概要
Chaosiumは公式ブログで、DriveThruRPG上のコミュニティコンテンツ作品が実売の節目へ到達したことを称える新企画「Metal Milestones」の第1回を公開した[1]。段階はCopper(50部)、Silver(100部)、Electrum(250部)、Gold(500部)、Platinum(1,000部)の5段階で、Call of Cthulhu、RuneQuest、Pendragon、Age of Vikingsという複数のTTRPGラインにまたがって対象作品が並んでいる[1]。
このうち、Call of Cthulhu向けの自主出版プラットフォーム「Miskatonic Repository」に登録されたJayson Green作『The Bride of Pendle』は、Gold(500部以上)へ到達し、紙版の販売が始まり、韓国語への翻訳も済んだと紹介されている[1]。同作は2026年のENNIE賞で、Best Adventure – Short FormとBest Community Contentの2部門でSilverを受賞した[2][3]。
当サイトは以前、「Miskatonic Repository Con 2026」で、Chaosium公認のこのプラットフォームの仕組みと、日本のBOOTH・同人即売会を軸にした同人シナリオ文化との違いを比較した。今回のMetal Milestonesが示しているのは、その公認プラットフォームの中で実際に何部売れば何が起きるのか、という具体的な数字の段階である。
何が起きたか
Metal Milestones #1の記事は、DriveThruRPG上でコミュニティコンテンツ作品が節目の販売数へ到達したことを、金属の名を冠した段階で紹介する内容だ[1]。掲載されている作品と段階を、次の表にまとめた。
| 作品名 | 著者 | TTRPGライン | 段階 |
|---|---|---|---|
| Tales of the Sun County Militia | Jonathan Webb ほか | RuneQuest | Platinum(1,000部以上) |
| The Bride of Pendle | Jayson Green | Call of Cthulhu | Gold(500部以上) |
| The Children of Hykim | Brian Duguid | RuneQuest | Gold(500部以上) |
| The Adventure of the Craven Knight | Garry Fay | Pendragon | Electrum(250部以上) |
| Players’ Companion to Roleplaying in Glorantha | Paul Watts | RuneQuest | Electrum(250部以上) |
| Marrow & Mistletoe | Jonas Morian | Call of Cthulhu | Electrum(250部以上) |
| Valley of Shadows | Patience Bluestone | Call of Cthulhu | Electrum(250部以上) |
| Uleria Loves You | CJ Hakansson・Malin Ryden | RuneQuest | Electrum(250部以上) |
| Hail to the King | Marco Carrer | Call of Cthulhu | Electrum(250部以上) |
| The Runestone of Laugardalur Valley | Thorsteinn Mar Gunnlaugsson | Age of Vikings | Copper(50部以上) |
この一覧で最も高い段階に達しているのは、RuneQuestのキャンペーンシリーズ「Sandheart」第1巻にあたる『Tales of the Sun County Militia』のPlatinum(1,000部以上)だ[1]。Call of Cthulhu作品の中での最高位はGoldにとどまり、『The Bride of Pendle』とRuneQuestのBrian Duguid作『The Children of Hykim』がそこに並ぶ。Marrow & Mistletoeについては、クトゥルフ・バイ・ガスライト設定を舞台にした作品だと紹介されている[1]。当サイトの『クトゥルフ・バイ・ガスライト』の記事で扱った、ヴィクトリア朝を舞台にした設定である。
段位という物差し——50部から1,000部までの5段階
Chaosiumが示した段階の定義は、Platinumが1,000部、Goldが500部、Electrumが250部、Silverが100部、Copperが50部というものだ[1]。DriveThruRPGは出版社アカウントを持たない個人でも、通常の顧客アカウントだけでコミュニティコンテンツを頒布できる場を提供している。Miskatonic Repositoryでは価格の50%がクリエイターへ、残り50%がChaosiumとDriveThruRPGへ分配される仕組みで、追加のライセンス取得は不要、無料公開や「払いたい額を払う」形式も選べる[4]。
この分配構造を踏まえると、Copperの50部という最初の段階は、プラットフォームの取り分を差し引いた後、書き手の手元にわずかな金額しか残らない規模だと分かる。そこからPlatinumの1,000部まで、20倍の開きがある。Metal Milestonesが5段階に分けて公表しているのは、この開きのどのあたりに自分の作品が位置しているかを、書き手が数字で確認できるようにする物差しだと読める。
