コラム — NECRONOMICON 2026 PROGRAM MAP

2026年のNecronomiConは何を論じたか

NecronomiCon Providence 2026の公式プログラムを全件数え、討論パネル71件を主題別に分類した。ラヴクラフト本人と原典を扱う枠は10件、彼以外の作家やジャンルを扱う枠は28件。学術シンポジウムは10セッション37本の研究発表を並べ、大規模言語モデル、トランス読解、優生学、気候変動が題目に上がっている。

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概要

NecronomiCon Providenceは、2026年8月13日から16日にかけてロードアイランド州プロヴィデンスで開かれた、Weird Fictionの祭典です。会期の内容と100周年企画については「NecronomiCon Providence 2026」にまとめました。

この記事が数えるのは、公式プログラムに並んだ題目そのものです。誰がどの部屋で何を論じる予定だったかが、時間割の形で残っています。公式サイトのCore Programmingページ[1]には、4日間の企画が題目・会場・説明文・登壇者つきで並んでいます。これを全件取り出して数え、討論パネルを主題別に分類しました。プログラムは「いま誰が何を論じる価値があると考えたか」の一覧表でもあります。読めば、2026年のラヴクラフト研究とWeird Fictionの現場が何を話題にしているかが見えてきます。

数え方

公式ページのHTMLから、段落単位で企画を取り出しました。2026年8月24日時点の掲載内容です。全部で130エントリあり、内訳は次の通りです。

種別件数
討論パネル71
アーミテージ・シンポジウム(学術発表)10セッション・37本
招待講演枠3枠・6本
ワークショップ9(うち1件は中止表示)
特別上演・特別講演7
朗読会・懇親会・式典など22
交流会・刊行記念・事務連絡8

以下の分類は当サイトによるもので、公式が付けている区分ではありません。1件を1分類に割り当て、71件すべてを分類しました。

討論パネル71件の内訳

分類件数
ラヴクラフト以外の作家・ジャンル・他メディア28
いま何を怖がるか(現代の主題)15
ラヴクラフト本人と原典10
作る・遊ぶ(創作技法・卓・翻案)10
誰が語るか(表象と政治)6
残す・集める(保存と蒐集)2

最初に目を引くのは件数の偏りです。ラヴクラフト本人と原典を論じる枠は10件。対して、彼以外の作家やジャンルを扱う枠は28件。およそ3倍です。彼の名を冠した街で、彼の作品を出発点として開かれる祭典でありながら、議論の重心はとうに彼の外側へ移っている——プログラムはそう読めます。

ラヴクラフトの外側にある28枠

28件の顔ぶれを並べると、Weird Fictionという枠がどこまで広がっているかが分かります。

  • 先行作家: アーサー・マッケン、シェリダン・レ・ファニュ、19世紀フランスの幻想文学、ドイツ文学における幻想の誕生(シャミッソー『影をなくした男』ほか)、ロマン主義文学に遡るWeirdの根
  • 同時代・後続の作家: ダフネ・デュ・モーリア、レイ・ブラッドベリ、ナボコフ、ウィリアム・S・バロウズ、カール・エドワード・ワグナー、フィリップ・K・ディック、ジョー・R・ランズデール
  • 音楽・映像・漫画: ニック・ケイヴ、ヒップホップとWeird、アメリカのダーク・フォーク音楽の起源、EC Comics、プリコード期のWeird映画、デヴィッド・リンチ、2000年代のWeirdテレビ番組、日本のホラー漫画

地域と時代でくくった枠もありました。骨より古い山を舞台にしたアパラチア・ゴシック、文明が崩れて数世代が過ぎた世界を描くポスト黙示録の暗黒時代、クラーク・アシュトン・スミスらが書いたハイパーボリアの時代。いずれもラヴクラフトの名前を必要としない題目です。

