地名(ダニッチの農家) — WHATELEY FARMHOUSE

ウェイトリー農場

原典

マサチューセッツ州ダニッチ、村から4マイル、丘の斜面に背をうずめて立つ農家。ウィルバー・ウェイトリーの生家であり、祖父オールド・ウェイトリーとウィルバーの手で15年にわたり改築が続いた場所でもある。二階を板で封じ、道具小屋を仕立て直し、最後には間仕切りごと空洞にしていくその過程が、1928年9月9日の夜、内側から破裂する。

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ウェイトリー農場

「人目につかぬダニッチの村に、丘の斜面へ寄せて建つ、大きくて、人の住む部分は一部だけの農家。傷みの少ない一階の三部屋だけが、長年、老人とその娘には事足りていた。」

— H・P・ラヴクラフト「ダニッチの怪」(1928年執筆/1929年発表)第1章の紹介文と第3章の改築描写を当サイトが合成した試訳
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概要(2〜3行)

マサチューセッツ州ダニッチの村から4マイル、他のどの住居からも1マイル半離れた丘の斜面に、背をうずめるようにして立つ農家[1]。ウィルバー・ウェイトリーがここで生まれ[1]、祖父オールド・ウェイトリーの代から一族に恐れられていた[2]。1913年のウィルバー誕生とともに始まった改築は、道具小屋の建て直しに始まり、二階を板で封じ、やがて間仕切りごと屋根裏まで取り払って一つの空洞に変えていく[4][11]。1928年9月9日の夜、その封じられた建物は内側から吹き飛んだ[20][21]。

基本プロフィール(表で可)

項目内容
分類地名(ダニッチの農家)
欧文表記WHATELEY FARMHOUSE
初出「ダニッチの怪」(1928年夏執筆[26]/1929年4月、『ウィアード・テイルズ』誌第13巻第4号にて発表[27])
所在ダニッチの村から4マイル、最寄りの他の住居からも1マイル半離れた丘の斜面[1]
改築前の姿背面が丘に完全に埋もれた、大きな切妻屋根の建物。傷みの少ない一階の3部屋だけが、長年、オールド・ウェイトリーと娘ラヴィニアには足りていた[3]
一階の変化ウィルバーの新生児室(書架つき)が加わり[5]、1927年夏には全ての戸と窓が閉ざされて間仕切りも取り払われる[14]
二階の変化1913年から窓を板で封じて誰も入れない区画になり[4][5]、1923年には間仕切りと屋根裏が取り払われて一階から屋根まで一つの空洞になる[11]
附属の小屋道具小屋の一つがウィルバー誕生と同時に建て直され[4]、いったん放棄されたのち[9]、1927年に再び修繕されてウィルバーの住まいになる[14]
最期1928年9月9日の夜、内部から吹き飛ぶように破壊される[20][21]

原典での描写

改築前――丘に埋もれた一軒家

物語は、ウィルバーの誕生の場面からこの家を紹介する。「ダニッチの町のうち、村から4マイル、他のどの住居からも1マイル半離れた、丘の斜面に寄せて建つ、大きくて一部だけが人の住む農家」で、ウィルバー・ウェイトリーは1913年2月2日日曜日の午前5時に生まれた[1]。この家がどんな建物だったかは、第3章で改築が語られる場面に示される。「背面が完全に岩の丘に埋もれた、大きな、切妻屋根の建物」で、「傷みの少ない一階の3部屋だけが、長らく彼と娘には十分だった」[3]。つまりウィルバーが生まれた時点で、この家はすでに大部分が荒れており、老人と娘はその一部だけを使って暮らしていた。家そのものへの恐れは、この改築が始まるよりも前から村にあった。「人里離れたこの農家は、オールド・ウェイトリーの黒魔術の評判のためにかねて恐れられており、ラヴィニアが12歳のときのウェイトリー夫人の原因不明の変死も、この場所の評判を良くはしなかった」[2]。

孫の誕生と道具小屋(1913年)

ウィルバーが生まれると同時に、改築が始まる。「それはウィルバーが生まれるとすぐに始まっていた。数ある道具小屋の一つが、にわかに整えられ、下見板張りにされ、頑丈な新しい錠をつけられた」[4]。続けて語り手は、この家を「放棄されていた二階を修復する」老人の仕事ぶりを「なお一流の職人」と評しながらも、その狂気じみた点を一つだけ挙げる。「彼の狂気が現れたのは、修復した区画の窓をことごとく厳重に板で塞いだことだけだった――多くの者は、そもそも修復にかかずらうこと自体が正気の沙汰でないと言っていたが」[4]。

一階の書庫と、閉ざされた二階(1913年〜)

