概要
米国ロードアイランド州プロヴィデンスのダウンタウン西方に広がり、カレッジ・ヒルとは市街を挟んで向かい合う丘陵地区である[11]。ロバート・ブレイクの書斎の窓からは約2マイル彼方に、密集する屋根と尖塔の輪郭が煙にかすんで見え、物語はこの眺めから動き出す[1]。丘の上には星の智慧派が拠点とした黒い廃教会が立ち、輝くトラペゾヘドロンをめぐる一連の事件の舞台となる。街そのものは外国語の看板が並び、イタリア系の住民が暮らす街区として描かれ[2][18]、教会は1877年の閉鎖以来、近隣の人々から長く遠ざけられてきた場所として語られる[3]。
基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 分類 | 地名(実在のプロヴィデンス市の地区と、その上に立つ架空の廃教会) |
| 欧文表記 | FEDERAL HILL |
| 初出 | 「暗闇の悪魔」(The Haunter of the Dark。1935年11月執筆[4]/1936年12月、Weird Tales誌 第28巻第5号にて発表[5][6]) |
| 教会の建立(推定) | 1810年か1815年頃、初期ゴシック・リバイバル様式[7] |
| 星の智慧派の在籍期間 | 1844年(旧自由意志教会の購入)〜1877年(閉鎖・逃亡)[8][9] |
| 1935年時点の様子 | 無人のまま高い控え壁の一部が崩れ、雑草に埋もれて荒廃していた[10] |
原典での描写
暗闇の悪魔(1935年11月執筆)
- 語りの構え: 物語はまず三人称の伝聞的な語りから始まり、ブレイクの死を電気ショックや妄想による自作自演と見る「冷静な分析者」の立場を示す。日記の記述を字義通りに受け止める側の存在にも触れたうえで、語り手はブレイク自身の視点からたどり直す形で本編へ入っていく[38]。
- 遠景からの観察: カレッジ・ヒルの下宿の書斎から望遠鏡を向け続けたブレイクは、地元の知人から、彼方の斜面は今ではイタリア人街だが、家々の多くはそれより古いヤンキーやアイルランド系の時代の名残だと聞かされた。他の塔や鐘楼には望遠鏡ごしに大群の鳥が群がる姿が映ったが、ブレイクが見つめ続けたあの黒い教会にだけは鳥が一度も降り立たなかった[39]。
- 街への接近(店主): 丘に入ったブレイクが大きな石造りの教会について尋ねると、店主は達者な英語を話すにもかかわらず、笑って首を振るばかりだった[40]。
- 街への接近(巡査): のちに出会ったアイルランド系の巡査は十字を切ってみせ、呼び出されたものを祓うには立派な司祭が要ったが、光だけでも事足りると言う者もいたと語った[41]。
- 教会からの脱出: 塔の暗闇から物音を聞いたブレイクは、人であふれ恐怖に取り憑かれたフェデラル・ヒルの路地や大通りを抜け、正気を保った中心街の通りと勝手知ったる大学地区の煉瓦敷きの歩道へ向かって一心に駆け下りた[42]。
- 夏の噂: 見知らぬ者があの恐れられた教会に足を踏み入れて以来、フェデラル・ヒルには新たな恐怖が募っていたという。イタリア系の住民たちは、窓のない暗い尖塔の中で聞き慣れない蠢きや衝突や擦れる音がすると囁き合い、夢に取り憑く存在を祓ってくれるよう司祭たちに求めた[43]。
- 嵐の夜(遠い灯り): 降りしきる雨の向こうに広がる、光を照り返すダウンタウンの屋根々を見渡しながら、ブレイクはフェデラル・ヒルの位置を示す遠い灯りの群れを不安げに見つめ続けた。発電所の記録によれば、街の灯りが一斉に消えたのは午前2時12分のことだったという[44]。
- 嵐の夜(証言): 教会の高い擁壁の周りに集まっていた七十八人の男たちの大半――とりわけ、東側の正面が見えた広場にいた者たち――の証言が、この夜の出来事の記録として残っている[45]。
- 事件の翌日: 翌日の新聞各紙は、フェデラル・ヒルで起きたこの一件を、街全体の嵐の被害を伝える記事の片隅で、ごく短く扱ったにすぎなかった[46]。
由来・モデル
実在のフェデラル・ヒルは、プロヴィデンス市のダウンタウン西方に位置する地区である。市の公式資料によれば、地区内のブロードウェイは1854年に幅80フィートへ拡張されて市内で最も幅の広い通りとなり、広い区画とダウンタウンへの便利さから、まもなく市内でも指折りの高級住宅地の一つに数えられるようになった。そのブロードウェイ沿いの約164物件は、1982年にブロードウェイ歴史地区として市の歴史地区に指定されている[11]。
原典が描く、見慣れない色の通り標識や外国語の看板が並ぶ街としてのフェデラル・ヒルの姿[2]は、こうした実在の地区の来歴と重なるところがある一方で、原典自体はそれを実在の歴史と直接結びつけて説明してはいない。丘の上に立つ黒い教会と星の智慧派そのものは架空の存在であり、教会の建物が実在するどの教会をモデルにしたかを示す記述も原典には見当たらない。
歴史・年表
- 1844年: エノク・ボーエン教授が5月にエジプトから帰国し、7月に旧自由意志教会を買い取った。考古学と神秘学の研究で知られた人物だったという。同年12月29日には、第四バプテスト教会のドラウン師が説教の中でこの新しい教団(スターリー・ウィズダム)への警戒を説いた[8]。
- 1846年: 3件の失踪が記録され、輝くトラペゾヘドロンへの言及が初めて現れる[12]。
- 1848年: 失踪は7件に増え、血の生贄をめぐる噂が始まる[12]。
- 1877年: 2月に対策が約束され、4月に教会は閉鎖された。5月には「フェデラル・ヒル・ボーイズ」と呼ばれる一味が医師と教会役員を脅迫し、年末までに181人が名前を伏せたまま市を去ったという[9]。近隣の記憶では、人が時折消えることを人々が気にかけ始めたのがこの年で、脅し文句のあと教団の関係者たちは鼠のように逃げ出したのだという[3]。
- 1893年: 詮索好きな記者エドウィン・M・リリブリッジがこの年に姿を消したことが記録に残っている[31]。1935年に塔の一室で見つかった彼の遺骨のかたわらには、旧プロヴィデンス・テレグラム紙の記者バッジと、1893年のカレンダーや彼の名の入った名刺、鉛筆書きの覚え書きを収めた朽ちかけた革の財布があった[13]。
