ボードゲーム(1〜4人協力型・2026年5月20日発売) — Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth

Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth

『クトゥルフの呼び声』の版元Chaosiumが自社制作した協力型ボードゲーム。TRPGのルールを使わず、独自のダイス判定とストーリーブックで進行する。公式のルールブックで確認する限り、全3話のうち実際にインスマスの町へ到達するのは最後の1話だけで、原典の固有名詞はほとんど前面に出てこない。

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新潮文庫『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』(南條竹則訳)。舞台の原典「インスマスの影」を収録。

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概要

Chaosiumは2026年5月20日、協力型ボードゲーム『Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth』を自社サイトで正式発売した[1][2]。価格は70ドル、対象は1〜4人。米・英・EU・豪・加のいずれかのChaosium倉庫から発送を選べる[1][2]。デザインを手がけたのはEric DubusとOlivier Melisonの2人だ[1]。

この製品を特徴づけているのは、版元自身の言葉で「TRPGサプリメントではない」と明言されているわけではないものの、商品分類・判定方式ともにTRPG『クトゥルフの呼び声』のルールから独立している点である。公式サイトの商品ジャンルは「Board Games」であり、遊ぶのにCall of Cthulhu本体ルールもキーパー(進行役)も必要としない[1]。同じ「インスマス」を舞台にしながら、2026年7月22日発売のTRPGサプリメント『Call of Cthulhu: Innsmouth』(当サイトの既存記事で確認済み)とは、まったく別の設計思想で作られている[7]。

どんな作品か

公式商品ページの説明はこう始まる。「Investigate the clues. Uncover the truth. Explore the story.(手掛かりを調べ、真実を暴き、物語を探索せよ)」[1]。続けて「You will tell this story!(この物語を紡ぐのはあなただ)」と述べ、「in Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth you explore three scenarios set around the area of the famous seaside town of Innsmouth(『Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth』では、あの有名な港町インスマス周辺を舞台にした3本のシナリオを探索する)」と紹介している[1]。

ゲームの仕組みについて公式ページは次のように説明する。「The game features three scenarios that can be played individually or combined into one overarching campaign.(このゲームは3本のシナリオで構成され、個別にも、ひとつの大きなキャンペーンとしてまとめても遊べる)」「There are no fixed win or lose conditions; instead, you play to explore, uncover secrets, and shape a story that’s entirely your own.(固定された勝敗条件はない。代わりに、探索し、秘密を暴き、まったく自分だけの物語を形作っていくために遊ぶ)」[1]。プレイヤーは8人の調査員から1人を選び、職業ごとの能力カード・所持アイテムを手に物語を進める。4人に満たない場合、残りの調査員はNPCとして卓に加わる[1]。探索の網羅度は「Exploration Rate(探索率)」として数値化され、見落とした要素があれば周回プレイで別の角度から物語を確かめ直せる設計になっている[1]。

物語を読み上げる無料アプリ「Miskatonic Tales」も用意されている。Chaosium公式ブログによれば、このアプリは「offers immersive audio recordings of the introductions and all paragraphs from the three scenarios(3本のシナリオすべてのイントロダクションとパラグラフを、臨場感のある音声で読み上げる)」もので、「You can adjust the background music, volume, and playback speed.(背景音楽・音量・再生速度を調整できる)」という。アプリは任意の補助で、ストーリーブックの紙面だけでも遊べる[3]。

なお公式ルールブックによれば、判定は白6個・赤2個の専用ダイスを使う独自のスキルテストで行われ、TRPG版のパーセンテージ制は使わない。判定の難易度は「EASY」「MEDIUM」「HARD」の3段階がアイコンの色で示される[6]。この一点だけを見ても、本作がTRPG『クトゥルフの呼び声』のルールとは別のシステムとして最初から設計されていることがわかる。