一階側の工事は、二階ほど不可解ではなかったと語り手は言う。「まだしも分かりやすかったのは、新しく生まれた孫のために、階下のもう一部屋を整えたことだった――幾人かの訪問者が見た部屋だが、厳重に板を張られた二階に足を踏み入れることを許された者は一人もいなかった」[5]。この部屋には高く頑丈な棚が据えられ、老人はそこへ、それまで家の隅々に乱雑に積まれていた、傷んだ古い蔵書と蔵書の断片を、時間をかけて丁寧に並べていった[5]。一階は孫と本のための部屋として開かれ、二階は誰も入れない区画として閉ざされる――この対になった動きが、以後の改築すべての土台になる。

新聞が書いた「封じられた二階」(1917年前後)

ウィルバーが4歳半で15歳ほどの背丈になった頃、彼の早熟ぶりが評判になり、ボストン・グローブ紙とアーカム・アドバタイザー紙が派手な日曜特集を組んだ。その記事は「若きウィルバーの早熟、オールド・ウェイトリーの黒魔術、奇妙な蔵書の棚、古い農家の封じられた二階、そしてこの地域全体と丘の物音の不気味さ」を書き立てた[6]。この時点ですでに、二階は町の外にまで知られる「封じられた場所」になっている。来訪者の話も似たような形で積み重なっていく。「やがて、家族全員が階下にいるときでさえ、封じられた二階から物音が聞こえたと訪問者たちが証言するようになった」[7]。

東の切妻の板戸と、見捨てられた道具小屋

改築がひとまず終わった頃、家を見ていた者たちは奇妙な仕上がりに首をかしげた。「この頃までに家の修復は完了していたが、見物人たちは、なぜ二階の窓の一つが頑丈な板戸に作り替えられたのか分からなかった。それは東の切妻の裏手、丘に接した位置の窓で、なぜそこへ地面から板を組んだ通路がかけられているのかも、誰にも想像がつかなかった」[8]。地上から直接、二階へ物を運び入れる専用の通路――窓を人の出入り口に変えたこの一点が、この家の改築の中でもとりわけ異様な仕上がりとして記録されている。ほぼ同じ頃、最初に建て直された道具小屋のほうは役目を終えていた。「この工事が終わる頃、人々は、ウィルバーの誕生以来ずっと固く施錠され窓もなく下見板張りにされていた古い道具小屋が、また放置されているのに気づいた。扉はだらしなく開いたままで、ある日アール・ソーヤーが牛の商談でオールド・ウェイトリーを訪ねた帰りにその中へ足を踏み入れると、生涯で一度も嗅いだことのないような悪臭に狼狽した――丘の石の環の近く以外では」[9]。誕生と同時に急ごしらえで封じられ、数年後には無人のまま異臭だけを残して放棄される。この小屋の顛末は、後年ウィルバー自身が同じ手順を繰り返すことの先触れになっている。

ラヴィニアが締め出された一階

二階が封じられていく一方で、母屋の一階には別の変化が起きていた。「この家を訪れる数少ない客は、たいていラヴィニアが一階に一人でいるのを見つけた。板で塞がれた二階からは、奇妙な叫び声や足音が響いてくることがあった」[10]。父と息子が上でしていることを、ラヴィニアは決して語らなかった。ある陽気な魚売りが階段へ通じる施錠された扉を試したとき、彼女は青ざめ、異様なほどの恐怖を見せたという。その魚売りは、あの階の上で馬が足踏みしているような音を聞いた気がすると、ダニッチ村の店にたむろする者たちに語っている。産みの母である彼女自身が、自分の家の中で締め出される側に置かれていたことになる。

二度目の大改築――空洞になる二階(1923年)

ウィルバーが10歳になった1923年頃、彼はすでに身体つきも声も髭も成人並みだった。この年、家では二度目の大がかりな工事が行われる。「工事はすべて封じられた上階の内側で行われ、捨てられた木材の断片から、若者と祖父が全ての間仕切りを取り払い、屋根裏の床さえ取り除いて、一階の天井から尖った屋根までを一つの巨大な空洞にしてしまったらしいと人々は推測した。彼らは大きな中央の暖炉も取り壊し、錆びついたかまどには外付けの粗末なブリキの煙突を取りつけた」[11]。個室として仕切られていた二階は、この時点で内部の壁を失い、屋根まで続く一つの縦穴のような空間になる。何のためにそれほどの空間が必要だったのかを、原典は語らない。

オールド・ウェイトリーの死(1924年)

1924年のラマスの夜、オールド・ウェイトリーの容体が急変する。ウィルバーは残っていた1頭の馬を駆り、オズボーンの店から電話をかけて、エイルズベリーのホートン医師を呼んだ。医師が駆けつけたとき、老人はすでに重篤で、「心臓の動きと荒い呼吸が、終わりの遠くないことを告げていた」[12]。この死によって、二階の改築を主導してきた祖父が姿を消し、以後の工事はウィルバー一人の手に委ねられる。

