小説 — Ibid

イビド

ある学生の作文に見られる誤った引用を正すという体裁で始まる戯文です。学術書の脚注で使う略語「ibid.(同書)」を実在の人物であるかのように仕立て、架空の学者たちの脚注つきで、ローマ帝国末期の修辞学者イビドゥスの生涯を大真面目な伝記として語ります。彼の死後は頭蓋骨が聖遺物として大陸を渡り歩き、最後は19世紀のミルウォーキーで、ビール・ジョッキとして使われたのちプレーリードッグの巣穴に転がり込んでいた頭蓋骨が、道路の陥没でふたたび日の目を見るところで終わります。1928年?執筆、1938年1月『O-Wash-Ta-Nong』発表。約1,800語。

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イビド

「イビドなる人物が『列伝』の著者であるという誤った考えは、いくらか教養があると自任する人々のあいだにさえ広く見られる」

— H・P・ラヴクラフト「イビド」(1928年?執筆、1938年発表)冒頭部
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概要

本作は、ある学生の作文に見られる誤った引用を訂正するという体裁で始まる戯文です。冒頭には「……かの高名な『列伝』でイビドが述べているとおり」という学生の一文が掲げられ、語り手はこれを受けて「イビドが『列伝』の著者であるという誤った考えは、教養があると自任する人々のあいだにさえ広く見られる」と切り出します。そのうえで『列伝』の真の著者はCf.という人物であり、イビドの代表作はむしろ『Op. Cit.』という書物だと説明されます。「イビド」は、学術書の脚注で直前と同じ出典を指す略語「ibid.(同書、の意)」を、実在の人物であるかのように仕立てた語呂合わせです[1]。

訂正はここで終わりません。語り手は続けて、イビドの経歴を大真面目な伝記として語り出します。西ローマ帝国の権威が失われつつあった時代のローマ人修辞学者という設定で、生年は486年、名門アニキウス家の出とされ、アテナイで学んだのち、東ゴート王テオドリックのもとで修辞学の教師や執政官を務めたことになっています。ウィティギスの簒奪で一時投獄されますが、ベリサリウス麾下の軍によって解放され、のちにコンスタンティノポリスへ移って複数の皇帝の庇護を受け、102歳で世を去ったという長大な生涯が語られます。全名の綴りはフォン・シュヴァインコップ、リトルウィット、ベトノワールという架空の学者のあいだで食い違い、脚注にはそれぞれの典拠となる架空の書物までが挙げられています[1]。

イビドゥスの死後、物語の重心は彼の頭蓋骨をめぐる遍歴へと移ります。ラヴェンナに葬られたのちロンバルド人の公爵に暴かれて祝杯用の器にされ、シャルルマーニュの手に渡ってからは戴冠の儀式にも用いられ、イングランド、ピューリタンのニューイングランド、五大湖地方の毛皮交易網を経て、19世紀のミルウォーキーへとたどり着きます。移住者のビール・ジョッキとして使われたのち、ある夜プレーリードッグの巣穴に転がり込んで長く行方知れずとなり、町の地面が一夜にして持ち上がるという珍事によって、ふたたび道端に姿を現すところで幕となります[1]。

作品情報

  • 原題: Ibid
  • 執筆: 1928年?(年譜の表記のまま)[2]
  • 初出: 『O-Wash-Ta-Nong』第3巻第1号、1938年1月、11–13ページ[3]
  • 分量: 約1,800語(公式アーカイブ本文を機械集計)。章分けなし
  • 語り: 三人称。学術論文・伝記事典を模した文体で、架空の学者への脚注参照を交えながら進みます
  • 舞台: ローマ帝国末期のイタリア・ギリシア・コンスタンティノポリスから、中世のイングランド、17世紀のニューイングランド、五大湖地方を経て、19世紀のウィスコンシン州ミルウォーキーまで
  • 主題: 書誌略語「ibid.」を人名に見立てた言葉遊びと、それを大真面目な伝記・年代記の体裁で押し通す文体パロディ

登場神格・用語

神格は登場しません。以下は本文に現れる主な人物・書物です。

  • イビド(イビドゥス): 本作の主人公とされる架空のローマ人修辞学者・執政官。全名の綴りは学者ごとに異なり、死後は頭蓋骨が各地を転々とします
  • Cf.: 本文冒頭で『列伝』の真の著者とされる人物
  • Op. Cit.: イビドの代表作とされる書物。「グレコ・ローマン表現の重要な底流をひとたびで結晶させた」と評されます
  • フォン・シュヴァインコップ / リトルウィット / ベトノワール: イビドの経歴や全名を論じたとされる架空の学者。それぞれ架空の著作が脚注に挙げられています
  • ベリサリウス: ビザンティン軍を率い、投獄されていたイビドを解放したとされる将軍
  • シャルルマーニュ: パヴィア攻略でイビドの頭蓋骨を得て、後にアルクィンへ贈ったとされるフランク王
  • アルクィン: シャルルマーニュから頭蓋骨を譲られたとされるザクセン人の学者
  • カノンチェット: フィリップ王戦争の際、頭蓋骨を同盟の証としてペクォート族の一派に送ったとされるナラガンセット族の指導者
  • ソロモン・ジュノー: ミルウォーキー交易所で頭蓋骨を扱ったとされる人物