インスマスに辿り着くのは、3話のうち最後の1話だけ

公式ルールブックのコンポーネント一覧を見ると、3本のシナリオそれぞれの舞台が見えてくる。第1話「Scenario I: the whispering caves(囁く洞窟)」、第2話「Scenario II: the lightless beacon(光なき灯台)」、第3話「Scenario III: journey to innsmouth(インスマスへの旅)」という構成で、公式ルールブックは「We strongly recommend playing Miskatonic Tales as a campaign, starting with “Scenario I: The Whispering Caves,” followed by “Scenario II: The Lightless Beacon,” and concluding with “Scenario III: Journey to Innsmouth.”(まずシナリオI「囁く洞窟」から始め、続いてシナリオII「光なき灯台」、最後にシナリオIII「インスマスへの旅」で締めくくる、キャンペーンとしてのプレイを強く推奨する)」と述べている[6]。

コンポーネント表を見比べると、専用の地図が用意されているのは第2話の「Beacon Island map(灯台島マップ)」と第3話の「Innsmouth town map(インスマス町マップ)」の2枚だけで、第1話に地名入りの地図は記載されていない[6]。ゲーム全体のサブタイトルにもなっている「インスマスへの旅」という言葉が指す町そのものへ実際に足を踏み入れるのは、3話構成のうちの最後の1話にとどまる。第1話・第2話は、原典「インスマスの影」にも当サイトのインスマス記事にも登場しない「灯台島」という架空の島が舞台になっており、インスマスの町へ入る前に、その周辺の海域を巡る前日譚として置かれている構成だと読み取れる。

物語の導入部にも手がかりがある。ルールブックの「INTRODUCTION TO THE STORY(物語への導入)」の章は「Rockport, September 18, 1925(ロックポート、1925年9月18日)」という日付と地名から始まる[6]。ロックポートは原典「インスマスの影」の舞台であるマサチューセッツ州の港町とは別の地名で、当サイトの記事で確認した限り原典の本文には登場しない。ボードゲーム版の物語は、インスマスから離れた場所と、原典にない1925年という年から幕を開けているらしいことになる(原典の事件は1927年の語り手の来訪と1927〜28年冬の連邦捜査を軸にしている)。ルールブックの導入文はイラスト付きの装飾書体で組まれており、本文そのものの内容は当サイトの機械的なテキスト抽出では判読できなかったため、日付と地名以外の詳細はここでは扱わない。

「マーシュ」の名を継ぐのは調査員の側

ルールブックには、プレイヤーが選べる8人の調査員の名が並ぶ。Arthur Blackwood、Elizabeth Hawthorne、Ezra Marsh、Margaret Sinclair、Laszlo Varga、Sarah Elington、Philip Harris、Irene Dubois――この8人のうち1人だけ、「Marsh」という姓を持つ調査員がいる[6]。

原典「インスマスの影」において「マーシュ」は、深きものどもとの契約を持ち帰ったオーベッド・マーシュ船長を祖とする一族の姓であり、物語の結末で語り手自身がこの血を引いていたことに気づく、恐怖の核心そのものを担う名前だった。当サイトの記事で確認した通り、語り手は自らの家系を調べたのち「Was Obed Marsh my own great-great-grandfather? Who—or what—then, was my great-great-grandmother?(オベド・マーシュは私の高祖父だったのだろうか。ならば、私の高祖母は何者、いや何だったのか)」と自問する[8]。原典において「マーシュ」の名は、人間から深きものへと姿を変えていく血筋そのものの記号だった。

ボードゲーム版の「Ezra Marsh」がこの一族の末裔という設定なのかどうか、公式ルールブックは説明していない。8人の調査員それぞれの経歴を詳しく記した文章は、無料公開されているルールブックの範囲には含まれておらず、当サイトでは確認できていない。それでも、「マーシュ」という原典で恐怖の対象だった名前が、ここでは調査員側――つまりプレイヤーが操作し、感情移入する側の名前として使われているという事実だけは、ルールブックの調査員一覧から確認できる[6]。原典で血筋そのものが脅威だった名前を、プレイヤーキャラクターの名として引き継ぐという選び方は、少なくとも記号としての「マーシュ」の扱い方が、原典とボードゲーム版とで反転していることを示している。

もう一つ、ルールブックのコンポーネント表には、第1話「囁く洞窟」の内容物として「1 Dagon’s Servant marker(ダゴンの下僕マーカー1枚)」という記載がある[6]。ダゴン秘密教団という名称そのものは、公式の商品説明・ブログ記事のいずれにも見当たらなかったが、少なくとも「ダゴン」に連なる存在は、インスマスの町に到達する前の第1話の時点ですでに姿を見せるらしい。一方で「Obed Marsh」「Deep Ones」「Devil Reef」といった、原典に固有の名称そのものは、当サイトが確認できた公式のルールブック・商品説明・ブログ記事のどこにも見つからなかった。