ラヴィニアの失踪と、灯の消えた農家(1926年)

1926年のハロウィーン、丘の物音はいつにも増して大きく、センティネル・ヒルにはいつも通り火が焚かれた。だが人々がそれ以上に気を取られたのは、「灯の消えたウェイトリー農場の近くに集まっているらしい、季節外れに居残った夥しい数のヨタカの群れが、律動的な悲鳴をあげていたこと」だった[13]。真夜中を過ぎると、その鳴き声は地方一帯を満たす一種の狂騒的な高笑いに変わり、夜明けまで鳴き止まなかった。夜明けとともに群れは姿を消し、遅れていた南への渡りを急いだ。この出来事が何を意味するのか、しばらくは誰にも分からなかった。だが村人が誰か死んだわけではない一方で、気の毒なラヴィニア・ウェイトリー、あの歪んだ体のアルビノの女は、二度と姿を見せなかった[13]。「灯の消えた」という一語が、この時点で家からラヴィニアの気配が失われていたことを示している。

納屋の小屋と、閉じていく一階(1927年)

1927年の夏、ウィルバーは農場の小屋を二つ修理し、蔵書と身のまわりの品をそこへ移し始める。まもなくアール・ソーヤーが、オズボーンの店にたむろする者たちに、ウェイトリー農場でまた大工仕事が進んでいると伝えた。「ウィルバーは一階の戸と窓をすべて閉ざしており、4年前に祖父と二階でしたのと同じように間仕切りを取り払っているらしかった。彼は小屋の一つに住んでおり、ソーヤーの見るところ、いつになく思い詰めて震えているようだった」[14]。この時点で、ラヴィニアが締め出されていた一階までもが、二階と同じ運命をたどり始める。人々はウィルバーが母の失踪について何か知っているのだろうと噂したが、彼の近くに寄る者はもうほとんどいなかった。彼の身長はすでに7フィートを超え、成長が止まる気配もなかった[14]。

アーミテージが嗅いだ匂い

ヘンリー・アーミテージ博士は、かつて一度だけダニッチを訪れたことがあった。ネクロノミコンをめぐるウィルバーの来訪のあと、彼はその夜の記憶に苦しめられる。「その匂いは、3年に満たない前、ウェイトリー農場で彼を気分悪くさせたのと同じものだった」[15]。二階から漏れ出していた異臭は、村の噂や新聞記事だけでなく、ミスカトニック大学の司書自身の記憶にも刻まれていたことになる。

ウィルバーの死と、抜け殻になった農家(1928年8月)

1928年8月3日未明、ウィルバーはミスカトニック大学の閲覧室で番犬に喉を裂かれて死ぬ[16]。その2日前、8月2日を境に、農家の中に残されていたものへの給餌が絶えていた――のちにアーミテージが錯乱の中で漏らす言葉によれば、「2日以降、餌をやっていない。ウィルバーがここへ来て死んだ日からだ」[17]。ウィルバーの遺産の相続人を捜すため、係官がダニッチとエイルズベリーへ派遣される。「彼らは、丘の下で強まっていく地鳴りと、ウェイトリーの板で塞がれた農家が作る巨大な空っぽの殻から、ますます強く聞こえてくる異臭と、うねり波打つような音のために、この地方一帯が大きな動揺に包まれているのを知った」[18]。係官たちは理由をつけてその「異臭の漂う板張りの場所」へは入らず、故人の生活の場だった、新しく修繕された小屋のほうだけを一度きり視察して済ませた[18]。母屋そのものは、この段階ですでに人の立ち入らない「空っぽの殻」として扱われている。9月の初め、ウィルバーの日記を解読していたアーミテージは、過労から一時錯乱状態に陥り、「板で塞がれた農家にある何かを破壊せよ」という切迫した訴えを繰り返した[19]。彼はまだダニッチを再訪してすらいない段階で、家の中にあるものの危険を訴えていたことになる。

9月9日の夜――「家が丸ごと吹き飛んだ」

「怪物が解き放たれたのは、9月9日の闇の中でのことだった」[21]。翌朝、駆けつけた少年チャウンシー・ビショップの証言が、コーリー夫人を通じて電話回線で広まる。「オールド・ウェイトリーの家は丸ごと吹き飛んでいた。まるで中でダイナマイトが爆発したかのように、梁材があたり一面に散らばっていた。ただし一階の床だけは抜けておらず、側面の梁材が吹き飛んだ縁から地面へ滴り落ちる、悪臭を放つタール状のもので一面が覆われていた」[20]。板で封じられ、間仕切りを失って一つの空洞になっていた建物は、その空洞のかたちのまま内側から破裂し、一階の床だけを残して崩れた。