『The Bride of Pendle』が踏んだ段——印刷・翻訳・受賞
Chaosiumが2026年に公開した別記事によれば、『The Bride of Pendle』は1922年のランカシャーを舞台に、秋の結婚式を巡って起きる事件を描くCall of Cthulhu第7版シナリオで、3〜6人のプレイヤーを想定し、複数セッション・16時間以上でのプレイを見込む[2]。作者はJayson Green、公開の場はMiskatonic Repositoryである[2]。
Metal Milestonesの記事は、この作品について「It’s now out in print format, and just translated into Korean too!」(いまでは印刷版としても出ており、韓国語への翻訳も済んだところだ)と紹介している[1]。PDF単体で始まった自主出版作品が、印刷という物理的な形と、英語以外の言語への翻訳という広がりを、Miskatonic Repositoryという枠組みの中で得たことになる。
受賞歴も伴っている。2026年のENNIE賞公式サイトによれば、『The Bride of Pendle』はBest Adventure – Short Form部門でSilver、Best Community Content部門でもSilverを受賞した[3]。同じBest Adventure – Short Form部門のGoldは Paweł Kicman作『Whispers of the Woods』(Heltung Storytelling)、Best Community Content部門のGoldは『Triangle Agency Fan Zine』である[3]。Chaosium自身のMetal Milestones記事も、この2部門でのシルバー受賞という結果を紹介している[1]。Chaosiumという版元が主催するコミュニティコンテンツ制度の中の一作が、版元の外にある業界のアワードでも評価された形になる。
公認プログラムという土台——日本の同人シナリオ文化との違い
ここまでの数字は、Miskatonic Repositoryという、Chaosiumが公式に用意した参加プログラムの内側で生まれている。当サイトが「日本のクトゥルフはなぜ『書く文化』になったのか」で確認した通り、日本の同人シナリオ文化はBOOTHや同人即売会を軸に、公式のコミュニティコンテンツ制度を前提とせずに育ってきた。クトゥルフ神話TRPGだけを扱う即売会「Roll of Cthulhu」が継続開催されているように、市場そのものはすでに大きい。
日本側の頒布部数については、公式に発表された数字が見当たらない。BOOTHの個々の作品がCopperに相当する50部を超えているのか、Platinumに相当する1,000部を超えているのか、当サイトが確認できる資料の範囲では分からない。Metal Milestonesのような段階の公表は、Chaosiumが公認プログラムの参加者を可視化する仕組みでもある。同じ「ファンがシナリオを書いて頒布する」営みでも、英語圏では版元が段階を数えて公表し、日本ではその数字自体が公にならない、という違いがここに表れている。
この違いは、当サイトが「クトゥルフ神話TRPGのシナリオは、どこで手に入るのか」で整理した入手経路の違いとも重なる。版元が管理する棚に並ぶか、版元の管理外の場で頒布されるかによって、部数という物差し自体が存在するかどうかが変わってくる。
原典との距離(神話の三層のどこに立つか)
『The Bride of Pendle』は、当サイトの区分で言えば第3層(TRPGによる拡張)の中でも、さらにChaosium公認の自主出版という位置にある作品だ。Chaosium自身が著者としてクレジットされる公式シナリオ集(『クトゥルフ神話TRPG ダニッチの怪』のような公式ソースブック)とは異なり、Jayson Greenという個人が、Miskatonic Repositoryという公認の枠組みを使って発表した二次創作である。舞台となる1922年のランカシャーという設定自体も、TRPG側で組み立てられたオリジナルの舞台だと考えられる。ラヴクラフト自身がこの土地と年代を書いた作品は、当サイトでは確認していない。この舞台がラヴクラフトのどの作品を下敷きにしているかは、当サイトが参照した公式発表の範囲では確認できていない。
Marrow & Mistletoeが舞台とする「クトゥルフ・バイ・ガスライト」も、当サイトの該当記事で扱った通り、ラヴクラフトの時代(1920年代)より前のヴィクトリア朝へ舞台を移した、TRPG側の設定改変だ。Metal Milestonesに並ぶ作品群は、原典の年代や地理から一段離れた舞台をTRPGの側で新しく組み立て、その土台の上に成立している点で共通している。
関連して読むなら
- Miskatonic Repository Con 2026 — Chaosium公認のMiskatonic Repositoryと日本の同人シナリオ文化を比較した既存記事
- 日本のクトゥルフはなぜ「書く文化」になったのか — BOOTH中心の同人シナリオ文化がどう育ったかを扱った記事
- クトゥルフ神話TRPGのシナリオは、どこで手に入るのか — 日本国内での入手経路を整理した記事
- クトゥルフ神話TRPGの刊行史 — 『クトゥルフの呼び声』本体の版の変遷
