イベント — THE PROBLEM WITH PINOCHLE

The Problem with Pinochle

Gen Con 2026で収録された『クトゥルフの呼び声』の実プレイ。観客から出された題名ひとつを元に、シナリオをその場で丸ごと作った完全即興のセッションで、キーパーはRoss Bryant、プレイヤーにFelicia Dayらが参加した。書かれたシナリオを回すことを前提にしてきた日本のCoC文化と、正面から対になる。

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概要

『クトゥルフの呼び声』の版元ケイオシアムは2026年8月23日、公式ブログで実プレイ「The Problem with Pinochle」を紹介しました[1]。収録は2026年7月30日から8月2日にかけて開かれたGen Con 2026の会場で、制作は「Push the Roll with Ross Bryant」。キーパーをRoss Bryant氏が務め、プレイヤーとしてFelicia Day、Josephine McAdam、Paula Deming、Corbin Cuppの4氏が参加しています[1]。

普通の実プレイと違うのは、遊ぶシナリオが用意されていなかったことです。ケイオシアムの紹介文は、これを「観客が提案した題名から、その場で丸ごと作られたシナリオ」と説明しています[1]。

同じ日に当サイトでは、無料配布のシナリオを配信で遊ぶ日本の実プレイ「のっく、のっく、ちゃいむ」も扱いました。この2本は、同じゲームの遊び方として、ちょうど反対側の端に立っています。

公開されているもの

動画はPush The Rollの公式チャンネルで公開されています。掲載日は米太平洋時間の2026年8月22日夕方(日本時間では23日)、長さは2時間0分7秒。2026年8月25日1時50分の時点で3,345回再生、高評価299件です[2]。

内容の紹介として、チャンネル側は次のように書いています。

歴史ある客船クイーン・シャーロット号での、くつろいだ航海。それが、夕食と夜のマジックショーの間のどこかで奇妙になっていく[2]

観客が出した題名は「Pinochle」——2人から4人で遊ぶトランプゲームの名前です。そこから船上の怪異へ話を運んだことになります。神話の固有名詞でも、原典の地名でもなく、ごく日常的なカードゲームの名前が出発点に置かれた点は覚えておく価値があります。

即興でも、枠は先に敷いてある

「その場で作る」と聞くと無秩序を想像しますが、動画の説明欄には長いコンテンツ警告が並んでいます。性的な話題と含み、注射針、嘔吐、飲酒、ピエロ恐怖、身体変容、目の外傷、流血、暴力、死、溺死、医療的に危険な状態にある子どもへの言及、罵倒表現[2]。

シナリオが無い状態で始めるからこそ、どこまで行くかを先に宣言しておく必要があった、と読めます。ここでいう枠とは、卓で扱う題材の範囲を始める前に見せておく取り決めのことです。上に並べた警告は、視聴者に向けた注意書きであると同時に、その日の卓が踏み込む場所と踏み込まない場所の地図でもあります[2]。参加者は、始まる前にそれを見て、避けたい題材があれば申し出られます。

即興は「何をやってもいい」ことではなく、扱う範囲を先に決めたうえで筋書きだけを空けておく遊び方です。書かれたシナリオを遊ぶなら、何が出てくるかはシナリオ本文からある程度読み取れます。この回にはその本文がありません。先に用意されたのは枠だけで、物語はまだどこにも無い。日本の卓でも卓前の申し合わせは広く使われていますが、その位置づけがここでは一段はっきりします。

日本のCoCは、その逆をやってきた

日本のクトゥルフ神話TRPGは、書かれたシナリオを中心に回ってきました。個人が作品を書き、BOOTHやその他の場で配布し、それを遊んだ記録が動画になって次の書き手を呼ぶ——この循環がどう成立したかは「日本のCoCはなぜ「書く文化」になったのか」にまとめています。

具体例として、同じ週に配信された『のっく、のっく、ちゃいむ』を見ると対比がはっきりします。作者が決めた舞台があり(「あなたの部屋」)、想定人数と想定時間があり(1〜4人・1〜2時間)、キーパーは事前にそれを読み込んで卓に着く。配信では専用の間取り図まで用意されていました。