廃墟をたどる村人たち

その日の正午には、ダニッチの男たちと少年たちの4分の3ほどが、新しくできたウェイトリー家の廃墟とコールド・スプリングの谷間のあいだの道と野原を歩き回り、「巨大な怪物じみた足跡、傷を負ったビショップ家の牛、そして農家の不気味で異臭を放つ残骸」を恐怖とともに検分していた[22]。

センティネル・ヒルへ――農家跡を過ぎて

数日後、フライ家とビショップ家を襲った同種の惨事のあと、アーミテージたちの一行は怪物の足跡をたどってセンティネル・ヒルへ向かう。その道筋は、破壊された農家のかたわらを通っていた。「一同はおのずと、破壊されたウェイトリー農場と、祭壇を戴くセンティネル・ヒルの斜面へと続く、おぞましい足跡の列へ引き寄せられていった」[23]。「男たちはウィルバー・ウェイトリーの住まいの跡を通り過ぎるとき、目に見えて身震いした」[23]。丘の頂上、かつてウェイトリー一族が五朔祭前夜とハロウマスに火を焚き儀式を唱えていたあの平たい石の上には、「怪物が逃げ出したとき、破壊されたウェイトリー農場の床の上で見られたのと同じ、ねばついたタール状の堆積物」が残されていた[24]。家の中で吹き出したものと、丘の上で最後に見つかったものが、同じ痕跡でつながっている。

由来・モデル

ウェイトリーという姓そのものは、この家だけのものではない。ダニッチの村を紹介する一節は、1692年にセイラムから移ってきた「2、3の紋章持ちの家系」の子孫が、辛うじて村の水準を保っていると述べ、「ウェイトリー家とビショップ家の何人かは、いまも長男をハーバードやミスカトニックへ送っているが、その息子たちが、自分たちと先祖の生まれた朽ちかけた切妻屋根の下へ戻ることはめったにない」と続ける[25]。つまりこの農家は、ダニッチに残る旧家の一つが今も暮らす家であり、村の他の多くの切妻屋根の家と同じ古さを背負っている。原典は、この特定の一軒がいつ建てられたか、誰の代から一族の持ち家だったかを説明しない。ギルマン・ハウスのように固有の屋号を掲げた建物ではなく、作中では一貫して「ウェイトリーの家」「ウェイトリー農場」「あの家」というふうに、一族の姓で呼ばれ続ける。実在の建物をモデルにしたことを示す記述も、本記事が確認した一次資料には見当たらない。

歴史・年表

  • 1692年: セイラムから移った家系のひとつとして、ウェイトリー家がダニッチに根を下ろす(村全体の記述による)[25]。
  • 1913年2月2日: ウィルバー・ウェイトリー誕生。道具小屋の一つが建て直され、二階の修復が始まる[1][4]。
  • 1917年頃: 一階に孫のための書庫つきの部屋が整い、二階は「封じられた二階」として新聞に書かれる[5][6]。訪問者は、家族が階下にいるときでも二階から物音を聞くようになる[7]。
  • 同時期: 修復完了。二階東の切妻の窓が板戸に作り替えられ、外へ地面から通路がかけられる。最初の道具小屋は放棄され、アール・ソーヤーが中で異臭に遭う[8][9]。
  • 1923年頃: 二度目の大改築。二階の間仕切りと屋根裏が取り払われ、一階から屋根までが一つの空洞になる[11]。
  • 1924年のラマスの夜: オールド・ウェイトリー死去[12]。
  • 1926年のハロウィーン: ヨタカの大群が「灯の消えたウェイトリー農場」に集まる。ラヴィニア・ウェイトリー、消息を絶つ[13]。
  • 1927年夏: ウィルバーが農場の小屋を二つ修理して住み始め、一階の戸と窓を閉ざし、間仕切りを取り払う[14]。
  • 1928年8月3日未明: ウィルバー、ミスカトニック大学の閲覧室で死亡。前日を最後に、農家の中の何かへの給餌が絶える[16][17]。
  • 同年8月: 相続人調査の係官が農家を「空っぽの殻」として扱い、内部に立ち入らず、小屋だけを視察する[18]。
  • 同年9月初め: アーミテージ、日記解読の過労で錯乱し、「板で塞がれた農家にある何かを破壊せよ」と繰り返す[19]。
  • 同年9月9日夜: 農家が内側から破裂するように破壊される[20][21]。
  • 翌朝以降: 村人が廃墟を検分し、後日アーミテージたちの一行がその跡を通ってセンティネル・ヒルへ向かう[22][23][24]。