- 1935年4月末: ブレイクは初めてフェデラル・ヒルへ足を踏み入れ[32]、青白の通り標識と外国語の看板が並ぶ街を抜けて[2]、茶色い屋根の重なりの上に現れた黒い尖塔を認め、大通りから上る裏道を通って教会へたどり着いた[15]。
- 同年(探索): 裏手の地下室の窓から内部へ入ったブレイクは[16]、身廊と、後方の聖具室に並ぶ禁書の書棚を検めて1階を見終えると、前室の扉と階段から塔へ上った[33]。塔の一室でリリブリッジの遺骨と、彼が遺したメモを見つける。教団の年表そのものは、このメモから読み解かれることになる[13][8][12][9]。
- 1935年8月8日深夜〜9日未明: 大嵐は8日の深夜近くに始まった[37]。市の大規模な停電のなか、フェデラル・ヒルの住民たちは蝋燭や十字架、南部イタリアでよく見られる護符を手に、教会周辺の広場と路地を見張った[18]。午前2時35分、神父と信頼のおける巡査の証言が残る出来事が起こり[19]、耐え難い悪臭と羽ばたくような振動、東へ向かう黒い塊が目撃された[20]。この出来事に続いて起きた落雷と爆発音は、さらに東方でいっそう激しく、とりわけカレッジ・ヒル上空で顕著だった。轟音は眠っていた住民を残らず叩き起こしたという[21]。
- 事件後: デクスター医師が、塔で見つかった箱と角ばった石をナラガンセット湾の最も深い水路へ投げ捨てた[23]。
性質・特徴
- 遠景: カレッジ・ヒルから市街を挟んで約2マイル先に見える隆起で、密集する屋根と尖塔が都市の煙にかすんで幻想的な輪郭を描く[1]。
- 接近: 丘へ足を踏み入れると、見慣れない色の通り標識、浅黒い顔立ちの人々、外国語の看板を掲げた奇妙な店が並ぶ[2]。黒い尖塔は茶色い屋根の重なりの上に唐突に姿を現し、そこへは大通りから上る舗装されていない裏道を通ってたどり着く[15]。
- 教会の敷地: 高い石造りの擁壁と鉄柵に囲まれ、周囲の通りより6フィートほど高い、草の生い茂った台地になっている。手前は風の吹きすさぶ石畳の広場である[25]。
- 外観: 様式はアップジョン様式に先立つ最初期の実験的なゴシック・リバイバルで、ジョージ王朝様式の名残も見られ、建立は1810年か1815年頃と推測される[7]。石造りの控え壁の一部は崩れ、繊細な尖塔飾りは雑草に埋もれ、ゴシック窓の石の窓枠(マリオン)の多くが失われている[10]。
- 内部: 錆びた温風炉の残骸から、ヴィクトリア朝中期頃までは使用・維持されていたことがうかがえる[16]。身廊には埃に覆われたボックス式信徒席、祭壇、砂時計形の説教壇と共鳴板が並び、蜘蛛の巣が束になったゴシック式の柱に絡みついている[26]。祭壇の上に掲げられた十字架は通常の形ではなく、古代エジプトのアンク(クルックス・アンサタ)に似た形をしている[27]。後方の聖具室の書棚には、ラテン語版『ネクロノミコン』をはじめとする禁断の書物が並んでいた[17]。
- 塔と尖塔: 塔の一室は一辺約15フィートで、四方の壁にランセット窓が1つずつ開く[34]。中央には高さ約4フィートの奇妙に傾いた石柱が立ち、その上に非対称な形の金属箱が置かれている。周囲にはゴシック様式の高い背もたれの椅子が7脚、壁際には崩れかけた黒塗りの漆喰像が7体並ぶ[28]。箱の中身は、多数の不規則な平面を持つほぼ黒色で赤い縞模様の多面体で、中心を金属の輪で締められ、7本の支持具で吊られていた——輝くトラペゾヘドロンである[29]。この部屋の隅の壁には梯子が組み込まれ、閉ざされた跳ね上げ戸を経て、その上の窓のない尖塔へ通じている[35]。事件のあと、箱と角ばった石が見つかったのは塔の一室ではなく、この窓のない尖塔の中だった[23]。
関連する人物・存在
- ロバート・ブレイク: 1934年から35年にかけての冬にプロヴィデンスへ戻り、ジョン・ヘイ図書館の裏手にあたるカレッジ・ヒルの下宿から、市街の向こうに立つ黒い尖塔を眺め続けた語り手[14][1]。1935年に単身乗り込んで教団の歴史を発掘し、事件の夜、自室で命を落とす。9日の朝と夜に窓の異変に気づいた寮の学生たちが、最後には警官にドアを破らせた[22]。彼が最後に記した錯乱した日記には、事件の正体をニャルラトホテプの化身ではないかと問う一節が残る[24]。
- ニャルラトホテプ: 塔のさらに上、窓のない尖塔の暗黒に潜むとされた「闇をさまようもの(a Haunter of the Dark)」[35]。原典では輝くトラペゾヘドロンを覗き込むことで目覚めるものとして語られ[36]、ブレイク最後の日記はその正体をこの神の化身ではないかと問うている[24]。
- スターリー・ウィズダム教団: 1844年にエノク・ボーエンが旧自由意志教会を買い取って拠点とした教団。フェデラル・ヒルのこの教会こそが、教団の本拠地である[8]。
- 輝くトラペゾヘドロン: 塔の一室の金属箱に収められていた多面体[29]。教団が崇めていた対象であり、事件全体の核心をなす。
- 『ネクロノミコン』: 聖具室の書棚に並んでいた禁断の書物の一つ[17]。
- エノク・ボーエン、エドウィン・M・リリブリッジ、デクスター医師: いずれも本稿では名前だけを挙げる。ボーエンは教団の創設者[8]、リリブリッジは1893年に姿を消し、のちに塔の一室で遺骨が見つかった記者[31][13]、デクスターは事件後に箱と石を処分した人物である[23]。このうちデクスター医師だけは原典で姓しか記されず、下の名前についての記述は無い。
主要登場作と読みどころ
- 「暗闇の悪魔」(The Haunter of the Dark、1935年執筆): フェデラル・ヒルとその黒い教会を主題とする唯一の原典。物語は遠景への憧憬から始まり、丘へ足を踏み入れての接近、教会内部の探索、そしてリリブリッジが遺した調査メモを通じて教団の年表そのものが明らかになっていく構成を取る。停電の夜、丘の住民たちが灯りと護符を手に広場を見張る場面では、この土地に染みついた恐怖が、ブレイク個人の探究と地域社会の記憶の双方から描かれる。