- クトゥルフ神話に「公式設定」は存在するのか — 単一の権利者が管理しない神話の構造を確認できる記事
- クトゥルフの呼び声TRPG — Miskatonic Repositoryが対応する現行ルールの概要
出典
- [1] Chaosium公式ブログ「Metal Milestones #1 – celebrating significant sales by our community creators at DriveThruRPG」(2026年9月9日取得)。段階の定義(Platinum=1,000部、Gold=500部、Electrum=250部、Silver=100部、Copper=50部)、『The Bride of Pendle』(Jayson Green、Call of Cthulhu)がGoldに到達したこと、「It’s now out in print format, and just translated into Korean too!」の記載、この作品が2026年ENNIE賞で2部門シルバー受賞と紹介されていること、Marrow & Mistletoe(Jonas Morian、Call of Cthulhu、クトゥルフ・バイ・ガスライト設定)・Valley of Shadows(Patience Bluestone)・Hail to the King(Marco Carrer)がElectrumに到達したこと、Tales of the Sun County Militia(Jonathan Webbほか、RuneQuest、Sandheartキャンペーンシリーズ第1巻)がPlatinumに到達したこと、The Children of Hykim(Brian Duguid、RuneQuest)がGoldに到達したこと、The Adventure of the Craven Knight(Garry Fay、Pendragon)・Players’ Companion to Roleplaying in Glorantha(Paul Watts、RuneQuest)・Uleria Loves You(CJ Hakansson・Malin Ryden、RuneQuest)がElectrumに到達したこと、The Runestone of Laugardalur Valley(Thorsteinn Mar Gunnlaugsson、Age of Vikings)がCopperに到達したことを、いずれも記事本文で確認した。https://www.chaosium.com/blogmetal-milestones-1-celebrating-significant-sales-by-our-community-creators-at-drivethrurpg/ ↩
- [2] Chaosium公式ブログ「Call of Cthulhu scenario ‘The Bride of Pendle’ wins two awards at the 2026 ENNIES」(2026年9月9日取得)。著者Jayson Green、Miskatonic Repositoryでの公開、舞台が「Lancashire, 1922: an Autumn wedding set in the Lancashire countryside」であること、「designed for three to six players」「to be run over multiple sessions (16 hours or more)」であること、Best Adventure – Short Form・Best Community Contentの両部門でSilver受賞であることが書かれている。https://www.chaosium.com/blogcall-of-cthulhu-scenario-the-bride-of-pendle-wins-two-awards-at-the-2026-ennies/ ↩
- [3] ENNIE Awards公式サイト「2026 Nominees」ページ(2026年9月9日取得)。Best Adventure – Short Form部門でGold『Whispers of the Woods』(Heltung Storytelling、Paweł Kicman著)、Silver『The Bride of Pendle』(Miskatonic Repository、Jayson Green著)であること、Best Community Content部門でGold『Triangle Agency Fan Zine』、Silver『The Bride of Pendle』であることを確認。https://ennie-awards.com/2026-nominees/ ↩
- [4] Chaosium公式サイト「Miskatonic Repository」(2026年9月9日取得)。Call of Cthulhu向け自作コンテンツ投稿プラットフォームであること、DriveThruRPGの通常アカウントで参加可能で発行者アカウントは不要であること、「No extra license is required」、価格の50%がクリエイターへ・残り50%がChaosiumとDriveThruRPGへ分配されること、無料公開や「pay-what-you-want」形式も選べること、対応範囲が「7th Edition Call of Cthulhu and some sourcebooks」であることを確認。https://www.chaosium.com/miskatonic-repository/ ↩