性質・特徴

  • 立地: 村から4マイル、最寄りの他の住居から1マイル半離れた丘の斜面に、背面を埋めるようにして建つ[1]。孤立そのものが、内部の工事を誰にも見られずに進める条件になっていた。
  • 一階: 改築前は傷みの少ない3部屋だけが使われていた[3]。ウィルバー誕生後は書庫つきの部屋が加わり[5]、ラヴィニアが締め出される場所になり[10]、1927年夏には戸と窓がすべて閉ざされて間仕切りも失われる[14]。
  • 二階: 1913年から窓を板で塞がれ、誰も立ち入れない区画になる[4][5]。1923年には間仕切りと屋根裏ごと取り払われ、一階の天井から屋根までの一つの空洞になる[11]。
  • 東の切妻の板戸: 二階の窓の一つが人の出入りできる板戸に変えられ、地面から丘側の外壁沿いに専用の通路がかけられた[8]。
  • 道具小屋: ウィルバー誕生時に一つが建て直され、施錠・下見板張りにされたのち、数年で放棄されて異臭だけを残す[4][9]。1927年、別の二つの小屋が修理され、ウィルバーの住まいになる[14]。
  • 暖炉と煙突: 1923年の改築で中央の大暖炉が取り壊され、外付けの粗末なブリキの煙突に置き換えられた[11]。
  • 末期の状態: ウィルバーの死後、村と外部の目から「空っぽの殻」として扱われ[18]、1928年9月9日の夜、内側から吹き飛ぶように崩壊する[20][21]。

関連する人物・存在(関係図)

主要登場作と読みどころ

  • 「ダニッチの怪」(1928年夏執筆/1929年4月発表): この農家が登場する唯一の原典。物語を通して読むと、家の描写がそのまま三段階の伏線になっていることに気づく。序盤の「二階を板で封じる」という奇行は、中盤では「訪問者に聞こえる物音」という不穏さへ変わり、終盤では「内側から吹き飛ぶ」という物理的な結末に変わる[4][7][20]。同じ建物が、改築の記録としては地味な描写の積み重ねにすぎないが、通して読み返すと、二階の空洞化がそのまま何かを育てるための容器づくりだったと分かる仕掛けになっている。
  • あわせて読む記事として、この家で生まれ育ったウィルバー・ウェイトリー、改築を始めたオールド・ウェイトリー、一階に締め出されたラヴィニア・ウェイトリー、家から出た当のものを扱うダニッチの怪(存在)、そして村全体を扱うダニッチがある。

よくある誤解(Q&A)

Q. 二階で何が育てられていたのですか? A. 原典はこの家の二階の中身を直接描写しない。分かるのは、1913年から二階の窓が板で塞がれ、家族以外は誰も立ち入れなかったこと[4][5]、訪問者がときおり物音や足音を聞いたこと[7][10]、1923年に間仕切りと屋根裏が取り払われて一つの空洞になったこと[11]、そして1928年9月9日の夜、その空洞のかたちのまま建物が内側から破裂したこと[20][21]である。正体そのものの詳細は、当サイトの別記事(ダニッチの怪(存在))で扱う。

Q. 家は誰が改築していたのですか? A. 1913年から1924年まではオールド・ウェイトリーが主に手を動かし[4][11][12]、1924年に彼が死んだあとは、ウィルバー一人が1927年夏の一階の工事を進めた[14]。

Q. 道具小屋にも意味があったのですか? A. 原典に明言はない。分かるのは、ウィルバー誕生時に一つの道具小屋が急いで建て直され、数年で放棄されて異臭だけを残したこと[4][9]、そして1927年、ウィルバーが別の二つの小屋を修理して自分の住まいにしたことである[14]。同じ「小屋を整えてから放棄する」動きが二度あったことになるが、その目的を原典は語らない。

Q. 家はその後どうなったのですか? A. 1928年9月9日の夜に内側から破壊されたのち[20][21]、原典は再建や跡地の扱いを記述しない。物語の記述は、アーミテージたちの一行がその廃墟のそばを通ってセンティネル・ヒルへ向かう場面を最後に、この家から離れる[23]。

