小説 — The Street

通り

ニューイングランドの海辺の集落に生まれた一本の道を主人公に据え、水汲みの小道から丸太小屋の並ぶ集落、レンガ造りの家々が並ぶ都市の街路へと姿を変える様子を追う掌編です。世代が移り変わっても保たれてきた「通り」の気質は、移民の流入とともに荒廃し、終盤ではペトロヴィッチのパン屋やリフキン現代経済学校に集う謎めいた集団の陰謀が噂されます。独立記念日を前にしたある夏の夜、老朽化した家々が理由も告げられないまま一斉に崩れ落ちるところで幕を閉じます。1920年?執筆、1920年12月『ウルヴァリン』発表。約2,200語。

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通り

「物や場所には魂が宿るという者もあれば、宿らぬという者もある。私自身はあえてどちらとも言わないが、この通りのことは語ろう」

— H・P・ラヴクラフト「通り」(1920年執筆・発表)冒頭部
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概要

「通り」は、モノや場所に魂が宿るかどうかという問いを語り手が投げかけたまま判断を保留し、代わりにひとつの道について語ると宣言するところから始まる掌編です。主語に据えられるのは、ニューイングランドの海辺の集落に生まれた一本の道そのものです。語り手は終始この「通り」に寄り添う視点をとり、そこに住んだ人々の移り変わりを追っていきます[1]。

物語の前半では、水汲みの小道だった頃から丸太小屋が立ち並ぶ集落へ、さらにレンガと木造の家々が並ぶ都市の街路へと姿を変えていきました。住人の服装も乗り物も明かりの色も時代とともに移ろいますが、道そのものの気質は長らく変わらなかったと語られます[1]。

後半になると、通りの住人はかつての面影を失い、道は荒廃した街の一角へと変わっていきます。終盤の山場は、古い家々に集う正体不明の集団への噂と、ある夏の夜に家々が前触れもなく一斉に崩れ落ちる場面です。語り手は最後に、冒頭とほぼ同じ言葉を繰り返してこの通りについて語り終えたことを告げます[1]。

作品情報

  • 原題: The Street
  • 執筆: 1920年?(年譜の表記のまま)[2]
  • 初出: 『The Wolverine』第8号、1920年12月、2–12ページ[3]
  • 分量: 約2,200語(公式アーカイブ本文を機械集計)。章分けなし
  • 語り: 一人称の語り手が、「通り」そのものに寄り添う視点で歴史を語ります。語り手自身の素性は本文中で明かされません
  • 舞台: ニューイングランドの海辺の集落に発し、都市へと成長していく一本の道「通り」と、その両側に並ぶ家々
  • 主題: 物や場所が魂を持つかという冒頭の問いを軸に、一本の道が見てきた開拓・独立・産業化・移民の流入・崩壊という変化

登場神格・用語

神格は登場しません。作中では、終盤に「通り」の住人たちが集まる4つの拠点が名指しで登場します。

  • ペトロヴィッチのパン屋(Petrovitch’s Bakery)
  • リフキン現代経済学校(the Rifkin School of Modern Economics。本文では「みすぼらしい」と形容されます)
  • サークル・ソーシャル・クラブ(the Circle Social Club)
  • リバティ・カフェ(the Liberty Café)

いずれも、当局が内偵を続けながら証拠をつかめなかった集会場所として終盤に名前が挙がります[1]。

あらすじ

開拓の道から都市の街路へ

物語は、「物や場所には魂が宿るという者もあれば、宿らぬという者もある」という語り手の言葉から始まります[1]。「祝福された島々」から海を渡ってきた「力と誉れの男たち」がこの通りを切り開いたと語られ、最初は森の泉から浜辺の家々へ水を運ぶ者たちが踏み固めただけの小道だったとされます[1]。集落が育つにつれ、人々は北側に樫材の丸太小屋を建て、森に面した側には石積みの壁も備えました。火矢を放つインディアンが森に潜んでいたためです[1]。数年後には南側にも小屋が並び、円錐形の帽子をかぶった男たちがマスケット銃や散弾銃を手に道を行き来し、ボンネット帽の妻子とともに夜は炉端で本を読み、語り合う暮らしが描かれます。戦争のあとインディアンが通りを脅かすことはなくなり、人々は労働に励んで豊かになりました。子や孫の代になる頃には、町はすでに都市へと育っています[1]。

