「荒俣 宏」(該当ページ)。「作家・博物学者。1947年生まれ。(中略)京都国際マンガミュージアム館長。『帝都物語』(角川文庫)で日本SF大賞、『世界大博物図鑑』(平凡社)でサントリー学芸賞を受賞」の記述と、普及版『世界大博物図鑑』の全5巻+別巻2冊の構成を確認した(2026年9月15日確認)。 ↩
- [16] 京都国際マンガミュージアム公式サイト「館長ごあいさつ」(該当ページ)。荒俣宏名義のあいさつ文、略歴「慶應義塾大学卒業後、10年間のサラリーマン生活ののち独立。百科事典の編集助手をしながら書いた小説『帝都物語』がベストセラーになり日本SF大賞受賞。『世界大博物図鑑』で、サントリー学芸賞受賞。(中略)その著書、訳書は350冊あまり。稀覯書のコレクターとしても有名である」、および「2006年の開館時より館長を務めてきた養老孟司は2017年4月1日より京都国際マンガミュージアム名誉館長に就任いたしました」を確認した(2026年9月15日確認)。 ↩