どちらが正しいという話ではありません。ただ、同じ『クトゥルフの呼び声』というゲームが、片方では「作者の設計を再現する遊び」、もう片方では「その場で作る遊び」として運用されている。この幅の広さ自体が、1981年に始まったこのゲームの40年余りの蓄積です。

収録された場所

Gen Conは、公式サイトによれば1968年にウィスコンシン州レイクジェニーバで始まった催しで、自らを「テーブルトップゲーム文化を祝う、最大かつ最も長く続く年次の集まり」と説明しています[6]。2026年はインディアナポリスで7月30日から8月2日まで開催され、チケット制のイベントは2万件を超えると案内されていました[6]。

同じ夏に開かれたもう一つの大きな催しが、8月13日から16日のNecronomiCon Providenceです。あちらはWeird Fictionの文学・美術・研究の祭典で、討論パネル71件のうちラヴクラフト本人と原典を論じる枠は10件でした(「2026年のNecronomiConは何を論じたか」)。ゲームの祭典と、読む側の祭典。同じ神話を扱いながら、集まる人も話す内容も別です。

即興セッションが生まれたのが前者だった点は、この2つの性格の違いをよく表しています。会場に卓を立て、観客の前で2時間遊んでみせる。読んで論じるのではなく、その場で回して見せる催しだからこその形です。

なお収録から公開までは3週間ほど空いています。会場で遊ばれたのは7月末から8月頭、動画が出たのが8月22日、版元が紹介したのが8月23日[1][2]。

即興は、この番組の通常運転ではない

Push The Rollがどういう番組かを見ておくと、この回の位置づけが変わります。

チャンネル登録者は4,270人。公開フィードで確認できる直近の投稿を並べると、7月22日・29日・8月6日に「The Wrath of the Wraith」の1/3から3/3、7月15日に「The Doom That Came To My Doorstep」の3/3、8月19日に「The TV Static Lies」の1/3[2]。通常回は3部構成で、数週かけて1本のシナリオを終える作りです。

舞台の幅も広く取ってあります。「The Wrath of the Wraith」は “Call of Cthulhu by Gaslight”、つまり1890年代を扱う設定の回で、「The Doom That Came To My Doorstep」は “Modern Call of Cthulhu” と付記されています[2]。1920年代だけを回している番組ではありません。

その中で、8月12日の「Miskatonic Spring Break」と今回の「The Problem with Pinochle」だけが「Live at Gen Con」と銘打たれ、1回完結です[2]。つまり即興は番組の平常運転ではなく、会場イベントという条件から出てきた形ということになります。

「その場で終わらせる」という同じ制約、違う解き方

会場でやる以上、セッションは1回で終わらなければなりません。観客は次の週まで待てないからです。

この制約は、日本の配信シナリオが背負っているものとよく似ています。『のっく、のっく、ちゃいむ』の想定時間は1〜2時間。1回の配信で始まって終わる長さに、作者があらかじめ設計してあります。無料配布されているシナリオの多くが同じ寸法を持つのは、視聴者が1本で完結を見たいからでしょう。

同じ「1回で終わらせる」という要求に対して、日本側は作者が先に短い話を書いて渡すという解き方をし、Gen Conの卓はその場で2時間分を作るという解き方をした。どちらも、シナリオを分割して数週に伸ばすやり方の反対側にあります。

こう並べると、即興かシナリオかという対立は、実は文化の違いだけの話ではなさそうです。1回で終わらせろという同じ条件から、書き手を先に立てるか、卓の上で解決するかが分かれている。日本の書く文化が厚いのは、その解き方が先に大量の作品を必要としたからでもあります。

