概要
霧に包まれた町で、作家仲間(ラヴクラフトを模した人物)とともに、異次元から来て人間の意識を喰らう存在に遭遇する一編。ラヴクラフト以外の作家による最初のクトゥルフ神話作品とされる記念碑的作品。
作品情報
- 原題: The Space-Eaters
- 執筆・発表年: 1928年発表(「ウィアード・テイルズ」誌7月号)
- 主題タグ: ラヴクラフトを模した登場人物、異次元から来る意識喰らいの存在、『ネクロノミコン』への言及
登場神格・用語
あらすじ
霧に包まれた町パートリッジヴィルで、語り手フランクと作家仲間ハワード(実在のH・P・ラヴクラフトを模した人物)が、隣人ヘンリー・ウェルズを森で襲った正体不明の存在に遭遇する。それは異次元から来て人間の意識・脳組織を喰らう存在で、十字の護符でのみ一時的に退けられる。二人は海路で難を逃れるが、数週間後、事件を小説に書き記したハワードのもとへ怪物が舞い戻り、護符も及ばず彼は光の中に喰われて絶命する。物語冒頭には「ジョン・ドウ(John Doe)訳『ネクロノミコン』より」と称する架空の引用が掲げられており、十字が「悪の力を惑わし退ける」道具として物語全体で重要な役割を果たす[1]。
読みどころと注目テーマ
ラヴクラフト本人を模した登場人物の劇的な最期、異次元から来る意識喰らいの存在という恐怖、『ネクロノミコン』からの架空の引用という手法――作中でハワードは、この見えざる恐怖について「その背後、その上方に潜む影の恐怖こそが、神秘で恐ろしいものなのだ。私たちのちっぽけな脳に、この宇宙よりも高次の次元に潜むかもしれない吸血鬼じみた存在について、いったい何がわかるというのか」と語り、旧来の怪奇小説の怪物たち(吸血鬼、幽霊、狂気じみた殺人者)を「陳腐」と切り捨てる[2]。結末で怪物がハワード自身のもとへ舞い戻る場面――天井から床まで届くほどの光の柱が原稿の紙片を貫いて渦を巻き、その光が友の頭の中へ絶え間なく注ぎ込まれていくという描写は、本作最大の見せ場である[3]。自らが書いた物語によって怪異を呼び戻してしまうという顛末は、後年多くの神話作品で反復される「禁断の知識を書き記す行為そのものが災厄を招く」という主題の早い先例にもなっている。
執筆背景と影響
ロング本人・研究者の双方から「ラヴクラフト以外の作家によって書かれた最初のクトゥルフ神話作品」とされる記念碑的な一作。ラヴクラフトを模した人物が登場する点、および『ネクロノミコン』の書名をラヴクラフト以外の作家として初めて自作に取り入れた点で重要。
作中のハワードは、ラヴクラフト本人を色濃く投影した人物として描かれるだけでなく、彼の(架空の)代表作『地虫の館』が、中西部の大学生を精神病院送りにしたという皮肉めいた逸話まで語られる[5]。実在のラヴクラフト自身を強く投影しつつも笑いを交えて造形されたこの人物像は、若き友人ロングによる敬愛とからかいが入り混じった一種のオマージュとして読むこともできる。
出典
- [1] “The cross is not a passive agent. It protects the pure of heart, and it has often appeared in the air above our sabbats, confusing and dispersing the powers of Dark.”—John Doe’s Necronomicon.(訳: 「十字は受動的な道具ではない。それは心清き者を守り、我らの夜宴の上空にたびたび現れては、闇の力を惑わし退けてきた」――『ジョン・ドウ訳ネクロノミコン』より)。Wikisource版の底本では、この架空の引用元の訳者名は「ジョン・ディー」ではなく「ジョン・ドウ(John Doe、英語で「名も無き者」を意味する慣用表現)」と表記されている。— Frank Belknap Long, “The Space-Eaters”(Weird Tales、1928年7月号)巻頭の献辞, Wikisource ↩
- [2] “It is the shadowy terrors that lurk behind and above them that are mysterious and awful. Our little brains—what can they know of vampire-like entities which may lurk in dimensions higher than our own, or beyond the universe of stars?”(訳: 「その背後、その上方に潜む影の恐怖こそが、神秘で恐ろしいものなのだ。私たちのちっぽけな脳に、我々の次元よりも高次の、あるいは星々の宇宙の彼方に潜むかもしれない吸血鬼じみた存在について、いったい何がわかるというのか」) — 同上、ハワードの弁, Wikisource ↩
- [3] “From the ceiling to the floor it towered, and it threw off blinding light. And pierced by the shafts, whirling around and around, were the pages of Howard’s story…Into his head, the light was pouring in a continuous stream.”(訳: 「それは天井から床まで届くほど聳え立ち、目もくらむ光を放っていた。その光条に貫かれ、ハワードの原稿の紙片がぐるぐると渦を巻いていた……彼の頭の中へ、光は絶え間なく注ぎ込まれていた」) — 同上、結末の場面, Wikisource ↩
- [4] 本作「The Space-Eaters」は「ウィアード・テイルズ」誌1928年7月号(第12巻第1号)に発表され、1931年1月1日より前の発表であるため米国でパブリックドメインとして扱われている。フランク・ベルナップ・ロングは1994年没。— 出典: Wikisource「The Space-Eaters」ページのパブリックドメイン表示, 該当ページ ↩
- [5] “One of his tales, ‘The House of the Worm,’ had induced a young student at a Midwestern university to seek refuge in an enormous redbrick building where everyone approved of his sitting on the floor and shouting at the top of his voice.”(訳: 「彼の物語の一つ『地虫の館』は、中西部のある大学の若い学生を、床に座り込んで大声で叫んでも誰も咎めない巨大な赤煉瓦の建物――すなわち精神病院――へと逃げ込ませる結果になった」) — Frank Belknap Long, “The Space-Eaters”(Weird Tales、1928年7月号)、ハワードの紹介, Wikisource ↩


