地名 — THE NAMELESS CITY

名もなき都市

原典

アラビアの砂漠の奥深くに埋もれた太古の都市。メンフィスの最初の石が置かれるより、バビロンの煉瓦が焼かれるより古いとされ、名を持たぬままアラブの部族に恐れられ避けられてきた。クトゥルフ神話最初の作品ともみなされる。

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名もなき都市

「アラビアの砂漠の奥深くに、崩れかけて言葉を失ったかのようなその無名の都市はある。低い城壁は、幾千年とも知れぬ歳月の砂にほとんど埋もれてしまっている」

— H・P・ラヴクラフト「無名都市」(1921年発表)
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概要

ラヴクラフト「名もなき都市」に登場する、アラビアの砂漠の奥深くに埋もれた太古の都市。「メンフィスの最初の石が置かれるより前、バビロンの煉瓦がまだ焼かれていない頃から、それは既にあったに違いない」[1]とされ、名を持たぬままアラブの部族に恐れられ避けられてきた。この物語はクトゥルフ神話最初の作品とみなされることが多い。公式アーカイブ(hplovecraft.com)の小説本文でアブドゥル・アルハズラードの名が出る作品のうち、執筆時期(1921年1月)が最も早いのがこの作品である。

原典での描写

砂漠に現れる都市の外観

語り手は月明かりの下、乾いた恐ろしい谷を旅する中でこの都市を見出す。都市は砂の上から「屍体の一部が粗末な墓から突き出るように」その姿を覗かせ、太古の石々は恐怖を語りかけ、得体の知れない気配が引き返せと促した[4]。ベドウィンは焚き火を囲んでこの地を噂し、族長の天幕では祖母たちがひそひそと語り継ぐが、部族の誰もが理由を知らぬまま都市を避けてきたという。狂える詩人アブドゥル・アルハズラードもまた、かの二行連句を詠む前夜にこの都市を夢に見たと伝えられ、語り手はアラブたちの警告を退けて単身踏み込んだ。夜明けに戻ってからは古い城壁と街路の跡をたどり、都市がかつて巨大であったことを確かめている。

低い神殿と壁画

語り手は天井の低い神殿へ這い込み、祭壇や石組みから忘れられた儀式の名残を読み取ろうとするが、判然としたものは何も見出せない。奥へ進むと隠された壁龕が連なる狭い通路が続き、原文で「低い天井の広間」と呼ばれるこの空間の壁には、都市を築いた種族の興亡を描いた壁画が延々と連なっていた。都市が滅びゆく以前の姿は「常に月光の下に描かれ、崩れた城壁の上には金色の後光が漂い、かつての壮麗さの名残をおぼろげに映し出していた」[5]。

地下回廊と爬虫類の遺骸

語り手は岩壁に穿たれた黒い坑道を見つけ、低く弧を描く天井の下、無数の小さく急な階段を梯子のように四つん這いで下っていく。松明の光も届かぬほど深く続くその通路を下りきった先で、鰐や海豹を思わせる体つきでありながら、「角があり、鼻孔がなく、顎は鰐のようで」既存のいかなる分類にも当てはまらない爬虫類種族のミイラの列に行き当たった[6]。

光る深淵と扉

壁画をたどって回廊の奥まで進んだ語り手は、「果てしなく広がる、一様に光り輝く虚空」[7]を望む大きな真鍮の扉の前に出るが、扉は押しても動かず、疲労のあまりその場に倒れ伏す。太古の静寂を破って金属的な音が響いた直後、地の底から怪しい風が吹き荒れ、語り手は目に見えぬ奔流に抗いながらアルハズラードの二行連句を口走る。最後には都市の主であった爬虫類種族と思しき怪異の群れが虚空の中を駆け抜け、その背後で「巨大な真鍮の扉が、ナイル河畔でメムノンが日の出を迎えるように鳴り響く金属音とともに轟然と閉ざされた」[8]。

「狂気の山脈にて」(1931年2月-3月22日執筆)

南極探検を描いたこの長編、狂気の山脈にてでは、太古の失われた都市群を列挙する一節に「アラビア砂漠の名もなき都市」[9]という形で名前だけが挙げられており、独自の描写はない。

基本プロフィール

  • 分類: 地名(古代都市の廃墟)
  • 欧文表記: THE NAMELESS CITY
  • 初出: 「名もなき都市」(1921年1月執筆/1921年11月『ザ・ウルヴァリン』誌発表)
  • 位置: アラビアの砂漠(ルブアルハリ砂漠に相当するとされる)

由来・モデル

具体的な実在地との一対一のモデル関係は原典に明記されていないが、舞台はアラビア半島南部の砂漠地帯と設定されており、後年の解釈ではルブアルハリ砂漠(「空白の四分の一」)に相当するとされることが多い。