- 本作はロバート・ブロックへ献辞され、詩「ネメシス」の一節がエピグラフに置かれている[30]。あわせて読む記事として、輝くトラペゾヘドロン、スターリー・ウィズダム教団、ロバート・ブレイク、ニャルラトホテプの各記事のほか、「星から訪れたもの」がある。
よくある誤解
Q. フェデラル・ヒルは実在する場所ですか?A. 実在する。プロヴィデンス市の公式資料によれば、地区内のブロードウェイは1854年に幅80フィートへ拡張されて市内で最も幅の広い通りとなり、そのブロードウェイ沿いの約164物件が1982年、ブロードウェイ歴史地区として市の歴史地区に指定されている[11]。ただし、丘の上に立つ黒い教会と星の智慧派は架空の存在であり、実在のどの建物・団体をモデルにしたかは原典に明記が無い。
Q. 教会を買い取ったのは「アンブローズ・デクスター医師」だと聞きましたが本当ですか?A. 原典で確認できるのはこの人物の姓「デクスター(Dr. Dexter)」のみで、下の名前についての記述は見当たらない。また、教会を買い取ったのはデクスター医師ではなくエノク・ボーエン教授であり[8]、デクスター医師は事件後に塔の箱と石を処分した人物として登場する[23]。「アンブローズ」という名は、本稿で確認した一次資料からは確認できなかった(未確認)。
Q. 教会はその後どうなったのですか(現存しているのか、取り壊されたのか)?A. 原典には、1935年の事件以降に教会がどう扱われたかについての記述が無い。確認できるのは、デクスター医師が箱と石をナラガンセット湾の最も深い水路へ投げ捨てたことだけである[23]。取り壊しや保存については、確認できる資料が無い。
出典
- [1] “Against these, some two miles away, rose the spectral hump of Federal Hill, bristling with huddled roofs and steeples whose remote outlines wavered mysteriously, taking fantastic forms as the smoke of the city swirled up and enmeshed them.” (訳: その先、二マイルほど彼方には、フェデラル・ヒルの幽霊めいた隆起が立ち上がり、密集する屋根や尖塔がぼんやりと揺らめき、都市の煙が立ち昇ってそれらを包み込むにつれ、幻想的な形をとっていった。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [2] “There were dingy blue-and-white street signs which meant nothing to him, and presently he noted the strange, dark faces of the drifting crowds, and the foreign signs over curious shops” (訳: そこには彼には意味の分からない、薄汚れた青白の通り標識があり、まもなく彼は行き交う群衆の見慣れない浅黒い顔立ちや、奇妙な店に掲げられた外国語の看板に気づいた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [3] “an outlaw sect that called up awful things from some unknown gulf of night … They had run away like rats after the threatening talk in ’77, when people began to mind the way folks vanished now and then in the neighbourhood.” (訳: 夜の見知らぬ深淵から恐ろしいものを呼び出す、無法な教団だ。……近隣で時折人が消えることを人々が気にかけ始めた、七七年の脅し文句のあと、彼らは鼠のように逃げ出したのさ。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [4] “The Haunter of the Dark (November 1935)” (訳: 「暗闇の悪魔」(1935年11月)) — H. P. Lovecraft’s Fiction, Alphabetical Order, The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [5] “1936, December: The Haunter of the Dark ( Weird Tales , 28, No. 5)” (訳: 1936年12月:暗闇の悪魔(『ウィアード・テイルズ』第28巻第5号)) — H. P. Lovecraft’s Fiction, Publication Order, The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [6] “The Haunter of the Dark . . . H. P. Lovecraft . . . 538″(目次記載。次の掲載作「Portrait of a Murderer」はp.554から始まる) (訳: 目次に「暗闇の悪魔……H・P・ラヴクラフト……538」とあり、次の作品はp.554から始まる――すなわち538–553頁にかけての掲載である) — Weird Tales, Vol. 28, No. 5(1936年12月号)、Internet Archive収録スキャン(目次およびOCRテキストで実際に確認) ↩