原典の側に、即興は無い

念のため確認しておくと、この即興性は原典から来たものではありません。

ラヴクラフトが作品を発表するまでには、年単位の時間が空いています。「クトゥルフの呼び声」は1926年の夏に書かれ、雑誌に載ったのは1928年[3]。「インスマスの影」に至っては1931年に書かれて、刊行は1936年です[4]。書いてから世に出るまでに5年かかっている作品を残した作家の系譜から、「観客が出した一語で2時間の物語を組み立てる」という遊び方が自動的に出てくるわけがありません。

これは第3層——TRPGによる拡張——が独自に育てた性質です。原典/ダーレス以降の拡張/TRPG設定という区分については「原典/ダーレス系拡張/TRPG設定——三層で読み解くクトゥルフ神話」にまとめました。キーパーという役割そのものが、卓の上で起きたことに応じて裁定を下す仕事です。その延長線上に、筋書きごと即興で作る形がある。

数字だけ見ておく

同じ時期に公開された2本の実プレイの数字を並べておきます。Push The Rollのチャンネル[2]では、米太平洋時間8月22日に公開された「The Problem with Pinochle」が3,345回再生・高評価299件です。ディズムのチャンネル[5]では、8月24日に配信された『のっく、のっく、ちゃいむ』が13,170回再生・高評価887件を記録していました。どちらも2026年8月25日1時台の確認です。

チャンネルの規模も視聴者層も公開からの経過時間も違うので、この2つを比べて優劣を言うことはできません。ただ、公開から2日で1万3千回に届く実プレイが日本語圏に存在することは、シナリオ文化の厚みを示す数字ではあります。

英語圏の即興セッションが、著名な出演者とGen Conという場を得て3,000回台という規模感も、あわせて記録しておく価値があります。クトゥルフ神話TRPGの動画文化は、少なくとも数量では日本語圏が先行している、という見立てを裏づける材料の一つです。

もっとも、比べるべきは再生数ではないのかもしれません。片方は2万件のイベントが並ぶ会場の一角で、観客の前でゼロから物語を立ち上げてみせた2時間です。もう片方は、誰かが書いて無料で置いたものを、別の誰かが読み込んで卓に持ち込み、1万人以上がそれを見た1時間45分です。どちらも「シナリオとは何か」という問いに、別々の答えを出しています。

出典

  • [1] Chaosium Inc. “The Problem with Pinochle | Call of Cthulhu LIVE at Gen Con 2026 with Ross Bryant & Felicia Day”(Posted by Michael O’Brien on 23rd Aug 2026)。キーパー・参加者・「観客が提案した題名から、その場で丸ごと作られたシナリオ」の記述は同ページより https://www.chaosium.com/blog-the-problem-with-pinochle-call-of-cthulhu-live-at-gen-con-2026-with-ross-bryant-felicia-day/
  • [2] Push The Roll 公式YouTubeチャンネル「The Problem with Pinochle | Call of Cthulhu LIVE at Gen Con 2026 w/ Ross Bryant & Felicia Day」(2026年8月22日公開、2時間0分7秒)。再生数・高評価数・紹介文・コンテンツ警告は同ページより(2026年8月25日1時50分確認) https://www.youtube.com/watch?v=8bDwLpokvCo
  • [3] H. P. Lovecraft “The Call of Cthulhu”(1926年夏執筆/1928年『ウィアード・テイルズ』誌発表)。公式アーカイブ https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/cc.aspx
  • [4] H. P. Lovecraft “The Shadow over Innsmouth”(1931年執筆/1936年刊行)。公式アーカイブ https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/soi.aspx
  • [5] ディズム公式YouTubeチャンネル「おきがるにクトゥルフ『のっく、のっく、ちゃいむ』長尾 景,山神カルタ」(2026年8月24日配信)。再生数・高評価数は同ページより(2026年8月25日1時38分確認) https://www.youtube.com/watch?v=Op71cj5xIwA
  • [6] Gen Con 公式サイト トップページ「Gen Con Returns July 30 – August 2, 2026」「Over 20,000+ Events to Explore」および “What is Gen Con?” 節(2026年8月25日確認) https://www.gencon.com/

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