イベント — TOMES OF TERROR SOUNDS OF FEAR

Tomes of Terror: Sounds of Fear

ボストン近郊の劇団The Post-Meridian Radio Playersが2026年10月に上演するハロウィン公演。ラヴクラフト「眠りの壁の彼方」を含む3本立てのラジオドラマを、フォーリー担当が生で音を付けながら観客の前で演じる。原典の語り手が無線電信の機械を自作して他人の夢とつながる話なので、音だけで演じる形式と題材が正面から噛み合う。

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概要

ボストン近郊を拠点とする劇団The Post-Meridian Radio Playersが、2026年のハロウィン公演として『Tomes of Terror: Sounds of Fear』を上演します[1]。ラジオドラマ3本立てで、観客の前で音を作りながら演じる形式です。効果音はフォーリー担当が生で付けます[1]。

公演は10月23日・24日と29〜31日、会場はデイヴィス・スクエア(正確な時刻と場所は追って告知)[1]。出演者とフォーリー担当のオーディションは8月24日・25日に行われました[2]。出演者は無償で、ボランティアの地域劇団として運営されています[2]。

3本のうち1本が、ラヴクラフトの「眠りの壁の彼方」(1919年)です。この記事では、その一篇がなぜラジオドラマ向きなのかを、原典の本文から確かめます。

三本立ての中身

公式サイトが挙げる3本は次の通りです[1]。

  • Beyond the Wall of Sleep — ラヴクラフトの短編より。脚色ロン・N・バトラー、演出キティ・ドレクセル。あらすじは「ある科学者が夢の機械を使って患者を助けようとするが、眠りの壁を突き破って怪物の領域へ入ってしまう」
  • Phantom Frequency — ウィリアム・キャメロンによるオリジナル作品、演出クリスティーナ・スピニー。「後ろ暗い過去を持つ男が、逃れられない音源——自分のカーラジオ——を通じて犠牲者たちに憑かれる」
  • The Monkey’s Paw — W・W・ジェイコブズの短編より。脚色R・A・パウリ、演出アレックス・ラフレニエール。願いを叶える猿の手を手に入れた一家の話

「眠りの壁の彼方」はどんな話か

1919年に書かれ、同年『パイン・ブリーズ』誌に載った初期作です。

精神病院に勤める若いインターンが語り手。キャッツキル山地から搬送されてきたジョー・スレイターという粗野な男が、錯乱するたびに輝く宮殿や星々の戦いについて語ることに興味を持ちます。語り手は自作の装置でスレイターの脳と自分の脳をつなぎ、その肉体に一時的に閉じ込められていた「光のエネルギー生命体」と交信することに成功する——というのが筋です[3]。

存在はスレイターの死とともに解放され、宇宙の宿敵である悪魔の星アルゴルとの決戦へ向かうと告げます。数日後、天文学者たちがアルゴルの近くに新星の爆発を観測する。語り手は、あの存在が勝ったのだと確信します[3]。

原典の語り手は、無線機を自作している

ここが今回の眼目です。語り手がスレイターの夢へ入るために使う装置は、魔術でも薬物でもありません。彼が大学時代に組んだ無線機です。

原文はこう書いています。

I had in my college days prepared a set of transmitting and receiving instruments somewhat similar to the cumbrous devices employed in wireless telegraphy at that crude, pre-radio period(訳: 私は大学時代に、送信機と受信機の一式を用意していた。あの粗野な、ラジオ以前の時代に無線電信で使われていた不格好な装置に、いくらか似たものだ)[3]

そして病室で、語り手は「私の宇宙的な”ラジオ”の両端を、彼の頭と私の頭に当てた」と書きます[3]。“radio” が引用符つきで書かれているのは、1919年の時点でその語がまだ据わっていなかったからでしょう。原文は同じ装置を「テレパシーの”ラジオ”」とも呼んでいます[3]。