- [7] “that earliest experimental form of Gothic revival which preceded the stately Upjohn period and held over some of the outlines and proportions of the Georgian age … Perhaps it was reared around 1810 or 1815.” (訳: その様式は、荘重なアップジョン時代に先立つ最初期の実験的なゴシック・リバイバルであり、ジョージ王朝時代の輪郭や均整をいくらか残していた。……おそらく1810年か1815年頃に建てられたものだろう。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [8] “Prof. Enoch Bowen home from Egypt May 1844—buys old Free-Will Church in July … Dr. Drowne of 4th Baptist warns against Starry Wisdom in sermon Dec. 29, 1844.” (訳: エノク・ボーエン教授、1844年5月にエジプトより帰国――7月に旧自由意志教会を購入。……第四バプテスト教会のドラウン師、1844年12月29日の説教にてスターリー・ウィズダムに警告。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [9] “Action promised Feb. 1877—church closes in April.” “Gang—Federal Hill Boys—threaten Dr. —— and vestrymen in May.” “181 persons leave city before end of ’77—mention no names.” (訳: 対策が約束される、1877年2月――教会は4月に閉鎖。一味――フェデラル・ヒル・ボーイズ――5月に某医師と教会役員を脅迫。181人が名前を伏せたまま77年末までに市を去る。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [10] “The vacant church was in a state of great decrepitude. Some of the high stone buttresses had fallen, and several delicate finials lay half lost among the brown, neglected weeds and grasses … many of the stone mullions were missing.” (訳: 無人のその教会はひどく荒廃した状態にあった。高い石造りの控え壁のいくつかは崩れ落ち、繊細な尖塔飾りが何本か、茶色く伸び放題の雑草の中に半ば埋もれて横たわっていた。……石の窓枠(マリオン)は数多く失われていた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [11] “Broadway Historic District map Designated 1982. Approximately 164 properties. Located in the Federal Hill neighborhood west of downtown, Broadway widened to 80 feet in 1854, making it the broadest street in the city. With its ample lots and easy access to downtown, it quickly became one of Providence’s most fashionable addresses.” (訳: ブロードウェイ歴史地区地図 1982年指定。物件数約164。ダウンタウン西方のフェデラル・ヒル地区に位置するブロードウェイは、1854年に幅80フィートへ拡張され、市内で最も幅の広い通りとなった。広い区画とダウンタウンへの便利なアクセスにより、この通りはたちまちプロヴィデンスでも指折りの高級住宅地の一つとなった。) — Providence Historic District Commission: Local Historic Districts, City of Providence ↩
- [12] “1846—3 disappearances—first mention of Shining Trapezohedron.” “7 disappearances 1848—stories of blood sacrifice begin.” (訳: 1846年――失踪3件――輝くトラペゾヘドロンへの言及が初めて現れる。1848年、失踪7件――血の生贄の話が始まる。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [13] “It was a human skeleton, and it must have been there for a very long time … a reporter’s badge with the name of the old Providence Telegram … a celluloid advertising calendar for 1893, some cards with the name “Edwin M. Lillibridge”, and a paper covered with pencilled memoranda.” (訳: それは人間の骸骨で、非常に長い間そこにあったに違いなかった。