概要
プロヴィデンスの連邦丘(フェデラル・ヒル)にある旧フリー・ウィル教会を本拠とした秘密教団。エジプトから帰国した考古学者イーノック・バウエン教授が1844年7月に同地を購入して設立したとされ[1]、輝くトラペゾヘドロンを用いて「闇に住まうもの」を召喚・崇拝したとされる。1877年、地元住民の突き上げを受けて教会は閉鎖され、教団も表向きは解体された[4]。
原典での描写
ボーウェンと1844年の教会購入(「暗闇の悪魔」1935年執筆/1936年発表)
ロバート・ブレイクが「暗闇の悪魔」の終盤、尖塔の埃だまりで見つけたのは、1893年に姿を消した記者エドウィン・M・リリブリッジの白骨と、彼が書き残した鉛筆書きの覚書だった。覚書の書き出しは「バウエン教授、五月にエジプトより帰国——七月に旧フリー・ウィル教会を購入——考古学の業績とオカルト研究でよく知られる」という一文であり[1]、教団の創設者イーノック・バウエンが1844年のうちに教会を買い取った経緯を伝える。同年十二月二十九日には第四バプテスト教会のドロウン師が説教でスターリー・ウィズダムに警告を発したと記され、翌1845年の年末までに信徒数は九十七人に達したという[2]。
近隣住民の噂と1877年の解散
教会について尋ねたブレイクに、広場で会ったアイルランド系の巡査は十字を切ってみせるばかりで、誰もあの建物のことを口にしないと答えた。父親から聞いた話として「昔ここには邪教の一派がいた——名も知れぬ深淵の彼方から恐ろしいものを呼び出す、無法の宗派だった」と語り、オマリー神父が存命なら語れることは多かっただろうと付け加えている[3]。
覚書はさらに、1876年に六件の失踪を受けて近隣の秘密委員会がドイル市長のもとへ陳情し、1877年2月に対応が約束されたのち「教会は四月に閉鎖された」と記す。同年五月には「フェデラル・ヒル・ボーイズ」と称する一団が医師や役員を脅迫し、年末までに「百八十一人が名を伏せたまま街を去った」という[4]。
1880年ごろからは怪談が語られはじめ、1877年以来誰も教会に足を踏み入れていないという噂の真偽が確かめられていったとブレイクは記している[5]。教団の儀式や輝くトラペゾヘドロンをめぐる言い伝えについては、輝くトラペゾヘドロンの項に譲る。
ブレイクが見つけた教団の文書と印
香部屋の机の脇には天井近くまで届く書棚があり、『ネクロノミコン』のラテン語版、『リベル・イヴォニス』、デルレット伯による『クルト・デ・グール』、フォン・ユンツトの『ウナウスシュプレヒリッヒェン・クルテン』、ルドヴィク・プリンの『デ・ヴェルミス・ミステリイス』など、正気の者ならまず名を耳にしない書物が並んでいたという[6]。机の抽斗からは暗号で綴られた革表紙の記録帳も見つかった。使われている文字は太陽・月・惑星・アスペクト・十二宮といった、今日の天文学や古くは錬金術・占星術で用いられてきた伝統的な記号を組み合わせたものだったとされる[7]。
教団の信仰の対象
祭壇の上に掛けられた蜘蛛の巣まみれの十字架も、ふつうの形をしていなかった。ブレイクの目には、影深きエジプトに伝わる太古のアンク、すなわちクルクス・アンサタに近い姿と映ったという[8]。祭室の丸天井の窓の一枚にも、聖人の絵にまじって、闇の中に妙な光の渦を散らしただけの意匠が描かれていたとされる[9]。教団が崇めたのは輝くトラペゾヘドロンを介して呼び出される「闇に棲むもの」——ニャルラトホテプの化身とされる存在であり、その召喚と儀式の詳細は同項に譲る。
基本プロフィール
- 分類: 教団(秘密結社)
- 欧文表記: STARRY WISDOM SECT
- 初出・出典: The Haunter of the Dark(1936年発表)
由来と歴史 / 詳細設定
作中に登場する作家ロバート・ブレイクが発見した覚書によれば[10]、教団は1844年にエジプトから帰国したばかりのイーノック・バウエン教授が旧フリー・ウィル教会を購入して設立したとされる。同年12月にはバプテスト派の牧師ドロウン師が説教でこの教団を非難した記録が残るとされ、1849年には教区民フランシス・X・フィーニーが教団に加わったとする臨終の告白が伝わっているという。教団員たちはエジプトの遺跡で発見されたとされる金属の箱に収められた「輝くトラペゾヘドロン」を用いれば、天国や他の世界を見ることができ、「闇に住まうもの」がその力によって秘密を教えてくれると信じていたとされる。1877年、教会は閉鎖に追い込まれ、以後1893年に記者エドウィン・M・リリブリッジが同教会を調査した後に失踪する事件が起きるまで、教会には誰も足を踏み入れていないと噂されたという[5]。
性質と影響
考古学的な探求心から発する知的好奇心が、いかにして破滅的な信仰へと転じるかを描く教団として位置づけられる。実在の都市プロヴィデンス(ラヴクラフト自身の故郷)を舞台とし、都市の中に潜む「見えない歴史」という恐怖の類型を示す好例とされる。
関連する用語
輝くトラペゾヘドロン、ニャルラトホテプ、闇に住まうもの
出典
- [1] “Prof. Enoch Bowen home from Egypt May 1844—buys old Free-Will Church in July—his archaeological work & studies in occult well known.”(訳: 「バウエン教授、五月にエジプトより帰国——七月に旧フリー・ウィル教会を購入——考古学の業績とオカルト研究でよく知られる」) — H. P. Lovecraft, “The Haunter of the Dark”(1935年執筆/1936年発表), hplovecraft.com ↩
