概要
本作はケイトリン・R・キアナン(Caitlín R. Kiernan)による中編小説で、〈Tinfoil Dossier〉三部作の第二作にあたる。2013年にSubterranean Pressから短編版チャップブックとして発表された後、2018年にTor.comから大幅に加筆された決定版が刊行された(旧版は世界幻想文学大賞候補作)。前作『Agents of Dreamland』に続き、メイン州ディア・アイルで発生した「異界的な災厄」の発生源を巡り、複数の秘密機関がそれぞれの思惑で暗躍する。主人公プトレマ(Ptolema)は、自らの組織にとっての「駒」に過ぎない存在として、双子を巡る奇怪な科学実験の真相と、水面下で進行する組織間の代理戦争に巻き込まれていく。時系列を交錯させる断片的な構成と、陰謀論・UFO伝承をラヴクラフト神話に接続する独自の設定が特徴で、シリーズ屈指の評価を得ている一作である。
クトゥルフ神話との関係
本作は「政府機関がクトゥルフ神話的脅威を隠密に処理する」という、TRPG『デルタグリーン』的な設定枠組みを踏襲しつつ、それをUFO陰謀論というアメリカのポップカルチャー的恐怖と融合させている点が特徴的である。前作『Agents of Dreamland』で示唆されたミ=ゴにまつわる終末論的カルトの余波が本作にも色濃く影を落としており、名状しがたい存在による人間社会への浸透という主題は一貫している。直接的な神名の言及以上に、「理解不能な力が国家の裏側で人知れず処理されている」という構造そのものが、現代的なクトゥルフ神話の解釈として機能している。
独自の要素・原典との違い
ラヴクラフトの原典が基本的に単一の語り手による直線的な体験談であるのに対し、本作は複数の時間軸・視点を交錯させる非直線的な構成を採用し、陰謀論・冷戦的な諜報戦というジャンルの語法を神話ホラーに接ぎ木している点が最大の特徴である。また、UFO目撃譚や政府の隠蔽工作といった現代アメリカの都市伝説的モチーフを積極的に取り込むことで、ラヴクラフトの時代にはなかった「20世紀後半以降のパラノイア」を主題化しており、続く三部作最終作『The Tindalos Asset』への接続を強く意識した構成になっている。