出典

  • [1] “It was in the township of Dunwich, in a large and partly inhabited farmhouse set against a hillside four miles from the village and a mile and a half from any other dwelling, that Wilbur Whateley was born at 5 A.M. on Sunday, the second of February, 1913.” (訳: それはダニッチの町のうち、村から4マイル、他のどの住居からも1マイル半離れた、丘の斜面に寄せて建つ、大きくて一部だけが人の住む農家でのことだった。ウィルバー・ウェイトリーは1913年2月2日日曜日の午前5時に生まれた。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [2] “The remote farmhouse had always been feared because of Old Whateley’s reputation for black magic, and the unexplained death by violence of Mrs. Whateley when Lavinia was twelve years old had not helped to make the place popular.” (訳: 人里離れたこの農家は、オールド・ウェイトリーの黒魔術の評判のためにかねて恐れられており、ラヴィニアが12歳のときのウェイトリー夫人の原因不明の変死も、この場所の評判を良くはしなかった。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [3] “He also cut timber and began to repair the unused parts of his house—a spacious, peaked-roofed affair whose rear end was buried entirely in the rocky hillside, and whose three least-ruined ground-floor rooms had always been sufficient for himself and his daughter.” (訳: 彼はまた材木を切り出し、家の使われていない部分の修理に取りかかった――背面が完全に岩の丘に埋もれた、大きな、切妻屋根の建物で、傷みの少ない一階の3部屋だけが、長らく彼と娘には十分だった。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [4] “It had already begun as soon as Wilbur was born, when one of the many tool-sheds had been put suddenly in order, clapboarded, and fitted with a stout fresh lock. Now, in restoring the abandoned upper story of the house, he was a no less thorough craftsman. His mania shewed itself only in his tight boarding-up of all the windows in the reclaimed section—though many declared that it was a crazy thing to bother with the reclamation at all.” (訳: それはウィルバーが生まれるとすぐに始まっていた。数ある道具小屋の一つが、にわかに整えられ、下見板張りにされ、頑丈な新しい錠をつけられた。放棄されていた二階を修復するにあたっても、彼はなお一流の職人だった。彼の狂気が現れたのは、修復した区画の窓をことごとく厳重に板で塞いだことだけだった――多くの者は、そもそも修復にかかずらうこと自体が正気の沙汰でないと言っていたが。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [5] “Less inexplicable was his fitting up of another downstairs room for his new grandson—a room which several callers saw, though no one was ever admitted to the closely boarded upper story. This chamber he lined with tall, firm shelving; along which he began gradually to arrange, in apparently careful order, all the rotting ancient books and parts of books which during his own day had been heaped promiscuously in odd corners of the various rooms.” (訳: まだしも分かりやすかったのは、新しく生まれた孫のために、階下のもう一部屋を整えたことだった――幾人かの訪問者が見た部屋だが、厳重に板を張られた二階に足を踏み入れることを許された者は一人もいなかった。この部屋に彼は高く頑丈な棚を取りつけ、それまで自分の代に家じゅうの隅々に乱雑に積まれていた、傷んだ古い蔵書と蔵書の断片を、時間をかけて、見たところ丁寧な順序で並べ始めた。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [6] “flamboyant Sunday stories of young Wilbur’s precociousness, Old Whateley’s black magic, the shelves of strange books, the sealed second story of the ancient farmhouse, and the weirdness of the whole region and its hill noises.” (訳: 若きウィルバーの早熟、オールド・ウェイトリーの黒魔術、奇妙な蔵書の棚、古い農家の封じられた二階、そしてこの地域全体と丘の物音の不気味さを書き立てた、派手な日曜特集。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [7] “In the course of time callers professed to hear sounds in the sealed upper story even when all the family were downstairs” (訳: やがて、家族全員が階下にいるときでさえ、封じられた二階から物音が聞こえたと訪問者たちが証言するようになった。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [8] “By this time the restoration of the house was finished, and those who watched it wondered why one of the upper windows had been made into a solid plank door. It was a window in the rear of the east gable end, close against the hill; and no one could imagine why a cleated wooden runway was built up to it from the ground.” (訳: この頃までに家の修復は完了していたが、見物人たちは、なぜ二階の窓の一つが頑丈な板戸に作り替えられたのか分からなかった。それは東の切妻の裏手、丘に接した位置の窓で、なぜそこへ地面から板を組んだ通路がかけられているのかも、誰にも想像がつかなかった。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [9] “About the period of this work’s completion people noticed that the old tool-house, tightly locked and windowlessly clapboarded since Wilbur’s birth, had been abandoned again. The door swung listlessly open, and when Earl Sawyer once stepped within after a cattle-selling call on Old Whateley he was quite discomposed by the singular odour he encountered—such a stench, he averred, as he had never before smelt in all his life except near the Indian circles on the hills, and which could not come from anything sane or of this earth.” (訳: この工事が終わる頃、人々は、ウィルバーの誕生以来ずっと固く施錠され窓もなく下見板張りにされていた古い道具小屋が、また放置されているのに気づいた。