歴史・年表

語り手はアラブたちの警告を無視して都市に踏み入り、地下へと続く低く長い通路を発見する。そこには「前脚には、人間の手指を奇妙なほど思わせる、繊細でいかにも柔軟そうな足があり……そのほとんどは、この上なく高価な布できらびやかに装われ、金や宝石、未知の輝く金属の装飾品を惜しみなくまとっていた」[2]という、鰐や海豹を思わせる体つきでありながら人間のような手指を備えた爬虫類的な生物のミイラが、壁画とともに安置されていた。壁画には、彼らが独自の都市と庭園を持つ世界を築いていた様が描かれており、語り手はこの都市がかつて彼らによって生きられていたのだと悟る。物語は、この都市の存在に想を得たとされるアブドゥル・アルハズラードが、かの有名な二行連句「死せるままに永劫を横たわりうるものは死なず、奇怪なる悠久の果てに死にすら死は訪れよう」[3]を詠んだという逸話で締めくくられる。

性質・特徴

人類文明の記録された歴史のさらに彼方、地質学的な太古から存在し続けてきたことそのものが、この都市の最大の恐怖の源になっている。爬虫類的な種族の高度な文明の痕跡と、彼らの滅亡後もなお都市自体が「死んではいるが永劫を横たわる」形で存続し続けているという着想は、後年のクトゥルフ神話全体を貫く「死せるものの永続」というテーマの原型として位置づけられる。

関連する人物・存在・出来事

「狂える詩人」アブドゥル・アルハズラードは、この都市についての伝聞から着想を得て件の二行連句を詠んだとされ、この詩句は後に彼の著した『ネクロノミコン』の中核をなす一節として定着していく。都市の主であった爬虫類的種族そのものには固有の名は与えられていない。

主要登場作と読みどころ

  • 「名もなき都市」(1921年執筆/1921年発表): 唯一の原典にして、クトゥルフ神話最初の作品ともみなされる記念碑的な一編。地下通路の探索、爬虫類種族のミイラと壁画、そしてアルハズラードの詩句という、この都市をめぐる情報のすべてがこの一作に集約されている

よくある誤解

Q. 「名もなき都市」の爬虫類種族は、後年の神話体系のどれかの種族と同一視されているのですか?A. 原典では固有の名を与えられておらず、後続作家による明確な同一視も定着していません。「古のもの」等、他の太古の種族との関連を論じるファン考察はありますが、原典に基づく確定的な結びつきではありません。

Q. この物語は最初からクトゥルフ神話の一部として構想されていたのですか?A. 「クトゥルフ神話最初の作品」とみなされることが多いのは事実ですが、これは後年の研究者・読者による位置づけであり、執筆当時のラヴクラフト自身が体系的な神話群を意図していたわけではありません。

出典

  • [1] “It must have been thus before the first stones of Memphis were laid, and while the bricks of Babylon were yet unbaked.”(訳: 「メンフィスの最初の石が置かれるより前、バビロンの煉瓦がまだ焼かれていない頃から、それは既にあったに違いない」) — H. P. Lovecraft, “The Nameless City”(1921年執筆/1921年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [2] “Their fore legs bore delicate and evidently flexible feet curiously like human hands and fingers…most of them were gorgeously enrobed in the costliest of fabrics, and lavishly laden with ornaments of gold, jewels, and unknown shining metals.”(訳: 本文中訳参照) — 同上, 公式アーカイブ ↩
  • [3] “That is not dead which can eternal lie, / And with strange aeons even death may die.”(訳: 「死せるままに永劫を横たわりうるものは死なず、奇怪なる悠久の果てに死にすら死は訪れよう」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
  • [4] “afar I saw it protruding uncannily above the sands as parts of a corpse may protrude from an ill-made grave.”(訳: 「遠くにそれが、屍体の一部が粗末な墓から突き出るように、不気味に砂の上から突き出ているのが見えた」) — H. P. Lovecraft, “The Nameless City”(1921年執筆/1921年発表), 公式アーカイブ ↩
  • [5] “In these views the city and the desert valley were shewn always by moonlight, a golden nimbus hovering over the fallen walls and half revealing the splendid perfection of former times.”(訳: 「この場面では、都市と砂漠の谷は常に月光の下に描かれ、崩れた城壁の上には金色の後光が漂い、かつての壮麗さの名残をおぼろげに映し出していた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
  • [6] “yet the horns and the noselessness and the alligator-like jaw placed the things outside all established categories.”(訳: 「だが角があり、鼻孔がなく、顎は鰐のようであることが、それらを既存のいかなる分類の外にも置いていた」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
  • [7] “there was only an illimitable void of uniform radiance”(訳: 「そこにあったのは、果てしなく広がる、一様に光り輝く虚空だけであった」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
  • [8] “the great brazen door clanged shut with a deafening peal of metallic music whose reverberations swelled out to the distant world to hail the rising sun as Memnon hails it from the banks of the Nile.”(訳: 「巨大な真鍮の扉が、耳をつんざく金属的な響きとともに閉ざされ、その反響は、ナイル河畔でメムノンが日の出を迎えるときのように、遠い世界へと広がっていった」) — 同上, 公式アーカイブ ↩
  • [9] “the Nameless City of Arabia Deserta”(訳: 「アラビア砂漠の名もなき都市」) — H. P. Lovecraft, “At the Mountains of Madness”(1931年2月-3月22日執筆), 公式アーカイブ ↩
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