イベント(パネル討論、2026年8月28日・30日) — LAcon V 2026: Lovecraft and the Mythos Panels

「ラヴクラフト本人への評価」と「Lovecraftianという文化」を切り分ける——LAcon V 2026の2つのパネル

世界SF大会「LAcon V」(2026年8月27〜31日、アナハイム)で、ラヴクラフト本人の道徳的矛盾を扱うパネル「Bring Me the Head of Howard Phillips Lovecraft」(8月28日)と、クトゥルフ神話を核兵器の比喩として読むパネル「Eldritch Horror as a Nuclear Metaphor」(8月30日)が開催された。公式プログラムの記載内容を、当サイトの既存記事とあわせて確認する。

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概要

世界SF大会「LAcon V」(第84回世界SF大会、Worldcon)が、2026年8月27日から31日までアナハイム・コンベンションセンターおよびヒルトン/マリオット・アナハイムで開催された[1]。数あるプログラムの中で、当サイトが注目するパネルが2つある。8月28日の「Bring Me the Head of Howard Phillips Lovecraft」と、8月30日の「Eldritch Horror as a Nuclear Metaphor」である。いずれも公式プログラムガイド(guide.lacon.org、ConClárというシステムで運用)に登録されている項目で、以下の情報はそこから直接確認した[1]。

「Bring Me the Head of Howard Phillips Lovecraft」——本人の道徳的矛盾を正面から扱う

8月28日10:30(会場263B、ACC North)、60分間のパネルとして開催された[1]。登壇者はChris Campbell、Denise Dumars、Josh Wilson、Robert Mitchell Evans、そして司会はNick Mamatas[1]。公式の紹介文は次の通りである。「This panel explores the moral dimensions at the heart of any consequential work of horror. Beyond the moral collapse and contradiction at the heart of H.P. Lovecraft’s fiction, we discuss historic and contemporary works of horror in literary fiction, film and video, and podcasting. Why do some still love the Lovecraftian vibe even after we’ve lost our faith in the man himself?(このパネルは、意義あるホラー作品の核心にある道徳的な次元を掘り下げる。H・P・ラヴクラフトの創作の核心にある道徳的崩壊と矛盾を超えて、文学・映画・映像・ポッドキャストにおける、過去と現代のホラー作品について論じる。なぜ人は、本人への信頼を失った後もなお、”Lovecraftianな雰囲気”を愛し続けるのか?)」[1]。タグには「Horror」「History」「Inclusivity」が付けられている[1]。

このパネルが前提としている「本人への信頼の喪失」という部分は、決して誇張ではない。当サイトが別記事「クトゥルフ神話は誰のものになったのか」で確認した通り、ラヴクラフトが遺した推定10万通の書簡には反ユダヤ的・人種差別的な見解が繰り返し記されており、1909年には地元紙への投書でクー・クラックス・クランを称賛してもいる。パネルのタイトルにある「Head(首)」という語は、称賛の対象としてではなく、切り離して問い直すべき対象としてのラヴクラフト像を示していると読める。

「Eldritch Horror as a Nuclear Metaphor」——核という比喩としてのクトゥルフ神話

8月30日15:00(会場Manhattan、Hilton)、同じく60分間のパネルとして開催された[1]。登壇者はCatherynne M. Valente、Paul Weimer、Richard Swan、司会は前述と同じくNick Mamatas[1]。公式の紹介文は次の通り。「Stories about incomprehensible forces of unimaginable magnitude with the power to destroy the world have existed in science fiction long before the arrival of atomic weapons. Many recent authors have used the Cthulhu mythos and cosmic horror to explore ideas around the most devastating types of warfare. This panel will talk about the best of these stories and what they tell us about our relationship to military conquest.(世界を滅ぼす力を持つ、理解を超えた途方もない規模の存在についての物語は、核兵器の登場よりずっと前からSFの中に存在してきた。近年の多くの作家が、クトゥルフ神話と宇宙的恐怖を使って、最も破滅的な種類の戦争についての考えを掘り下げている。このパネルでは、その中でも優れた作品と、それらが私たちと軍事的征服との関係について何を教えてくれるかを語る)」[1]。タグには「Military Fiction」「Fantasy」「Horror」「Legends, Folklore and Fairytales」が付けられている[1]。

こちらは「Bring Me the Head」とは対照的に、ラヴクラフト本人の伝記的事実ではなく、彼が生み出した神話体系そのものが後世でどう応用されてきたかを扱うパネルである。「理解を超えた、世界を滅ぼす力」という原典の宇宙的恐怖の骨格が、核兵器という20世紀以降の現実の脅威を語るための比喩として転用されてきたという指摘は、当サイトが原典/ダーレス系拡張/TRPG設定という三層で扱ってきたのとは別の拡張のされ方――神話が「比喩の道具」として文学の外へ持ち出される拡張――を示している。