ラヴクラフトは、思考が原子や分子の運動であり、熱や光や電気と同じくエーテル波へ変換しうる、という前提からこの装置を導いています[3]。唯物論者の理屈で組み立てられた、怪奇小説の中の通信機です。

「ラジオ以前」の無線が、ラジオドラマになる

つまり2026年のこの公演は、ラジオ以前の時代を舞台にした、無線で心をつなぐ話を、ラジオドラマとして上演することになります。媒体と題材が一致しています。

しかも公式のあらすじは、この装置を「夢の機械(dream machine)」と呼び替えています[1]。原典が「無線電信に似た送受信機」と説明したものを、100年後の脚色は夢の機械と呼ぶ。装置の説明が時代とともに書き換わっていること自体が、翻案の記録として面白いところです。

三本のうち二本が、電波の話

並びを見ると、もう一つ気づくことがあります。オリジナル作品の『Phantom Frequency』は、男がカーラジオを通じて犠牲者たちに憑かれる話です[1]。

3本立てのうち2本が、受信機から来るものの話になっています。ラジオドラマの公演として、これは意図的な編成でしょう。聴き手はスピーカーから出てくる音を聞いており、劇中の人物も受信機から出てくる声に憑かれている。形式と内容が二重になります。

残る1本、W・W・ジェイコブズの「猿の手」(1902年)は、願いを叶える呪物の話です。こちらは電波と無関係ですが、姿を見せずに恐怖を成立させるという点では同じ系列にあります。あの短編で最も怖いのは、扉の外にいるはずのものを、読者が最後まで見ないことです。

3本を並べると、この公演が何を選んだのかが見えてきます。受信機から来るもの、扉の外にいるもの、夢の壁の向こうにいるもの。どれも、聴き手の側からは見えない場所にいます。ラジオドラマという形式に対して、見えない場所から来るものだけを集めた編成になっています。

物語は、実在の新星の記録で終わる

この短編には、もう一つ変わった仕掛けがあります。結末が、実在の天文記録の引用でできているのです。

作中の時間は1900年から1901年の冬。語り手が装置で交信に成功するのは、原文によれば1901年2月21日の出来事です[3]。光の存在は、自分が長らく戦ってきた「圧制者」について語り、地上の人間はその瞬く灯りに「アルゴル、悪魔の星」という名を与えている、と告げます[3]。

そして語り手は、自分の証言だけでは偏っていると思われるだろうから、と断ったうえで、当時の高名な天文普及家ガレット・P・サーヴィス教授の文章をそのまま引用します。1901年2月22日、エディンバラのアンダーソン博士が、アルゴルからそう遠くない場所に驚くべき新星を発見した——という記述です[3]。

ペルセウス座新星(Nova Persei)は、実際に1901年に観測された新星です。ラヴクラフトは、架空の交信が起きた翌日に実在の天体現象が記録されていることを利用して、作り話の末尾を現実の記録に釘付けにしました。「もう一人のペンが、この最後の証言を加えなければならない」という語り手の言い方も、「クトゥルフの呼び声」の資料を突き合わせる構造と地続きです。

朗読で演じることを考えると、この結末は扱いやすいはずです。引用文はもともと、声に出して読み上げられる書き物として置かれているからです。

神話を音にする試みには、先例がある

クトゥルフ神話を音で作る仕事は、この公演が最初ではありません。

たとえばH・P・ラヴクラフト歴史協会は、TRPGシナリオ『Eternity at Sea』に、プロの俳優と効果音で制作した音声プロップ9点と、ループ再生できる環境音4点を同梱しています。卓上で配る小道具の一部として、NPCとのやり取りが録音されている形です。

そちらが「読む資料の延長として音を置く」試みだとすれば、今回のラジオドラマは音だけで全部を担う試みです。同じ神話を、片方は卓の小道具として、片方は舞台の上演として音にしている。原典が文章でしか書かなかったものを、どこまで別の器に移せるかという点では、どちらも同じ問いを扱っています。