「Weird Fictionの祭典」という看板は、彼を一点として含む広い地図として運用されている——プログラムの構成はそう語っていました。

ラヴクラフトを論じる10枠が見ているもの

一方、原典を扱う10枠には共通した傾向があります。作品そのものより、作品の外側を見ています。

  • 源泉を洗う: 「Pre-Lovecraft Sources of Cosmic Horror」は、ポー、ブラックウッド、ビアス、マッケン、チェンバース、ダンセイニといった常連の名前を挙げたうえで、「ではラヴクラフト自身はどの作家を影響源として挙げていたか」を問い直します[1]。「Sources Over Innsmouth」は『インスマスの影』の着想源を、現実の土地・哲学的関心・彼が読んだ美術と文学から検討する枠です[1]
  • 周辺人物を掘る: R・H・バーロウの生涯、ラヴクラフトの十代の文通相手でジャズ興行主でもあったウィリス・コノヴァーと『Lovecraft at Last』刊行50年
  • 影響源としての思想: ブラヴァツキー夫人の神智学がコズミックホラーへ与えた影響、チャールズ・フォートが神話作品へ与えた影響

原典の読解そのものを正面に置くのは、「クトゥルフの呼び声」100年を扱う2枠と、詩集『ユゴスよりの真菌』の36篇を読む枠、ラヴクラフトの評論『文学における超自然の恐怖』を再検討する枠くらいです。しかもそのうち「The Call Of Cthulhu at 100」は、説明文で「この作品はよく書けた小説なのか、それとも面白くて影響力のあった小説なのか」と問いを立てています[1]。100周年の記念枠でありながら、称揚ではなく評価の再考として組まれている点は覚えておく価値があります。

いま何が怖いとされているか

現代の主題を扱う15枠は、恐怖の対象が具体的に何になっているかを示します。

環境汚染への「ぞっとする感じ」、企業と後期資本主義のホラー(リゴッティやバラードが引かれます)、来なかった未来の亡霊を扱うホーントロジー、寄生生物、極地の恐怖、病と障害の表象、見る/見られることの恐怖、そして物理学。「Redefining Cosmic Horror」に至っては、コズミックホラーというジャンルの定義そのものを議題にしています。説明文は「唯物論、宇宙的無関心、実存主義的主題が文化の中で主流になりつつあるとき、当初の定義は『ホラー』として本当に有効なのか」と問いかけます[1]。

100年前に恐怖として書かれたものが、いまや当たり前の世界観になってしまった——その前提の上で、では何を怖がるのかを問い直す枠が立っているわけです。

誰が語るかを問う6枠

原典の政治性を正面から扱う枠も、独立した塊として存在します。「A People’s History of The Cthulhu Mythos」は、植民地主義・資本主義・人種主義が神話の土台に組み込まれているのか、階級は作品内でどう機能しているのかを問い、近年の作品による再解釈がどこまで成功したかまで議題に入れています[1]。ほかに、怪物性を通じた女性性の昇華、ホラーとWeird Fictionにおける黒人作家・映像作家の貢献、トランスとノンバイナリの視点、ホラーゲームにおけるクィア表象、そしてラヴクラフト作品のオリエンタリズム。

学術シンポジウムの側にも「ラヴクラフトと優生学——彼にとっては個人的な問題だった」「クトゥルフ神話と反ユダヤ主義プロパガンダの比較分析」という発表が並びます[1]。避けて通る話題ではなく、正面の議題として時間が割り当てられています。

学術シンポジウム: 10セッション・37本

アーミテージ・シンポジウムは、司会つきのセッションが10本、研究発表が37本。セッションの主題は、文学地理とアーカイブ、超越と宇宙的循環、ゴシックの伝統、アイデンティティの喪失、映像化、無意識、陰謀と誤情報、エコホラーと宇宙的崩壊、言語学とLLM、宇宙的悲観主義です[1]。

個々の発表題目を見ると、いまの研究の関心が具体的に分かります。ラヴクラフト後期作品に響くカナダ、UFO/UAPの存在論への影響、『ドアの敷居にあるもの』のトランス的共鳴、フィクション・ポッドキャストにおける障害表象、機械生成されたグリモワールと戯曲、光合成をしない生態系の評価、クトゥルフの気候変動的読解、そして『クトゥルフ神話クリーチャー宇宙の分類に向けて』[1]。