……旧プロヴィデンス・テレグラム紙の名を刻んだ記者バッジ。……1893年のセルロイド製の広告カレンダー、「エドウィン・M・リリブリッジ」の名の入った数枚の名刺、そして鉛筆書きの覚え書きで埋まった一枚の紙。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [14] “Young Blake returned to Providence in the winter of 1934–5, taking the upper floor of a venerable dwelling in a grassy court off College Street … near the Brown University campus and behind the marble John Hay Library.” (訳: 若きブレイクは1934年から35年にかけての冬にプロヴィデンスへ戻り、カレッジ・ストリートから入る草の生えた中庭に面した、由緒ある邸宅の上階を借りた。……ブラウン大学構内に近く、大理石造りのジョン・ヘイ図書館の裏手である。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [15] “a black spire stood out against the cloudy sky on his left, above the tiers of brown roofs … plunged toward it through the squalid, unpaved lanes that climbed from the avenue.” (訳: 左手の曇り空を背に、茶色い屋根の重なりの上へ黒い尖塔が浮かび上がった。……大通りから上る、舗装されていない見窄らしい裏道を通ってそこへ向かった。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [16] “The rusted remains of a hot-air furnace shewed that the building had been used and kept in shape as late as mid-Victorian times.” (訳: 錆びついた温風炉の残骸は、この建物がヴィクトリア朝中期に至るまで使用され、手入れされていたことを示していた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [17] “a Latin version of the abhorred Necronomicon, the sinister Liber Ivonis, the infamous Cultes des Goules of Comte d’Erlette” (訳: 忌まわしい『ネクロノミコン』のラテン語版、不吉な『イヴォンの書』、デルレット伯の悪名高い『グール教団の秘儀』。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [18] “knots of men paraded the square and alleys around the evil church with umbrella-shaded candles, electric flashlights, oil lanterns, crucifixes, and obscure charms of the many sorts common to southern Italy.” (訳: 男たちの群れが、傘をさしかけた蝋燭、電気懐中電灯、石油ランタン、十字架、そして南部イタリアによく見られるさまざまな護符を手に、あの邪悪な教会を囲む広場と路地を練り歩いていた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [19] “For what happened at 2:35 we have the testimony of the priest … Patrolman William J. Monahan of the Central Station, an officer of the highest reliability” (訳: 午前2時35分に何が起きたかについては、神父の証言が残されている。……この上なく信頼のおける警官である、中央署のパトロールマン、ウィリアム・J・モナハン。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [20] “an utterly unbearable foetor welled forth from the unseen heights … the air trembled with a vibration as of flapping wings, and a sudden east-blowing wind … a formless cloud of smoke that shot with meteor-like speed toward the east.” (訳: この上なく耐え難い悪臭が、見えない高みから立ちのぼった。……羽ばたくような振動が空気を震わせ、突然の東向きの風が吹きつけた。……東へ向かって流星のごとき速さで飛び去る、形の定まらない煙の雲のようなもの。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [21] “the great lightning flash and deafening explosion which followed the Federal Hill occurrence were even more tremendous farther east … The phenomenon was most marked over College Hill, where the crash awaked all the sleeping inhabitants” (訳: フェデラル・ヒルの出来事に続いて起きた大きな稲光と耳をつんざく爆発音は、さらに東方でいっそう凄まじかった。