原典との距離(神話の三層のどこに立つか)

原典「インスマスの影」(1931年執筆・1936年発表)は第1層に属し、インスマスという町、深きものども、ダゴン秘密教団、マーシュ家の血筋という骨格をすべて確立した作品である。この骨格の上に、TRPG『クトゥルフの呼び声』は1992年『Escape from Innsmouth』、そして2026年7月22日発売の『Call of Cthulhu: Innsmouth』(当サイトの既存記事で確認済み)という第3層のサプリメントを積み重ねてきた。後者は「町とその周辺100か所以上の場所」「80名を超える登場人物」を収録する、キーパーが自由に使えるサンドボックス型の資料集であり、原典の語り手すら「信頼できない語り手」として扱ってよいという再解釈まで提示している。

『Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth』も同じ第3層に属する派生物だが、TRPGサプリメントとは異なる距離の取り方をしている。TRPGサプリメントが原典の固有名詞(オーベッド・マーシュ、ダゴン秘密教団、深きものども)を明示的に引き継ぎ、それをキーパーが自由に解釈し直せる素材として提供しているのに対し、このボードゲームの公式説明・ルールブックは、当サイトが確認できた範囲でこれらの固有名詞をほとんど前面に出していない。かわりに「ロックポート」「灯台島」という原典にない地名を新設し、インスマスの町そのものへ到達するのは3話構成の最後の1話だけという、独自の導線を敷いている。Horror on the Orient Express: The Board Gameのデザイナーが、原作キャンペーンの「ドリームランド編」を土台にしたと公式のデザイン日記で名指しして語っていたのとは対照的に、本作の公式説明は原典との対応関係を具体的に語っていない。

クトゥルフ神話TRPGとボードゲームの違いという当サイトの整理に沿えば、TRPGはキーパーの裁定によってその場で物語が生成される。本作は、ボードゲームでありながらキーパーの代わりに分岐するストーリーブックとダイス判定を置き、「探索率」という数値でプレイヤー自身に物語の踏破度を可視化させる。原典が確立した「インスマス」という舞台の名だけを借りて、そこに至るまでの旅程と登場人物を作り替えるという距離の取り方は、原典の再現でもTRPG設定の忠実な移植でもない、三層目の中でもさらに独自色の強い派生のあり方だと言える。

関連して読むなら

  • Call of Cthulhu: Innsmouth — 同じインスマスを扱う2026年発売のTRPGサプリメント。原典を「信頼できない語り手」として開いていく設計思想を確認できる記事
  • インスマスの影 — 「マーシュ」の血筋が明かされる原典中編。今回の調査員名との対比の起点になる記事
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  • クトゥルフ神話TRPGとボードゲームの違い — 進行役の有無という観点から、本作のようなストーリーブック型ボードゲームの立ち位置を整理した記事
  • Mansions of Madness: Second Edition — 進行役の代わりに公式アプリが采配する、別方式のクトゥルフ神話ボードゲーム
  • インスマスの影の異読 — 同じ2026年に公開された、原典インスマスの読み替えを扱う記事