あらすじ

誤解を正す ―― イビドとは何者か

本作は「……かの高名な『列伝』でイビドが述べているとおり」という学生の作文の一文から始まります。語り手はこれを「教養があると自任する人々のあいだにさえ広く見られる」誤解だと断じ、『列伝』の著者はCf.であり、イビドの代表作は『Op. Cit.』だと正します。あわせて、イビドをアタウルフの部族に属するロマン化したヴィシゴート人で、410年頃プラケンティアに定住した人物とする「よくある俗説」も取り上げられ、フォン・シュヴァインコップの浩瀚な著作以降、リトルウィットやベトノワールもこれを覆し、イビドは正真正銘のローマ人であったと示したと述べられます。ここでギボンがボエティウスについて残した「カトーやトゥリウスが同郷人と認めえた最後の一人」という評まで引かれ、イビドの家系は名門アニキウス家に連なり、共和政時代の英雄たちにまで系図をたどれるとされます[1]。

ローマの修辞学者イビドゥス

続く段落は、イビドゥスの生涯を年代記のように追います。486年生まれで、出生地はローマかラヴェンナかで争われ、修辞学と哲学はアテナイの学校で修めたとされます。512年、東ゴート王テオドリックの治下でローマの修辞学教師となり、516年にはポンピリウス・ヌマンティウス・ボンバステス・マルケリヌス・デオダムナトゥスとともに執政官職を得ます。テオドリックの死後は公職を退いて代表作『Op. Cit.』の執筆に専念しますが、後にテオドリックの甥テオダトゥスのもとで宮廷修辞官の任に復帰しました。ウィティギスの簒奪により投獄されるものの、ベリサリウス率いるビザンティン・ローマ軍の到来で自由と名誉を回復し、ローマ攻囲戦では守備側で戦い、アルバ、ポルト、チェントゥンチェッラエへとベリサリウスの軍旗に従ったとあります。ミラノがフランク人に攻囲された後は司教ダティウスに同行してギリシアへ赴き、コリントスに滞在、541年頃にはコンスタンティノポリスへ移って、ユスティニアヌス、ユスティヌス2世、ティベリウス、そしてマウリキウスと歴代の皇帝から厚遇を受けたと記されます。101歳を迎えた年、マウリキウスの計らいで『Op. Cit.』が帝国の学校の教科書に採用されるという栄誉を得ますが、これが老修辞学者には過大な感情の負担となり、彼はコンスタンティノポリスの聖ソフィア教会近くの自邸で、587年9月1日の6日前、102歳で安らかに息を引き取り、遺骸はラヴェンナ近郊クラッセの墓地に葬られたといいます[1]。

頭蓋骨の遍歴 ―― ヨーロッパ篇

物語はここから、イビドの頭蓋骨をめぐる遍歴に移ります。墓は暴かれ、頭蓋骨はスポレートのロンバルド人公爵の手でからかいの種にされたのち、アウタリ王への祝杯用の器として献上されます。以後、ロンバルド王の代々に受け継がれ、774年にシャルルマーニュがパヴィアを攻略した際、デシデリウスから奪われてフランク王の陣に加わりました。教皇レオがシャルルマーニュに塗油を施し神聖ローマ皇帝に戴冠させたとき使われた器こそ、この頭蓋骨であったとされます。シャルルマーニュはこれをアーヘンの宮廷へ持ち帰り、後にザクセン人の師アルクィンへ贈り、804年のアルクィン没後はイングランドの縁者のもとへ送られます。ウィリアム征服王は、聖人の頭蓋骨だとアルクィンの一族に信じられていたそれを修道院の壁龕に見つけ、その古めかしさに敬意を表しました。クロムウェルの兵士たちも、1650年にアイルランドのバリーロー修道院を破壊した際、この由緒ある遺物には手をかけず、頭蓋骨は兵卒リード・エム・アンド・ウィープ・ホプキンズに奪われて、彼が新しいヴァージニア煙草ひと嚙みと引き換えにレスト・イン・ジェホヴァ・スタッブズへ譲ったと記されます[1]。