……その現象はカレッジ・ヒルの上空で最も顕著であり、その轟音は眠っていた住民をことごとく叩き起こした。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [22] “Students in the Psi Delta house … noticed the blurred white face at the westward window on the morning of the 9th … finally had a policeman force the door.” (訳: プサイ・デルタ寮の学生たちは……9日の朝、西向きの窓にぼんやりと白い顔があるのに気づいた。……最後には警官にドアを破らせた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [23] “Dr. Dexter, who threw the curious box and angled stone—an object certainly self-luminous as seen in the black windowless steeple where it was found—into the deepest channel of Narragansett Bay.” (訳: デクスター医師は、あの奇妙な箱と角ばった石――それが発見された窓のない黒い尖塔の中で見たときには、確かに自ら発光していた物体――を、ナラガンセット湾の最も深い水路へと投げ捨てた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [24] “Is it not an avatar of Nyarlathotep, who in antique and shadowy Khem even took the form of man?” (訳: これは、太古の影深きケムの地でかつて人の姿さえ取ったという、ニャルラトホテプの化身ではないのか。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [25] “a windswept open square, quaintly cobblestoned, with a high bank wall on the farther side … the wide, iron-railed, weed-grown plateau which the wall supported … raised fully six feet above the surrounding streets” (訳: 風の吹きすさぶ、趣のある石畳敷きの広場。向こう側には高い擁壁がそびえている。……その壁が支える、鉄柵に囲まれ雑草の生い茂った広い台地。……周囲の通りより優に六フィートは高い。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [26] “The colossal nave was an almost eldritch place with its drifts and mountains of dust over box pews, altar, hourglass pulpit, and sounding-board … entwining the clustered Gothic columns.” (訳: その巨大な身廊は、ボックス式の信徒席、祭壇、砂時計形の説教壇と共鳴板の上に吹き寄せられた埃の山が積もる、ほとんど異様と言うべき場所だった。……束になったゴシック式の柱に絡みついていた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [27] “the cobwebbed cross above the altar was not of the ordinary kind, but resembled the primordial ankh or crux ansata of shadowy Egypt.” (訳: 祭壇の上にかかる蜘蛛の巣まみれの十字架は、ありふれた形のものではなく、影深きエジプトの太古のアンク、すなわちクルックス・アンサタに似ていた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [28] “In the centre of the dust-laden floor rose a curiously angled stone pillar some four feet in height and two in average diameter … On this pillar rested a metal box of peculiarly asymmetrical form … were seven high-backed Gothic chairs still largely intact … seven colossal images of crumbling, black-painted plaster” (訳: 埃の積もった床の中央には、高さ約4フィート、平均直径約2フィートの、奇妙に角ばった石柱が立っていた。……この柱の上には、著しく非対称な形をした金属の箱が置かれていた。……なお大部分が無傷の、背の高いゴシック様式の椅子が7脚。……崩れかけた黒塗りの漆喰像が7体。