出典

  • [1] 価格70ドル、SKU「CHA9007」、1〜4人プレイ、デザイナーEric DubusとOlivier Melison、発売年2026年、「Investigate the clues. Uncover the truth. Explore the story.」「You will tell this story! In Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth you explore three scenarios set around the area of the famous seaside town of Innsmouth.」「The game features three scenarios that can be played individually or combined into one overarching campaign.」「There are no fixed win or lose conditions; instead, you play to explore, uncover secrets, and shape a story that’s entirely your own.」「Choose from 8 unique Investigators」「There are always four Investigators in play. If you’re playing with fewer than four players, the remaining characters take on the role of NPCs」、Exploration Rateの説明、米・英・EU・豪・加の倉庫から選択可能であることの記載を確認 — Chaosium Inc.公式商品ページ「Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth」(2026年9月9日取得)、https://www.chaosium.com/miskatonic-tales-journey-to-innsmouth/ ↩
  • [2] 2026年5月20日付で「Our board game Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth is now officially available on our website!」「$70.00 – available from all Chaosium warehouses (US, UK, EU, AUS, CAN)」と告知していることを確認 — Michael O’Brien, “Out now: Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth board game.”, Chaosium Inc.公式ブログ(2026年5月20日)、https://www.chaosium.com/blogout-now-miskatonic-tales-journey-to-innsmouth-board-game-/ ↩
  • [3] 「The app is not required to play, but it offers immersive audio recordings of the introductions and all paragraphs from the three scenarios.」「You can adjust the background music, volume, and playback speed.」の記載を確認 — Michael O’Brien, “Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth—Check out the app with immersive voiceover!”, Chaosium Inc.公式ブログ(2026年2月20日)、https://www.chaosium.com/blogmiskatonic-tales-journey-to-innsmouthcheck-out-the-app-with-immersive-voiceover/ ↩
  • [4] 2024年9月19日付で「This new board game is planned for 2025.」と、当初2025年発売予定として発表されていたことを確認 — Michael O’Brien, “Chaosium Board Games is working on Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth for a 2025 release”, Chaosium Inc.公式ブログ(2024年9月19日)、https://www.chaosium.com/blogchaosium-board-games-is-working-on-miskatonic-tales-journey-to-innsmouth-for-a-2025-release/ ↩
  • [5] 「The game will be available for purchase in pre-release at Essen Spiel, and available for viewing at PAX Australia!」の記載を確認(2025年10月8日付投稿) — Michael O’Brien, “AMA with the designers – Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth, our upcoming board game”, Chaosium Inc.公式ブログ、https://www.chaosium.com/blogama-with-the-designers-miskatonic-tales-journey-to-innsmouth-our-upcoming-board-game/ ↩
  • [6] シナリオ名が「Scenario I: the whispering caves」「Scenario II: the lightless beacon」「Scenario III: journey to innsmouth」であること、「We strongly recommend playing Miskatonic Tales as a campaign, starting with “Scenario I: The Whispering Caves,” followed by “Scenario II: The Lightless Beacon,” and concluding with “Scenario III: Journey to Innsmouth.”」の記載、第2話に「Beacon Island map」、第3話に「Innsmouth town map」がそれぞれ付属すること、第1話のコンポーネントに「1 Dagon’s Servant marker」があること、物語導入部が「Rockport, September 18, 1925」の日付・地名から始まること、判定が白6個・赤2個のダイスとEASY/MEDIUM/HARDの難易度アイコンで行われること、調査員がArthur Blackwood・Elizabeth Hawthorne・Ezra Marsh・Margaret Sinclair・Laszlo Varga・Sarah Elington・Philip Harris・Irene Duboisの8名であること、Game DesignerがEric DubusとOlivier Melisonであることを確認 — Chaosium Inc., “Miskatonic Tales: Journey to Innsmouth Rulebook”(公式無料配布PDF、2026年9月9日ダウンロード)、https://downloads.chaosium.com/call-of-cthulhu/cha9007/CHA9007_Miskatonic_Tales_Journey_to_Innsmouth_Rulebook.pdf ↩
  • [7] 『Call of Cthulhu: Innsmouth』が「Arkham Unveiled」シリーズに属する7th Edition対応のTRPGサプリメントであり、独立したボードゲームではないこと、272ページ・フルカラーであることを確認 — Chaosium Inc.公式PDF商品ページ「Call of Cthulhu: Innsmouth」(2026年9月9日取得)、https://www.chaosium.com/call-of-cthulhu-innsmouth-pdf/ ↩
  • [8] “Was Obed Marsh my own great-great-grandfather? Who—or what—then, was my great-great-grandmother?”(訳:「オベド・マーシュは私の高祖父だったのだろうか。ならば、私の高祖母は何者、いや何だったのか」)の記載を確認 — H. P. Lovecraft, “The Shadow over Innsmouth”(1931年執筆/1936年発表)、公式アーカイブ、https://www.hplovecraft.com/writings/texts/fiction/soi.aspx(引用は当サイト「インスマス」記事で先に確認済みの箇所と同一) ↩

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