頭蓋骨の遍歴 ―― 新大陸篇と結末

スタッブズは1661年、息子ゼルバベルを新天地ニューイングランドへ送り出す際、護符として頭蓋骨を持たせます。セイラムに着いたゼルバベルはこれを暖炉脇の戸棚に飾りますが、賭け事にのめり込んで頭蓋骨をプロヴィデンスのエペネトゥス・デクスターに失います。デクスターの家で、フィリップ王戦争のさなか1676年3月30日のカノンチェットの襲撃の折、その気高さを見て取ったカノンチェットは、これをコネティカットのペクォート族の一派との同盟の証として送りますが、当のカノンチェットは4月4日に植民地軍に捕らえられ、まもなく処刑されました。頭蓋骨はその後、1680年にオールバニのオランダ人毛皮商ペトルス・ヴァン・スカークの手に渡り、1683年にはこれを聖人の遺物と信じたフランス人交易商ジャン・グレニエに奪われますが、グレニエは斧でヴァン・スカークを殺害したのち、自らも混血の渡り交易人ミシェル・サヴァールに殺され、頭蓋骨を奪われました。サヴァールの息子ピエールがこれをサック族・フォックス族の使者に譲り渡し、やがてグリーンベイの交易所を開いたシャルル・ド・ラングラードがガラス玉と引き換えに手に入れたのち、頭蓋骨はウィニベーゴ湖畔、メンドータ湖周辺の集落を転々として、19世紀初頭にはミルウォーキーの新しい交易所でフランス人ソロモン・ジュノーの手に渡ります。さらにジャック・カボシュへ譲られたのち、1850年にはチェスかポーカーの賭けで移住者ハンス・ツィンマーマンの手に落ち、ビール・ジョッキとして使われますが、ある晩、酔った拍子に玄関先からプレーリー・ドッグの巣穴へ転がり込み、行方知れずとなります。以来、成長する町の地下に長く埋もれ、プレーリードッグたちに神として崇められた後は忘れられ、下水道も家々も──2303戸を数えるまでに増えても──その上を素通りしていきますが、ある夜の地変で地面が持ち上がり、明けた道路の裂け目から、蒼白く穏やかな、聖人めいた執政官の威厳をたたえたイビドの頭蓋骨がふたたび姿を現すところで物語は結ばれます[1]。

読みどころと注目テーマ

「ibid.」という言葉遊びの仕掛け

作品全体の骨格は、学術書の脚注で直前に引いた出典を繰り返さずに指す略語「ibid.(同書、の意)」を、そのまま人名として実体化させた一点にかかっています。冒頭の「学生の誤った引用」という設定自体、脚注の意味を知らずに書名の一部だと誤読する初学者のありがちな失敗を下敷きにしており、そこから架空の人物の伝記全体を組み上げる展開が、この戯文の出発点であり最大の仕掛けです。

架空の書誌装置と脚注のパロディ

本文には作中の脚注として、フォン・シュヴァインコップやリトルウィット、ベトノワールといった学者の著作が、出版地・刊年・巻数・ページまで添えて挙げられています。いずれも実在しない書物ですが、体裁は学術論文の引用作法をそのまま踏襲しており、複数の権威が全名の綴りをめぐって対立するという細部まで作り込まれています。作中の脚注6には、フォン・シュヴァインコップの著作の刊行年を1797年とする記述もあり、古代末期の人物を論じる学問の歴史そのものにまで、年代の遊びの手が及んでいるのが分かる仕掛けです。

聖遺物としての頭蓋骨が結ぶ歴史行進

イビドの死後、物語はローマの崩壊、ロンバルド王国、シャルルマーニュの戴冠、ノルマン征服、清教徒のニューイングランド、フィリップ王戦争、五大湖地方の毛皮交易、19世紀のミルウォーキーへと、頭蓋骨という一つの物体を糸にして数百年・複数大陸の出来事を縫い合わせていきます。聖人の遺骨のように扱われては奪われ、盗まれ、賭けの対象になり、ついにはビール・ジョッキとして使われるという扱いの落差の大きさが、荘重な語り口とあいまって本作の落とし所になっています。

執筆背景と影響

公式アーカイブの年譜は本作の成立を「1928年?」と、疑問符つきで記しています[2]。初出は1938年1月、『O-Wash-Ta-Nong』第3巻第1号の11ページから13ページでした[3]。それ以上の成立事情や、当時の読まれ方については、公式アーカイブに記載がなく、当サイトでは確認していません。

出典

[1] H. P. Lovecraft, “Ibid” (本文). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/ibid.aspx本記事の引用・要約はすべてこの本文に基づきます。訳文は当サイトによる試訳です。

[2] “Lovecraft’s Fiction” (作品年譜). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/執筆時期(1928年?)ほかの出典。

[3] “Data Page for ‘Ibid'” (作品情報・出版履歴). The H. P. Lovecraft Archive.https://www.hplovecraft.com/writings/fiction/ibid.aspx初出『O-Wash-Ta-Nong』第3巻第1号(1938年1月)11–13ページの出典。

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