扉はだらしなく開いたままで、ある日アール・ソーヤーが牛の商談でオールド・ウェイトリーを訪ねた帰りにその中へ足を踏み入れると、生涯で一度も嗅いだことのないような悪臭に狼狽した――丘の上のインディアンの石の環の近く以外では。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [10] “The few callers at the house would often find Lavinia alone on the ground floor, while odd cries and footsteps resounded in the boarded-up second story.” (訳: この家を訪れる数少ない客は、たいていラヴィニアが一階に一人でいるのを見つけた。板で塞がれた二階からは、奇妙な叫び声や足音が響いてくることがあった。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [11] “a second great siege of carpentry went on at the old house. It was all inside the sealed upper part, and from bits of discarded lumber people concluded that the youth and his grandfather had knocked out all the partitions and even removed the attic floor, leaving only one vast open void between the ground story and the peaked roof. They had torn down the great central chimney, too, and fitted the rusty range with a flimsy outside tin stovepipe.” (訳: この家で二度目の大がかりな大工仕事が行われた。工事はすべて封じられた上階の内側で行われ、捨てられた木材の断片から、若者と祖父が全ての間仕切りを取り払い、屋根裏の床さえ取り除いて、一階の天井から尖った屋根までを一つの巨大な空洞にしてしまったらしいと人々は推測した。彼らは大きな中央の暖炉も取り壊し、錆びついたかまどには外付けの粗末なブリキの煙突を取りつけた。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [12] “On Lammas Night, 1924, Dr. Houghton of Aylesbury was hastily summoned by Wilbur Whateley, who had lashed his one remaining horse through the darkness and telephoned from Osborn’s in the village. He found Old Whateley in a very grave state, with a cardiac action and stertorous breathing that told of an end not far off.” (訳: 1924年のラマスの夜、エイルズベリーのホートン医師が、ウィルバー・ウェイトリーによって急遽呼び出された。ウィルバーは残っていた1頭の馬を闇の中で駆り、村のオズボーンの店から電話をかけたのだった。医師が見たオールド・ウェイトリーは重篤な状態にあり、心臓の動きと荒い呼吸が、終わりの遠くないことを告げていた。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [13] “people paid more attention to the rhythmical screaming of vast flocks of unnaturally belated whippoorwills which seemed to be assembled near the unlighted Whateley farmhouse. After midnight their shrill notes burst into a kind of pandaemoniac cachinnation which filled all the countryside, and not until dawn did they finally quiet down. … None of the country folk seemed to have died—but poor Lavinia Whateley, the twisted albino, was never seen again.” (訳: 人々がそれ以上に気を取られたのは、灯の消えたウェイトリー農場の近くに集まっているらしい、季節外れに居残った夥しい数のヨタカの群れが、律動的な悲鳴をあげていたことだった。真夜中を過ぎると、その甲高い鳴き声は地方一帯を満たす一種の狂騒的な高笑いに変わり、夜明けまで鳴き止まなかった。……村人が誰か死んだわけではなかった――だが気の毒なラヴィニア・ウェイトリー、あの歪んだ体のアルビノの女は、二度と姿を見せなかった。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [14] “In the summer of 1927 Wilbur repaired two sheds in the farmyard and began moving his books and effects out to them. Soon afterward Earl Sawyer told the loungers at Osborn’s that more carpentry was going on in the Whateley farmhouse. Wilbur was closing all the doors and windows on the ground floor, and seemed to be taking out partitions as he and his grandfather had done upstairs four years before. He was living in one of the sheds, and Sawyer thought he seemed unusually worried and tremulous.” (訳: 1927年の夏、ウィルバーは農場の小屋を二つ修理し、蔵書と身のまわりの品をそこへ移し始めた。まもなくアール・ソーヤーが、オズボーンの店にたむろする者たちに、ウェイトリー農場でまた大工仕事が進んでいると伝えた。ウィルバーは一階の戸と窓をすべて閉ざしており、4年前に祖父と二階でしたのと同じように間仕切りを取り払っているらしかった。彼は小屋の一つに住んでおり、ソーヤーの見るところ、いつになく思い詰めて震えているようだった。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [15] “the odour was the same as that which had sickened him at the Whateley farmhouse less than three years before.” (訳: その匂いは、3年に満たない前、ウェイトリー農場で彼を気分悪くさせたのと同じものだった。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [16] “Early in August the half-expected outcome developed, and in the small hours of the 3d Dr. Armitage was awakened suddenly by the wild, fierce cries of the savage watchdog on the college campus.” (訳: 8月の初め、なかば予期されていた結末が訪れた。3日未明、アーミテージ博士は大学構内の獰猛な番犬の激しく荒々しい鳴き声に突然たたき起こされた。