独立と繁栄の時代

丸太小屋は次第に、石段や鉄柵、扇形の欄間を備えたレンガと木造の家々に置き換わりました。内部には彫刻を施した炉棚や優美な階段があり、本国から運ばれた家具・陶器・銀器が飾られます[1]。書物や絵画、音楽が家々に届き、若者たちは北の高台に建った大学へ通うようになりました。円錐帽とマスケット銃の時代は過ぎ、三角帽と小剣、レースと真っ白なかつらの時代が訪れます。敷石の上を血統馬の馬車や金めっきの箱馬車が行き交い、れんが敷きの歩道には乗降台やつなぎ柱が設けられました[1]。通りには威厳のある楡や樫、楓が茂り、家々の裏には塀で囲まれたバラ園があって、夕暮れには月や星が露に濡れた花々を照らしたと記されます。若者の多くが出征し、何人かは帰らぬまま、古い旗が下ろされて星条の新しい旗が掲げられる出来事もありましたが、通りの人々の言葉や訛りは変わらず、その気質は揺らがなかったとされています[1]。

戦争と衰退

三角帽やかつらの時代が終わると、通りにはステッキとシルクハット、短く刈った髪の住人が現れます。遠くの川からは汽笛の音が届き、やがて別の方向からも同じような音が聞こえてくるようになりました[1]。地面には見慣れぬ配管が埋められ、頭上には奇妙な針金を渡した柱が立ちますが、それでも通りの気質は変わらなかったと語られます。やがて「悪しき日々」が訪れ、かつて通りを知っていた者たちが去り、粗野な訛りの見慣れぬ人々が入れ替わりに住み着きました。通りは沈黙して痛み、家々は朽ち、木々は一本また一本と枯れ、バラ園は雑草に覆われていきます[1]。それでもある日、青い軍服の若者たちが再び出征していく姿に、通りは一抹の誇りを覚えました。年月が下ると木々はすべて姿を消し、バラ園があった場所には裏通りの安普請の建物の裏側が迫ります[1]。家々だけは幾世代にも耐えるよう造られていたために残りましたが、浅黒く陰のある顔つきの新しい住人が押し寄せ、見慣れぬ言葉や文字の看板が古い家々に掲げられました。溝には荷車がひしめき、言い知れぬ悪臭が通りを覆って、古い気質は眠りについたと結ばれます[1]。

陰謀と崩壊の夜

海の向こうで戦争と革命が起こり、王朝がひとつ倒れて、その退廃した臣民たちが「西の国」へ押し寄せてきます。多くは、かつて鳥の歌声とバラの香りに包まれていたこの通りの古い家々に住み着きました[1]。西の国自身が文明のための巨大な闘争に加わると、街々には旧国旗と新国旗、そしてもう一つの簡素な三色旗が翻りますが、通りの上には恐怖と憎悪と無知だけがわだかまっていたといいます。若者たちは再び出征しますが「何かが欠けていた」とされ、かつての若者の息子たちは遠方の地から軍服姿でやって来て、通りの気質を知らないまま戦地へ向かいました[1]。海の彼方での大勝利ののち若者たちの多くは凱旋しますが、恐怖と憎悪と無知は去らず、帰還した若者たちも通りにはもう住みません。入れ替わりにやって来た「よそ者」の大半は浅黒く陰のある顔つきでしたが、なかにはかつて通りを築いた人々に似た顔立ちの者もいて、しかしその目には強欲・野心・恨み・ゆがんだ狂信を思わせる異様な光が宿っていたと描かれます[1]。彼らの一部は、故郷の「不幸な凍てついた国」で暗殺者たちが権力を握ったのと同じ手口で、西の国に致命の一撃を与えようとする陰謀をめぐらせていました。陰謀の中心は通りにあり、ペトロヴィッチのパン屋、リフキン現代経済学校、サークル・ソーシャル・クラブ、リバティ・カフェには不穏な人々が集まりますが、当局は多くを疑いながらも証拠をつかめません[1]。噂は、これらの家々が指定された日にアメリカと通りが愛した古い伝統のすべてを根絶やしにする大虐殺を企てるテロリスト集団の首領たちの巣窟だと広まりました。汚れた溝には多くの言語と文字で印刷されたビラが舞い、いずれも犯罪と反乱を煽る文言が記され、父祖たちが尊んだ法と美徳を打ち壊し、千五百年にわたるアングロサクソンの自由・正義・節度によって受け継がれてきた古きアメリカの魂を踏みにじれと人々を扇動していたとされます[1]。彼らの号令ひとつで、幾千もの都市のスラムから「無分別で愚鈍な獣たち」が幾百万とあふれ出し、父祖の地を焼き尽くし、殺し、破壊し尽くすだろうとも噂されました。人々は独立記念日を恐れながら待ちましたが、誰を捕らえればよいのかさえ、ついに突き止められません[1]。通りには青い制服の警官隊が幾度となく家宅捜索に訪れましたが、彼らもやがて法と秩序に疲れ、都市をその運命に委ねて姿を見せなくなります。代わって銃を携えた軍服姿の男たちが現れ、その光景は、かつてこの通りをマスケット銃を手に歩いた最初の開拓者たちを思わせたと語られます[1]。そしてある夏の夜、ペトロヴィッチのパン屋やリフキン現代経済学校などに勝ち誇った目をした群衆が集まり、目に見えない電線を通じて奇妙な通信が交わされました。軍服の男たちには何が起きているのか分からないまま、その夜更け、老朽化していた家々は前触れもなく一斉に崩れ落ち、あとには古い煙突2本とレンガ壁の一部が残るだけになります。瓦礫から生きて出てきたものは何もありませんでした[1]。群衆とともに駆けつけた一人の詩人は、アーク灯に照らされた瓦礫の向こうに月光の下の美しい家々と楡や樫や楓の幻を見たと語り、一人の旅人は、いつもの悪臭の代わりにバラの香りが漂っていたと証言します。語り手は最後に、詩人の夢や旅人の話は「悪名高いほど当てにならないものではないか」と問いを投げかけたのち、冒頭とほぼ同じ言葉でこの通りについて語り終えたと結びます[1]。