生物学、気候科学、言語学、機械学習が、文学研究の側から神話へ持ち込まれています。

日本の話題が4枠

日本発の題目が4枠あります。漫画家の田辺剛、編集者のHayato Shimizu、翻訳者のザック・デイヴィソンが登壇するパネルが2枠(公式表記はローマ字のみで、編集者名の漢字表記は確認できませんでした)——ひとつは水木しげる、楳図かずお、諸星大二郎らを軸に日本のホラー漫画の起源をたどる枠、もうひとつはラヴクラフト作品の漫画化そのものを扱う枠で、「クトゥルフの呼び声」「狂気の山脈にて」「宇宙からの色」を漫画にする際の課題と、翻案されたテキストを英語へ訳し戻す作業が議題です[1]。

さらに特別講演として、日本の民間伝承と漫画におけるホラーの伝統を扱う「Masters of Monsters」と、幽霊の姿がなぜあの形に定着したのかを扱う「Yurei – The Japanese Ghost」が組まれています[1]。

卓と制作の10枠

TRPGと創作技法の枠も10件あります。『クトゥルフの呼び声』での宗教の扱い、クトゥルフという神格を卓でどう使うか(説明文は「彼の姿を見せれば全滅が起きやすい」という実務的な難題から入ります[1])、小道具と特装本の共同設計、書簡体という形式、描写の分量、共同執筆、そしてボードゲーム業界の話。

小道具設計の枠がプログラムに立っていることは、『Eternity at Sea』のような資料集がいま作られていることと地続きです。原典/ダーレス系拡張/TRPG設定という三層の区別で言えば、第3層を作っている人たちが自分たちの制作手法を議題にする場が、学術発表と同じ会場に並んでいることになります。

書く場と、残す場

パネル以外の枠にも、この会の性格が出ています。ワークショップ9枠のうち2枠は、資料を残す作業そのものに充てられていました。自分の原稿を将来アーカイブへ収めるための実務と、オーラルヒストリーの聞き取り訓練です[1]。討論パネル側の「Archives: Preserving Collective Memory」「The Collectable Lovecraft」を足すと4枠。司書と文書館員がWeird Fictionでどう描かれてきたかを扱うパネルまで数えれば、記録と蒐集にまつわる枠は5つになります。

これは偶然ではないはずです。ラヴクラフト研究は、生前ほとんど本にならなかった作家の手紙と同人誌を、後世の人間が拾い集めて成り立ってきた分野です。バーロウの生涯を扱う枠も、十代の文通相手ウィリス・コノヴァーの本を50年後に振り返る枠も、その延長にあります。誰かが紙を捨てなかったから、いま議題にできている。ワークショップの題目が「あなたの原稿には保存する価値がある」と始まるのは、その自覚の表明でしょう[1]。

残りのワークショップは、司会の技術、パネリストの技術、朗読とオーディオブックのための発声、教室でジャンル文学を教えるときにカノンをどう組み直すか、即興喜劇の技法でゲームマスターの腕を上げる方法、Weird詩の書き方[1]。議論の作法そのものを教える枠が2つある点は、この会が議論を主産物と考えていることの表れです。なお1枠は公式ページ上で中止と表示されています。

朗読・懇親の22枠にも、新人の朗読会「Next Wave of The Weird」が含まれます[1]。読む、書く、演じる、保存する——プログラムは、これらを研究発表と同じ時間割の中に並べています。

この地図が示すもの

71枠を分類して残るのは、ラヴクラフトが出発点であって中心ではなくなっているという構図です。彼の名で人が集まり、彼の街で開かれ、彼の作品の100周年が祝われる。しかしプログラムの3分の1以上は彼以外の作家に割かれ、原典を扱う枠も源泉と周辺人物の調査へ向かい、ジャンルの定義そのものが議題になっています。

当サイトが原典・ダーレス以降・TRPGの三層を分けて記録しているのは、こうした拡張が現在進行形で続いているからです。2026年のプログラムは、その拡張がいまどの方向へ伸びているかの見取り図として読めます。

出典

  • [1] NecronomiCon Providence 公式サイト “Core Programming”(2026年8月24日取得)。企画の件数・題目・説明文・登壇者はすべてこのページの掲載内容による。分類は当サイトによるもの。 https://necronomicon-providence.com/core-programming
  • [2] NecronomiCon Providence 公式サイト “Welcome”(会期2026年8月13〜16日) https://necronomicon-providence.com/welcome

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