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [29] “The four-inch seeming sphere turned out to be a nearly black, red-striated polyhedron with many irregular flat surfaces … held suspended by means of a metal band around its centre, with seven queerly designed supports” (訳: その、直径4インチほどの球体に見えたものは、実際には多数の不規則な平面を持つ、ほぼ黒色で赤い縞模様の入った多面体であることが判明した。……中心部を金属の輪で締められ、7本の奇妙な意匠の支持具によって吊られていた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [30] “(Dedicated to Robert Bloch) I have seen the dark universe yawning” (訳: 「ロバート・ブロックへ捧げる」私は見た、暗い宇宙が口を開けているのを。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [31] “the recorded disappearance of an inquisitive reporter named Edwin M. Lillibridge in 1893” (訳: 1893年に姿を消した、詮索好きな記者エドウィン・M・リリブリッジの記録。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [32] “Late in April, just before the aeon-shadowed Walpurgis time, Blake made his first trip into the unknown.” (訳: 4月末、永劫の影を帯びたワルプルギスの時節の直前に、ブレイクは未知の世界への最初の遠出をした。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [33] “Blake ploughed again through the dust of the spectral nave to the front vestibule, where he had seen a door and staircase presumably leading up to the blackened tower and steeple” (訳: ブレイクは幽霊めいた身廊の埃を再び踏み分けて前室へ戻った。そこには、黒ずんだ塔と尖塔へ通じていると思われる扉と階段を、彼は見ていたのである。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [34] “The room, about fifteen feet square, was faintly lighted by four lancet windows, one on each side” (訳: その部屋は一辺およそ15フィート四方で、四方の壁に1つずつ開いたランセット窓から薄明かりが差していた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [35] “a ladder was built into the wall, leading up to the closed trap-door of the windowless steeple above.” (訳: 壁には梯子が組み込まれ、その上にある窓のない尖塔の、閉ざされた跳ね上げ戸へ通じていた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [36] “There are references to a Haunter of the Dark awaked by gazing into the Shining Trapezohedron” (訳: 輝くトラペゾヘドロンを覗き込むことによって目覚める「闇をさまようもの」への言及がある。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [37] “The great storm broke just before midnight on August 8th.” (訳: 大嵐は8月8日の深夜近くに始まった。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [38] “the shrewd analyst is not slow in attributing them to some charlatanry, conscious or unconscious, with at least some of which Blake was secretly connected.” (訳: 冷静な分析者は、それらの異常な状態を意識的か無意識かを問わず何らかのいかさまに帰することにためらわない――ブレイクもまた、その一部に密かに関わっていたのではないかというのだ。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [39] “he learned that the far-off slope was a vast Italian quarter, though most of the houses were remnants of older Yankee and Irish days.” “Around other towers and belfries his glass would reveal great flocks of birds, but here they never rested.” (訳: 彼方の斜面は今では広大なイタリア人街だが、家々の多くはそれより古いヤンキーやアイルランド系の時代の名残だと、彼は知人から聞かされた。