両方の司会を務めるNick Mamatas氏について

2つのパネルの司会を共通して務めているNick Mamatas氏は、ホラー・SF・ファンタジーを手がける作家で、Bram Stoker賞に4度ノミネートされたのち、2010年にアンソロジー『Haunted Legends』(Ellen Datlowとの共編)の編集業で同賞を受賞した。共編したこの『Haunted Legends』は2011年World Fantasy賞のアンソロジー部門にもノミネートされており、Clarkesworld Magazineの編集者としては2009年ヒューゴー賞ベスト・セミプロジン部門、2011年にはベスト・エディター(ロングフォーム)部門にノミネートされている[2]。ラヴクラフトとビート・ジェネレーション文学を融合させた小説『Move Under Ground』(2004年)の作者でもある。2016年の小説『I Am Providence』は、架空のラヴクラフト系ファン大会「Summer Tentacular」を舞台にしたオカルト殺人ミステリーで、NPRは書評の見出しでこの作品を「文学サブカルチャーへの、愛と憎しみが入り混じった手紙(“Love/Hate Letter”)」と呼んだ[2]。ラヴクラフトのテーマを長年の創作の軸としてきた作家自身が、「本人への信頼を失った後も愛される理由」と「神話が核の比喩へ転用される理由」という、対照的な2つの問いを両方司会する立場にいることになる。

2つのパネルが同じ大会に並ぶ意味

この2つのパネルは、司会に同じNick Mamatas氏を据えながら、扱う対象が対照的である。一方は「ラヴクラフトという個人の道徳的欠陥」を直視し、もう一方は「ラヴクラフトが生み出した神話という道具」の応用可能性を論じている。当サイトが記事ごとに「原典ではこう書かれている」「後世の解釈ではこうなっている」と層を分けて記録しているのと同じ整理が、SFファンダムの議論の場でも自然と行われていることになる。作者への評価と、その作者が生み出した文化的資産への評価は、同じ軸の上にはない。この2つのパネルが同じ大会に並んでいること自体が、その分離が可能であることを示す実例になっている。当サイトが神格記事で「原典ではこう」「後世の設定ではこう」と分けて書いているのも、根底にはこれと同じ発想がある。作者個人の伝記的事実と、その作者が世に送り出した創作物が後世でどう扱われてきたかは、常に別々に検証しなければならない――LAcon Vのこの2つのパネルは、その原則をファンダムの現場で体現している。

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出典

  • [1] LAcon V(第84回世界SF大会)が2026年8月27〜31日、アナハイム・コンベンションセンターおよびヒルトン/マリオット・アナハイムで開催されていること。「Bring Me the Head of Howard Phillips Lovecraft」の開催日時(8月28日10:30、会場263B/ACC North、60分)、登壇者(Chris Campbell、Denise Dumars、Josh Wilson、Robert Mitchell Evans、司会Nick Mamatas)、紹介文全文、タグ(Horror/History/Inclusivity)、「Not Recorded」「Not Streamed」の記載。「Eldritch Horror as a Nuclear Metaphor」の開催日時(8月30日15:00、会場Manhattan/Hilton、60分)、登壇者(Catherynne M. Valente、Paul Weimer、Richard Swan、司会Nick Mamatas)、紹介文全文、タグ(Military Fiction/Fantasy/Horror/Legends, Folklore and Fairytales)、「Recorded」「Streamed」の記載 — LAcon V公式プログラムガイド, guide.lacon.org ↩
  • [2] Nick Mamatasが2010年にアンソロジー『Haunted Legends』(Ellen Datlowとの共編)の編集でBram Stoker賞(アンソロジー部門)を受賞し、ほかに『Northern Gothic』(2001年、長編フィクション部門)・『Move Under Ground』(2004年、処女長編部門)・”The Dude Who Collected Lovecraft”(2008年、短編部門)・『Starve Better』(2011年、ノンフィクション部門)の4作でBram Stoker賞にノミネートされたこと — The Bram Stoker Awards公式サイト「Mamatas, Nick」(2026年9月7日確認), https://www.thebramstokerawards.com/first-novel/mamatas-nick/ 。『Haunted Legends』(Datlow, Mamatas編)が2011年World Fantasy賞アンソロジー部門にノミネートされたこと — SFWA(全米SF・ファンタジー作家協会)公式発表「2011 World Fantasy Awards Announced」(2011年10月30日)、https://www.sfwa.org/2011/10/30/2011-world-fantasy-awards-announced/ 。Nick MamatasがClarkesworld Magazine編集者(Neil Clarke, Sean Wallaceと共同)として2009年ヒューゴー賞ベスト・セミプロジン部門にノミネートされたこと、2011年ヒューゴー賞ベスト・エディター(ロングフォーム)部門にノミネートされたこと — The Hugo Award公式サイト「2009 Hugo Awards」https://www.thehugoawards.org/hugo-history/2009-hugo-awards/ 、「2011 Hugo Awards」https://www.thehugoawards.org/hugo-history/2011-hugo-awards/ (いずれも2026年9月7日確認)。小説『Move Under Ground』の出版年(Night Shade Books、2004年)は著者公式サイトの書誌ページによる — Nick Mamatas公式サイト「Bibliography」, http://www.nick-mamatas.com/bibliography.php 。小説『I Am Providence』(2016年)についてNPRが書評の見出しで「’I Am Providence’ Is A Love/Hate Letter To A Literary Subculture」と評したこと — Jason Heller, NPR(2016年8月3日), https://www.npr.org/2016/08/03/487634306/i-am-providence-is-a-love-hate-letter-to-a-literary-subculture 。なお、評論家ケネス・ハイトが『Move Under Ground』を「ラヴクラフトが書いていない最高のクトゥルフ神話小説の一つ」と評したという記述(出典『Cthulhu 101』, Kenneth Hite著, Atomic Overmind Press, 2010年)は、当サイトの出典基準を満たす資料での本文確認ができなかったため、本文から削った。 ↩
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