音を人がつくる

オーディションの告知は、声だけでなくフォーリー担当も募集しています[2]。フォーリーは、足音や扉の軋みといった効果音を人力で作る仕事です。公式の説明によれば、この公演は観客の前で、フォーリー担当が音を付けながら演じられます[1]。

聴き手から見ると、恐怖の材料が舞台上で作られているのが見える状態になります。ドアが軋む音を人が作っている。それでも怖い、というところまで持っていくのがこの形式の勝負どころでしょう。

声にするとき、いちばん難しいところ

原典を朗読の台本として見ると、扱いが割れそうな箇所が二つあります。

一つは語り手の地の文です。この短編は、シェイクスピアからの題辞「I have an exposition of sleep come upon me.(眠りの講釈が私に降りてきた)」で始まり、そのあと夢についての長い考察が続きます[3]。冒頭はこうです。

I have frequently wondered if the majority of mankind ever pause to reflect upon the occasionally titanic significance of dreams(訳: 人類の大半が、夢というものの、時に途方もない意義について立ち止まって考えることがあるのだろうかと、私はしばしば思ってきた)[3]

フロイトの幼稚な象徴主義はさておき、と一行で切り捨てるような文章です[3]。理屈で押していく地の文なので、声に乗せると理屈っぽさがそのまま出ます。ここをどう処理するかで、上演の性格が決まるはずです。

もう一つはジョー・スレイターの言葉です。原典では、彼が錯乱時に語る幻視が、素朴な語彙で書かれています。輝く宮殿は「屋根も壁も床も光っている、大きな大きな小屋」であり、遠くから「大きな奇妙な音楽」が聞こえてくる[3]。

高次の存在が見せている光景を、山地から来た粗野な男の語彙が受け止めきれずに変換している——という書き方です。文章なら地の文との落差で伝わりますが、声にすると、演者の話し方そのものがこの落差を作ることになります。フォーリーで鳴らす「大きな奇妙な音楽」が、どんな音として決められるのかも含めて、朗読ならではの判断が要る場所です。

見せないという条件

ラヴクラフトの記述は、そもそも見せない方向へ寄っています。名状しがたい、筆舌に尽くしがたい、という言い回しが繰り返されるのは、書き手が形を確定させないためです。当サイトがコズミックホラーの項でも扱っているとおり、恐怖の所在は怪物の造形ではなく、人間の理解が届かないという事実の側にあります。

映像化は、この点でいつも難所を抱えます。画面に映せば形が決まってしまうからです。音だけの上演には、その制約がありません。「眠りの壁の彼方」の光の存在にしても、原典は輝きとしか書いていない。声と音だけで演じるなら、原典の書き方をそのまま持ち越せます。

100年前に無線電信の装置で夢の向こうとつながった話が、2026年に、声と人力の効果音で上演される。装置の名前は「夢の機械」に変わり、演じるのは無償のボランティア劇団で、会場はボストン近郊の小さな街です。

当サイトの「眠りの壁の彼方」の記事は、いま600字ほどの短いものです。ペルセウス座新星の引用で終わる構造も、スレイターの語彙の話も、まだ書けていません。この公演を追いかけるなら、原典側の記事を先に厚くしておくべきでしょう。

上演は10月23日からです。公演の記録が出てきた時点で、この記事に追記します。

出典

  • [1] The Post-Meridian Radio Players 公式サイト「Tomes of Terror: Sounds of Fear」(2026年8月25日確認)。3本の演目・脚色者・演出者・あらすじ、公演日程、フォーリーによる生の音付けはいずれも同ページより https://pmrp.org/events/soundsoffear/
  • [2] 同 オーディション告知ページ(2026年8月25日確認)。オーディション日程、声とフォーリーの募集、無償のボランティア劇団である旨 https://pmrp.org/events/soundsoffear/auditions
  • [3] H. P. Lovecraft “Beyond the Wall of Sleep”(1919年執筆・発表)。装置の説明と引用、あらすじはいずれも公式アーカイブの公開テキストより https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/bws.aspx

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