他の塔や鐘楼には望遠鏡ごしに大群の鳥が群がる姿が映ったが、ここにだけは鳥が一度も降り立たなかった。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [40] “When he asked a shopkeeper about a great stone church the man smiled and shook his head, though he spoke English freely.” (訳: 大きな石造りの教会について店主に尋ねると、その男は達者な英語を話すにもかかわらず、笑って首を振るばかりだった。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [41] “It had taken a good priest to exorcise what had come, though there did be those who said that merely the light could do it.” (訳: 呼び出されたものを祓うには立派な司祭が要ったものだが、光さえあれば事足りると言う者もいた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [42] “that stirring in the steeple frightened him horribly, so that he plunged almost wildly down the spiral stairs, across the ghoulish nave, into the vaulted basement, out amidst the gathering dusk of the deserted square, and down through the teeming, fear-haunted alleys and avenues of Federal Hill toward the sane central streets and the home-like brick sidewalks of the college district.” (訳: 尖塔の中のその蠢きに彼はひどく怯え、ほとんど夢中で螺旋階段を駆け下り、亡霊めいた身廊を突っ切り、丸天井の地下室を抜け、たそがれの迫る無人の広場へ出て、人であふれ恐怖に取り憑かれたフェデラル・ヒルの路地や大通りを下り、正気を保った中心街の通りと勝手知ったる大学地区の煉瓦敷きの歩道へ向かった。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [43] “It appears that a new fear had been growing on Federal Hill since a stranger had entered the dreaded church.” “The Italians whispered of unaccustomed stirrings and bumpings and scrapings in the dark windowless steeple, and called on their priests to banish an entity which haunted their dreams.” (訳: 見知らぬ者があの恐れられた教会に足を踏み入れて以来、フェデラル・ヒルには新たな恐怖が募っていたようだった。イタリア系の住民たちは、窓のない暗い尖塔の中で聞き慣れない蠢きや衝突や擦れる音がすると囁き合い、夢に取り憑く存在を祓ってくれるよう司祭たちに求めた。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [44] “peering anxiously through the rain across the glistening miles of downtown roofs at the constellation of distant lights marking Federal Hill.” “It happened at 2:12 a.m. according to power-house records.” (訳: 雨の向こうに広がる、光を照り返すダウンタウンの屋根々の彼方に、フェデラル・ヒルの位置を示す遠い灯りの群れを、彼は不安げに見つめ続けた。発電所の記録によれば、それが起きたのは午前2時12分のことだった。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [45] “…and of most of the seventy-eight men who had gathered around the church’s high bank wall—especially those in the square where the eastward facade was visible.” (訳: ……そして、教会の高い擁壁の周りに集まっていた七十八人の男たちの大半――とりわけ、東側の正面が見えた広場にいた者たち――の証言もある。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
- [46] “The next day’s papers gave these matters minor mention in connexion with the general storm reports.” (訳: 翌日の新聞各紙は、この件を嵐一般の報道に絡めてわずかに触れたにすぎなかった。) — 「暗闇の悪魔」(1936年), The H. P. Lovecraft Archive ↩