読みどころと注目テーマ

語り手が「通り」そのものであること

本作の最大の特徴は、語り手が道そのものに寄り添って歴史を語る構成です。「通りは沈黙して痛み」「通りは一抹の誇りを覚え」「古い気質は眠りについた」といった表現からうかがえるように、住人の交代や街並みの変化が、道自体の感情の起伏として描かれます[1]。開拓期から都市化、荒廃までの長い時間を道の視点で追う構成は、短い掌編の中で数世代にわたる変化を凝縮して見せる仕掛けになっています。

冒頭と結末に置かれた同じ言葉

「物や場所には魂が宿るという者もあれば、宿らぬという者もある」という一文は、冒頭と結末でほぼ同じ形のまま繰り返されます[1]。語り手はこの問いに最後まで答えを出さず、代わりに詩人が見た幻の家並みや、旅人が語るバラの香りという、真偽の定かでない証言を並べて終わります。語り手自身が「悪名高いほど当てにならないものではないか」とその証言に疑いを差し挟む一文も置かれており、読者に判断を委ねる終わり方になっています[1]。

排外的な視線に基づく描写が含まれる点

本作の終盤には、移民や外国人に対する当時の偏見に基づく描写が含まれます。新しい住人たちは「浅黒く陰のある顔つき」「見慣れぬ言葉」「言い知れぬ悪臭」といった形容で繰り返し語られ、彼らの一部が国を滅ぼす陰謀を企てているという筋立てが展開されます[1]。こうした描写や、原文にある蔑称的な言い回しは、本記事では写しません。物語の前提――外見や出自によって「よそ者」を危険視する視線――をそのまま肯定する立場は取らず、当時書かれた作品にこうした偏見に基づく描写が含まれている事実として、ここに明記します。

執筆背景と影響

年譜(hplovecraft.com/writings/fiction/)は執筆年を「1920年?」と、疑問符付きで記録しています[2]。初出は『The Wolverine』第8号(1920年12月)2–12ページです[3]。それ以外の成立の経緯、モデルとなった土地や具体的な出来事との対応関係、発表当時の反応、後世の評価については、公式アーカイブに記載がなく、当サイトでは確認していません。

出典

[1] H. P. Lovecraft, “The Street” (本文). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/s.aspx本記事の引用・要約はすべてこの本文に基づきます。訳文は当サイトによる試訳です。

[2] “Lovecraft’s Fiction” (作品年譜). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/執筆年(1920年?)ほかの出典。

[3] “Data Page for ‘The Street'” (作品情報・出版履歴). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/s.aspx初出『The Wolverine』第8号(1920年12月)2–12ページの出典。

関連作品ガイド ── どれから楽しむか

  • 恐ろしい老人 — 同じくニューイングランドの古い町を舞台にする作品です。
  • 忌み家 — 同じく建物と土地の記憶を扱う作品です。
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