- [2] “Dr. Drowne of 4th Baptist warns against Starry Wisdom in sermon Dec. 29, 1844.” “Congregation 97 by end of ’45.”(訳: 「第四バプテスト教会のドロウン師、1844年12月29日の説教でスターリー・ウィズダムに警告」「信徒数、45年末までに97人」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [3] “There had been a bad sect there in the ould days—an outlaw sect that called up awful things from some unknown gulf of night.”(訳: 「昔ここには邪教の一派がいた——名も知れぬ深淵の彼方から恐ろしいものを呼び出す、無法の宗派だった」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [4] “Action promised Feb. 1877—church closes in April.” “181 persons leave city before end of ’77—mention no names.”(訳: 「1877年2月、対応が約束される——4月に教会は閉鎖」「77年末までに181人が名を伏せたまま街を去る」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [5] “Ghost stories begin around 1880—try to ascertain truth of report that no human being has entered church since 1877.”(訳: 「1880年ごろから怪談が語られはじめる——1877年以来誰も教会に足を踏み入れていないという噂の真偽を確かめようとする」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [6] “a Latin version of the abhorred Necronomicon, the sinister Liber Ivonis, the infamous Cultes des Goules of Comte d’Erlette, the Unaussprechlichen Kulten of von Junzt, and old Ludvig Prinn’s hellish De Vermis Mysteriis.”(訳: 「忌まわしき『ネクロノミコン』のラテン語版、不吉な『リベル・イヴォニス』、悪名高いデルレット伯の『クルト・デ・グール』、フォン・ユンツトの『ウナウスシュプレヒリッヒェン・クルテン』、老プリンの地獄めいた『デ・ヴェルミス・ミステリイス』」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [7] “In the ruined desk was a small leather-bound record-book filled with entries in some odd cryptographic medium. The manuscript writing consisted of the common traditional symbols used today in astronomy and anciently in alchemy, astrology, and other dubious arts—the devices of the sun, moon, planets, aspects, and zodiacal signs.”(訳: 「荒れ果てた机の中には、奇妙な暗号で綴られた小さな革表紙の記録帳があった。その文字は、今日の天文学で、また古くは錬金術や占星術など怪しげな術で用いられてきた伝統的な記号——太陽・月・惑星・アスペクト・十二宮の印——から成っていた」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [8] “Turning away from the windows, Blake noticed that the cobwebbed cross above the altar was not of the ordinary kind, but resembled the primordial ankh or crux ansata of shadowy Egypt.”(訳: 「窓から目を転じたブレイクは、祭壇の上の蜘蛛の巣まみれの十字架がふつうの形ではなく、影深きエジプトの太古のアンク、すなわちクルクス・アンサタに似ていることに気づいた」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [9] “one of the windows seemed to shew merely a dark space with spirals of curious luminosity scattered about in it.”(訳: 「窓の一枚には、闇の中に奇妙な光の渦をいくつも散らしただけの意匠が描かれているように見えた」) — 同上, hplovecraft.com ↩
- [10] “the victim was a writer and painter wholly devoted to the field of myth, dream, terror, and superstition, and avid in his quest for scenes and effects of a bizarre, spectral sort.”(訳: 「犠牲者は神話・夢・恐怖・迷信の領域にひたすら身を捧げた作家兼画家であり、奇怪で幽鬼めいた情景や効果を貪欲に追い求めていた」)——原典でロバート・ブレイクは新聞記者ではなく作家(兼画家)とされるため、本文の記載を訂正した — 同上, hplovecraft.com ↩





