概要
わずか1200語ほどの掌編ながら、ラヴクラフトの架空都市キングスポートが初めて登場する記念碑的な一篇。海辺の館に独り住む「恐ろしい老人」を狙った強盗三人組の末路を、乾いた筆致で描く。
作品情報
- 執筆・発表年: 1920年1月28日執筆/1921年7月発表(アマチュア雑誌「The Tryout」)
- 主題タグ: キングスポート初出、瓶の中の振り子、報復する老人
登場神格・用語
- キングスポート(初出典)
あらすじ
キングスポートのウォーター街に一人で暮らす「恐ろしい老人」は、かつて東インド航路の船長であったと噂され、莫大な財産を隠し持つと信じられている。街の外国人強盗三人、アンジェロ・リッチ、ジョー・チャネク、マヌエル・シルヴァは、非力な老人を狙って押し入る計画を立てる。老人は自宅で、ジャック、傷面、ロング・トムなど奇妙な名で呼ぶ瓶の中の鉛の振り子と語り合う習慣があり、これを見た地元民は二度と近づこうとしなかった。決行の夜、老人の家に踏み込んだ二人は戻らず、見張り役のチャネクの前に現れたのはただ一人、静かに杖をついて微笑む老人だけであった——その目は、かつて誰も気づかなかった黄色をしていた。翌朝、潮が打ち上げたのは無数の刃物で切り刻まれた三つの身元不明の遺体であった。
読みどころと注目テーマ
抑制された結末、老人の正体を明かさない語り口、瓶と振り子という不可解な小道具――特に、老人の庭に並ぶ奇妙な彩色石が「東方の寺院の偶像」を思わせるという描写は、本文でそれ以上説明されないまま読者の不安を煽る仕掛けとして機能している[1]。強盗三人がキングスポート生まれではない「よそ者」として設定されている点も見逃せない――彼らは土地の言い伝えを知らぬがゆえに、老人を単なる非力な老爺としか見なさなかった。結末で見張り役のチャネクが老人の目の色に初めて気づく場面は、彼が最初から人間離れした存在だったことを暗示しつつ、その正体を最後まで明かさない「説明しない恐怖」の完成形と言える[2]。翌朝、浜に打ち上げられた三つの遺体が無数の刃物で切り刻まれ、幾多の残忍な靴底に踏みにじられたかのように損壊していたという描写も、老人がどのような報復を行ったのかを直接描かず、痕跡だけを提示することで想像に委ねている[3]。
執筆背景と影響
キングスポートという架空都市の初出作品であり、後の『祭り』をはじめとする同都市を舞台にした一連の作品群の起点となった。短いながらも「説明しない恐怖」の手法が凝縮された一篇として評価されている。
老人の正体について、原典は「東インド航路の船長だった」という噂以外に一切の説明を与えない。近隣の人々が彼に近づかない理由も、瓶の中の振り子との奇怪な対話と、彼を見ると理由もなく吠え立てる犬たちの反応だけで暗示される[4]。強盗三人が彼を「気の毒な、孤独で誰にも好かれない老人」と見なし、いくばくかの同情すら覚えていたという皮肉な描写――彼らの職業がまさに強盗であるという乾いたユーモアを交えつつ――は、よそ者が土地の言い伝えを知らずに禁忌へ踏み込むという、後のラヴクラフト作品に繰り返し現れる構図の早い一例になっている。
出典
- [1] “Among the gnarled trees in the front yard of his aged and neglected place he maintains a strange collection of large stones, oddly grouped and painted so that they resemble the idols in some obscure Eastern temple.”(訳: 「彼は、老朽化し荒れ果てた屋敷の前庭、ねじれた木々の間に、奇妙な形に並べられ彩色された大きな石の一群を保っており、それはどこか名も知れぬ東方の寺院の偶像を思わせた」) — H. P. Lovecraft, “The Terrible Old Man”(1920年執筆/1921年発表)、老人の屋敷の描写, 公式アーカイブ ↩
- [2] “But when he looked, he did not see what he had expected; for his colleagues were not there at all, but only the Terrible Old Man leaning quietly on his knotted cane and smiling hideously. Mr. Czanek had never before noticed the colour of that man’s eyes; now he saw that they were yellow.”(訳: 「しかし彼が見たものは、期待していたものではなかった。そこに仲間の姿はまったくなく、ただ『恐ろしい老人』が節くれだった杖に静かにもたれ、おぞましい笑みを浮かべて立っているだけだった。チャネク氏はそれまで、この男の目の色に気づいたことがなかった――今、彼はそれが黄色であることを見た」) — 同上、結末の場面, 公式アーカイブ ↩
- [3] “…the three unidentifiable bodies, horribly slashed as with many cutlasses, and horribly mangled as by the tread of many cruel boot-heels, which the tide washed in.”(訳: 「……無数の刀剣で切り刻まれたかのように、また無数の残忍な靴底に踏みにじられたかのように、恐ろしく損壊した三つの身元不明の遺体が、潮に打ち上げられた」) — 同上、結び, 公式アーカイブ ↩
- [4] “He is, in truth, a very strange person, believed to have been a captain of East India clipper ships in his day; so old that no one can remember when he was young, and so taciturn that few know his real name.”(訳: 「彼は実に奇妙な人物であり、かつて東インド航路の快速帆船の船長であったと信じられている。あまりに年老いていて彼が若かった頃を覚えている者はなく、あまりに寡黙で本名を知る者もほとんどいない」) — H. P. Lovecraft, “The Terrible Old Man”(1920年執筆/1921年発表)、人物紹介, 公式アーカイブ ↩