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [17] “It hasn’t been fed since the second of August, when Wilbur came here to his death, and at that rate. . . .” (訳: 2日以降、餌をやっていない――ウィルバーがここへ来て死んだ日からだ。この調子では……。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [18] “They found the countryside in great agitation, both because of the growing rumblings beneath the domed hills, and because of the unwonted stench and the surging, lapping sounds which came increasingly from the great empty shell formed by Whateley’s boarded-up farmhouse. … The officials devised excuses not to enter the noisome boarded place; and were glad to confine their survey of the deceased’s living quarters, the newly mended sheds, to a single visit.” (訳: 彼らは、丘の下で強まっていく地鳴りと、ウェイトリーの板で塞がれた農家が作る巨大な空っぽの殻から、ますます強く聞こえてくる異臭と、うねり波打つような音のために、この地方一帯が大きな動揺に包まれているのを知った。……係官たちは理由をつけてその異臭の漂う板張りの場所へは入らず、故人の生活の場だった、新しく修繕された小屋のほうだけを一度きり視察して済ませた。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [19] “His wilder wanderings were very startling indeed, including frantic appeals that something in a boarded-up farmhouse be destroyed” (訳: 彼の激しい譫言はまことに驚くべきもので、板で塞がれた農家にある何かを破壊せよという切迫した訴えも含まれていた。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [20] “he says Ol’ Whateley’s haouse is all blowed up, with the timbers scattered raound like they’d ben dynamite inside; only the bottom floor ain’t through, but is all covered with a kind o’ tar-like stuff that smells awful an’ drips daown offen the aidges onto the graoun’ whar the side timbers is blown away.” (訳: 彼が言うには、オールド・ウェイトリーの家は丸ごと吹き飛んでいた。まるで中でダイナマイトが爆発したかのように、梁材があたり一面に散らばっていた。ただし一階の床だけは抜けておらず、側面の梁材が吹き飛んだ縁から地面へ滴り落ちる、悪臭を放つタール状のもので一面が覆われていた。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [21] “It was in the dark of September 9th that the horror broke loose.” (訳: 怪物が解き放たれたのは、9月9日の闇の中でのことだった。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [22] “fully three-quarters of the men and boys of Dunwich were trooping over the roads and meadows between the new-made Whateley ruins and Cold Spring Glen, examining in horror the vast, monstrous prints, the maimed Bishop cattle, the strange, noisome wreck of the farmhouse” (訳: ダニッチの男たちと少年たちの4分の3ほどが、新しくできたウェイトリー家の廃墟とコールド・スプリングの谷間のあいだの道と野原を歩き回り、巨大な怪物じみた足跡、傷を負ったビショップ家の牛、そして農家の不気味で異臭を放つ残骸を恐怖とともに検分していた。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [23] “all turned instinctively to the line of horrible prints leading on toward the wrecked Whateley farmhouse and the altar-crowned slopes of Sentinel Hill. … As the men passed the site of Wilbur Whateley’s abode they shuddered visibly, and seemed again to mix hesitancy with their zeal.” (訳: 一同はおのずと、破壊されたウェイトリー農場と、祭壇を戴くセンティネル・ヒルの斜面へと続く、おぞましい足跡の列へ引き寄せられていった。……男たちはウィルバー・ウェイトリーの住まいの跡を通り過ぎるとき、目に見えて身震いし、意気込みにためらいが混じるのがまた見て取れた。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [24] “upon its slightly concave surface was a thick and foetid deposit of the same tarry stickiness observed on the floor of the ruined Whateley farmhouse when the horror escaped.” (訳: そのわずかに窪んだ表面には、怪物が逃げ出したとき、破壊されたウェイトリー農場の床の上で見られたのと同じ、ねばついたタール状の堆積物が、厚く悪臭を放って積もっていた。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [25] “the two or three armigerous families which came from Salem in 1692, have kept somewhat above the general level of decay … Some of the Whateleys and Bishops still send their eldest sons to Harvard and Miskatonic, though those sons seldom return to the mouldering gambrel roofs under which they and their ancestors were born.” (訳: 1692年にセイラムから移ってきた2、3の紋章持ちの家系は、おおむね一般的な衰退の水準よりはましな状態を保ってきた。……ウェイトリー家とビショップ家の何人かは、いまも長男をハーバードやミスカトニックへ送っているが、その息子たちが、自分たちと先祖の生まれた朽ちかけた切妻屋根の下へ戻ることはめったにない。) — 「ダニッチの怪」(1929年), The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [26] “The Dunwich Horror (Summer 1928)” (訳: 「ダニッチの怪」(1928年夏)) — H. P. Lovecraft’s Fiction, Alphabetical Order, The H. P. Lovecraft Archive ↩
  • [27] “1929, April: The Dunwich Horror (Weird Tales, 13, No. 4)” (訳: 1929年4月:「ダニッチの怪」(『ウィアード・テイルズ』誌第13巻第4号)) — H. P. Lovecraft’s Fiction, Publication Order, The H. P. Lovecraft Archive ↩
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